第45話 ユウシャニダイメ
――純白と漆黒の斬撃を受けたロイドは倒れた。微かに笑いながら。
なぜ、彼は笑っていたのか。ソラには理解できなかった。しかし、誇りたいことが一つ。
――勝利。
周りのアインベルクの騎士やイリスたちは歓声の声を上げた。
ウオォォォォォォォォォォォォォォ!
そんな声がイーディス中に響くと、雲間から微かな太陽の日輪の光が王都を差す。眩しいその光が湖の水面を反射し、照らしていた。騎士たちは鎧を脱ぎ捨て、心から喜んでいる。どん底の思いから一気に這い上がったように実感し、ソラは緊張がほぐれ、足が竦んだ。
「体は痛いし、もう膝が笑ってるって……!」
「よくやったソラ殿……」
初めにソラに近づいて来たのはアインベルク王国の現国王アインストだ。
「いやあ。陛下が助けに来てくれなかったら俺、危なかったっすよ!」
「そんな! とんでもない! 俺は王国の友である王都イーディスエリーを護った……国王として当然の務め。汝は二度も王都を救ってくれたんだ。感謝しきれぬ……」
「感謝なんて照れますねえ……! それでも俺は、イリスやアイリスさん、ミリィちゃんたちが愛するイーディスを護りたかったんです」
「なんとも素晴らしいな。それはそうと、ソラ殿が左手に持っているその聖剣……」
そう、ソラが手にしている白き剣。アインベルクの血を引く者以外が手にすると、所持者の命を刈り取るとされている剣なのである。その剣を何事もなく手にしているソラ。
「ああこれ……。アインスト陛下がロイドの高分子魔力エネルギー弾を受ける直前に俺に投げつけてくれたんですよね……?」
「そうだ。しかし、ソラ殿が手にできるかどうか自信は半々だった」
「まっ、まじっすか……!」
(――ってことは俺、もし、聖剣シリウスに嫌われてたらまさか……!)
想像しただけでぞっとした。
「でも、この剣を手にできたってことはアインベルクの血が流れているってことなんですか?」
「うむ……。それはないだろう……」
「えぇっ!? あっさり!?」
「ははっ、そうがっかりするな。ソラ殿。汝は聖剣シリウスに選ばれたってことだな!」
「選ばれた……と言いますと……?」
「聖剣とはこの世界では俗に精霊の魂が宿ったとされている。その精霊は今もその剣の中に生きているよ」
「意志を持った剣……。生きている剣ってことですか」
「ああ、その通りだ」
アインストはソラの言葉にこくりと頷く。
「そっ、そうでした! お返しします!」
そう言うと、ソラは両手で聖剣シリウスをアインストに差し出した。
「いや、汝が持っていろ……」
「なっ、何を言うんですか! これはアインベルクに伝わる宝の剣みたいなものですよね……!?」
「遠慮せずともいい……。その剣、汝が持ち、大切なものを護るときに使うがいい……。それに俺が持っているかよりは汝が持っていた方がよっぽどマシよ!」
「でも……」
「いいんじゃないんですか……? イーディスの英雄と呼ばれしソラが使ってくれた方がその子も喜ぶと思いますよ」
不意に背後から迫ってくる優しい声。どこか懐かしい気もした。
「アイリスさん……! ご無事で!」
「私はもう大丈夫です。ロギルス様も命に別状はないということですから……。ロギルス様さえ無事ならばそれでいいんです」
「そう……ですか。体は大丈夫なんですか?」
「心配ないです。そんなことよりソラ? 聖剣シリウス……。せっかく国王さんがくれるとおっしゃっているのですよ? 男なら喜んで貰うべきです」
「私からもお願いねソラ君」
横から入ってくるように美人なレイフェル王女もソラに両手を合わせる。美貌な二人に挟まれ、断ざるを得ない状況だ。
「アイリスさんと王女様がそこまで言うなら……。分かりました。陛下、この聖剣シリウス。俺が死ぬまで……使わせてください!」
突然意見を変えたソラにアインストは少し驚いたが、最高潮の笑みで頷いた。さりげなく、外からそのやりとりを覗き見していたイリスとミリィはくすくすと笑っていた。
――と、ソラはイリスをちらっと見て、
「あの……イリス?」
「――え?」
「お願いがあるんだけどさ、いいかな?」
「いいけど……?」
「膝枕してくんね……?」
ハァァァァァァァァァァァァァ!?
