第73話 『神聖魔導団』集結
――アインベルク王国、王都イーディスエリー。
本日も王都は人で賑わっていた。
植物魔獣ゾルザークにより、王都は半壊したが、元の王都へと徐々に回復してきている。
それもソラが多額の復興金を納めたおかげでもあるのだが。
ソラがアインベルク王国の最強魔導師『神聖魔導団』として承認されたのは、以上の功績と魔導師としての実力においてだ。
ソラはまだ魔導師に成り上がりでそこまでの実力はない。
ただ、その成長スピードに国王陛下アインストも期待を抱いている。
そんな王都の中で、一つざわめきが起こっていた。
「おい、やっぱり怖がってるんじゃないか!」
「ふん、最強である俺の道を作るなど当然のことだろうが……」
「そういうことではなくてだな――」
王都の民は異様な存在感を放っている二人の魔導師に着目していた。
その存在感につい道の端に避け、二人の花道を作ってしまう。
――ディオ王国『神聖魔導団』ルーク・アルトノイト。
――レクセア王国『神聖魔導団』ゼクス・アーデルニア。
その名こそがこの異様感を放っている二人の魔導師の名だった。
ルークがゼクスとの難解な交渉を経て王都に戻ってきたところだろう。
「ねぇ、あの軍服って……」
「レクセア王国の!?」
「何故こんなところに……」
「しかもあの銀髪って――まさか」
「しっ、声が大きいぞ。聞こえたらどうするんだ……」
王都の人々の声が二人の耳に入ってくる。
周囲が沈黙しすぎて逆に声が響きやすい――故に、小声で話しているつもりの声などバレバレなのである。
「おっ、おい、ゼクス。何故お前はそんなにも堂々としているんだ」
「なんだ? 逆に何故貴様はそんなにも挙動不審なのだ。最強たる嗜みとしてそう振舞うのは必至であろうが……」
ルークは流石にも呆れていた。
おかしい。
何かがおかしい。
こんなはず――こんなつもりではなかった筈だ。
(そうだ。すべてはゼクスの軍服が原因なんだ――)
ルークはそう悟りながら口を開く。
「ゼクス。今すぐその軍服を脱ぐんだ」
「却下だ」
「ですよねー……」
最後の一言は少し消極的だった。
まず、ルークは何故こんなに人気の多い大通りを選んだのかが疑問で仕方なかった。
ゼクスが行く道の主導権を握っていたからだ。
雰囲気的にそういうことにいつの間にかなっていた。
ゼクスの心境に何ら変動もないが、ルークからすれば気まずすぎて気が重くなっていた。
「ん? あれは……」
「どうかしたのか」
ゼクスが急に立ち止まる。
ゼクスが行動を止めることなど滅多に見られないので、ルークは困惑していた。
ルークとゼクスは前方を見た。
そこには馬車に乗った五人の人影が見えたのだ。
一人の少年が四人の美少女に囲まれているただハーレムなだけの状況だった。
「あいつらは……」
「エステル・アトラーヌとセレスティナ・カッツェヴァイスの姿が見えるが――俺の目も腐ったものだな……」
「おいゼクス。お前の目は正常だ」
「…………帰る」
突然ゼクスがそう発すると急に進行方向を後方へ変え、やや早足で歩きだした。
「おまっ――ちょっと待てよ……」
ルークは咄嗟にゼクスの右腕を掴んだ。
「何をする……放せ……貴様との交渉は既に決裂した……帰る……」
「わかったから――報酬金を追加で払うから頼むから行かないでくれよ!」
最後のルークの一言は無茶振りの一言だった。
「よりによってリリパトレアの『神聖魔導団』か……。俺はそんなこと一言も聞かされていないが……?」
「なんだ? お前エステルと喧嘩でもしてるのか?」
「違う――彼女はただ苦手だ……」
「は……?」
ゼクスの意味深長な一言にルークは疑念を抱いたがこれ以上追及しようとは思わなかった。
「ルークさん! その方はもしかして……」
背後からルークに声をかけて来たのは神薙ソラだった。
馬車から自ら降りてきたらしい。
「ああ、ソラ。お前の方も無事に交渉を成功させたらしいな。こいつはゼクスだ」
「ゼクス……さん……。この方が……?」
「そうだ――」
「初めましてゼクスさ……」
「貴様と馴れ合うつもりはない。俺がこの場にいるのはルーク・アルトノイトとの依頼のためだ。俺はただ依頼主に従うだけ――俺より格下の者に用などない」
ソラが緊張感を帯びさせながらも、ゼクスはその冷淡さが故、ソラの言葉を詰まらせてしまう。
ルークはその一面を見てひとつため息をつくと、
「ソラ。悪いがここは引き下がってくれないか? こいつは少々問題児でな……」
「誰が問題児だ。俺はレクセア王国『神聖魔導団』にしてレクセア軍最高指揮官だぞ」
「はいはい。わかったから……」
「おい貴様――」
「…………」
ゼクスがルークの挑発に思わず乗ってしまう。
ゼクスに関しては負けず嫌いな一面があるらしい。
「だから彼は好きになれないんです……」
ルークとゼクス、ソラから少し離れたところに位置していた馬車からエステルの声が呟かれた。
馬車に乗っていたのはエステル、イリス、ミリィ――そして『神聖魔導団』であるセレスティナだ。
「当然じゃな。ゼクスは人間とは異なる遠い思想を持つからのう。誰からも好まれない孤独な人物じゃ」
「ミリィ、あの人怖いかもな……」
「私もよ――いい気がしないわ……」
「人は見かけで判断してはいけない――よく世間ではそういわれますが、彼だけは例外は予感がします……」
まだ、会話をしてもおらず、実際に目を合わせてもいない。
ただ見かけだけで不吉なオーラはゼクス自身から漂っていたのだ。
「それに、エステルのリリパトレア王国は今にレクセア王国の支配を受けておるからのう……。二人の仲が悪いというのも理解できるじゃろう……」
「同じ『神聖魔導団』なのに――」
イリスが言いかけた刹那だった。
「――ッ!?」
イリスの喉が何者かに潰されるかのような感覚。
ルークやソラの目の前からゼクスの姿が消えていた。
「聞こえているぞ女……」
イリスは反射的に馬車から飛び降りてしまう。
セレスティナとエステルは動揺していなかったが、ミリィはその狂気な気配に身動きが取れなかった。
ゼクスは時空間移動を使用して馬車に乗り込んできたのだ。
「ほう、貴様。格下なのには変わりはないがやり手だな……」
しかし、イリスは突然の出来事に状況を把握できず、口から発するための言葉を失っていた。
「何のつもりじゃ、ゼクス……」
「セレスティナか。少し試したいことがあっただけだ。最強たる主導権は俺にあるからな――貴様に口出しする権利はない筈だぞ」
と、ゼクスはイリスの方を見やる。
「女。『神聖魔導団』は皆が仲良しごっこをしているわけではない。そして、俺は最強だ。最強の俺と並ぶ『最強』という称号を手にしている貴様らに俺は常に不満を抱いている。貴様らに今回の件について協力する気はない。ただ俺がしたいように実力を証明するのみ――俺はいずれこの『神聖魔導団』という制度を崩壊させるつもりだからだ」
ゼクスの放たれた言葉にその場にいた全員が言葉を失う。
ただ己の野望のための狂気に満ちた顔。
この男だけは違う。
――誰もがそう思った。
――思わない者などこの世界に存在などしないのだから。