第60話 最強の戦力探し
ただの学院長アイリスが《六魔》について知っていたのは、アインベルク王国現国王アインストからの伝言によるものだった。
魔王復活が早まり、いつ復活してもおかしくない状況になってしまった。
《六魔》の六体のうちの一体である夢魔が復活してしまったこと――これが直接の理由に繋がる。
故に、国王や『神聖魔導団』同士での隠密情報など拘っている必要はもうないということなのだろう。
その後、ソラ、イリス、ミリィ、アイリス、エステル、ルークの六人は作戦会議に移った。
ルークから人間界で現在起こっていることが綿密に伝えられ、サキュバスや人間界の魔導師――そして、サキュバスが二つの拠点を作り、戦力を分散していることも。
「一つ、気になったことがありますが――ルーク、いいでしょうか?」
「ああ、勿論」
アイリスが疑問に思うと、真っ直ぐな視線をルークに向けたまま言葉を続ける。
「《六魔》は炎魔、氷魔、天魔、雷魔、怨魔――そして、サキュバスの夢魔。この六体のはずです。ここまでは分かりました。しかし、人間界にはサキュバスが大量発生しています」
「つまり、六体だけのはずである《六魔》のうちの一体、サキュバスが何体もいては原理が通らないと?」
「ええ……」
「簡単なことだ。ボスサキュバスがいて、そいつが自分の媒体を作っているだけの話だろう。――あまり考えたくない話だ」
「やはり……」
「そうだ。しかも、そう考えるとサキュバスは本来なら一体、本体を倒さねば奴らは増え続ける」
理論は通っている。
サキュバスの発生源を潰さない限り、雑魚を倒してもまた増殖する。
つまり、魔力と戦力が失われ、敵の魔力と戦力だけが増える。
まさに負の連鎖だ。
「でも、本体の居場所は分かっているんですか?」
そう告げたのはソラだ。
故に、自分が本体であるボスサキュバスを叩きたい――そういう算段だろう。
「確定な情報はないが、人間界の秋葉原かイタリアのどちらかだろう。拠点であるアジトに本体はいると考えた方が自然だな」
「ちょっといいかしら……」
「イリスか――いいぞ」
「まさか、ここにいる魔導師六人でサキュバスを叩くつもりですか? ――いくらなんでもこっちの方が劣勢だと思うわ」
「はい、ルークさん。それに黒蝮雷蓮と名乗る人間界の魔導師もサキュバスに加担しています。俺とルークさんの二人がかりで戦ってもほぼ互角でしたし……」
イリスとソラの反論にルークは眉一つ動かさない。
そうしていられるのも、ただ一つの確信があったからだ。
「確かに二人の言っていることは間違っていない――戦力を追加する」
「まっ、まさかルークさん! あの二人を!」
この場に来て初めてルークの言葉に反応した。
エステルの反応からするととんでもないことを考えているとみて相違ない。
「――残りの『神聖魔導団』を招集する」
「何を考えているんですか! ルークさんは!」
「そうです。あの二人をどうやって! 不可能です!」
エステルに続いて、アイリスも抵抗した。
そう見てるとアイリスも残り二人の『神聖魔導団』のことは既知らしい。
現在、この学院長室の一室に三人の『神聖魔導団』が集まっている。
『神聖魔導団』は五大国にそれぞれ最強の魔導師が一人。
故に五人の最強の魔導師だ。
――一人は、アインベルク王国の神薙ソラ。
――二人は、リリパトレア王国のエステル・アトラーヌ。
――三人は、ディオ王国のルーク・アルトノイト。
「ベル王国のセレスティナ・カッツェヴァイス。そして、レクセア王国のゼクス・アーデルニア。この二人を人間界に連れて共にサキュバスを殲滅してもらう」
「――っ!」
レクセア王国についてはソラもイリスやエステルから聞いていた。
――レクセア王国。
国王不在の中、ゼクス・アーデルニアの統率権の元、最強国として軍事力向上に今も務めている強豪国である。
故に軍国主義国。
五大国の中で最強の戦力を持ち、誰一人として他国の魔導師はレクセア王国に近づかない。
現に、リリパトレア王国を植民地として支配しているため、食料等は保てており、他国との国交はリリパトレア王国だけだ。
「ゼクス・アーデルニア。『神聖魔導団』最強にして最強の魔導師です。しかも、軍国主義で協力的ではない彼をどうやって動かすんですか?」
「アイリスよ。それに関しては問題ない。力づくでも俺が一人で連れてくるつもりだ」
「まさか!」
「心配は無用だ。レクセア王国の軍人に見つかれば無差別に攻撃されるケースがある。だったら俺一人で向かった方が妥当だろうな」
「…………」
ルークの言っていることはただの正論だった。
『神聖魔導団』であるルークなら少しは頼っていいのかもしれない。
一方でミリィは重い話は苦手としているため、静かに会議を聞いている。
「ねぇルークっち。じゃあ、ミリィたちは何をすればいいの?」
