第39話 魔導書の真実
王都イーディスエリーの大きな湖から巨大な樹木の魔獣が聳え立っている。現在でも巨大な根による王都侵食は止まらない。身体には無数のギョロ目が向きだしていた。
魔獣の最上部の幹にはロイドが腕を組みながら立っていた。その金瞳でソラたちを真上から見下ろしている。ソラたちを哀れみ、見下しながら――。
「植物魔獣……ゾルザーク……。なんであんなやつが存在しているのよ……」
イリスは肩を震わせながら硬直している。目の前の狂気に怯えていた。
「それはどういうことだ。存在してるって言ったな……ってことは!」
「そうだよソラっち。あいつはもう2億3000万年前に死んでいる筈の伝説上の魔獣なの……」
「2億3000万年前!? 意味が……わかんねえ……」
「植物魔獣ゾルザークは太古の世界を自らの魔力で滅ぼし、世界の魔法を消滅させたことで伝説上に残っているわ」
「魔法を消滅……!? そうか、あのロイドが言ってた《魔法のない世界》ってこういうことだったのか……。初めからこれが目的だった……」
「イリスっちの言う通り。それに伝説の魔獣というか、幻の魔獣って言った方が近いのかな? ゾルザークの存在はまだ証明されていないの」
「ってことはあいつが本物かどうかはわかんねえってわけだ」
「……うん」
『本物に決まっているだろう……。貴様らはこれを見てわからないのか! この王都はすでにゾルザークの手によって侵食は終わっている。これほど一瞬にして王都を滅ぼす魔獣などゾルザーク以外に何もない……』
不意に王都を反響しながらロイドの声が響く。
「そうかよ……。これほど王都がめちゃくちゃにされちゃあ……信じるしかないな……」
「ソラ! ミリィ! ロイドが持ってるあの魔導書は……!」
イリスはロイドの持っている魔導書を指さした。
「アイリスさんの魔導書……!?」
『やっと気付いたか……。ゾルザークを召喚できたのはこの魔導書があってからこそだ』
三人は目を大きく開き、驚愕することになる。
「ゾルザークを召喚した……だって!?」
「そんなことが……!」
『……可能だ』
「――っ!?」
『……ゾルザークの魔導書。アイリスが今まで死ぬ気で護っていた魔導書だ』
「何……!?」
「でもこの魔導書はロギルス様からアイリスに直接渡された魔導書の筈よ……」
「じゃあ、ロギルス様がアイリスっちを騙してたの!?」
(そうか……だからロギルス様がアイリスさんの魔導書の説明をする時、嘘をつく素振りを見せたのか!)
「それは……、違……う……」
死人が生き返ったかのような声――。間違いなくその声はそこにいる魔導師に届いた。
「ロギルス様……!?」
「ご無事でしたか!」
『死んでいないだと……!? 確かに心臓を貫いた』
「残念……だった……な……。ロイド……。ぬしに……殺されるのは……これで……2回目だな……。だが儂には……何度でも蘇生できる力が……ある……」
『そういえばそうだった……。死ねない神の特性、《不死の力》か……。しかし、傷を再生するわけではないが……』
「おい、ロイド……! ロギルス様に小細工でも仕掛けたのか!」
「ええ、ロギルス様がアイリスを騙すなんてあり得ないわ!」
「そうだよ! アイリスっち……あれだけ信頼し合ってるもん!」
衝撃で気絶しているアイリスには聞こえていないが、その思いは届いた筈だ。――が、ロイドはあざ嗤っている。
『ロギルスの記憶を改ざんした……』
「は……?」
『俺が《支配》により、本来ロギルスがアイリスに渡す筈だった魔導書をゾルザークが封印された魔導書と入れ替え、ゾルザークの魔導書をアイリスに渡す魔導書だと誤認させたのだ……。ゾルザークの魔導書にはゾルザークの核となる魂が封印され、それの封印を解くには一定量の優秀な魔導師の魔力が必要となる。俺は魔導書に術者の魔力を少しずつ略奪する術式をかけ、それをロギルスを通じてアイリスに渡させた。故にアイリスは15年間、ゾルザーク蘇生のために俺の手のひらの上で踊らされていたということになる。実に無様だ……』
「そう……か……。儂が……ぬしらに魔導書の説明をしている時……妙な違和感を感じたのは……それか……」
「そんな汚いやり方で……」
「ミリィそんなの許さないから!」
ソラは下を向いたまま表情を隠していた。何も口に出さない。
『この世界から魔力が消滅するのは時間の問題だ。貴様らが今から足掻こうとゾルザークが死なない限り、俺の計画は思い通りに進む……』
「最後に聞きたいことが……ある……」
「……ロギルス様!?」
「なぜ……魔力を……消滅させようと……している……」
『おいおい、それは鈍感にも程がある……。俺をこんな腐った世界に召喚した貴様の目的はなんだロギルス』
「魔王……討伐……」
『ああ、近いうちに復活する魔王の討伐。それが貴様らクソ神共が俺に下した使命。俺がもつ三つの能力。それが俺をこの世界に召喚した理由……。そして、その使命を遂行することで俺は元の世界へ帰れるそうだな。だが、貴様らクソ神共は俺を殺そうとしてくる……。理不尽な話だ。だから俺はこのくだらない茶番に終止符をつけてやる……』
「なにが……言いたい……」
『魔王ってのは魔力を源にして復活するらしいな……。故に、魔力がなくなれば魔王はどうなる?』
「まさか……最初から魔王を……復活させない気か……!」
『その通りだ。それに、貴様の逆召喚を拒んだのも未練を残したくないから……。ここで、魔王復活を阻止する。ついでに貴様らも皆殺しにする。これで俺のRPGはクリアというわけだ……』
「はぁ? 何言ってんだよ……」
『……あ?』
――この時、ソラは決心した。
「世界から魔力を消す……?」
――自分がやらなければならないのだと。
「確かに魔力を消せば魔王は復活しねぇのかもしれない……。魔力に傷つけれられる人もいるのかもしれない……。大切な人を失わずに済むのかもしれない……」
――また楽しい日常を取り戻すのだと。
「魔力がなかったら俺はこの世界にいなかったのかもしれない……」
――そして、試されているのだと。
「この世界から魔力がなくなっちまったら……」
――ソラの中の虚無感が一気に洗い流された。
「俺の英雄としての存在意義はなくなる……」
――復讐心は高揚したが、欲望はさらに上を行った。
「魔力がなくなったら俺は! 美少女たちと異世界でハーレムライフを送れなくなるんだよ!」
『やはり、ただの馬鹿だったか……』
イリスはソラの肩にそっと手を添えた。
「うん! それでこそソラよ……!」
無意識にイリスの瞳からは涙が溢れだす。しかし、それは悲しみの涙ではなく、希望の涙――。
イリスは目蓋と頬を赤く染めながら微笑んだ。
「――おかえり、ソラ。世界を……そして、アイリスを救って……!」




