第53話 エステル・アトラーヌ
「はぁ……はぁ……」
さすがに息が上がる。
突如現れた花緑青の長髪の少女――まさに女神を連想させる神秘的な少女にソラは幸運にも助けられた。
彼女の雷撃魔法の麻痺拘束にとりサキュバスの足を止め、遠くまで遥々逃走してきた。
サキュバスはソラの眼前にいる神秘な少女に恐れ、追ってくることは一先ずないだろう。
小柄な体躯にも関わらず出るところは出ている豊満な胸に目が奪われる。
彼女の格好は露出度が高めの現代の流行のファッションといったところか。
まだ、夏の名残のある秋であるため、襟がとても広いファッション。
少女は全力疾走による疲労のためか、息をつきながら前かがみになっている。
まるで、見せつけられているような豊満な胸――汗が豪勢な谷間に流れ込み、ソラは唾を飲んだ。
「その――あなたは……」
「あっ、ごめんなさい! 私はエステル・アトラーヌ。君と同じ魔導師です。見た感じ君と同年代な感じだから気軽に話しかけてもらって結構ですよ」
「うん、よろしく」
エステルと名乗った少女は、ソラに微かに笑みを向けた。
イリスという恋人がありながら少しドキッとした。
愛嬌のある口調に絶妙なボディスタイル――そして、特徴的な花緑青の髪。
街中を歩いているだけで何人にナンパされてしまうのか想像がつかない。
「あの少し気になったことがあるんだけど――サキュバスにやられた痛覚が引いてるのって……さっき死ぬほど痛かった記憶があるんだが……」
「それです。サキュバスの魔力にしか効果のない特殊な魔力で合成された麻酔薬を打ちましたので!」
「なるほど……。ありがとう――さっきも……助けてくれて……」
「いえ、同じ魔導師として協力し合うのは当然の義務です!」
エステルはそう言って胸を張った。
そのためか、エステルの豊満な胸が余計に協調されて、目のやり場に困る――というのは言わないでおこう。
このまま名乗らせておいて自分は聞いただけになるのは気が引けるので自分の自己紹介をしようとする。
「俺は神薙ソラ――」
とソラが言いかけた時、エステルは世界の終焉を見るかのような眼差しを送ってくる。
その裏腹に目を輝かせているという実態も伺える。
「――?」
「君が神薙ソラ君――!?」
「えっ!? ……知ってるのか? 俺のこと……」
「勿論ですよ! 突然現れ、あのロイド・イスタンベラを討った最強魔導師! 神薙ソラ――その名前を知らない人なんて魔界では存在しないですよ!」
(そんなに俺の知名度が広がっていたのか……)
とソラは驚愕と満足の目を示した。
魔界とは恐らく、ソラでいう異世界のことだろう。魔法の存在する世界ということだ。
「そんな! 大袈裟すぎるって! 俺は大した魔導師じゃ……それにさっきはサキュバスにやられていたわけなんだし――」
「サキュバスが強いんです――初見であんな怪物的な魔力を持った魔物を倒すなんて無理です。それにサキュバスは《六魔》と呼ばれる強力な魔王の守護魔。今、魔導師たちが滅ぼさなければならない敵なんですから……」
「《六魔》……? 初耳なんだけど……!?」
彼女の一言で一気に頭が混乱した。
魔界に言ってからアイリスやイリスからも聞いたことない――ましてや、国王アインストからも聞いていないのだ。
そんな奇妙な単語をどこから――。
「え!? 最強とも謳われたあの最強魔導師が知らないのですか!?」
「その言い方――ちょーーっとやめてほしいな……とか思うんだけど!?」
「それは失礼しました!」
「おっ、おう……」
少女エステルの余計な一言で急に話の方向がずれた気がした。
「まあ――仕方ないです。この《六魔》に関する情報は五大国の最強魔導師、『神聖魔導団』だけにしか伝えられない超超超極秘情報なんです! まあ、先日『神聖魔導団』に任命されたばかりのソラ君にはまだ早かったのかなぁ……」
そんなことを言いつつもエステルは項垂れた。
「いや、待って!? 『神聖魔導団』って急に言われても困るんだけど――俺が、その『神聖魔導団』になったのか!?」