目上の人物に対して、一見失礼な言い草だったが、ルークは気にはしてないようだ。
「ああ。ソラ、イリス、ミリィ、そしてエステル。お前たちにはベル王国のセレスティナ・カッツェヴァイスを頼みたい」
「ルーク! 危険です! ベル王国のセレスティナ。彼女も何をしてくるか分かりません!」
「アイリス。心配は無用だ」
黙り込ませるような口調でルークはアイリスを制す。
「ベル王国ってどんな国か教えてもらえますか?」
その中でもソラは丁寧で冷静だ。
「ベル王国は完全独立国だ。魔界の西国で、砂漠国。他国との国交も一切結んでいない。レクセア王国と比べると断然簡単に入国はできるが――セレスティナは非人道的だ。ベル王国の国王の実の娘だが、気に入らない国民は片っ端から奴隷にする。最強と呼ばれる『神聖魔導団』ほど、扱いは面倒だ。気を付けてくれ」
「はい、わかりました……」
ベル王国もレクセア王国も少し問題がある国と思われる。
こう聞くと、二人の『神聖魔導団』が非協力的と言われても納得できた。
エステルのような心優しい若い『神聖魔導団』がいる一方でも、一見敵になりそうな『神聖魔導団』だっているらしい。
皆が皆仲の良い最強魔導師たち――というと、肯定ができない。
しかし、ルークが危険を冒してでも残り二人の『神聖魔導団』――ゼクス・アーデルニアとセレスティナ・カッツェヴァイスを戦力に入れようとしている。
即ち、二人がいることによってとんでもない戦力になると考えても良いようだ。
――すべてはサキュバスを討伐し、人間界を救うためだから。
「人間界がいつサキュバスに占領されてもおかしくない。時間がない。急ぐぞ」
「ルークさん……」
「なんだ? ソラ?」
ソラの観察力は常人以上だ。
ルークの右腕が震えていて、魔力の質がより一層濃くなっている。
「緊張――していますか……?」
「ここは強がりたいところだが――正直のところ、怖い」
「…………っ!?」
『神聖魔導団』と呼ばれる最強の魔導師。
彼、ルークが恐怖を感じている。
それほど――そこまでルークに感じさせるゼクス・アーデルニア。
「ゼクス・アーデルニア。彼だけは人間の域を超えている。人間を絶対的服従させる統率力。誰もゼクスに反抗しない――それにゼクスが負けたところは一度も見たことがないからな」
「無敗……ですか……」
「そうだ。それにゼクスが戦闘において押されているところも見たことがない」
「な……に……」
ゼクスという男の恐ろしさを聞いて空気が凍り付く。
誰かが唾を飲み込む音でさえ聞こえるほどの沈黙だ。
「すまんな……嫌な話をした」
「いえ、同じ『神聖魔導団』として、気を付けなければいけないと分かりました」
「そう言ってくれるのはお前だけだソラ。彼の話を聞くものは皆、名前を聞くだけでヤバいんだよ……」
数秒の沈黙。
この沈黙を抑え込んで、真に入っていたのはアイリスだった。
「ソラ――。ドアを見て下さい。警備もいよいよ抑えきれなくなってしまったようですね」
「まさか……」
ここにいたソラ、イリス、ミリィだけはその原因を察していた。
見れば、学院長質のドアの向こうから無数の人の気配を感じていた。
――他でもない、女生徒のものだった。
「ソラ様がここにいるんですか!?」
「いるんですか? いるならお返事ください!」
「イリスなんて敵じゃありませんわ!」
ドアの向こうから聞こえる声にソラの顔は青くなった。
「そ、ソラ……。お前、この学院でどんな立場なんだ?」
「そうです――なんですか。まさか、全校生徒が集まってきているわけではないですよね……?」
ゼクスの話を聞いた時以上に、ルークとエステルは顔が強張っていた。
世界の危機が訪れたかのような一つのシーンのように。
「ルークさん。エステル。こればかりは俺の手に負えないやつです……」
「ソラっち、今回ばかりはミリィも同情する側に入るよ……」
「もういっそのこと、早く『神聖魔導団』の元に向かった方がいいと思うわ……」
事情を知っているソラやミリィ、イリスだからこそ言える言葉だった。
「では、皆さん。そこの窓から飛び出して出発しちゃってください。ささ、早く。生徒がもうじき入ってきますよ」
「そうだな――では行こう」
アイリスの助言を聞いて、ルークも早足に窓から飛び出した。
続いて他の四人も泥棒のように飛び降りる。
――バァン!
学院長室のドアが一斉に開き、女生徒の雪崩が起きた。
「キャアアアアアアアアアーーーーー! ……って、ソラ様は――?」
「残念ながら彼は旅に出てしまいました。また挑戦してくださいね」
ソラを狙ってきた一人の女生徒の言葉にアイリスが笑顔で返した。
――ルークは、レクセア王国のゼクス・アーデルニアの元へ。
――ソラとイリス、ミリィ、エステルはベル王国のセレスティナ・カッツェヴァイスの元へ。
それぞれが、思いを秘めたまま、アインベルク王国を出発した。




