第41話 黄金の救世主
ソラは地上数百メートルから落下していた。
(やべぇ……。身体が動かなねぇ……)
『残念だ……神薙ソラ。所詮粋がっていた小僧に過ぎなかったか……』
ロイドは脅威を放つその金瞳でイーディスに落ち行くソラを見下していた。ソラは空圧で体を動かすことができない。魔力を生成する隙も与えられなかった。
「……間に合わ……ない!」
ミリィは翼で急降下をし、落ち行くソラを追っていたが届くことはなかった。
――が、イリスはソラの着地点となる場所に立ち、キャッチを待っていた。
『愚か者が……。イリス・エーヴェルクレア……。貴様一人で神薙ソラをキャッチしたところで何もならない。むしろ、貴様も下敷きになって生き埋めになるだけだぞ』
イリスは強く、強く唇を噛んだ。
(確かに私が受け止めたところで何もならない……。けど……ここでソラの力にならなければ……私は……)
ソラの着地が間近になったところでイリスは思い切り目を瞑った。
――その時だった。
(ソラの……気配が……消えた……?)
「ソラっちが! 待って! ――あの人!」
イリスはゆっくり目を開ける。
その瞳に映っていたものは黄金の鎧を纏った一人の騎士だった――。
騎士はその両手でソラをしっかり抱えていた。
「お怪我はありませんか……イリスさん……」
「あなたは……!」
「もう心配いりませんよ。アインベルク騎士団……騎士団長、レント・ドゥバルクライがイーディスで不吉なことが起こっていると聞いて駆けつけてきました……」
その勇姿は雲間から射す日輪の光に照らされ、危機に訪れた救世主のようだった。
「あっ、レントさん! 右腕が……!」
そう、火竜戦で消された筈の右腕がレントには戻っていたのだ。レントは右腕を左手でゆっくり添えた。
「ああ、これは義手です……。お城の天才エンジニアが創ってくれたんです……。これでいつも通り、思う存分闘えますよ……」
「安心しました……。でも、どうしてここが――!」
「あそこの可愛らしい女生徒さんたちがアインベルク王国に特殊な魔法で伝えてくれたんですよ」
「ミリィの調査隊が……!?」
「そうです――ソラさんは預けます。あとは……僕にお任せを――」
(かっこ……いい……!)
イリスはレントにソラを渡され、両手で抱えたとき、
(おっ、重っ……!)
「さすがに、女の子じゃ男の子は重いのかな……? そこの木陰に寝かせてやってくれないですか……?」
「そっ、そうですね……!」
「ソラさんを……お願いします……」
「――はい」
レントは右手に巨大な黄金に輝く鋼鉄のランスを召喚した。
『レント・ドゥバルクライか……。また厄介な魔導師が来たな……。だが、ゾルザークの魔力消滅魔法の発動までざっと1分ってところだ……。もう誰にもゾルザークはとめられない……!』
ロイドは再び勝利を確信し、嗤う。
「1分か……。十分です……」
レントが呟いたその言葉にロイドは目を丸くした。
(何を……言っているんだ……こいつは……)
「イリスさん、ゾルザークの頂上部を見てください。丁度ロイドの後ろです」
「頂上部……ですか? ――あれは!」
イリスは驚愕する。――ゾルザークの頂上部には人間の心臓と同様の形、色をした核があった。核は心臓の如くドクドクと鼓動を刻んでいる。
「だったら核を狙えばいいだけの話です……」
「まさか……! この距離でアレを狙うんですか……!? 無茶ですよ!」
「――それを可能にするのがアインベルク騎士団、騎士団長としての務めです……」
「――っ!?」
レントはランスを右手で持ち、後ろに引く。と、ランスからただならぬ膨大な魔力が溢れだした。吹きだす魔力が木々の葉をも吹き飛ばした。コンクリートも粉々になり、砂煙が尋常ではないほど立ち上がる。
(何この空気圧! ……息が……できない……!)
