第64話 中央地区と王城
ベル王国の中央地区は賑わっていた。
木造建築の古い建物とは対極的に、石造の建物が立ち並んでいる。
外装も城下にふさわしい豪勢さで、ベル王国の中でも成金の人々が暮らしていると言える。
先のような賞金稼ぎがうろうろしているような治安が悪い地区ではなく、至って普通の王国、あるいはそれ以上を思わせるような景観。
ソラたちは大きく、ベル王国を見誤っていたと痛感した。
「驚きましたか……? ベル王国は王城に近づくほど、土地の価値が高くなります。そのため、ここらの地域では資産家などの裕福な家庭が集まるんです」
「でもべレニスさん。それでもアインベルク王国は王城からの距離によって治安が変わることはないですよ。それに土地の値段は王城に近いほど高くなるのも変わりませんし……」
「ベル王国は大きく中央地区と外縁地区の二つの地域に分断されいるんです。中央地区に土地を持つ人は陛下に忠誠心を持っているとみなされ、それなりの待遇を受けます」
「外縁地区では、待遇を受けない――と?」
「そうです。一般的に外縁地区に住む人は陛下の反逆組織という認識を持たれてしまいます。そういう風評があるからこそ、こうやって私のような者はセレスティナ様の命令によって、外縁地区の警備に徹しているのです」
「なるほど――それでべレニスさんが助けてくださったんですね」
「はい。その判断で相違ないと思われます」
ソラとべレニスだけで会話が進むのだが、イリスとミリィはソラを冷たい目で見ている。
恐らく、ソラが別の女性と話している場面そのものが気に入らなかったのだろう。
一方、エステルは落ち着いている。
――むしろ、ベル王国の光景に目を奪われているといった方が正解だろうか。
ソラはエステルの行動を気に掛けると、
「エステル? どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです。ただ、先程の外縁地区といい、どこかリリパトレアの王国に似ているものがありまして――。気になったというか……」
「そうか。エステルは……」
エステルは、此処ベル王国とは正反対の方向に位置するリリパトレア王国の魔導師だ。
リリパトレア王国は現にレクセア王国の武力的支配を受けている。
故に、植民地から想像できる風景とベル王国の陛下から見離された地域である外縁地区は部分的に似ていた。
エステルの目に映ったものは遠くの未来を見据えているようだった。
――無論、ソラはここで空気を乱す話をするのは間違っていると推察する。
「あの――べレニスさん……今どこに向かっているんですか?」
ソラは、ここであることに気付いた。
さっきから、ソラの正面に映るものは王城だった。
故に、現在王城に向かっているのかと疑問を抱く。
「勿論、城の方に向かっておりますが……」
「お城ー!? ミリィもお城にお邪魔したことはほとんどないし楽しみだな!」
「ちょっ、ミリィ!? この前はアインベルク王国の城だったけど、今回は他国の城なのよ!?」
「なになにイリスっち。お城に行くなんて凡人のロマンなのさ!」
(だ、だめだ――ミリィはもう……)
イリスは事の重大さを知らないミリィに呆気に取られた。
ミリィがアインベルク王国の王城に入ったのは、以前の火竜戦での一件の時だ。
それ以来、ミリィは王城に入っていない。
自国の王城は勿論、他国の王城であれど、王城に入るには厳密な審査と身分の証明が行われる。
王城に入るということは、その国の重要機密情報を見るあるいは奪う恐れがある。
即ち、王城に入るのは招待された時以外、例外はほとんどないのだ。
故に、現在のソラ達がベル王国の城に入るのは不可能に近い。
「で、でも――俺達、勝手に他国の城にお邪魔しちゃっていいんですか!?」
「もちろん王族関係者には許可を取りますが」
「ですよねー……」
王族関係者。
つまり、セレスティナ本人もそのうちの一人だ。
セレスティナは現にベル王国の現国王陛下の実娘に当たる人物だからである。
(そうか――セレスティナっていう人は国王の娘で、『神聖魔導団』なんだな……)
国の重要人物が最強の魔導師で戦闘術を学んでいるとすると、かなり複雑な気分がソラの脳内を錯乱した。
複雑な心持を秘めたまま、ソラはべレニスに案内さるまま、後をつけていった。
*
ベル王国、王城正門前――。
「皆様はここでお待ちください……」
王城の前には巨大な門があり、閉まっているようだ。
門の二隅には門番の兵士が立っている。
べレニスはソラ達に頭を下げたあと、兵士に話しかけた。
「べレニス・ラドルーフです――」
べレニスの胸から取り出されたのは、どうやら身分証明書らしきものだったようだ。
ソラ側からそれが何かは詳しく分からなかったが、王城に入るためのパスポート的なものの類なのだろうか。
「間違いないな、よし、通れ」
一人の兵士がそう告げるとべレニスは王城の中へ入っていった。
「案外、簡単に入れるものなんですね……」
「ええ――そうね……」
エステルの発言は間違いでは決してなかった。
身分証明書だって偽装は効いてしまう。
機械に通さない限りそれの真偽の判断は至って困難である。
魔界には機械は存在しないが、それでも兵士が見かけだけで王城に入らせるとは意外にもセキュリティーが手薄すぎる程だ。
兵士たちは顔色一つ変えることなく、そして王城へ姿を晦ましていくべレニスを見送ることなくただ門の前に立っていた。
兵士の目は空虚だった。
*
べレニスの帰りを待つために、ソラ達はただ、ベル王国の変わらない情景を眺めているだけだった。
三十分は待たされている。
灼熱のベル砂漠から脱してきたばかりのソラ達は一杯分の水のみしか飲んでいなかった。
体力的にも精神的にもこれ以上待たされるとさすがに持たない。
――とソラやイリスが悟っているところに、べレニスは小走りで王城の玄関から向かってくる。
「皆さん、大変長らくお待たせしました」
「お、お疲れ様です」
べレニスは右手に正式な証明書を持っていた。
無論、証明書には国王の直筆の名が書かれていた。
べレニスの戻りが遅かったのも相当の手順があったと見える。
その面でのセキュリティーは問題なさそうだ。
「ソラ様やエステル様の『神聖魔導団』の特権がなければ、特別許可は下りませんでした」
「ホント――お疲れ様です」
「べレニスさん。私達の勝手な行動でこんなに大変な目に遭わせてしまってなんだか申し訳ないです」
「いえいえ、とんでもございません。ソラ様、エステル様。私は『神聖魔導団』のお二人のお役に立てただけで光栄です。それにそのご友人様のイリス様やミリィ様にも満足いただければとても嬉しい限りなのですが……」
「私はソラが満足できれば満足かなー?」
「ミリィもお城に入りたいだけだから!」
「ミリィは黙ってて……」
イリスとミリィの会話を聞いていたべレニスは愛嬌のある笑みを送った。
「では、参りましょうか」
「はい」
「そうですね」
ソラ、イリス、ミリィ、エステルの四人は再び、べレニスの案内を受けることとなった。
次なるステージはセレスティナとの交渉だ。
無論、今回の旅の目的はそこにあるのだから――。




