第63話 砂の王国
――ベル王国。
いずれの国からも直接的な関係を持っていないという完全独立国だ。
故に、衣食住や政治をベル王国だけで行っている。
そして、五大国のうちの一つであるベル王国には最強魔導師『神聖魔導団』、セレスティナ・カッツェヴァイスがいる国。
ベル王国は四方八方を巨大な壁で囲まれいる。
恐らく、砂漠から吹く風を防ぐためだろう。
そして壁が影をつくることで直射日光を避けている。
勿論、ソラたちは『神聖魔導団』が二人いるため、その権限で難なく入国審査を通った。
ベル王国の壁の中は、基本的に木造建築の住居が立ち並んでいる。
見れば、人影はほとんど見られず、閑居な空気が通っていた。
「なんか……気味悪いわね……」
「はい。建物はかなりの時間が経過していると思われます」
「そうだな。これで、五大国と呼ばれるのが不思議なくらいだ……」
太陽の直射日光から逃れたせいか、体感温度が一気に下がった。
砂漠の乾いた生暖かい風とは違って、涼しい風が通っている。
「んん……。ソラっち……ここは……?」
「ミリィちゃん!? もう大丈夫か?」
ソラが今まで背中におぶっていた少女が突然呟いた。
ミリィは、気候と環境の変化に応じて目を覚ましたらしい。
「うん――ここの空気、結構綺麗だね」
「そうか? そういっても地面は砂で歩きにくいし、風に砂も混じっているしで大変なんだがな……」
「ううん。ミリィは結構こういう空気好きなんだけどな」
「あっ、ミリィ! あんたソラの背中にいつまで乗ってんのよ! 早く降りなさい!」
「――っ!? むー、いいじゃんこのくらい!」
「よくない! ソラの背中は私のものよ!」
「ふっ、二人共! 喧嘩はやめてください! ソラ君もなんとか言ってやってくださいよ!」
「……ミリィちゃん。ごめんな……俺も少し疲れてきたかな?」
「よし! よく言ったわソラ!」
「しょうがないなー。ソラっちが言うなら降りる……」
ミリィはソラの言い分を受け取ると、大人しく指示に従った。
「あんたら……見ねぇ顔だな……」
その刹那、背後からカウボーイハットを被った男が近づいてくる。
「あなたは……」
「ふん、その辺の飲食店で小銭を稼いでる貧乏人だよ。あんたどっから来た?」
「俺たちはアインベルク王国から来ました」
「何?」
ソラの言葉を聞くと、男は怖い顔をしてソラを睨んでくる。
「あの……」
「お前は――」
男が言いかけると視線はエステルの方向へ向けられていた。
エステルは顔に緊張を走らせながら困惑している。
「はっ、はい!」
「お前はアルテンなんちゃらっていう奴等のエステル・アトラーヌだよな?」
「そ、そうですが――何故それを……」
「知るか。ただ、この国にはそいつらがよく来るんでな――。そん中にお前がいたのは知ってるぜ」
どうやら、このベル王国にはエステルの名は知れ渡っているらしい。
エステルが『神聖魔導団』最年少にしていつから所属しているかは分からないが、恐らくセレスティナ関係の類の目的だろう。
「とは言っても、その中ではお前が最弱なんだってな。クッハハハハハハハハハ」
ベル王国の街に男の嘲笑が響いた。
エステルは男の嘲りに抵抗する様子もない。
――が、ソラの右手は疼いていた。
「おい、お前……!」
「ちっ! なんだてめぇは……」
ソラの右手は無意識に動いていて、男の胸倉を掴んでいた。
男は急に表情を変え、ソラを睨めつけている。
「もう一回言ってみろ! お前ら魔界の住人は『神聖魔導団』に助けられてるんじゃねえのかよ!」
「ソラ! やめて!」
「そうです――こんなところで問題を起こしては……!」
イリスとエステルは止めようとしたが、何故か身体は動くことはなかった。
エステルへの侮辱と嘲りに反する感情が働いていたからだ。
ただし、ソラが主張していることは紛れもない事実だった。
「おいガキ。この俺がここらで何て呼ばれているか知っているか? ――あらゆる賞金首を葬る暴虐魔とな!」
「それがどうした? 俺はこう呼ばれているんだぜ――虚無の棺桶の元マスター、ロイド・イスタンベラを倒したイーディスの英雄……神薙ソラとな」
「なっ――!」
男がソラの言葉を聞いた瞬間、一瞬にして男の顔色が変わった。
