第56話 黒蝮の侵入者
――洞窟。
そこに集うは三人の『神聖魔導団』だ。
一人はアインベルク王国の最強、神薙ソラ。
漆黒魔力を持つ人間界出身のイーディスの英雄。
最悪たるギルド虚無の棺桶マスター、ロイド・イスタンベラを打倒し、王国の最強の意味での魔導師に昇格した。
魔剣紅血の剣と聖剣シリウスを使いこなす新星魔導師だ。
二人はリリパトレア王国の最強、エステル・アトラーヌ。
五大国の中でも最弱と呼ばれるが、その迅速な雷撃系は《六魔》をも圧倒するマジシャン。
レクセア王国からの独立の為に努力している。
三人はディオ王国の最強、ルーク・アルトノイト。
彼に関してはまだ情報が足りない。
二丁のライフルと最強の称号からはやり手のガンナーだと見受けられる。
正直ソラにとっては最強という称号を荷が重いと感じていたところだ。
一方で、ルークはソラの威勢に畏敬の念を向けた。
『神聖魔導団』に任命されたばかりの少年が最強に値する魔物《六魔》に立ち向かう姿勢に――。
「正直ソラには感激した……こんなに若い少年がここまでやる気だとは――」
「ルークさんもそう感じているんですね。私も彼と出会った時――不思議な感覚になりました。この人なら何かを変えてくれる……と」
「そんな……大袈裟ですよ。俺なんて自分がしたいだけのことをしているだけですし」
ルークとエステルが称賛するも、ソラはあまり現実を理解できていないようだ。
実際、まだ魔導師になって半年も経過していない今、ソラは二人の最強魔導師を目の前にしている。
最強という概念に執着しすぎているのは大いに自覚している――だが、この二人に実力が届くのだろうか。と。
「緊張しすぎだお前は」
「そうです。リフレッシュも時には大事ですよ。こうして同じ『神聖魔導団』の仲なんですから」
ルークはテーブルに三本のグラスを差し出した。
隣にいたエステルは無表記で無地の透明の瓶からジュースらしきものを注いでいる。
「これは……?」
「俺たち先輩からの歓迎の気持ちだ。受け取ってくれ」
「あの……」
「いいからいいから――取り敢えず乾杯です。今日も夜が深いですし、一先ずここで一夜を過ごしましょう」
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
ソラ、ルーク、エステルの三人は一斉に飲み物の入ったグラスを上げ、乾杯を交わした。
ソラはゆっくり飲み物を運ぶ。
「この飲み物……ちょっと刺激が強いな……」
初めて飲むかのような感覚が襲うが気にせず飲み干した。
三人の中では他愛もない緊張感が解れた会話が進み、なんとかやってけそうな――もどかしさを感じていた。
ソラはあることを疑問に思っていた。
「あの……ルークさん。この飲み物は一体……?」
「えっと……。これは何か人間界の飲み物でね。その辺の商店街の店でまあ何となく選んだ飲み物なんだが……店員らしき人に『成人』がどうとか問われたよ……」
「ま、まじ――ですか――」
「ああ、まじだ」
(いや、これ酒だから……!? まだ俺、十八なんですけど……!?)
