第52話 雷撃の光芒
極寒とも思わせられるような純白の丘の上で、鎌を持った三十人のサキュバスが神薙ソラを包囲していた。
「俺に何の用かな? 性欲の捕食者め――」
ソラが軽く挑発をするが、サキュバスは鎌を構えたまま身動き一つ取らない。
と、サキュバスの大群の中からリーダー格と思われるサキュバスが口を開く。
「それは聞くに堪えないねぇ……私たちサキュバスから見たらあなた方は魔物の捕食者に過ぎないのに……」
「そんなこと言われても俺は困るってもんだ。俺はただ降りかかる害を取り除こうとしているだけだ……」
ソラはそう言い残したまま漆黒の紅血の剣を構えたまま、リーダー格のサキュバスに向かって跳ぶ。
「そんな単純な攻撃パターンでこの私を倒せるとでも――……ッ!?」
(違う――この動きは……!)
ソラはリーダー格のサキュバスに紅血の剣を振ると見せかけバックステップを踏んだ。
体の軸を回転させたまま背後のサキュバスに一閃。
「ぐっ!?」
中腹を斬り裂くと真紅の血が飛沫を上げた。
ソラは倒れ掛かるサキュバスを踏み台にして大群の包囲の外へ大きく跳ね、脱出した。
「ちっ。逃げる気か! ――随分と余裕そうだな」
「あ? 俺が逃げたところでお前らエロ女共は追ってくるだろうが!」
リーダー格のサキュバスは軽く舌打ちすると鎌を天へ指す。
「遊びやがって――おい、お前らとっととそいつを殺せ!」
リーダー格のサキュバスが声を上げると、三十体のサキュバスは一斉にソラに向かって走り出した。
「サキュバスをナメやがって……夢魔と呼ばれし私達の力を思い知れ魔導師……」
すると、三十体のサキュバスの鎌が一斉に桃色に発光する。
ソラは突然の異常に警戒態勢を強める。
戦闘のサキュバスが冗談をソラに叩き込む。
紅血の剣でその一撃を受け止め弾け飛ばした。
(――? 何かとんでもない大技というわけでもなさそうだな)
続けて襲撃してくる鎌の一撃、二撃を受けては弾き返す。
普通の攻撃を代わりないようなただの鎌の攻撃を効率的に返していただけ――のはずだったが。
「仕返しだエロ女共……! ――猛天大舞踏!」
雪崩のように襲いかかる三十人のサキュバスをソラの大回転の剣技で吹き飛ばした。
「キャーーーーーーーー!」
ギャル系女子高生のような悲鳴を上げるサキュバス。
――が、悲劇はすぐ訪れた。
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!」
突然の呻きを上げるソラは、右腕を強く抑えたまま膝をつく。
「何を――しやがった――」
「今頃気付いたの? だわいわねぇ……あなたのような技術重視の魔導士はすぐにサキュバスの罠に掛かる……この低能め……」
何故か腕が今にも外れそうな痛みが迸る。
サキュバスの鎌を直に受けたのではない。
故に攻撃を受けたのは紅血の剣だけだ。
――しかし、今まで気づかなかったのか。
異様な桃色の魔力。それを見た刹那なぜ警戒しなかったのか、自分の無能さを呪ってしまう。
(なんだ――次は膝が痛い……)
両膝を思い切りついた反動でここまで痛くなるのか。
――常識的に考えてそれは絶対的にあり得ないことだ。
ただの痛みなら普段ならこのまま戦闘を継続する。
無論、尋常ではない程の痛みがソラを襲っているのだ。
ソラはただ自分を見下すサキュバスを睨め続けることしかできなかった。
「信じられないとでも言いたそうな顔だなクソ魔導師……さっきまでの威勢はどうしたよ……。まあいいさ、教えてやるよ。サキュバスの魔力――それは、痛覚を倍増させる怒涛の魔力」
「痛覚……だと……?」
「ああ、そうだ。一度触れれば痛覚は二倍、もう一度触れればまたその二倍。即ち、こいつらの鎌を喰らえば喰らうほどあなたの痛覚は倍増する」
「なっ――!?」
その言葉を聞いた瞬間、ソラは絶望を想像した。
(一体俺は――何回攻撃を受けた……?)
時既に遅し。
三十体のサキュバスをある程度鎌の攻撃から返したことから想像して十回は受けていると想定する。つまり、二の十乗――約千二十四倍だ。
もし、仮にそれほどの痛覚になったとしたら、衣服を纏っているだけでも死ぬとされる程だろう。
それなのにソラがまだ息をしているということは、修行によって体が少しでも強化された――或いは、魔力が何らかの反射行動を起こして自らの体を保護しているかの二択になる。
紅血の剣はソラの魔力で構成させている。
つまり、同じ魔力の所有者にまでサキュバスの魔力は共有させることになる。
とすると、この右腕の痛みは紅血の剣から来たもので、彼女らを攻撃したさいの反動ということだ。
サキュバスはソラに悟られないためにわざと直撃を狙わず、紅血の剣を攻撃していた。
ソラの警戒を緩和させるためにわざと単純な攻撃を喰らわせ、『余裕』を自覚させる戦闘術。
さらに戦闘経験がまだ少ないソラにとっては尚更だ。
――知能を持った魔物、サキュバス。
彼女らを敵に回すことがどれほど厄介か痛感した。
「さあて、あなたはここで殺すという命令だったが予定は変更だ。あなたの魔力は実に素晴らしい。認めたくはないが――これまで出会ってきた魔導師共の中でも異質な魔力だ。それに『男』という条件付き――我が部下たちよ、これをボスの手土産とさせてもらうのはどうだ?」
部下のサキュバスたちは一斉にお互いを見つめ合いながら頷いた。
「よし、決まりだ。そいつを捕獲しろ。ヤツの痛覚は今はすっげえことになってるだろうな。殺さない程度に縛り上げなさい」
「はっ!」
「くっ――!」
『まずい』。とソラは焦燥感を煽られた。
イーディスの英雄と称された俺が――と自分の情けなさを思い知る。
しかし、サキュバスのボスの元へ直接運んでもらえるとすれば不幸中の幸いなのかもしれない。
未だに痛みが治まらない。このまま死んでしまった方が楽だ。
「大人しくしてください」
と、ソラを捕獲しに部下の二人のサキュバスが近寄ってくるとそう呟いた。
身体をサキュバスの手が触れると再び体に激痛が走る。
「アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ――!?」
――ドォン!
刹那、眼前に一筋の光芒が走り砂煙が立つ。
光芒が二人のサキュバスの心臓を貫通し、地に伏した。死んだのか?
(何が起こっているんだ――!?)
そう瞬きをしたとき、一人の少女が目の前に立っていた。
エメラルドグリーンを想像させる神聖なロングヘアが印象的の一見か弱そうな少女。
ソラを拘束しようとしていた二人のサキュバスは彼女が倒したのか?
――と、少女は右手をサキュバスの大群に向かって突き出し手のひらを大きく開く。
「――エレクトリックチェイン!」
少女が叫んだ刹那、無数の純白の光芒の鎖がサキュバスを拘束させた。
身体の自由が奪われたサキュバスは膝をついて、地に伏す。
「何よこれ――痺れが!」
リーダー格のサキュバスの言葉から推測すると雷撃系の魔法か?
ソラは少女の美しい魔法に目を惹かれる。
どうやらサキュバスらはその雷撃に体の自由を奪われたということになる。
「大丈夫ですか? 魔導師さん。今のうちに逃げましょう」
少女はそう言ってソラに手を差し伸べてくる。
(――女神様だ)




