第51話 サキュバス襲来
ピンクに満ちたその卑猥な部屋で――いや、夢の中でソラとサキュバスは対峙していた。
「何者なのですあなたは……」
「何者? 俺はどこぞの世界のとある王都の英雄をやっている者だ。よう、サキュバス。俺の故郷でいろいろやってくれちゃって……」
「何を言っているんですか。どうやってサキュバスの夢魔の支配から抜け出せたのです」
想定外の出来事にサキュバスは動揺していた。それと裏腹に、ソラは少しでも有力な情報を導き出そうと必死である。――しかし、油断はできない。冷静でいることが今できることだ。
「どうやって……ねぇ……。それはあれだろ。俺が英雄だからに決まってんだろ」
「ふん、ただの自意識過剰の思い上がりですか……」
「おいおい、そういうのは男ばかり襲う性欲まみれのクソビッチ女に言われたかねえぜ。知ってんだよ。お前らが別世界からこっちの世界に来ていろいろやってることをな!」
「なんですと……。これは生かせてはおけませんね……」
と、ソラの挑発にサキュバスは手にしていた鎌を頭上に上げた。しかし、ソラは嗤う。
この機会を逃すことはできない。ソラの企みはサキュバスの鎌を直接受けることでその真相を追及することだ。
「死になさい――」
――サキュバスが鎌を振り下ろそうとした時、
「やめときなァよォ? 無防備な人間殺しちゃったらボスがお怒りだァよォ? ただでさえ、自衛隊の脅しを受けているんだからさァ? そんなこと自衛隊に知られたらアキバがぼっこよォ」
「――――」
「こんな男、捨て置いて帰るよォ……」
鎌を持つサキュバスの背後にもう一人のサキュバスが現れた。鎌を持ったサキュバスは鎌を下げてもう一人のサキュバスと無言で後を去ろうとする。
思い通りにならなかったことに悔しそうに唇を強く噛むソラ。
「いや、ちょ、待って!? どうやって俺は夢から抜け出せるの!?」
「――――」
「ああ、ちょっと!? いやそれはイジメだろ! おーい、サキュバスさーん?」
「――――」
無視された。
サキュバスの姿が消えるとともに目の前が真っ暗になった。
*
布団を勢いよく吹き飛ばしながら体を起こすソラ。
カーテンから差す日輪の光を見ると、どうやら朝になったらしいと確認する。
昨夜の夢のことが頭の中を錯綜し、どこまでが真実なのか曖昧な気分だ。
「やれやれ。目覚めの悪い朝だ……」
ソラはベッドから降りた後、楓花と紗雪との三人の集合写真が入った額を手に持ち口元に弧を描いた。
「さてと――行ってくるよ」
まずはこの世界がサキュバスという謎の女集団に占拠されかけていること。
この事実を楓花や紗雪から聞いた以上、この世界でたった一人の魔導士であろう自分が動かないわけにはいかない。
故に、この事件はソラ自身で解決しなければならない問題なのだ。
異世界に転移してしまった自分の責任だと自覚していた。
日はまだ昇ったばかりで、妹の楓花と姉の紗雪はぐっすり眠っている。
ノンレム睡眠中だと信じた上でできるだけ物音を立てずに家を出た。
何も言わずにまたどこかに言ってしまう兄であるソラは申し訳ない気持ち――罪悪感で胸が満たされた。
外の風景は昨夜と変わらず、火山灰でも降り積もったかのような情景が見られる。
その情景は北の雪国と思わせるような光景だが、まだ日本列島は冬ではない。むしろその逆の季節。
――荒廃都市。
所々が腐れ切ったその街はそう呼べるのにも等しい。
荒廃した家屋をみる限り、その白い灰が何かに関係しているといえる。
自分の家は姉妹のどちらかが灰を除去しているおかげで荒廃化は進んでいない。
白い灰の正体を知らないまま、ソラは子供時代よく通っていた丘に向かう。
丘は広くて緑一面の壮大な地として知られていたが、今はそれとは違う。
白い灰が積もったただそれだけの光景。
