第35話 激動する異世界
――《クレア学院》学院長室。
その頃、召喚神ロギルスはロイドの詮索をすべく、学院長質に籠って詠唱を続けていた。
ロギルスの手元には特別な魔力が秘められた水晶玉が一つ置かれていた。
――と、学院長室の扉が勢いよく開く。
「だっ、誰だ儂が集中を……」
「ロギルス様! アイリスっちが!」
「何!?」
その少女の声の主はミリィだった。ミリィは顔を真っ青にして入室してくる。
「どこ探してもいないんです!」
「なっ、儂が監視を頼んだ者は……」
(セリーヌっちのことかな……?)
「セリーヌっち……。多分、アイリスっちに何かの魔法で眠らされてて……」
「あの術か……」
「ごめんなさい。ミリィがついていながら……」
「いいや、ぬしが気にすることはない……」
(悪い予感がするのう……)
「ミリィよ。ぬしには調査隊がいるという……」
「はい、いますが」
「ならば調査隊と共にアイリスを探してほしい……」
「わかりました! 今すぐ向かわせます!」
ミリィは慌てて学院長室を飛び出していった。
*
――辺りは緑の草木で囲まれた神聖なる地。
赤い髪を持つその男はそっと片目の金瞳に右手を沿えた。
「ヤツの術式が発動したか……」
男は神聖なるギリターナ平原の土を拾い上げ、徐々に手のひらからこぼす。
「この場所、この時間……。すばらしい……。アレを召喚するにはふさわしい環境だ。――植物魔獣よ」
その時、背後から足音が聞こえる。その足音はしっかり男の耳に届いていた。
足音は少しずつ速くなっていった。
「はあっ!」
男の後ろからしたのは女性の叫び。それど同時に一本のサバイバルナイフが男に向かってきた。
――キン!
サバイバルナイフの動きは止められ、一筋の金属音だけが広大な平原に響く。
「その程度で俺を殺せると思ったか? アイリス・エーヴェルクレア……」
「私はあなたを殺すって宣言しました。ここであなたを殺します……。ロイド・イスタンベラ……」
「ほう……。だが好都合だ。貴様がここに来たことで俺の手間が省けた。ゆえに俺には不利益がない」
「いつまでもそうやってほざいてなさい!」
(しかし、この女。なぜ俺の居場所が分かったというのだ……)
*
全壊した大図書館で今でも人型触手の怪物とソラたちの闘いは続いていた。
「触手は10本ってところだな……」
「ええ、それにしてもあの伸びる触手が邪魔よね……」
「GUUUUUU……GUAAAAAA!」
怪物が唸りを上げたその時、直立した二本の足で突進してきたのである。
「ここは通さないから! ――終骸の壁炎!」
イリスが叫んだ直後、5M前方に巨大な炎の壁が出現した。
――ドン!
怪物は躊躇なく壁に突進する。壁にコーティングされた微量のイリスの魔力が怪物の侵入を防いでいた。が、その壁をすり抜ける怪物を見てイリスは驚愕する。
「嘘!?」
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「心配すんなイリス! 俺たち……二人で一人じゃねえか!」
両手に紅血の剣を持った吸血鬼モードのソラが怪物に向かって飛び込む。
その勇敢な姿にイリスは頬を赤く染めた。
「ソラ……!」
「俺がいることを忘れんなよバケモノ! ――剣薙!」
紅血の剣に秘められ、凝縮した漆黒魔力が一気に膨張し、薙ぐ。その反動でソラと怪物は逆方向に弾き飛ばされた。ソラはその風圧で巨大な木に激突した。
イリスは慌ててソラの元へと駆け付ける。
「そっ、ソラ!? 大丈夫!?」
「いってぇ……。やっぱり吸血鬼モードってのは魔力が強すぎて操作が難しいな……」
今さっき使ったばかりの能力だ。まだ扱いが出来ないというのも無理といっても過言ではない。
「GUUUUUUUUUUUUUU……」
と、吹き飛ばされた怪物が立ち上がった。
イリスの薄桜色の髪が爽風になびく。イリスが微笑むとソラはゆっくりうなずいて目を閉じた。
「ああ、頼んだぜ、イリス」
「了解! ロイドとの闘いの前に魔力切れなんて許さないんだからね! ……あとは私に任せて」
「……信じてる」
ソラはそっと吸血鬼モードを解除した。ソラの肌は元の容姿へと戻った。
イリスは歩を進め、立ち止まり、深い息をつく。
(ソラにいいとこ見せないと……。ソラばっかりにいいとこなんてあげないんだから!)
