第43話 騎士の反撃
『アインスト・アインベルクだと……。何故、貴様がここに……』
アインスト・アインベルク――。
アインベルク王国の国王陛下にして、過去最少年にして国王に昇格した若さ故の騎士。前代アインベルク国王陛下の死後、たったの一人で王国を一つ滅ぼしたという最恐と恐れられた国王だ。アインストの持つ《聖剣シリウス》は万物を斬り、万物の魔力を断つと言われているアインベルク代々に伝わる聖剣だ。
「あらあら! ソラ君こんなになっちゃって……!」
いつの間にソラのそばに駆け寄っていたレイフェルはソラの首を右腕で押さえてソラを呼んでいた。
「レイフェル王女様……!? ソラはその……体中を粉砕骨……」
「大丈夫よイリスちゃん。そのくらい……分かるわ……」
と、イリスの言葉を遮るようにソラの身体状態を言い当てる。
「なるほど意識不明……か……。まっ! だいじょぶだいじょぶ! ソラ君ならこーっなんて言うの……? なんとかなるよ!」
(なっ、王女様えげつない……!)
レイフェルの無茶ぶりに王女様相手とはいえ、イリスは呆気に取られる。
(でも……王女様の言う通りかもしれないわ……。ソラがここで終わる人間だとは……思えない……!)
その時、アインストが聖剣シリウスの剣先を太陽の日輪に向ける――。
聖剣シリウスは刀身が真冬の雪のように白く、今にも灼熱の太陽に撃たれ、溶けそうだ。が、ただならぬ存在感を出しているのは確かである。
「イリスちゃん……」
「はい……」
「兄上はきっと、ソラ君のために場を繋げてくれるわ……」
「はい……!」
レイフェルのたったの一言でイリスの心の不安が一気に流される。レイフェルは美貌な王女ということには変わりなかったのだろう。
『なぜ、貴様のような国王陛下様がわざわざここに来た……』
ロイドはゾルザークの頂から、声を反響させる。
「イーディスの英雄が闘っている……。部下を護るのは国王の務めだ……」
『そうか、変わったクソ陛下といったところか……』
「俺を甘く見るなよ……。ロイド・イスタンベラ……」
『――なんだと?』
アインストは聖剣シリウスをゾルザークに向けた。剣先に日輪の光が反射し、神々しく輝いている。
「ここから先はレント殿に代わり、騎士団の指示は俺がする……! 武器をとれ……!」
ランス、太刀、銃。アインストがそう言うと騎士団の全ての騎士が武器をゾルザークに向けた。
「我ら騎士団の誇りをかけてイーディスの英雄を護衛する……! 標的は魔獣ゾルザーク! したがって、アイリス殿を救出する……! かかれーーーーー!」
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
騎士達がアインストの言葉に続いてゾルザークに向かって駆け出した。
『魔力もない貴様ら雑魚共を出陣させて何ができる! アインスト!』
「――――」
ロイドの問いかけにアインストは答えず、騎士達の攻撃を見守る。
騎士の猛攻は止まらず、怒涛の攻撃を繰り返している。ランスでゾルザークのギョロ目を突き刺し、ゾルザークの根が飛んできては他の騎士が太刀や盾で応戦する。
(――すごい……! 騎士団の方が押してる……!)
イリスは騎士団の反撃に驚愕し、目を疑った。
(ちっ、どうなってやがる! ゾルザークが押されているだと……! 一人も雑魚を殺せないとは何事だ……!)