「まさかとは思いましたがそんな重大情報を本人に伝えないとはとんだ国王様なんですね……」
「アインスト陛下はそんな怠惰な人じゃあねえだろ――これは推測に過ぎないが、俺がこの世界に強制送還されてしまったからなんだと思う」
エステルは今までの筋が通ったのか――拓ける道を見つけたようだ。
「そっか――ソラ君も人間界に強制送還されたんですね……」
(なるほど――この世界は人間界って言うのか……)
「じゃあ、エステルもそうなの?」
「うん。私も気付いたら裸で――って何言わせるんですかもう!」
「俺何もそこまで求めてなかったよ……!?」
エステルは顔を真っ赤に紅潮させたまま自分の胸を覆い隠すように後退りした。
異世界転移の際は自分自身の転移のため、衣服などは転移できない。
よって、自分の所有物の移動はできないのだ。
人間界に魔力が発達していないのはそのためだ。
ソラは咳払いを一つした後、話を続ける。ソラには二つの疑問点がある。
一つ目は、《六魔》ついて。
二つ目は、『神聖魔導団』について。
「で、俺が『神聖魔導団』ってのに任命されたのは分かったが――。それって何なんだ?」
「うーん、これも知らないかぁ……。『神聖魔導団』は魔界の五つの大国に一人ずつ存在する最強の魔導師。国家間の自由な行き来やダンジョンの自由立ち入りなどいろいろな特権が許されるという利点がある一方、国王の命令に簡単に動かされるという難点もあるんですが――まあ、そんなところです。中央国であるアインベルク王国は十年前、王都イーディスエリーの例の事件まではロイド・イスタンベラが『神聖魔導団』に任命されていました。しかし、その事件をきっかけにロイドはその座を国王に強制剥奪され、ここ十年間空席になっていました」
「なるほど……それで俺が『神聖魔導団』に任命された――というわけだな」
「その通りです」
国の最強の座。
こういう称号も悪くない気分だ。
自慢気に説明するエステルはどこか楽しそうだ。
「じゃあ、《六魔》についても教えてくれないか?」
「そうでした。ここからが本題です。《六魔》とは魔王の守護魔と称される六体の最強の魔物。魔王復活の前兆としてその魔物は魔界に放たれます。しかし、先日のゾルザークの魔力消滅の影響で魔王復活の期間が少し早まってしまったせいか突然それは放たれました。――そして、彼ら《六魔》を倒せば魔王は完全に復活します」
「魔王の復活――そうか、それが魔王を復活される方法だったのか!」
「えっ!? ――何を」
エステルの反応は必至だ。
魔王ほどの恐ろしい狂気を復活させようとしているのだ。
「俺の目標は魔王討伐だからな――ちょっと、ロイドにそう宣言しちまったからよ……」
「ロイドに?」
「ああ……詳しいことは言えないけど」
ロイド・イスタンベラとの闘い。
イリスたちの仇のために彼を倒した。
しかし、彼は自分が魔王を倒す目的を失ったが故、ソラにそれを託した。
そして、ソラはロイドに《ユウシャニダイメ》になると――魔王と倒すと誓った。
「《六魔》のことはよくわかったけど――その六体のうちの一体がサキュバスってことでいいんだな?」
「ええ。サキュバスは《六魔》のうちの夢魔。快楽に生きる醜悪たる性の色欲魔。今、私達『神聖魔導団』が倒さなければいけない敵です」
今何て?
私達――?
「まさか、エステル――お前……」
「やっとお分かりいただけたみたいですね。私は魔界の東国に位置するリリパトレア王国の『神聖魔導団』です。と言っても、貧乏な最弱国ですが――。一緒に頑張りましょうね、ソラ君!」
エステルは何事もなかったかのように両手を後ろに組みながら一方的に笑みを送った。
再びソラはその可愛らしい仕草に心を射抜かれた。
いきなり、『神聖魔導団』やら《六魔》やらというような単語が登場しましたが、――そうです、単純に考えていただければそれでいいのです!
というのは冗談ですが、ついにブックマークも150件を超えようとしています。
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