第62話 ヴァイドビム雪道
巨大な雪国の一つの王城――。
外観は雪国特有の大吹雪でそのほとんどが見えない。
人間界の荒廃都市と比べると、空間ごと純白に染められた光景が広がっていた。
だが、王城の中は零細な魔力のオーブが空間に浮遊していてそこから熱を発していた。
魔界の工業技術は発達しておらず、暖房などの電気器具はほとんど存在しない。
故に、魔界に住んでいる人々は己の魔力で生活の不自由を補ってきた。
雪国の軍隊の訓練は、想定外以上の大吹雪に見舞われ急遽訓練は中止の事態となっていた。
軍の兵士の三割は王城で貴族らの警備に辺り、残りの七割の兵士は国の見回りに徹している。
――レクセア王国。
それがこの雪国での通り名だ。
国王不在の中、ゼクス・アーデルニアの統率権の元、最強国として軍事力向上に今も務めている強豪国である軍国主義国。
ゼクス・アーデルニアこそが本国の最強魔導師『神聖魔導団』として名が知られている。
王城のある暗い一室で、短い白髪を逆立てている男、ゼクスは鋭い目つきを一人の兵士に向けていた。
「なんだと……?」
「はっ、只今、ヴァイドビム雪道で大吹雪の中、次々に襲ってくる魔物を一撃で倒しながらたった一人で向かってくる男がいるとの目撃情報が入っております」
ヴァイドビム雪道。
アインベルク王国からレクセア王国へ向かう手段として代表的な雪道だ。
「あの雪道の魔物を一人で? んな馬鹿なことがあるか貴様」
「し、しかし、それは明確な情報であり……」
「俺に伝えていい情報は真実だけだ。――下がれ」
「……はっ!」
兵士はゼクスの命令を逡巡することなく聞き受け、命令通りに部屋から踵を返して立ち去って行った。
ゼクスは兵士を見届けることなく外を眺めていた。
(もし、あの男の情報が真実だと仮定するなら――『神聖魔導団』以外考えられんな……)
一人で狂暴な魔物を一撃で倒しながら移動している男。
もし、その男が実在するとするならそうとしか思えないのだろう。
(ふん――あり得ないな。奴等に限ってこの王国に来る筈がない……)
*
――ヴァイドビム雪道。
この日に限って凄まじい大吹雪に覆われていた。
ヴァイドビム雪道の魔物は狂暴で、かつ、足元が滑り戦闘しにくく、部隊が全滅するとして有名なデンジャースポットだ。
その雪道の一角でルーク・アルトノイトはレクセア王国のゼクス・アーデルニアの元へ向かうべくたった一人で進軍していた。
ルークの目の前に立ちはだかっているのは二頭の5M級の巨大狼だ。
全身が白く、銀色の瞳を持った威を持つホワイトウルフ。
ルークは両手に持った二丁のライフルを白狼に向けている。
「GURURURURURURU………」
白狼は唸りを上げた直後、ルークを襲った。
5Mもある巨大な体がすさまじい速度で向かってくる。
白狼の足がルークを踏みつぶそうと二頭の白狼が同時に足を振り下ろす。
白狼の目からは吹雪でよく見えなかったが確かに踏んだはずのそこにはルークの姿は見えなかった。
「ここだ狼……」
ルークは知らぬ間に白狼の頭上に跳んでいた。
白狼は野生の反射速度で、巨大な顎を大きく開け、ルークを鋭い歯で嚙み切るつもりだ。
ルークは二頭の白狼の開けた口にライフルの銃口を向けていた。
「あの世とこの世の狭間に堕ちろ……」
――ドン!
