第37話 届かない一撃
――王都イーディスエリー図書館前大通り。
その通りからは大きな湖が見渡せた。その湖の目の前にロイド・イスタンベラとソラは対峙している。
「アイリスさんを返してもらう!」
「ソラ! 来てはいけません! 私のことはほってお……」
「いいや、断ります! 俺はアイリスさんを必ず……!」
ソラは宙に浮かび、魔力の檻に捉えられているアイリスを救おうと吸血鬼モードを解除しているとはいえ、紅血の剣を右手に持ち、跳ぶ。紅血の剣に体力の魔力を込め、一閃。
「はあっ!」
――しかし、魔力の檻は壊れなかった。紅血の剣は魔力に弾かれ、その反動でソラは地面のコンクリートに叩きつけられてしまう。
「ふん、無駄な骨折りだったようだな……。この檻は内部でなく外部からの攻撃をも無効化する絶対防御領域なのだからな……。それにアイリスは俺の術式によって体の自由を奪われている。諦めるがいい」
「……クソ!」
ソラはロイドの説明に心を折られ、左手で強くコンクリートを叩きつける。
「ソラ!」
心配したイリスはソラに向かって小走りしてゆっくりソラを両手で支えた。
「おぬし……なにが目的だ……」
「ほう……。貴様はロギルス様。神の集う地では世話になったな。まさかこうも早く目を覚ますとは予定外だ。俺の《略奪》によって魔力をすべて奪ったつもりなのだが……」
「ちっ。儂をなめるな……。並みの魔導士と同じにす……」
「じゃあ俺に敗北した貴様はどうなのだ?」
「馬鹿にしやがる……。不意打ちで儂に打ち勝ったぬしが勝利を口にするな……」
「そうが貴様がそこまで言うなら俺が貴様より上だということを証明してやろう……」
ロイドがそう言った刹那、ロイドの体は一瞬にして消えた。
(しまった! 時空間移動だ……)
ロギルスが額に嫌な汗をかいたときだった
「遅いぜクソ神……」
ロイドはロギルスの後頭部にチョップを入れようとする。が、ロギルスはそれを予期していたかのように嗤う。
(何を笑っているんだこいつは……)
その時、ロギルスの袖口から瞬間的に杖が出てきた。
(杖だと……!?)
ロイドは驚愕する。ロギルスは後ろを振り向かずにロイドのチョップを杖でなぞるようにして魔力を流す。流された魔力はコンクリートに直撃し、大きなクレーターのように穴が開いたのだ。
「そういえば貴様には魔力粒子の流れを転換させる技があったな……」
「だったらなんだ……ロイド!」
ロギルスはとっさにロイドの肩を押し、体の重心の軸をずらした。何かを避けるように。
(何だと……。俺の透明化した魔力が見えているのか?)
「気圧の流れが一瞬だけ変わったな……」
(馬鹿な! こいつには第六感が働いているとでもいうのか!)
ロイドは目を大きく見開いた。その時、ロイドの透明化した魔力の一直線上にあった大木が燃え上がる。
「ロギルス様……すごい。ミリィ驚き……」
「ああ、魔力を持たないのにあそこまでロイドと対等にやりあえるなんてな……」
「でも防御や回避はできても、攻撃が……!」
「心配するなってイリス。あの方なら……」
ロギルスはロイドに杖の先端を向け、魔力を秘めさせた。
「そうか。その杖は魔器だったか……」
「喰らえ!」
魔器――。それは、通常の魔力を持たない武器とは異なり、武器に魔力を持たせた武器。形状は、杖、剣、銃など様々である。戦闘は無論、漁業や農業など使われる職業は幅広い。
「はあっ!」
ロギルスが手にする杖の魔器からは高濃度に凝縮された魔力が放たれた。
「ふん、魔力がない神など所詮ただの人間に過ぎない……」
――刹那、ロイドが片目の金瞳をウィンクさせた時、ロギルスが放った魔力が消滅した。
「そんな! ロギルス様の魔力が……!」
「これがロイドの《支配》の能力……。魔力の無効化ね……」
「どうするのソラっち! イリスっち!」
「来るな! おぬしら……! これは儂の闘いだ!」
「ロギルス様! しかし!」
「心配無用! この程度のこと儂には予測できていた」
ソラは何もできない無力さに自分の拳を強く握りしめるだけだった。イリスはソラの右肩に手のひらをそっと添えた。
「ソラ……。今は信じるしかないわ……」
「そうだよな。全力の俺を魔力なしに倒したロギルス様だ……」
その時、ロイドの足元の地面が盛り上がった。
「こっちが本命か……」
「もう逃げられん!」
地面から魔力が放たれようとしたが、ロイドはそれを自らの足で踏みつける。
(馬鹿……な……!)