一同が揃って驚愕する。こんな時に? なぜ?
疑問は星の数程浮かんだが一切口には出さずに堪える。
「ちょっと体が限界なんだわ……。な……?」
イリスは一回、深いため息をついて、
「仕方ないわね……」
「いいの!? イリスっち! だったらミリィがやるよ!?」
ミリィが顔を赤く染めながら、獲物を狙う目でイリスをじっと見つめる。
「何言ってるんですか先輩! イリス先輩はその……、ソラ先輩の彼女さんなんですよ……!?」
「セリーヌっち……。実は、セリーヌっちもソラっちの膝枕したいんじゃないのお?」
「したくないですよ! 全く!」
(ちょっ、それ地味に俺傷つくんだが……)
イリスは今にも倒れそうなソラに近づいて、ソラの頭を右手でぐいっと下に押さえつけた。
「痛いって、いつつつつつつ! イリスぅー!」
「いいから黙って私の膝に頭をお乗せなさいヘンタイ!」
「ちょっ、なんか今日、狂暴じゃね!?」
いろいろあって、ソラはやっとイリスに膝枕をしてもらうことに成功した。
真っ白な肌から伝わる和むような温かさ。微かだが、イリスの透き通った薄桜色の髪がすぅーっとソラの肌を通る。
(――美少女の感触だあぁぁぁ……)
ソラはその感触にほっこりする。
「ちょっ、今、ヘンなこと考えたでしょ!」
「ないない! ないですから!」
――いつぶりだろう。
――この感覚。
――やっとのことで取り戻した平和な日常。
――ずっとこのままがいい。
「私が一度惚れた男の子の膝枕をできるだなんて、ちょっぴりイリスが羨ましいです」
アイリスは右手を口に添えながら微笑んでいる。
「何言っているのよアイリス……!?」
「ふふっ、冗談ですよ。ジョ・ウ・ダ・ン!」
「なんか、気味悪いけど……!?」
「ありがとね……ソラ……」
と、そんな声が聞こえた気がした。
「え? なんて……?」
「ううん、なんでもない……」
ソラとイリスは互いに見つめ合って微笑み合っている。
――その二人の中には何かが漂っていた。
「リっ、リア充め……!」
ミリィの口から不意にそんな声が漏れた。
「神薙……ソラ……」
「――っ!?」
――その時、和んでいた空気が一変する。
「死んでいなかったの!? ロイド・イスタンベラ!」
「貴様……!」
「生かしてはおけん!」
目を閉じていたロイドは目を開き、ソラを呼んだが、魔導師たちがロイドを威嚇した。世界の魔力を少しの間だけとはいえ、消滅させた男だ。当然の対応と言えるだろう。
「待ってくれ……みんな……。ちょっと聞きたいことがあってな」
「ソラ……」
「ごめん、イリス」
「ええ、構わないわ……」
「安心しろ……。俺にはもう抗う魔力はない……」
イリスはソラに向かって頷いた後、周りにも頷く。
「ロイド。お前が、俺の攻撃をまともに受けたとき……何があった……」
「思い出したんだ……」
「何……?」
「俺は、毎晩のように夢を見ていた。魔王を目の前にして戦う勇者のな……」
「それってまさか!」
「ああ、その勇者とは純白の剣と漆黒の剣を持った双剣の剣士……。神薙ソラの姿そのものだった。いや、神薙ソラ自身か……」
弱弱しいロイドの言葉を受け入れたイリスたちは驚愕し、目を見開いた。
「俺自身……」
「それが未来に本当に起こることとは確信はない。だが、毎晩のように見る夢は俺の計画に警告をいているようにも思えたのだ……」
「そうか。だったら簡単なことだろうがよ」
「まさか、神薙ソラ……。貴様は魔王を倒した初代勇者に代わって二代目になるとでもいうのか……」
「その通りだ。ロイド。お前が魔王の復活を妨げたい気持ちは良く分かる。けどな、その計画は多くの犠牲を出しすぎた……。だったら俺は犠牲を出したりなんかしねえよ。なってやるよ。《ユウシャニダイメ》にな……!」