そう、一人たりともゾルザークの攻撃を受けてない。かすり傷でさえもだ。
「魔力を使いすぎたな……」
『――ちっ!』
「世界の魔力を消滅させる程だ。ゾルザークの魔力消滅魔法は、世界中のあらゆる魔力のコピーを生成し、同じ魔力をぶつけて一斉に中和させる。世界中の魔力の総量と同等の魔力を消費したも同然だ……」
『だが――。だが――。だからと言って! ゾルザークを倒すことは不可能に等しい! これだけの騎士がいたとしてもだ! ゾルザークの絶対的な巨体と防御力……。これに敵うものがあるか……!』
「ああ、そうだな……。その通りだ。ロイド・イスタンベラ。魔力なしにゾルザークには敵わなかろう……。〝魔力なしに″だ……。さっき言ったな……ロイド殿。魔力もない貴様ら雑魚共を出陣させて何ができる……とな。雑魚共というのは今、ゾルザークを滅多打ちにしているその騎士達のことか?」
『貴様――』
「確かに、騎士達だけでは敵わないかもしれぬ……。なぜならば、騎士達には時間稼ぎをして貰ったに過ぎないからだ」
それを聞いた刹那、ロイドは全てを察した。
『まさか……!』
「俺が自ら出るということだ……」
『だが! 貴様には魔力はないはずだ!』
「魔力はない? そうだな。魔力は元から持っていないのだ」
『――なんだと?』
「俺は元々魔導師ではないからな。代々アインベルク王国は魔導師としての血は持っていない。それはどういう意味だかわかるか? ロイド殿よ……」
『――――』
次はアインストの問いかけにロイドは答えなかった。答えられなかったのだ――。
「魔導師としての魔力を持たない代償として、アインベルクの名を持つ我らだけが唯一、この聖剣シリウスを持つことを許されるからだ。無論、この聖剣シリウスを手にした者は聖剣の意志によって体ごと消滅させる……」
『クソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
ゾルザークは全ての根をアインストに向け、飛ばした。
――その刹那、アインストの持つ聖剣シリウスがすさまじい勢いで発光した。
ただならぬ強い風が吹き、騎士たちは体を飛ばされ、地面に着地した。
『ふざけるな……! 魔力なしにこんな力があっていいものかァァァァァァ! ――っ!』
ロイドの発狂を聖剣シリウスの殺気が押し返す。
「――剣技、ホーリースペクトル……!」
アインストが聖剣シリウスを振り上げたとき、閃光に輝く斬撃がゾルザークに直撃した。
斬撃は地面からゾルザークの頂にまで上り、ゾルザークの全身を二つに切断する。
その破壊力はイーディス全体の地を恐怖させる程だ。
――閃光は消え、その地にはゾルザークの二つに分かれた体が倒れていた。
地面にアイリスを捕らえた檻の籠が地面に落ちようとするとき、ミリィが翼を広げ、籠を見事にキャッチする。
「あっ、あれ……!? 魔力が戻ってる……!?」
ミリィはアイリスを死守するという勢いに乗って自然に魔力を使ったのだろう。
「ああ、魔力が戻ったということは……。ゾルザークが倒されたということだ……」
「アインストっち……じゃなくて国王様! ありがとうございます!」
ミリィはアイリスの入った籠を地面にゆっくり置き、アインストにぺこりと一礼した。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ! あってはならない! 俺の全ての計画を……20年上手くいってたのに……!? ふざけんじゃねえ! 畜生! 貴様ァァァァァァァァァァ! アインスト! 絶対貴様を殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……! 殺してやる……!」
「狂ったか……」
ゾルザークの木の枝から体を起こしたロイドは、精神が崩壊し始めていた。
「はぁ……はぁ……。貴様ら……。ここで……皆殺しだ……。アルイルタ・セベレーヌ・ヴィオッジャ・ディムレイド・レレシアーム……」
「この魔法詠唱は……! やめろロイド! その魔法……! 命を捨てるようなものだぞ……!」
――禁術。
使用した者は最後というわれる魔導教会によって危険指定されている魔法。すさまじい魔力を消費し、体中の全ての魔力を使うといわれている。いわば、魔力に命を捧げる魔法――。
「――火竜……体内召喚……!」
「体内……召喚……!? アインスト陛下。どういうことなんですか……!?」
「ああ、外ではなく、体内に魔獣を召喚させる。魔獣に自分を喰わせているのだ。自分の精神ごとだ……。召喚魔導師の禁術。体内召喚……」
ロイドの身体から二つの黒い翼が生え、目が黒く変色し、手足がドラゴンの如くの爪へと変化した。肌の色は白くなり八重歯が長くなる。――まさに堕天使だった。
「何……この殺気……」
イリスはすさまじい殺気を感じ取り、地面に尻をついてしまう。続いて、ミリィまでもが、重力に引かれるように膝をついた。騎士やレイフェル王女も殺気の恐怖にやられ、地面に倒れ込む。
「コロ……ス……」
――と、その時、アインストは微かに笑っていた。
「ふっ、お前が殺す相手は俺ではないぞ……。バトンタッチだ。神薙ソラ殿」
「ソラ……!?」
「ソラ……っち……?」
アインストの背後には、確かにソラは立っていた。一人の男が、全ての希望を持って――。
「よう……ロイド……。随分と見苦しい姿だな……。――――死んで戻ってきたぜ……!」