丘の周りを覆うかのような多数の木々でさえも白に染まり、ツンドラ気候帯のタイガを連想させる。
「昔の面影は失われたか――」
ふとそんな呟きを静閑な世界に残す。
周りに人影は見られず、人の気配や魔力は感じ取れない。
何年か前の丘ならこの場所は無邪気な子供達で溢れた賑わった地だった。
――今となっては魔力を試し使うのには好都合だが。
と、ソラはいつもは身に離さず持っていた聖剣シリウスがないことに気付く。
――聖剣シリウス。
現アインベルク王国国王、アインスト・アインベルクから授かった一級品の聖剣。
思えば、転移の時はいつも裸だ。装飾している衣服を無視して自らの身体自体が転移する。
よって、聖剣シリウスは現在異世界にあるはずだ。
「来い――紅血の剣!」
ただし、魔力はこの世界でも使える。
紅血の剣に関しては、己の魔力で形成する魔剣だ。現物は自分で造り出す。
この世界でも魔力はいつも通りの反応を見せた。
試しに、紅血の剣を一振りするが今日も順調にそれを使えている。
*
――暗闇に閉ざされた一つの空間。
赤いランプが室内を照らし、異質な存在感を放つ部屋。
部屋の奥にある高級な椅子に一人の白髪で長髪のサキュバスが座り込んでいる。
トントン。
と、ノック音が響く。
「入りなさい――」
「失礼します……」
ドアがゆっくり開けられると低身長のサキュバスが入ってくる。
「主様、ご報告が」
「ええ……」
白髪サキュバスは椅子に座ったまま、低身長サキュバスの話を聞いた。
「昨夜、ある男性の夢に侵入したところ――魔導師がこの世界に紛れ込んでいると判明しました」
「そう……」
「たった今、埼玉の街で一つの魔力が感知されたとのことです。どうなさいますか――」
「そうね。その魔力は昨日あなたが遭遇したという男性であるならば――殲滅せよ」
「はっ!」
「あなたのことだから奇襲の準備はできているわよね? ――後々厄介になる相手は即急に排除する……そう伝えた筈よ」
「勿論でございます主様。今現在、殲滅部隊三十人のサキュバス兵が男性の魔導士を包囲しています」
「さすがは、わたくしの部下ね。では、奇襲の命令を。――その後あなたにご褒美を差し上げる……」
そう白髪サキュバスが応えると、一本の鞭を大きな胸の前で張る。
その鞭を見た瞬間、低身長サキュバスの頬は紅潮し、口から唾液を漏らした。
「ありがとうございます――ハァ……ハァ……」
興奮した低身長のサキュバスは魔力を集中させた。
*
既に丘では好都合の修行場所としてソラは占領していた。
剣薙、天斬、兇閃牙迅拳、抜刀襲神影、猛天大舞踏、仙鶴の雨、千の舞など使えるだけの技は試した。
ソラはこの後、サキュバスに占拠されているという愛しの秋葉原へ襲撃に行くつもりだ。
(少し昼寝していくか――)
少し疲労が溜まったソラは、今の世界が危険なこと――男の人が狙われていることを忘れ、仮眠を取ろうと白い灰を吹き飛ばし枯草の上に寝そべった。
――とその刹那。
「総員、突撃――!」
突然、静まっていた丘中を一つの女性の声が響く。
「――ッ!」
ソラはその声に即座に反応し、起き上がって紅血の剣を眼前に構えた。
しかし、そこに待っていた光景――。
――三十人にも渡る戦闘型サキュバスの大群だった。
(これはやられたな……。気配を消してまで俺を初めから包囲していたという算段か……。俺の感知能力で感じ取れなかった――奴等は一体……)
刹那、ソラはある決心をする。
(――異世界の英雄をナメてもらったら困るってもんだぜ……)
東雲蒼都です。少しおそくなりましたが――、
あけましておめでとうございます。去年に引き続き、2017年もよろしくお願いします。
約2カ月ぶりのハーレム剣士の更新になりました。
今後、通常通り更新をしていく予定です。ではまた明日お会いできることを願って――。




