第33話 デートと占い師
――俺は何をしているのだろう。
――このイーディスの街で超絶美少女の彼女と二人きりで。
――ロイドの件は神ロギルスに任せっきりにして。
これは紛れもないデートそのものだった。
いつものような繁盛さを取り戻した王都イーディスエリーの商店街で栗色の髪をした少年と薄桜色をした少女……美男美女がこの街を歩いていた。
イーディスの英雄二人が並んで歩いているという事実だけでもよかったのだが、これは視線が気になりすぎる。
「なあイリス。ちょっとあっち行かね?」
と、自然体でソラが指さしたその先は今いる大通りと比べて多少人気が少ない路地だった。別段、裏路地というわけでもなさそうだ。
「そうね……。私も同じようなことを思ってたわ……」
別の路地にやってくるとさっきまでの人の視線は少なくなった。……だが完全になくなったとは言えないのだが。
「イリス……。その……、王国で俺は火竜に勝ったらアインベルクでデートしようって言ったの覚えてるか?」
「ええ、勿論。でも仕方がないことだと思う」
「そう? 俺ちゃっかり責任感じちゃってるんだぜ?」
「ははっ、それは嘘ね!」
(えっ、ええっ!? なにそれ!)
笑いながら悪意こもった言葉を発するという矛盾に耐えながらも、ソラはふと見つけた占いの館を指さす。
「あれは……」
「未来占いだって……。でも詐欺くさい気がしない?」
「とりあえず行ってみようぜ!」
と、ソラの肩に大きな手が乗る。大きくて広い……男の手か。
「英雄さんよう。あの占い師が気になるのかい?」
「ええ……。まあ……」
「あれはーな。ガチもんやで兄ちゃん!」
「まじっすか!? そうと決まったら行くってもんだ! イリス!」
ソラは先走って占い師の方角へ向かっていった。
「あ、ちょっと、待ってよソラ!」
「ありがとよ! おっちゃん!」
手を振るソラに対して、男もソラに向かって手を振り返していた。先陣を切ったソラにイリスが追いついたところで怪しげな占い師の館へと入店した。
*
占いの館に入っていくとやはり怪しげ極まりなかった。
人間の血痕模様の入った不気味な黒カーテンや黒々とした漆黒の光を放つ古いシャンデリア。殺人現場かのような館でお化け屋敷といっても過言ではないほどだ。と、その怪しげな館の中央に黒いテーブルの上に水晶が置いてあった。
「あれ……占い師は?」
と、イリスが呟いた刹那、イリスの首筋に悪寒が走った。
「それは……アタシのことかい?」
「ひっ!」
低い女の声が耳元でささやかれた。
イリスは背筋を凍らせてビクっと肩を上げる。それを見ていたソラでさえも三歩後ろに身を引いたのだ。
そこには占い師と見受けられる女が直立していた。
(……こんなところ来るんじゃなかったァァァァァ!)
ソラの心の中ではそういう叫びが何度か連呼されていた。
「んあっ!」
――突然女の喘ぎ声がなにかのような声が館に響いた。
狭い空間を声が反射して、より大音量で新鮮な声がソラの耳には届く。
と、声の発生源を見ていると、見事に不気味な占い師にイリスの胸が鷲掴みにされている光景が目に入る。
(おおっ、これはいいわ……)
ソラの頬は地味に赤くなってしまった。
「ちょっ、何を!」
「嬢ちゃんのお胸はとても揉み心地がええのう……」
耳元で女の低い声がささやかれ、余計に恐怖した。もう少しで失神してしまいそうだ。
(こっ、このババア! 変態かよっ! まじかよまじかよ、俺たちはこんな変態の占い師に占いしてもらうの!?)
気付いたころには占い師はソラを凝視していた。
「なんだ坊や。この女のお胸を揉みたいんか?」
「なっ、何を! おっ、俺は! ……生で触ったことあるんだぞ! いっ、いいだろ!?」
(馬鹿野郎俺! 何を言っている! ……まあ生で触ったのは本当のことなんだけど)
イリスに殺されると察したソラは、咳払い一つして、
「ああ、その……なんだ。あとでアイス一本おごるから許してくれ」
――イリスの不気味な笑みは絶えなかった。
だが、占い師の暴走は止まらなかった。
ソラが気付いたころには遅かった。
「ひいっ!」
「坊やの……たくましい……おち……」
占い師がソラのデリケートゾーンに触れようとしたその時。
「やめなさいっ! ソラにそんなことするの許されるのは私だけなんだから!」
と、イリスは占い師に殴りかかった……のだが、占い師は姿を消した。
(……消えた!?)
