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第32話 吸血の魔剣

「力が……欲しい……」


 ソラは自分の影に向かって手を強く握りしめる。

 青々とした空間は動かず、二つの自分だけが分裂したまま動いている。


「ほう……上の俺に勝つには下の俺が上の俺に勝つ以外は手段はないだろうな……」

「ああ、そうだな――来い、紅血の剣ブラッディ・クレイモア!」


 ソラの右手には漆黒の刀身の剣が召喚される。


「やる気は……あるようだな――来い、紅血の剣ブラッディ・クレイモア


 影の手にはソラと同じ名前の剣が召喚されていた。

 だが、違うところが一つ、刀身の色と形状が別物であるということだ。


「なんだよ……それ」

「言っただろう。俺は俺自身に眠る裏の力だと……。おかしいとは思わなかったか? なぜこの剣は『紅血』なのかと……。なぜ、赤ではなく……黒なのかと……」

「まさか!」

「その通りだ。俺というお前自身が使っているその漆黒の剣はまだ完全体ではない」

「――っ!」


 影の持っている剣は赤黒く、血そのものの色をしている。刀身は長く、横幅が広い。

 ソラが驚愕しているその時、影はソラの後ろに回っていた。


(こいつ! いつの間に!)


 気付いたころは遅い。

 ――大量の血飛沫が青々とした空間を浮遊していた。


「がはっ!」


 ソラは自分の体を血が上ってくる感触を感じた。

 ソラが影の持っている剣を見ると、赤黒い剣に付着した自分の血がその刀身に吸収されているのを見る。


「何してん……だよ……」

「驚いたか? こいつの使う固有能力だ。斬れば血が出る。そして、斬れば斬るほどこの剣は強くなる。ゆえに……この剣は〝吸血鬼(ヴァンパイア)″だ」

「ヴァンパイア……。吸血鬼だと」

「……その通りだ」


 背中に開いた傷に耐えながら立ち上がった。そして、ソラは漆黒の剣を構えた。





 * * * * *




「ロギルス様……ソラは大丈夫なんですか!?」

「問題ない。少し自分と戦っているだけなのだからな」

「そう……ですか」


 イリス、ミリィ、アイリスはソラを心配して模擬戦会場に戻り、ロギルスを尋ねて、会場の床に倒れるソラを見守っていた。

 イリスは恋人を想ってソラの右手を両手で優しく包み込んでいる。微かにソラの腕に薄桜色の清楚な髪があたっていた。

 

「人の温もりは人を救う……」

「え?」


 突然、ロギルスが吐いた言葉にイリス疑問を覚える。


「人ってのは一人では生きられない。永遠の孤独に耐えられない生物だ。……だから仲間がいることが絶対条件。神薙ソラ……ソラのそばにいてあげるだけでソラは今を生きようと前を向ける。そうではないのか」

「はい……」

「そうだよイリスっち。ソラは絶対戻ってきてくれるって!」

「私もそう思います。イリスにとってソラが、ソラにとってイリスが一番なのですからずっと一緒にいてあげてください」

「ありがとう……みんな」


 と、ミリィが一つ咳ばらいをすると、


「ってことで、イリスっち! ソラが目覚めたらえっちなサービスしてあげちゃって!」

「しっ、しないから!」


 大きな声を上げたイリスの声が会場全体に響き渡った。




 * * * * *


「はあっ!」


 青々とした空間でソラは影に剣を振るっている。

 が、漆黒の剣は影には一閃も届かない。


「魔力に依存しすぎだ。それでは勝てたものにも勝てないぞ」


(……違う。俺は裏の俺には勝てない。だが、裏の俺は表の俺を知ったそれ以上の存在だ。裏の俺は俺の行動を読んでいるのか? いや、行動パターンを知っているか、剣をしっているのか……)


「ふん……。ダメか……」


 影は赤黒い剣で自分の手首を斬る。手首からは大量の血が溢れだし、青々とした空間に流れ込んでいく。


「何してんだよ。まさか、リストカットじゃないよな?」


 と、血が一瞬止まったその時、一気に巨大な魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣は血が膨張して、血だけで構成された魔法陣だった。

 ソラは目を大きく開く。




 ――――。




 ――――。




 ――――。




(何が起こったんだよ……)


 ソラの体は血だらけで全身赤に染まっていた。自分の心の復讐の赤と同じだ。


 ――だが、死んでいない。


(そうか、俺は不死身なんだよな)


 青々とした空間に倒れ込んでいるソラに向かって影は歩を進めてくる。

 赤黒い刀身で空間を切り裂きながら、そして、己の精神を切り裂きながらこちらに向かってくるのを感じ取った。その姿は、人を喰らう化け物に相当していた。


 ――自分のことは何も知らない。

 ――自分の力では助けられない。

 ――自分の恋人は護れない。


 自分の愚かさと無力さを一方的に呪うだけだ。


「俺自身よ……。このまま、この世界を満喫できないまま終わるか? 仇を果たせないまま魔導師をやめるか? それとも――死ぬか?」

「ふざけんなよ……裏の自分になんて勝てるわけねぇだろ」

「誰が、力でねじ伏せろなんて言った」


 その時、ソラの中で何かが動く。



(……そうかよ、そんなことかよ)




 と、ソラは漆黒の剣を広い、剣に黒々とした魔力を込めると、空間を切り裂いた。

 青々とした空間に亀裂から白い光が射し込んでくる。

 影は微笑んだ後、その光に打ち消された。




 ――この空間は俺の心そのものだ。ならば、俺の力を塞き止めている復讐心自体をなくせば、裏の力は裏の力として存在しなくなる。……そういうことなんだろ?




 * * * * *




(ああ、これは天使の声だ。天使が俺を呼んでいる――)


 ソラの目の前に新たな光が下りてくる。

 首元には生暖かい女子の太ももの柔らかい感触と、頬にはさらさらとした髪の感覚。そして、首筋を流れる一粒の冷たい涙が。


「イリ……ス……?」


 そこには、涙を流しているイリスの姿が見受けられた。辺りを見渡すと、心配そうな顔をしているミリィとアイリスの姿があった。


「無事で……よかった……」


 涙声のイリスはソラの手を胸に押し付けながら人の温もりをそばで感じ取っていた。


「また迷惑かけてごめんな……」

「ううん、いいの。無事ならそれで……」

「……ありがとうイリス」


「ソラっち、半日も目を覚まさなかったんだよ?」

「ええっ!? そんなに!?」

「心配することも無理はないと思いますよ……。何を……していたんですか?」

「いや、それは言えない……ごめん」


 ソラは一瞬顔を暗くしたが、すぐに体を起こした。そして、ロギルスの方を見ると、


「ソラよ。どうだった」

「問題ありません。あなたの言う通り、心に聞くことができたかと……」

「それはよかった。なら、儂はロイド・イスタンベラの居場所を突き止めるとしようか」


 それを聞いた全員が目を丸くしたといっても過言ではなかった。無論、特定の人間の場所を特定することは至難中の至難である。


「できるんですか……そんなことが」

「ああ、簡単だ。……まあ、少し時間がほしい。じゃから、おぬしたちはそれまでは自由にしていてくれ。時が来たら神の力で呼び出すとする」


 と、アイリスははっとした顔をした。


「アイリスさん?」



「だったらイリスとソラは今からデートに行ってきてください!」

「…………」


 

 数秒の沈黙が訪れる。

 イリスとソラは棒立ちしたまま視線すら動かさなかった。

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