そう、無論、ソラ達が飲んでいたものはアルコールの入った正真正銘の酒だった。
『酒』と呼ばれる飲み物は魔界では存在しないため、敢えて口には出さなかったソラだが心の中でツッコミを入れた。
未成年者飲酒禁止法に引っかかることを恐れ、早く人間界を去りたい思いが微々に込み上げてきた。
(犯罪を犯してしまった……。まあ、バレなければいいんだけど……)
十七歳でアルコールの耐性がついていない少女エステルは酔い負け、気を失っていた。
少し酔い気味だったが、何とか堪えるソラは気絶寸前だ。
自分がアルコールに弱いことが分かり、半分悔やんでいたがそれ以前の問題。
二十六歳のルークは平然を装い、初の酒だったのにも関わらず流石の状態である。
――その刹那だった。
「やあ、君たち――こそこそとこんな夜中に何をしているのかな?」
「――っ!?」
突如、洞窟内に響き渡る空虚な声。
未来を見据えていないと思わせるような残虐な声。
「お前、いつの間に……!」
ソラとルークが驚愕したのは他でもない。
突然現れた男が自分たちのすぐ真後ろにいたということだ。
「ちっ、どこから湧きやがった!」
「何者だ……」
俊敏的な速さでバックステップをし、男との距離を取った。
いかにも冷静で、存在感を感じない男の空虚な目と黒髪に恐怖を覚えた。
「ふうん……。そういうこと言うんだ。僕は礼儀があると自覚しているからね。正門から堂々と入ってきたのに……酷いな」
「は? ――勝手に入ってくる方がどうかと思うぜ? そっちの方が常識だろ」
男の発言に挑発するようにソラが乗る。
ルークは警戒態勢を取ったまま、男に訴えた。
「待てソラ……今こいつ……正門から入ってきたって言ったよな?」
「言いました――けどそれがどうかしたんですか?」
「この洞窟は人間の目には見えない」
「まさか……」
「もしこの洞窟が実際に見えて、故意に入ってきたとしたら……」
「魔導師――なんですか?」
「そうなるな……」
そう、この洞窟は本来、人間とサキュバスからの目を避けるため、魔力を持つ魔導師にしか感知されないように造られた洞窟なのだという。
故に、男は魔導師ということになる。
「魔導師? へぇ……君たちが……ねぇ……。僕も魔導師だよ。つい三日前になったばかりだけどね」
「え……?」
「な、なんだと……?」
男の言っていることがはっきり理解できない。
「まあ、いいや……。どうせ、標的なんだから教えないよ――僕が殺すための。ね」
「てめえ、ふざけんな!」
――ドン!
刹那、ルークは背中の二丁のライフルを抜き、一瞬にして男の首を狙って銃弾を放っていた。
流石最強と言うべきか、その瞬発力ならば十分に首を狙えていた。
――だがが、
「なっ!?」
「酷いな。僕が殺すのに……いきなり撃つなんてさ」
気付いた頃には遅い。
ルークの背後に男は回り込んでいた。
「馬鹿な!」
「ねえ……。死んでよ……」
男の右腕がルークを襲おうとした刹那、漆黒の魔剣が男を狙った。
そこには紅血の剣を纏い、上段を叩き込もうとしたソラが立っていた。
――しかし、それを察していたかのように男は体を常人とは異なる柔軟さを生かして反らした。
「お前が俺の攻撃を交わすことなんてわかっていたんだよ! ――空手術、兇閃牙迅拳!」
開いた左腕でソラは漆黒の魔力を込めて打ち込んだ。
――はずだった。
「しまっ!」
男は足元のテーブルを蹴り上げて、ソラの攻撃を錯乱させ、標的を見失わせた。
気付けば男はソラの脇腹に拳を叩き込もうとしている。
「――連弾・故雨!」
刹那、連続的な雨のような魔力で構成された銃弾が男に降り注いだ。
ルークの声と共にソラは跳び避けた。
広範囲に降り注ぐ迅速な魔力の銃弾にはもはや逃げ場はない。
男は咄嗟に地の岩石を掘り上げ、盾とするが岩石を銃弾が貫く。
「無駄だ! 俺の銃弾はただの岩石に劣るほどヤワではない!」
「ちっ――!」
男は完全に銃弾の雨に飲まれる。
洞窟の岩石が砕かれ、砂埃が舞う。
「やった……か……」
「今のは完全に直撃したはずだ……」
砂埃が止むと、そこにはボロボロになった服を纏った男が立っていた。
頭から若干の血が流血し、致命傷は避けたようだ。
「まあいいよ――まだ、完全に魔法が使えないからね僕。殺すのはまた今度だ。サキュバスにはアジトは特定したと伝えておくよ」
「サキュバスだと……?」
「お前……」
不意に思いもしなかった言葉にソラとルークは困惑した。
「ああ、そうだ。僕に血を流させたご褒美として教えておいてあげるよ。僕は黒蝮雷蓮。また今度会った時は殺すからね……」
雷蓮と名乗った男はそう言い残して、踵を返して立ち去った。
「おい、待て!」
ソラの言葉は男には届かなった。