雪道に鳴り響く銃声。
銃声と共にルークが放った銃弾は口から二頭の白狼の心臓を貫き、魔力の核を正確に狙い撃っていた。
白狼は野生の雄叫びを上げたまま、空間の魔力と共に白い光を帯びたまま消滅していった。
ルークが撃ったのは魔障弾だ。
魔障弾は魔力を完全に断ち切る銃弾で、魔物の討伐を目的に主に使われる。
そして、ディオ王国を中心として流通している流行の銃弾だ。
その完璧な銃弾があるだけでは白狼は倒せなかった筈だ。
ルークが白狼の魔力核を狙い打つ狙撃技術があってこその討伐だった。
故にそれこそが『神聖魔導団』であるルークの実力なのだろう。
ルークは無傷のまま、着地した。
足元が滑り転びそうな地を難なく滑ることなく雪道の地に足をつく。
「いたぞ! 侵入者だ!」
(ちっ、もう見つかったか……!)
突然、前方から黒い人影が見える。
吹雪でよく見えなかったが、恐らくレクセア王国の軍の兵士だろう。
幸い、ルークの正体はまだ知られてはいないようだ。
ここで正体を見破られるわけにはいかなかった。
あまり、騒動を起こさずにゼクスの元に辿り着きたいのがルークの願望だ。
無論、ルークがここで兵士に捉えられてしまうと国家無断侵入の疑いで投獄されてもおかしくない状況だった。
(戦闘は避けないとだめだな……。面倒だが、遠回りをしよう……)
ルークは体の向きを変え、兵士を避けるように走り出した。
「逃がすものか! 追え!」
兵士はどうやら少数のようだ。
ルークと兵士の距離は約50Mといったところか。
迫り来る兵士の足を止めようと、ルークはそばにそびえ立っていた樹木に銃弾を放った。
銃弾は樹木に触れた刹那、白の閃光を帯びて炸裂しかなりの全周がある樹木を両断した。
巨大な樹木はかの植物魔獣ゾルザークを連想させるほどで、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「うわーっ!」
「くそ! やられた!」
樹木は兵士の追跡道を塞ぎ、なんとかルークはレクセア王国の兵士から逃げることができた。
ルークはかなりの距離を走り、吹雪の寒さと滑る地面でかなりの体力を消耗してしまっていた。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……」
ヴァイドビム雪道の光景はほとんどさっきと変わらない。
所々に立つ木々と、一面に広がる白の景色。
レクセア王国に侵入するまでは、一筋縄ではいかないようだ。
勿論、『神聖魔導団』ゼクス・アーデルニアとの交渉も忘れてはいない。
むしろ、そっちの方がメインイベントなのだから。
*
ベル砂漠――。
灼熱の太陽が砂漠を照らし、体中の水分を奪ってくる。
ソラとイリス、エステルは項垂れながらも砂漠の道を歩いていた。
一方でミリィは未だに瀕死の状態を続け、ソラにおぶってもらっていた。
「ソラ君……。まだベル王国に着かないんですか……?」
「もうそろそろのはずだぞ。多分――もう少しの辛抱だ」
エステルは既に体力の限界だ。
それとは裏腹にイリスも死にかけている。
二本の足で立つことだけでも精一杯だった。
幸いにも、この暑さのせいか、魔物はまだ一体も出現してなかった。
何時間歩いたのだろうか――変わらない風景の砂漠の道をただただ歩くだけの旅は有痛性に欠けたものだった。
故に、砂漠の道を歩くのは足の筋力もかなり使う。
――その刹那だった。
「ソラ! あれは!」
「……っ!」
言葉がでなかった。
目の前に広がる光景から溢れ出す達成感。
干からびた筈の涙がこみ上げてきそうだ。
「ベル……王国……だ……」
「やりましたね――ソラ君、イリスちゃん」
「ええ、目標は目の前よ……行きましょう……」
今まで思考が停止していた筈の三人は、目の前の光景――ベル王国を目にしてから活気が滲み出ていた。
ベル王国は、砂漠の中心地と言っていいほどの場所だったが、砂嵐を避けるための壁が施されていた。
王国の中の様子は伺えなかったが、ソラたちには王国以外の何でもなかった。
ただこの旅が一旦、休憩地になることだけが錯乱する。
「そうだな――イリス、エステル……そして、ミリィちゃん。走るぞ!」
三人は顔を一瞬見合わせ、お互いに頷き合う。
――直後、ベル王国に向かって走り出す魔導師の姿があった。