――ロギルスの魔力は消滅した。
「次は俺のターンだクソ神……」
「逃げてくださいロギルス様!」
「ならぬ!」
ソラの声はロギルスの心に響かない。
「おいクソ神……。貴様の魔力粒子の流れを方向転換させる力には限度がある」
「……!?」
「ゆえに貴様は魔力を180度打ち返すことはできないということだ……。つまりはこうだ。四方八方360度から魔力を受けて、それを回避することはできるか?」
(まずい……)
ロギルスを囲うように剣状の赤い魔力が無限に出現した。宙に静止しながら大量の殺気をロギルスの送っている。
「スコンアルベルスディスマータ。その魔力は何人も逃がさず、串刺しにする……。行け……」
「おぬしら……逃げ……」
ロギルスの言葉は途中で切断される。一つの剣はロギルスの声帯を刺し、一つの剣はロギルスの心臓を刺した。それに続いて無数の剣がロギルスを刺す。血潮のように飛び散る血液をミリィとイリスは直視できなかった。
「ロギルス様ァァァァァァァァァァ!」
アイリスはそれを見て、発狂し、奇声を発した。
「やめろロイド! お前を召喚したロギルス様を殺す気か!」
「ああ、そうだ。殺す気だ……」
ロイドの一方的な攻撃は止まり、ロギルスは地面に膝をつく。
「ふん……。死んだか……」
「てめぇぇぇぇぇ! ロイドォォォォォ!」
ソラはロイドに向かってすさまじい速さで跳び、紅血の剣を振るった。唸るかのように紅血の剣はロイドに殺気を飛ばす。
――しかし、その剣はロイドに防がれてしまう。白刃取りをするかのように両手で受け止められる。
「……真剣白刃取り。お前のような餓鬼に俺が倒せるはずがない。何が俺の後継者だ笑わせるな。よくもこんな出来の悪い餓鬼を召喚したなクソ神よ……」
ロイドは初代異世界転移者としてロギルスによって召喚された。ソラはその二代目である。
ソラはロイドの蹴りで音速で飛ばされた。イリスは飛ばされたソラに駆け寄る。
「ソラ!」
「ねぇ、イリスっち……。ソラっち……」
ロギルスを心配したミリィはロギルスの元に行き、右手をロギルスの心臓部に当てていた。
「ミリィ……ちゃん?」
「ロギルス様が……」
「そんな……」
胃袋が握りしめられるような感覚。冷えた汗が逆戻りするかのように苦しくなった。
(俺は……。救えなかったのか……)
ソラは無力感に押しつぶされるだけだった。
――人を死なせた。
――守れなかった。
――そして悔しい。
「はっ、無様な最期だったようだなクソ神が」
「ごめん……。アイリス……さん……」
アイリスは一人、捕らわれた檻の中で泣いていた。下を俯きながら泣き顔を見せまいと一人悲しんでいた。ロギルスはアイリスの召喚魔導師としての師匠に当たる人物だ。大切な人を失った虚無感は計り知れない。
「気にしなくて……いいんですよ……。ソラが悪いことは……ないんですから……」
アイリスは胸を撫で下ろし、深呼吸をした。
「うるさいぞ……。これから貴様らも尽きる命だ。そこで死んでるクソ神と同じ死を共有してもらうのだからな……」
「ロイド……」
ロイドは嗤う。
「まあ感謝しよう。いい暇つぶしになった。……これよりこの世界は……魔法のない世界になる……!」
「何……言ってんだよ……こいつ……」




