第61話 灼熱のベル砂漠
――灼熱の砂漠。
アインベルク王国をすでに出たソラ、イリス、ミリィ、エステルの四人はベル王国に向かっている途中だった。
ベル王国の『神聖魔導団』であるセレスティナ・カッツェヴァイスをサキュバス戦との戦闘員として雇うことが唯一の目的だ。
本来ならここで四人は噂通りの恐ろしい女と聞くセレスティナの元へ向かう――ならば、緊張する一面が見られるはずだった。
――が。
その暇もないようだ。
ベル王国は完全独立国にして、砂の国と聞く。
そうであれば、ベル王国への旅路も砂漠であるというならおかしくはない。
故に、最高温度を40℃を超えるという《ベル砂漠》でソラたちはそのただならぬ気候に苦戦していた。
周囲に水もなく、また、その先に見えるはずのベル王国の姿形も見えずただただ灼熱の地を歩くだけだった。
「ねえソラ……喉乾いた……」
「イリス――お前、炎魔法使うくせに暑さにはだめなのか?」
「ふっ、ふざいけないでよ。私だって人間よ」
そこに響くのは枯渇したソラとイリスの声だった。
いつもの活気のある声と違ってどこか死に耐えるゾンビの声と言った方が正解に近い。
「ミリィももう……ダメかも……」
「私もです――水筒に入っていた水も蓋を開けた瞬間全部蒸発しましたし……。何なんですかこの太陽は」
「ミリィちゃんもエステルも我慢してくれ……。ルークさんもこの砂漠のことはアレほど青い顔で語ってたんだ……皆このくらいのこと魔導師なんだし覚悟していただろ……?」
項垂れた四人は、生憎に水は持っていたが、空気の通り道――故に水筒の蓋をあけた途端に太陽の不覚の日照りの強さとエネルギーによりそのすべてが蒸発してしまった。
人間界ではいくらなんでもあり得ないことだが、魔界ではそれを可能にしてしまう。
――信じられないが、現状はただの現状にすぎなかった。
(しかし、ここで手を打たねえと皆、脱水症状で干からびてしまうぞ……。美少女を三人失うのはさすがの俺でも痛いぞ……)
ソラが必死に辺りを見回しても視界に入るのはただの砂漠だった。
四方八方を砂に囲まれているだけだった。
(くそ……!)
心の中で涙を流しながらも成す術はもうなくなっていた。
(サキュバスを倒す前に俺たちは砂漠に倒されちまうのか!)
未来に見える暗闇がソラを襲った。
暗闇には一切の光を覗かせておらず、まさに絶望の境遇。
「ミリィ、空でも飛べない……?」
「――そうだよ、ナイスだイリス! さあ、ミリィちゃん、その翼で空を飛んでオアシスでも発見するんだ!」
思えば、ミリィは自分の背中に天使の如く翼を生やすことができる。
風の力を戦力に変えていく魔法のミリィならばできることかもしれない。
「ごめん、ソラっち……。イリスっち……。ミリィはもう魔力が暑さに持ってかれてダウンだよ……」
――ドスっ!
突然、目の前の小柄な体躯が電信柱が倒れるように豪快に倒れた。
砂埃が舞う中、ソラは彼女の体を起こした。
「ミリィちゃん……!? まずい、これは脱水症状だ!」
「大変ですソラ君! これは!」
「ソラ! ちょっと悔しいけど、ミリィをおぶってあげて!」
イリスの言葉には少し引っかかる言葉があったが、今は考えている間もない。
ソラはミリィの身体を両手で持ち上げ、ゆっくりとソラの大きな背中におぶってやった。
「はぁ……はぁ……。ソラっ……ち……」
ミリィという美少女の豊満な胸がソラの背中に当たっている。
イリスのそれとは比べ物にならない程、大きく――まさに押し付けられている状況だ。
加えて、ミリィから流れ出る汗がソラの肌にねっとりと混じり合う。
汗で美少女ミリィの白いスベスベな肌が滑ってミリィの身体が揺れ、胸までも揺れていた。
無論、ソラの頬は変な気分に見舞われ、紅潮した。
「ちょっ、ソラ! なんかいやらしいこと考えてないよね!? ――その、いくら、私の方が貧相だからってそれはないんじゃない!?」
「そうですソラ君! 変態すぎます! 犯罪です! 魔導協会にそのまま牢に入れられてください!」
「えーっ!? それはひどいだろ!?」
イリスとエステルは揃って頬を膨らませてソラに怒りの視線を送った。
視線が痛すぎて、無意識に目を逸らしてしまう。
が、目を逸らしたその先にエステルの豊満な胸があり、また視線を戻した。
次にイリスの小さい胸が目に入ったのでそっと胸を撫で下ろした。
「なんか今すっごく嫌な感じがしたんだけど気のせいかな? ソラ……」
「きっ、気のせいだよ。はは……」
ソラはイリスの勘が鋭すぎるためか、愛想笑いをした。
「あのー、イリスちゃん。世の中には小さいおっぱいでも認めてくれる男性だっているんですよ?」
「うっ、うるさい!」
「ひぃー!」
エステルはどうやら励まそうとしたらしいが、かえって逆効果を生んでしまった。
「もう! 見てなさい! 一年後にはきっと目にもの見せてあげるわよ!」
「イリスちゃん。もう、十八歳は諦めた方がいい年だよ……?」
「…………」
イリスは、恥ずかしさが一戦を超え、顔が真っ赤になった。
この砂漠の暑さが故にソラは熱中症にでもなったかとでも心配をしそうになるほどだった。
恐らく、エステルには悪気はないようだ。
「な、なあイリス。エステルはその――人を慰めるのが苦手なんだよ……」
「すっ、すみません……」
「ええ、そうね。きっと、人を怒らせるほうが得意なんでしょうね……」
「すっ、すみませんーーー!」
エステルはイリスに向かって必死に頭を下げていた。
ソラは最強の魔導師である『神聖魔導団』であるエステルがイリスに頭を下げるなど、滅多にない光景だと悟り、敢えてその姿に感動を覚えていた。
「イリス――落ち着こうぜ……」
「そ、そうね……こんなところで起こってる場合じゃないわね……」
「私もその――すみません……でした……」
「いや、いいのよ。私も熱くなったのが悪いし」
「さっ、この辺にしておいてとっとと先に行こうぜ! 早くしないと干からびるぞ」
「そうね――行きましょう」
「はい!」
「それに、この辺は暑すぎるせいか魔物も見当たんねーしな。安心して前に進むことだけを考えた方がよさそうだな」
「でも、万が一のことがあったら私も手を貸します」
「ありがとうエステル。頼もしいな」
エステルとソラの会話を見ていたイリスも何か言いたそうな顔を向けていた。
「私だってエステルになんか負けていられないから! ソラの恋人として、ソラは渡さないんだからね!」
「い、いや――イリスちゃん。私はそんなこと企んでないんですけど……」
イリスとエステルのペアはどこか、性格が合わなそうだ。
ソラがミリィを背負ったまま歩くのは変わらなかったが、二人の視線は変わらずソラに向けられていた。
その事実にソラは精神的な疲労を吐き出すようにため息を一つついた。
まだ先は長そうだ。
――いろいろと。