ロイドは王都イーディスエリーの大火災を引き起こした暗躍者として全国的に指名手配をされていた。
故に彼の名を出すことによって少しの脅しに繋がるのだが、
「ロイドだと――? 10億エリーという過去最大の賞金首だったやつをてめぇが? ふん! そんな馬鹿な話あるかよ!」
「本当にあったとしたら? 眼を霞ませて悲惨な邂逅をするのはお前のほうだぞ……」
「ちっ……」
男は舌打ちをするとソラから目を逸らした。
ソラは男の降参を察した後、男の胸から手を放した。
「行くぞ――」
ソラが吐き出すように言うと、イリスとエステルとミリィの三人は黙ってソラの後をついていく。
――と、その刹那だった。
「何て降参するわけねぇーだろ馬鹿が!」
ソラが男の罵声を聞いて振り返ると、巨大な石が脳天目掛けて飛んできていた。
と、ソラは魔力で石を打ち返そうとすると、石はソラの目の前で消し去っていった。
――いや、ソラの魔力によるものではない。
――外部からの関与だ。
「そこまでです!」
敬語口調のそれはエステルのものではなく、別の女性の声だった。
凛々しい声で、力強い声だ。
「くそ……! カッツェヴァイスの遣いか……!」
男はそう吐き捨てて、踵を返して去っていった。
突如現れた、女性はソラの元へ駆け寄る。
「お怪我はありませんか?」
「い、いえ――ありません」
ソラは女性の声を自然に返していた。
女性は、軍服とは違うどこかの家紋の刺繍が入った豪勢な服装をしていた。
「それは安心しました。私は当国の『神聖魔導団』、セレスティナ様に仕える身――べレニス・ラドルーフと申します」
「よ、よろしくお願いします」
べレニスと名乗った女性は、ソラに手を差し出すと――握手を要求しているようだったので、ソラもそれに応え、手を握った。
「べレニスさん。さっき、セレスティナさんの名を出しましたよね? ――居場所を知っているんですか?」
突如投げかけられたエステルの問にべレニスも顔色を変える。
「あなたは――?」
「私は、リリパトレア王国の『神聖魔導団』、エステル・アトラーヌです」
「――っ! そうでしたか、あなたが!」
べレニスの反応を見ると名は知っていたが、顔は知らなかったらしい。
故に、最近セレスティナの身に仕えるようになったのだろうか。
「では、他の方々は――?」
「私はイリス・エーヴェルクレア。まあ、アインベルク王国の学院に通ってるただの生徒ですけど……」
「ミリィも、ミリィ・リンフレッドだよ! イリスっちと同じの!」
「俺は神薙ソラです。つい先日、『神聖魔導団』に任命されました」
「よろしくお願いします。イリス様、ミリィ様――そして、神薙ソラ様。ソラ様のことはセレスティナ様から話は聞いています。それにしても最強の魔導師である『神聖魔導団』が二人もこの国に来ているなんて珍しいですね。今回はどんな目的でいらしたのですか?」
べレニスが問いかけると、ソラは一瞬迷った。
サキュバス戦のための応戦要求のためにセレスティナの元へ来たソラたちであったが、いずれも他言無用の重要機密だった。
もし、彼女が身分を偽っていたとした面倒になることは確かだった。
「ソラ、この人――信用してもいいと思うけど?」
「そうですね。こんなに礼儀正しい方が嘘をついているとは思いませんよ、ソラ君」
「そうだよ! ミリィはてきとーだから、てきとーに済ましちゃうけどね」
「いっ、いや、ミリィちゃんのは問題があると思うけど!?」
美少女三人がそこまで言うのだ。
信じなければ、自分の男としてのプライドがなくなってしまう。
「ベル王国の『神聖魔導団』、セレスティナさんに用件があって参りました。もし、よろしければセレスティナさんの元まで案内してくださると嬉しいです」
ソラが礼儀正しく、べレニスに要求すると顔色は変えなかった。
「やはり、そういうことでしたか。承知しました。セレスティナ様の元へと案内しましょう」
「ありがとうございます」
ベル王国はかなり広いとルークから出発前に聞いていた。
その中で、セレスティナの関係者がいるとなると幸運に恵まれているということになる。
ソラは素直に歓喜した。
べレニスが歩き出すと、四人は彼女の背中をついていくことにした。




