第72話 妖姿媚態
――人間界秋葉原の一端。
淫らな痴態を持つ性の色欲魔はある建物を拠点として密集していた。
「ねえねえ、ボスさんさぁ……。最近つまんないんだよね」
その中に一人の黒髪の男が混じっている。
サキュバスに比べると全くの存在感を出していない――一言でいえば、影が薄いというべきか。
冷静かつ空虚な目をもつ彼は少し不気味でもあった。
人間なのかどうかも疑ってしまうほどだ。
「さすがと言うべきかわたくしに向かって失礼な態度ね。あなたは」
「いやあ。僕はボスさんに感謝しているよ。僕にこんなに素晴らしい力をくれたんだからね――人を殺す力を、さ」
「当然ね。わたくしはあなたを人間界で一番優秀な人物だと見抜いているもの」
男は一歩歩くと、周りで片膝をついているサキュバスを見渡した。
「こんなにスタイル抜群のお姉さんがたくさんいるんだ。一人ぐらい襲っちゃいたい気持ちだってあるんだけどな?」
「あなたは欲深い人間ね。強さといい、自分の性欲を満たすものが欲しいとは――わたくしはあなたを利用しているのでしてよ?」
「なるほど。隙さえあればいろいろ仕掛けてくる――とでも?」
「そうとは言っていないけど半分は正解ね。こんな場でさえも緊張感を一切もたないで周りを警戒していないあなたの心情を覗きたいところだわ」
「ふうん……そうなんだぁ。君たちは人間の世界を占拠したいんでしょ? 逆に見れば僕が人間の頂点に君臨できる――なら僕にはデメリットがない。毎日が楽しみで仕方がないよボスさん」
「――あなたを選んで正解だったわ」
ボスと称されたサキュバスは男に笑みを向けながら満足気に答えた。
「じゃあ、ご褒美にあなたも調教に参加してみる? ――ここにいるサキュバスたちはみんな男に飢えているのよ?」
「キャーーーーーー!」
ボスサキュバスが呟くと、その一言だけで総勢1000名のサキュバスは歓声を上げた。
興奮状態に入ったサキュバスたちの声を聞いているだけでその場の室温が急上昇しそうだ。
「僕がやるとこの子たちは何か起こるのかい?」
「サキュバスは一般に男共の夢に現れあんなことやこんなことをする生き物。その逆をやられることはサキュバスにとってとっても貴重な体験。男性に調教されれば、サキュバスたちは格段に強くなる。そして、魔力の質も上がるの」
「へぇ。じゃあ、あの僕たちを邪魔してくる魔導師も殺せるのかな?」
「そうね。今は魔界に帰っているみたいだけれどね。いずれまた来るわ……」
ボスサキュバスが示唆していた魔導師は既に明確だった。
恐らく、ソラたちを指ている。
「楽しみで仕方ないよ。ボスさん」
「何が……?」
「殺すことが――だよ」
男の一言を聞いた刹那、ボスサキュバスは笑みを向けた。
「頼もしいわね……」
*
――ベル王国王城内。
広い食事室で食事をとり終えたソラたちは満足気な顔をしながら廊下を歩いていた。
時刻は九時だった。
「ねぇソラっち。ステーキ美味しかったね!」
「よくミリィちゃん二十枚も食べれるよな……。俺は二枚で限界だったのに……」
「そうよ! ミリィが食べた物の脂肪分はそのおっぱいにでもいってるわけ!?」
イリスが言っていることは、ただの嫉妬だった。
セレスティナと並ぶ程と言うべきか、膨らみはあるもののはやり何か物足りないような胸だ。
肉付きは良く、ほどよいスタイルだったが、女性らしい何かが足りない気が――。
「ねえ、ソラ? 今何か考えてる?」
と、イリスはジト目でソラを睨んでいた。
「ちょっ、待ってよ!? 俺は……」
「夜、二人きりで密室であんなことまでしているのにまだ足りないと……?」
「どういうことですか……?」
突如、後ろから投げかけられる声に肩を震わせた。
エステルだった。
花緑青の美しい髪を持つ美少女であるエステル――清楚で純情な心な持ち主だ。
「違うんだエステル! 俺たちはそんなことしてないから!」
ソラの行き過ぎた発言に、イリスとエステル――ミリィまでもが頬を紅潮させていた。
「ソラ君! 王城でそのような発言は控えてください!」
「ちょっ、理不尽すぎないーッ!?」
ソラのやや大きめな声が廊下に響いてしまう。
「出発まであと三時間あるからお風呂にでも入りませんか?」
「えっ、いいの!?」
「さっき、セレスティナさんから許可をとってきましたから」
「おー! ナイスエステル!」
えっへんと言わんばかりに胸を張った。
存在感を強調している胸をソラは二度見してしまうと、イリスがソラの行動に勘付いていることに気付く。
「ぐっ……」
なんと、イリスは敢えてスルーしてくれたらしい。
ソラは胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。
「ソラ? あんたはしっかりと男湯に入るのよ?」
「ちょっと待ってくれよイリス。俺はそんなことしないって!」
「みんなが女湯に入るならミリィは男湯でソラっちと入るかなー?」
「――――」
ミリィの発言を後に、全員が凍り付く。
一瞬、時間が静止したのかと思ったくらいだ。
「ソラ君、何をにやにやしているんですか!」
「してないんだけどーッ!?」
エステルは場の恥ずかしさから反射的に出てしまった言葉をつい発してしまった。
ソラはただ理不尽を味わうだけになってしまった。
無事、入浴は何事もなく澄んだ。
ソラ達は入浴を済ませた後、セレスティナとともにアインベルク王国へ馬車で出発した。
時刻は零時。
何事もなければいいが――。
*
――ヴァイドビム雪道。
先ほどまで雪は降っていなかったが、微かに雪は降っていた。
日は沈んで夜。
夜の雪道のは日中と比べて冷え込む。
雪など降れば尚更だ。
ルークとゼクスはアインベルク王国に向かって歩を進めている最中だった。
「お前の軍服――暖かいか?」
「そうだな。貴様の狩人服と比べれば断然温かいだろうな。かなり保温している」
「いや、最後の一言はあれか? 俺を苦しませるトドメか?」
「貴様は絵に描いたようなただの馬鹿だったようだ。戦術と狙撃術以外に頭が回らないのか?」
「なっ! そんなこと――は、あるかも……しれん……」
「ふっ」
「わ、嗤ったなお前!」
「嗤う? 当然だ。そんな目立つような格好をわざわざしてきてレクセア王国に不法入国してくる者などただの馬鹿に等しいからな」
「すみませんでした勘弁してください」
第三者から見ればこの会話どう捉えるだろうか。
ただのコントと捉えるだろうか。
それとも喧嘩と捉えるだろうか。
いずれにしよどちらも正解なのかもしれない。
今のところ魔物は現れていない。
ルークとゼクスは自分たちの恐ろしい魔力に恐れて魔物が寄り付かないことをまるで気付いていなかった。
二人も最強の魔導師でもある『神聖魔導団』が雪道のど真ん中を歩いていれば魔物は通りたくても通れない。
故に、二人の強大すぎる魔力を肌で感じているからだ。
「あと少しで着くぞ――」
「知っている。俺はそこまで馬鹿ではない。ルーク」
沈黙と会話を交互に繰り返しながら二人の最強魔導師はヴァイドビム雪道を静寂に歩いて行った。
――集合地であるアインベルク王国、王都イーディスエリー《クレア学院》へ。