その時、イリスの背後に巨大な魔法陣が出現した。
「――連射型・爆炎の砲台!」
魔法陣から高速で炎の弾が放たれ、怪物に一気に直撃した。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「手ごたえアリね!」
が、立ち上がる土煙の中から一本の触手がすさまじい勢いでイリスに向かってくる。そして、触手に捕まり、ヌルっとした感触がイリスを襲う。
「うっ!」
徐々に触手の締め付けは強くなる。このまま握り潰すという算段なのだろう。
「バカね……」
しかし、そのイリスの声は触手に捕まったイリスからするものではなかった。そう、怪物の背後からするイリスの声だ。
「GUA!?」
「どうなってんだ!? イリスが二人!?」
「ソラ、それは違うわ! それは私の影武者といったところかしら」
「影武者だって!?」
「私の炎の魔力で構成された人形よ。連射型・爆炎の砲台はわざと外したの。目くらましのためにね!」
怪物はとっさに残った触手をイリスに向かって飛ばす。
「今さら遅いわ! もうとっくに大技の準備はできてるんだから! 喰らいなさい……」
イリスは右手を広げて怪物に向かってかざした。その手には小さい魔法陣が現れていた。
「――葬弾の放射火!」
その手から放たれるすさまじい威力の火炎放射が一気に怪物を焼き尽くした。
地面は黒く焼き焦げている。地上には怪物の姿は見られず、恐らく灰と化したと考えてもいいのだろう。
「さ、戻ろう……。ソラ……。私たちの《クレア学院》へ」
「そうだな」
イリスとソラはお互いに勝利の笑みを交わした。
*
――ギリターナ平原。
「さあ、その魔導書を俺に渡してもらおうか……」
「なぜ魔導書を欲しがるんです……か」
ロイドとアイリスの戦闘は明らかにロイドの方が有利だった。
そして、アイリスの身は動いていなかった。
(体さえ動けば……)
「それは教えるわけにはいかないな……」
アイリスは状況を変えようと必死に足掻こうとするが、体は1ミリも動かなかった。
「無駄だ……。溶岩島で俺と愛の接吻を交わした貴様はあの時既に俺の術式にかかっていたのだからな」
「え……!?」
「俺はあの島で無理矢理貴様に接吻を行った。その際に貴様の体内へ俺の魔力を忍ばせ、少しずつ支配を進めていたのだ……。つまりは俺の操り人形になっているってことだ」
「じゃあ、あの時は下心ではく……」
「そうだ。すべては俺の計画……。貴様が手にしているその魔導書を奪うためのな……」
「させません……。これはロギルス様から授かった大切な魔導書です!」
「何? 貴様……。この魔導書の正体を知らないのか」
「――っ!?」
「まあ、あのロギルスから聞いていない無理もないか……。俺が記憶の改ざんを行ったのだからな」
「記憶の改ざん!? そんなことできるはず……」
「できるに決まっている。――魔導書は俺がいただいた」
ロイドはアイリスが手にしていた魔導書を取り上げる。
「安心しろ。貴様は殺さない」
「なぜ……」
「ふん。アイリスよ。貴様は俺の性奴隷にするんだよ」
「外道!」
「そんなに吠えるな。今から起こることが終わったら俺がしっかり可愛がってやる……。その代わり、今はこの檻で何もできない無力さを感じたまま見守ってることだな」
ロイドが指を鳴らすとアイリスの頭上に檻が召喚され、アイリスを拘束した。
「さあ、始めよう……。世界戦争をなァァァァァァ!」
――その時、ロイドを中心に平原の果てに続くほどの巨大な魔法陣が現れた。
「今こそ革命の時なり! 王都イーディスエリー……召喚!」