「ここじゃ」
「――っ!?」
二人は黒テーブルを恐る恐る見るとそこには占い師が座っていた。
「アンタ一体何者だよ……」
見かけによらず、瞬時に移動する魔法は只者ではないとすぐに悟った。
「アタシの正体は……そのうち分かる」
「……は」
裏があるかのような紛らわしい発言に気を取られたソラだったが、そんなことより今は占いの方が気になってしまう。
「ほれ、とりあえず座りなよ」
全身を黒マントで覆い、顔も隠し……と、怪しげな占い師だったが占いの腕はありそうだ。
ソラとイリスは言われるままに座った瞬間、テーブルの上に置いてあった水晶が突然光り始めた。黒だけだったこの空間で初めて見る白だ。
「ウィル・アセタン・エルグリド・ドゥルクーサ・ウルヘルヒーサ・セフティフーソ……。導け……ルーファスの天神光よ――」
占い師がそう詠唱すると水晶の光は凝縮しながら天井に向かって浮遊した。そして、一瞬にして光が拡散し、消滅した。
と、さっきまでの占い師の表情が急に一変し、険しくなる。
「アンタら……このまま行くと――」
「なっ、なんだよ」
「――死ぬよ」
「なんだ……と……」
「嘘でしょ……?」
信じきれない事実でもあったが、この占い師が言ったことは少し説得力があった。
「なんだよアンタ……。占い師じゃなくて予言者だとでもいうのかよ」
「占いは占い……。真実かどうかはアンタたち次第……」
その後、悪い予言をされ、少々の値引きがあったが、一旦占い結果のことは忘れようと決めた。
*
二人はカフェテリアで昼食をとり、商店街を歩き、ショッピングというものを満喫した。
時刻は酉の刻。
小さな素朴な公園があり、夕焼けの太陽に照らされる噴水がまた綺麗な風景を生み出していた。髪をなびかせるそよ風がイリスの香りを運んでいた。
二人は公園のベンチで並んで座っていた。ソラの右手とイリスの左手は重なり合い、温もりを共有している。
「あの占い師が言っていたこと……」
「『死ぬ』っていうやつ?」
「それ……。ロイド・イスタンベラとかに関係しているかもしれない」
「まあ、私も薄々気付いていたけど、そういうことかもしれないわね」
「あのさイリス……」
「ん?」
数秒の沈黙が訪れた。ソラの頭に木の葉が乗るとイリスはそれをゆっくり手で取ってあげた。
「ははっ、ありがとう」
「ええ」
「次の戦い……イリスは参加しないでくれ」
「……え?」
「怖いんだ俺……俺の力がイリスを巻き込んでしまうんじゃないかって。ロイドのあの魔法がイリスをまた傷つけるんじゃないかって」
「ううん。大丈夫よ。気にしないで。私を誰だと思っているの?」
イリスはゆっくり微笑んだ。ソラはイリスの両肩をぐっと掴む。
「でも! イリスは! 俺が!」
「そんなに自分を追い込まないで……。確かにロイドは強いよ。だけど、私だってロイドにぶつけたい気持ちだってあるのよ」
10年前。王都イーディスエリーの虚無の棺桶による大火事。イリスの両親は虚無の棺桶の無差別殺傷により命を刈り取られた。
当時、自分が一番に信頼していたギルドに裏切られた気持ちは抑えきれないのだろう。
「ごめん……。わかった……。でも、無理はしないでほしい」
「わかってる……」
「自分を犠牲にしないでほしい」
「わかってる……」
「自分を恨まないでほしい」
「わかってる……」
「俺を……嫌いにならないでほしい。何があっても……」
「わかってる……。全部……。わかってるわ」
――この胸の苦しみ。
――何かが引っかかっている。
――何かが俺を邪魔している。
「イリス……」
「ソラ……」
「大好き」
二人の唇はそっと距離を詰めた。苦しみを共有し合った感触はまた違うもの。二人の唇が離れると白い光の糸が二人の心を結んだ。
死ぬのは嫌だ。そんなこと誰だってわかっている。2回死んでいるソラが一番わかっている。だから、イリスにはその死の気持ちを味わってほしくない。ただそれだけなのに……。
――と、その時だった。
「キャァァァァァァァァァァァァーーー!」
突然響く少女の声が王都イーディスエリーに響いた。
「これは! 図書館からね!」
「イリス……行こう!」
二人は顔を見合わせ、悲鳴の方向へと歩を進めた。
 




