第8話 遠い記憶
昼間の太陽の光がカーテンの隙間から差してくる暗い部屋でアイリスは何もできない自分を悔やんでいた。
実の妹が魔導協会に囚われ、心が揺るがない人はいない。精神不安定と言ってもいいくらいであろう。
――と、学院長室の部屋の空間にトントンと2回ノックが鳴り響く。
「はい」
アイリスが返事をすると扉はゆっくりと開かれる。
「聞きたいことがあって来た……」
と、そう学院長室に慣れた振る舞いで入ってきたのは神薙ソラだった。
ソラは静かにアイリスの前に近づく。
「聞きたいことって何ですか?」
と、アイリスは問う。
「……虚無の棺桶って知ってるか?」
「どこで……それを?」
アイリスは目を丸くした。ごくりと息を飲み込む。
「森にいたあの男の手に刻印されてた紋章を調べた……」
「そうですか……。まあ、隠しても仕方がありませんよね」
「知ってるのか!?」
「虚無の棺桶は魔導師ギルドのことです……。今はありませんが」
「今はない……?解散したってことか?」
真摯な目でお互いを見つめあった。白髪のアイリスは一息ついて。
「10年前、王都イーディスエリーの住民の9割が死にました」
「……え?」
急に告げられた信じられない事実。ソラは手を握りしめる。
「それが虚無の棺桶と何の関係が」
「突然の大火災があったのです。まあ、テロのようなものですが」
「まさか」
「そのまさかです。その事件を引き起こしたのは虚無の棺桶。王都の何百という箇所で大爆発が起こり、王都は火の海に包まれました。人々の魂の叫びが王都全体に広がった事件だったんです」
「アイリスさんもその……」
「被害者ですよ。イリスも」
それを聞いた瞬間、ソラに一気に漆黒の復讐心が芽生える。
――潰す潰す潰す潰す……潰してやりたい。
「クソ……」
そうソラは吐き捨てる。
「虚無の棺桶のメンバーはこの世界の全ての国で指名手配となり、ほとんどが死刑になりました」
「じゃあまだ死刑されてない人がいるのかよ」
「はい……。リーダーのロイド・イスタンベラ。そして幹部だったデリエラ・オーフェルスとガンダス・メラの3人がまだ捕まっていないのです」
「その中の二人が今回の事件に関係しているのか」
「恐らく……。イリスの報告にあったレストランを襲撃したのは光の魔導師はデリエラ・オーフェルス。森を全焼させた炎の魔導師はガンダス・メラで間違いないでしょう……」
「そいつらは俺が――」
「ソラ!」
「…………」
アイリスがソラの言葉を遮るようにしてソラの手を両手で包み込んだ。
「ソラを今回の事件に巻き込むわけには……! それに、生徒に何かあったら私……」
「いや、いいんだアイリスさん……。イリスは俺のパートナーなんだ」
「そう……ですけど」
「アイリスさん!」
ソラの声が学院室に響き渡る。
太陽の方向が変わりカーテンの隙間から入ってくる光が学院室全体を明るくした。
「分かりました……。私に一つ案があります」
*
――王都イーディスエリー地下200M地点。
ギャンブル店が立ち並ぶ店の裏路地に井戸のようなものを見つけ、ミリィ調査隊はそこを10人で降りてきた。途中、ぬめぬめした謎のモンスターと遭遇し、女生徒は皆、疲れ切っていた。
200M降りた底には大きな空洞があり、自ら青白く光る植物に空洞全体が照らされ、やや明るい空間になっていた。神秘的な空間ともいえるだろう。
「ミリィ先輩やはりここは……」
「そうみたいだねー」
セリーヌが地面に手を置いて魔力を流した。
そのとき、セリーヌは目を丸くした。
「……先輩、危険です。……逃げましょう」
怯えたようにセリーヌはそう告げた。
「セリーヌっち?」
「設置型の爆発魔法が仕掛けられています……。しかも、この王都を丸ごと飲み込んでしまう程の魔術回路が王都全体に張り巡らされて……」
「何だって……!? ……あの出来事をまた繰り返すってこと!?」
王都イーディスエリーの地下には蜘蛛の巣のような魔術回路が設置され、一つの爆発魔法が発動すると連動してその他の爆発魔法が発動してしまうことに気づいたのだ。
その事実を聞いたミリィ調査隊の女生徒は驚愕のあまり声がでない。
「誰かアイリスっちに連絡して!」
「私がやります」
と、ミリィの指示に初めに反応したのは金髪ショートの探索魔導師の女生徒だ。
女生徒は足元に巨大な魔法陣を発動した。
「――汝、加護の聖霊よ。未知の途をさし示したまえ――」
と、魔法詠唱が終わると魔法陣から3つの光の柱が一瞬現れ。学院長アイリスに信号を送った。これで、自分たちのいる居場所が分かったということになる。
「まずは、この魔術回路を解除しないと……!まずは――」
と、ミリィは調査員の女生徒に指示をしようとしたときだった。
「不条理という言葉を知っているか……。世の中には魔法のようには上手くいかない……。貴様の行為は無駄なあがきだ……」
「誰!?」
背後から、知らない男の声が響いた。
女生徒全員が振り向くとそこには長髪で黒髪の30代ほどの男が一人いた。
――以前、王都イーディスエリーの森を全焼させたとされる男だ。
無論、ミリィたちはその男の顔を見たのは初めてである。
「誰とな……。ガンダス・メラとでも名乗っておこう」
ガンダス・メラ。10年前の王都イーディスエリーに最悪をもたらした虚無の棺桶の生き残りといって間違いない。
それを聞いた瞬間、ミリィは大きく目を開いた。
驚愕の末、ガンダス・メラという名は女生徒全員が知っているので警戒の体制をとった。
「そういうこと……か」
と、ミリィは呟く。
「逃げるなら逃げろ……。だが、来るなら来い……」
「ふざけないでよ!!!」
ガンダスの挑発にミリィは大声で叫んだ。
大きな空洞にミリィの声が反響する。
「プライドの高さはあるらしい……」
「生憎、私はあなた達が起こした火災の被害者なんだから!!……この爆発魔法を設置したのもあなたで間違いないよね!」
「その通りだ。その怒り……この俺にぶつけるがいい……」
「皆、下がってて」
「何を先輩!」
ミリィの後ろにいたセリーヌが声を上げる。
「私にだって意地ってものがあるんだから……!」
*
その頃、ソラは噴水広場に来ていた。
アイリスの案で。
アイリスは前もって追跡部隊を派遣しておいた。その追跡部隊がこの噴水広場まで不審な男が来るという情報まで入っていた。
その情報をもとにソラはここまで遥々やってきたのだ。
『ソラ、デリエラ・オーフェルスは明らかにソラを標的にしています』
『え……?』
『先日のレストラン襲撃事件でソラはデリエラに傷を与えた……。それで充分だと思います』
『そうか、自分に傷を与えられて敵を逃して黙っている人間なんていないってことか……』
『ええ』
不意にソラの頭にアイリスとの会話が蘇ってくる。
「さあ、来い、デリエラ……」
――と、ソラがそう独り言を言った直後だった。
「呼んだかおい。神薙ソラ」
その声はソラのすぐ背後からするものだった。
ソラが驚いて必死に振り向くと男は距離1Mまで迫っていた。
(いつから……!)
ソラはとっさに後ろに跳んで距離をとった。
「デリエラ・オーフェルス……」
「ほう、俺の名前を知っているとはな。少しは楽しませろよ神薙ソラ……。光の速さにはついてこれるか?」
デリエラは少し楽しそうな顔をして、舌で唇を舐めた。