第47話 オークと英雄送還
最近の異世界はオークという魔物が頻繁に出現している。
オーク。魔王が生み出した劣兵種族。王都や住宅街に現れては魔導師にあっさり討伐されるファンタジー界の雑魚といっても過言ではない。
しかし、魔物の活動が活発になったのはゾルザークによる世界魔力全消滅魔法の発動以来だ。魔力の保持する均衡が崩壊し、魔王に何らかの影響を与えてしまったのだろうか。
そのためか、今まで存在していた魔物が強力になったとか、今までおとなしかった魔物が急に街を襲うようになったとか――そういった報告も多数受けていることは事実だ。
――神薙ソラの異世界英雄活動の本番はここからである。
――彼の英雄活動は終わらない。
――魔王を討伐するまでは。
「GYUAAAAAAAAAAAAAA!」
ソラが異世界に来てから三カ月が経とうとしている今、恋人のイリスとともにあるクエストを受注してここにいる。
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【そろそろヤバイからオーク討伐を】
最近オークがやたらと発生していないか? 丁度いい、森で集団作っているあのオーク共を蹴散らしてくれや。《クレア学院》の生徒さんなら楽々こなせちゃうだろ?
依頼人:匿名希望
報酬:100,000エリー
備考:特になし
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ソラの紅血の剣がオークの鉄製の棍棒を受け止めた反動で、その依頼書が風圧で飛ばされる。
「オークさん! 脇がガラ空きっすぜ!」
ソラの左手は腰にささっていた一本の聖剣シリウスを手に取り、鞘から一気に抜いた。
「はあっ!」
振り上げられた聖剣シリウスがオークの体を斬り裂く。オークは態勢を崩し、後ろに倒れ込む。その隙を狙ってソラは紅血の剣でオークの心臓を一閃。
「GYUAAAAAAAAAAAAAA!」
ソラは一つ深呼吸をして鞘に聖剣シリウスをしまい、紅血の剣は魔力とともに空気の一部となった。
――と、ソラの頭上には三体のオークが迫っている。三本の棍棒がソラを攻撃しようとしていたその時、
「――紅焔繚銃火!」
巨大な三つの炎の塊がソラを襲おうとするオークに直撃する。オークは奇声を上げながら地面へ墜落した。
「助かったぜイリス!」
「本当は助けてくれることを分かっていたくせに……」
イリスがソラのそばに駆け寄ると、二人は軽い勝利のハイタッチを交わした。
「はは、悪かったって」
「もう……。余裕そうにばっかしてると後で痛い目みるからね?」
「分かりましたよ美少女イリスさん――」
「その呼び方やめてくれます?」
――本日の英雄活動も無事、順調に進んでいる。
*
英雄活動の帰り道は長い。クエストは山奥で行われたため、《クレア学院》までに行くには相当の距離がある。
ソラはなぜか歩く度になびくイリスの薄桜色の髪に目がいってしまう。
「ねえソラ……」
「ひいっ!」
ジロジロ見ているのがバレたのか、ソラは挙動不審になりながらも、理性を保つ。
「そんなに驚いてどうかしたの?」
「ああ、いや――なんでもない。それより何か話あるんだよな?」
どうやら気付かれていなかったらしい。ソラは安堵の息を吐いた。
「ソラはその……自分が元居た世界に帰りたいとは思わないの?」
予想外の質問にソラは驚愕する。
「そりゃあ思うことだってあるぞ。妹と姉ちゃんの顔だって拝みたいしな」
「えぇっ!? ソラって姉妹持ちだったの!?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「言ってないわよ!」
「ごめんって……。あまり、故郷のことを話すとか――そんな気にならないんだ」
「そう……」
「また――話すよ」
数秒の沈黙。ソラは余計なことを言ったと深く後悔する。
と、商店街の掲示板を見つけたソラ。掲示板には世界中の魔物についての情報や物流についてのことなどお役立ち情報が満載である。
「そんなことより最近オークばっかで飽きたんだが……」