「――ディスバースト……!」
レント呟いた刹那、ランスをゾルザークの核に向かって飛ばす。爆発的な風圧にイリスは軽く体を浮かされた。
――ランスは核に向かって飛ばされていく。
(すごい……! 的の中心を狙って矢を放つ――ランスのアーチェリー……!)
威力を増しながら飛ぶランスはミリィの横を横切り、ミリィを吹き飛ばす。
「きゃあっっ……! ミリィが飛ばされるなんてっ……!」
ミリィは自らの翼で何とか体制を持ち直す。
(――魔法発動まで残り19秒……いける……!)
レントが心の中で唱えたとき、ランスはゾルザークの頂上部へ達する。――が、ゾルザークの創造した絶対防御の結界がランスを止めてしまう。
『馬鹿が……! ゾルザークの絶対防御を破るなど不可能だ……! 終わりだレント・ドゥバルクライ……!』
レントのランスとゾルザークの絶対防御の競り合い。故に、盾と矛の衝突。両者とも譲らないぶつかり合いだ。
(残り16秒、15、14、13、12、11、10……!)
――その時、ゾルザークの無数のギョロ目が黒々と光り始めた。
「この光り……! レントさん! もうゾルザークの魔法が発動してしまいます!」
「時間の問題ということか……」
レントは拳を強く握りしめる。
(魔力発動まで残り……3秒!)
――変化は起こった。ゾルザークの絶対防御にヒビが入ったのだ。
「……まだだ!」
――優勢は……ランスだった!
ランスはゾルザークの絶対防御を打ち破り、核のある空間へと突入した――。
(……馬鹿な!)
ロイドは今まで以上に驚愕し、目を見開く。
ランスはロイドの頬をかすり、傷を開かせ、ゾルザークの核に向かってすさまじい勢いで飛んでいった。ロイドの傷口から血飛沫が噴き出す。
(クソがっ! させるかよ……!)
――ゾルザークの魔力発動まで残り1秒。
レントのランスが核と接触したとき、莫大な大爆発が起こった。
――ゾルザークの木の葉は散る。
――立ち上がる砂煙。
――心臓を潰されたような緊張感。
ゾルザークのギョロ目から発せられた黒々とした光は消えた。
「やった……のか……?」
「レントっちが! イーディスを……世界を救ってくれた……!」
「ふぅ……」
レントは目的を達成し、一つ息をついた。今までの緊張が一気に解ける。
「レントさん……」
「どうしましたか……? イリスさん」
「魔力が……使えません……!」
「嘘……だろ……。じゃあ、ゾルザークの魔力消滅魔法は……発動したのか……?」
胃袋を握られたような悪寒が喉を潰してきた。汗が逆戻りするかのように、一瞬にして魂をえぐられるような感覚を覚えた。
レントの魔力で構築された鎧の武装も消滅し、ミリィの魔力で創られた翼も消滅し墜落した。
「ミリィちゃん!」
「いったたたたた……」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――――!
「そうだ、ロイドはどこに!」
レントがゾルザークの頂上部を見たとき答えはすぐそこにあった。
『危なかったぜ……。まさか、腕一本持っていかれるとはな……』
砂煙の奥から出てくる人影――右腕を失った一人の男――。
――ロイド・イスタンベラだった。
ロイドの立っている周辺には残酷な大量の血液が辺りに散っている。
「なぜだ……ロイドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
レントは叫ぶ。心の底からすべてを訴える。
『貴様のランスがゾルザークの核に直撃するその瞬間、時空間移動し、俺の全ての魔力を使ってランスを無効化した……。しかし、腕がもっていかれるとは……計画外だ……』
「そんな……!」
「嘘でしょ……!?」
「レントっち……」
『ご苦労だったな……。貴様らに魔力が使えない以上、貴様らに成す術はないのだ……』
「すまない……」
唇を強く噛み、爪で血が出るほどに拳を握りしめていた騎士の姿はそこにはあった。
――世界から魔力は……消滅した。




