第38話 騙しの一閃
「説明しろ……。ロイド!」
「これから尽きる命だ。なぜ貴様らに俺の計画を話す義務がある……」
ソラは拳を強く握りしめた。対してロイドは宙に浮かびながらソラたちを見下し、あざ笑う。
「聞き捨てならないわ……。魔法のない世界って何よ!」
「イリス……」
「――え?」
「下がっていてくれ……」
「でも!」
「――頼む」
「わかったわ……」
イリスはこくりと頷き、ソラに場を預け足を引いた。
ソラは紅血の剣で自らの手首を斬り裂き、己の剣に血を吸わせた。紅血の剣を地に突き刺し、剣の矛先から血で構成された魔法陣が浮かび上がった。魔法陣の血の線がソラに向かって吸い寄せられる。そして、魔法陣自体がソラの一部となり、ソラの体に紅血の筋として現れる。ソラの爪と八重歯が少し長くなり、瞳が赤くなった。
「――バージョン、吸血鬼」
「ほう……」
(ヤツの魔力が一瞬にして上がった!? どうなってやがる……)
――刹那、ロイドの目の前にソラが高速……いや、光速で近づいた。
血の色となった紅血の剣を振り上げ、それを察知したロイドは後ろに身を飛ばした。剣先はロイドに届くことはない。
「そんな単純な攻撃が俺に当たると思ったか。学習能力のない魔導師は戦場で簡単に命を落とすとはこういうことだ」
が、ソラは笑っていた。
「笑わせんなよロイド……。俺の斬撃がお前に当たってないってどうやって確信したんだ?」
(――何っ!?)
――その時、ロイドの上半身から肩にかけて一筋の血が走る。ロイドは驚愕し、目を丸くした。
(この男……、何をした!? あの剣から出てる赤い魔力は何なんだ……)
「すごい……ソラ! あのロイドに攻撃を当てるなんて!」
「イリスっち! もしかしてソラっちはやってくれるかもしれないよ!」
「ええ……」
イリスとミリィはソラの勇姿を見て感激していた。今は少しの希望を信じるしかない。
よく見ると、ソラの紅血の剣の刀身に赤いオーラが纏っていたのが見てとれた。
「あぁ、これのことか……。これは血液だよ」
(血液だと……!?)
「魔力なんかじゃねえぜ。剣に吸わせた俺自身の血液を斬撃化して飛ばしたんだよ」
「ふん、神薙ソラ……。少し貴様を侮っていたようだ」
「ああそうかよ。だったらお前の計画ってのを洗いざらい吐いてもらうぞ!」
「図に乗るな小僧……」
ソラは左手に漆黒の魔力を込めた。漆黒の魔力はブラックホールのように木の葉や屑を吸い寄せる。その引力に木々も折れ曲がり撓る。
(あの技はデリエラをぶっぱなした技……。拳から前方に魔力を放つ技。だったらそのタイミングを計って時空間移動で上に上がればいいだけだ……)
「兇仙……牙迅拳……! 破っ!」
ソラは左拳から前方に魔力を放つ。魔力はすさまじい勢いでロイドに向かった。
(くだらん……)
ロイドは真上に時空間移動した。
――が、その時、ロイドの頭上に巨大な魔法陣が現れ、ソラの放った漆黒の魔力が降り注いだ。
(しまっ! ……また不意打ちか。計画実行のための魔力はとっておきたかったが……)
「クソがァァァァっ!」
ロイドは両手で魔力を無効化し、消滅させた。
「あれは……ロイドの《支配》だわ」
「ソラっち……」
しかしソラは心配する二人を裏切らない。
「何よそ見してんの……?」
「くっ!」
「――天斬、モード吸血鬼!」
ソラは頭上に漆黒の雲を発生させ、降り注ぐ魔力を紅血の剣の力へと変換し、最大火力の斬撃を一閃――。
対抗してロイドは頑丈な魔力の盾を創造し、防御に徹した。
「くたばれロイドォォォォォォォォォォ!」
「――貴様ァァァァァァァァァァァァァ!」
威力はソラの方が優勢だった。ロイドは力負けして後方へ飛ばされ、湖に落下した。その勢いで、湖から大量の水飛沫が立ち上がる。
ソラは時空間移動でイリスの元へ戻った。
「さっきの一撃のとき、ロイドが《支配》による魔力無効化を使わなかった理由……わかるか?」
「まさか……インターバルね?」
「正解だよイリス。あの能力は相手と全く同じ魔力量をぶつけ、中和させて消滅させる。だから俺の全力の兇仙牙迅拳を消滅させたとき、ロイドの魔力供給が一時的に遅れたんだ」
「すごいよソラ! そんなことまで!」
「さっすがミリィのソラっち!」
「なっ、ソラは私の……私の……」
「私の? 何かなー? イリスっちぃ……」
「うっ、うるさい!」
「まあまあ落ち着けよ二人共」
「でもこれでくたばるほど、ロイド・イスタンベラは甘くはない……」
「そうだな」
「ソラ、イリス! とんでもない魔力を……感じます……!」
遠い距離から届いたアイリスの声にソラとイリスは警戒態勢をとった。
――その時だった。突然、地上が大きく揺れ出す。
「またかよ!」
「さっきの比じゃないわ!」
「ねえ! アイリスっちが!」
「――ソラ!」
アイリスの捕まっている檻がアイリスごと揺れで湖の中に水没した。
「まずいわ……!」
「揺れが大きすぎて動けない……! ミリィちゃんの翼で!」
「ソラっちそれはできないよ! 揺れのせいで魔力の術式が組めない!」
「最悪の事態た!」
「ソ、ソラ……、何よ……あれ……」
――湖の水面から紫色の巨大樹木が上がってくる。
「……木? ――まて、何だこの魔力は!」
「怖い……」
イリスが身を震わせながら地面に膝をつく。それに続くように、ミリィやその調査隊員までもが地面に膝をついた。
「イリス! ミリィちゃん! ……あの木、どこまで成長するんだ!」
紫の巨大樹木が高層ビル数十分の高さまで達した時、樹木の根が湖の端を通り抜け、巨大な根が王都イーディスエリー全体を覆った。太陽の日輪は樹木の影となり、昼だったイーディスエリーが一瞬にして夜になる。
――王都イーディスエリーはたった一本の樹木によって《闇の森》へと化したのだ。
幸い、アイリスの入っている檻は樹木の成長の際に枝に引っかかって吊るされている。
(けど、なんだこの嫌な魔力は……! ただのでっけえだけの樹木ではないな……)
「イリス大丈夫か……!? ミリィちゃんも……!」
「ミリィはちょっと落ち着いてきたかも……」
「私もだわ……。――っ! ソ……ラ……」
突然、イリスの顔色が悪くなった。それと同時にソラは最悪な嫌気を感じ取った。
ソラは肩を硬直させながら慎重に後ろを振り向いた。
――その光景は、無数のギョロっとした目が浮かび上がった紫の巨大樹木だった。
「何だよ……こいつ……」
「気持ち悪い……」
「ふっ、驚いたか……」
と、上方からロイドの声がする。ロイドは紫の巨大樹木の枝の先端に立っていた。
「我はここに! 世界最恐の植物魔獣……ゾルザークを召喚した!」