「それはこの辺の魔物といったらオークが主流だからね……。他の王国の地域に行けばそれはゴブリンやコボルドとかいると思うけど……」
イリスの言葉を聞いたソラの心は冒険心で溢れだす。
「まっ、マジ!? じゃあ、今からでもすぐそこへ行こ――」
「ダメよ」
ソラの興奮を遮るようにイリスは冷静の判断を下した。その判断は実に必至である。
「国家間の関係とかあるし、勝手に立ち入ったら騒ぎになるわよ……。北の雪国、レクセア王国なんていったら軍国主義国だし一瞬で打ち首よ……」
レクセア王国。王国不在の中、ゼクス・アーデルニアの統率権の元、最強国として軍事力向上に今も務めている強豪国である。そのような領地に侵入するなど、自殺行為に等しい程だ。そんな恐ろしい国に立ち入る魔導師など、手のひらの指で数え切れる程しかいないとされている。
「やっぱりアインベルク王国周辺しか狩りできねえんかな……」
「ええ、王都であるイーディスエリーはアインベルク王国の管轄下にあるからその中で今はクエストをこなすしかないわ……」
その後、貰った報酬で二人でディナーをとった。
*
《クレア学院》学院長室――。
美貌な白髪の女性、アイリス・エーヴェルクレアは、カーテンの間から一つの月を見ながらコーヒー(?)を一口、口に運ぶ。
「ロギルス様、また、さよならも言わずに行かれたのですね……」
過去の残像を脳内で映像化しながら、ロギルスとのあの日を思い出している。
あの時もそうだった――ロギルスはいつも『さよなら』を口にしない。
見えないところで努力をし、見えないところで消えていく――。そんな神様である。
アイリスは月光を浴びながらロギルスとの再会を待っていた。
ロギルスは幸い、ロイド戦との栄光を認められ、神であることを維持することができたという。
アイリスは待つ。
――あの人と隣に立って戦える日を。
一滴の涙がコーヒーの中に消えていった。
*
夜は深くなり、その寮の一室――。
ソラはアインストから授かった聖剣シリウスを手放すのは就寝時だと言っても過言ではない。
そろそろイリスとの夜も慣れた頃だ。やはり、初日の頃は超絶美少女と夜を共にするとなるとただならぬ緊張しか感じなかった。
「ソラ……。しよ?」
隣で横になっているイリスが突然、ソラの右手を両手で包み込む。
顔を赤くしているイリスを見て、ソラは唾を飲み込んだ。
(なんだこれ――俺の欲望ボルテージが……)
血が沸騰する思い。
息もつかせないような緊迫した空気が一気にソラを襲撃する。
「俺も……。したい。イリスと……」
「――――」
徐々に、徐々に二人の唇は近づく。目の色を変えた二人はそっと繋がった。
夜の静かな一室に響く、布団が微かに隠れる音――。
誰も見ていないという安心感。この時、この場所だけが唯一心を落ち着かせることのできる一時だった。
やっぱり――温かい。自分をこんなにも想ってくれている人に対する心の浸透。
手に汗を握っていたころの儀式とは一風変わった。
波長が合う。この儀式によってつまりは、クエストでの成功率も膨大に上がってきている。ソラとイリスのコンビネーションは学院一の強さを誇る。
――こんな鳥肌の立つことが起こっていいのだろうか。
運命とは儚いものだ。だからこそ、イリスとの繋がりをこよなく愛していたい。
ソラとイリスは抱き合ったまま、眠りの世界についていった。
* * * * * * * * * * * * *
――俺が眠ってから何時間経過したのだろうか。
――俺の肌には何か温かいものが纏わりついている。
――いや、お湯……?
俺はゆっくり上目蓋と下目蓋を離した。
少しぼやけた世界が徐々にはっきりとしてくる。
最初に目に入ったのは昇りゆく湯煙だ。
そして、次に目に入ったのは、
――黒い髪の、ちょっぴり顔が幼いが、胸は豊満という程の女の子。
ミリィ……?
いや、でもその顔には馴染みがありすぎる。
ちがうか、これは――。
「「「おっ、お兄ちゃん……!?」」」
どうやら俺は――自分の世界に戻ってきてしまったらしい。再び裸で。
 




