第30話 英雄と神の激戦
――なぜこんなことになった!?
《クレア学院》には模擬戦会場がある。お互いノンダメージで決闘ができる場所だ。初代学院長が自らの魔力で創造した空間とされている。
と、その空間に二人の人影が対峙していた。一人はイーディスの英雄の神薙ソラ。一人は魔力を奪われし召喚神ロギルスである。
それを外部の戦闘の影響を受けない空間からイリス、アイリス、ミリィの三人がその光景を暖かい目で見守っているというのだ。神と魔導師のバトルだと一瞬にして情報が広まり、《クレア学院》の生徒全員がその会場におしかけていた。
「ソラ……大丈夫かな……」
「ソラっちなら勝てるでしょ!」
「イリス? ……ソラを信じましょう。彼ならやってくれるはずです」
「そうだわ……ソラを信じないなんて失礼よね」
「うん! ミリィはソラの勝利に一票!」
観戦席でイリス、アイリス、ミリィは楽し気に言葉を交えていた。その中で、ソラを心配する気持ちはあったのだが。
(いや、何この状況ッ!? おかしくない!? 普通の人間と神様が今からバトル!? ……冗談だよな!?)
「さあ、遠慮はいらん。早く来よ。神薙ソラ。儂が認めた魔導師だ」
「お言葉は嬉しいですがロギルス様! あなたは、魔力を持ってないのにどうやって俺と戦うんすか!?」
「なあに、魔力がないからといって戦いができないわけでもなかろう」
神にして若きロギルスはその白髪を手でかき上げて、一本の杖を手に持っていた。
「……ソラがロイドと対等に渡り合えるかの試験と思えばいい」
「……そういう……ことなんですね。あー! はいはい! やりますよ! ――来い、紅血の剣!」
仕方なくソラは剣の名を叫び、漆黒に光る魔力とともに現れた紅血の剣を手にとって構えた。
「もう、どうなっても知りませんよ!」
「儂に剣一つ当てられたらぬしの勝ちとしようか……」
(なん……だと……?)
「俺をなめないでくださいよ!」
ソラは、ロギルスに向かって前方に跳んだ。ソラの剣とロギルスの杖が無数にぶつかり合う。ソラが剣で薙げば、ロギルスの杖が薙ぎ返してくる。その一閃と一閃の衝突を周りの目を惹いていた。
――と、その時。ソラが姿を消し、ロギルスの背後に現れた。
「なるほど……魔力転移を習得していたか……」
「破っ! ――剣薙!」
ソラの刀身が黒々と光り、ロギルスに向かって振り下ろされる。
「あんな技! ロギルス様に使ったら……!」
「すべてを弾き飛ばし、消し去るソラの魔法。ロギルス様だからといっていくらなんでも!」
「……いや、ミリィはあの技……防が――」
ミリィが言いかけたときだった。
「……なめるな。は儂の台詞だソラよ」
刹那、ロギルスが杖を斬撃をなぞるように振ったとき、ロギルスの周囲だけが大きく弾け飛んだ。会場の床の一部は消え去ったのだが、ロギルスだけが無傷で立っていた。
――ワアアァァァァァァ!
周りの女生徒が興奮して立ち上がり、野球観戦か何かのように騒いでいた。歓声がソラとロギルスに振りかかる。
「何を……したんですか……」
「魔法には魔力粒子の流れがあってな。その流れを杖で周囲に流し込んだだけだ。儂にだけできる特技なのだがな……。まあ、つまりは魔力の流れる方向を転換させたというわけだが」
ソラは驚愕して目を大きくする。魔力を使わずに自分の技を防ぐこと自体が例外中の例外だったからだ。
「もっと魔力術式を複雑に組んでみろ……。ぬしの中にある魔力の種類はありふれている。……それだけで何万という魔法を編み出せるぞ」
(そんなこと……できるわけが……)
「何言っているか分かんないっすよ! だったら俺の秘剣術なら防げますか! ――神薙流、抜刀襲神影!」
ソラは体の軸を倒し、ロギルスの死角を横切り、その背中に一閃――。
が、通用しない。
「そんなものか……」
ロギルスは杖で軽々と未来を読んでいたかのように防いでいた。と、ロギルスはその杖で一突きソラに入れた。
「ぐあっ!」
ソラは勢いよく床に投げ出される。
「あのイーディスの英雄が!?」
「魔力を持たないロギルス様にやられる!?」
「そんな……」
周りの生徒も驚きを隠しきれずにいた。
(いてえな……。おいおいまじかよ、魔力が『無』に負ける……? そんなことあんのかよ……)
ソラは剣を杖にして立ち上がった。
一息……大きく息を吐く。
――その時、ソラの周囲に漆黒魔力が溢れだすようにして現れた。会場に大きな漆黒の雲が発生し、ソラの剣に向かって魔力が降り注ぐ。
「ウオオオオオオォォォォォォォ! ――天斬!」
吸収した魔力を放出しながらロギルスに漆黒の斬撃を放ったその刹那――。
(絶対に逃げれない……俺の最大火力の技だ。逃げ切れるはずがない!)
ロギルスは杖を捨てた。大きなる魔力を目の前にして余裕な顔をして。
それと同時に会場が女生徒の声でざわめいた。
「何やってるんですか!」
ロギルスは迫り来る漆黒の魔力を足場にして軽々と駆け上がった。たったの2歩で漆黒魔力の上に上がり、避けたのだ。
「嘘……だろ……」
「ふん。技が大きければ大きいほど術式には隙ができるというものだな……」
漆黒の魔力は見事に会場の壁に激突。壁が粉々に砕ける。
「クッソオオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!」
ソラは叫び、剣を地面に捨てて右手に魔力を込めながら空中に飛んでいるロギルスに向かって跳ぶ。
「素手のあなたは素手の俺に勝てないはずだ! ――空手術、兇閃牙迅拳!」
「……甘い」
と、飛んでくる拳を無視し、ロギルスはソラの肩を押し、体の軸の重心をずらす。
「……っ!」
ソラは無人の壁を殴り飛ばした。ロギルスは真顔で床に着地。
膝をついたソラは降参の旗をあげた。
「……降参ですロギルス様」
「嘘……でしょ?」
「あのソラ君が負けるなんて……」
「どういうこと……?」
「信じられない」
周りから焦燥と驚愕が混じった女生徒の声が無数に聞こえてくる。
ソラは、荒い息をしながら床に仰向けになって寝ころんだ。
――完敗だった。
「ソラっちが……何が起きたの!?」
「やはりロギルス様は魔力なしでもお強いのですね……」
「ソラ……やっぱり手を抜いたんじゃ……」
「いや、イリス? あれは間違いなく全力だった筈です」
「そんな……」
観客席で三人が会話を交わしていた。
と、ロギルスはゆっくりソラに近づいてくる。
「二人で話がしたい」
「はい……」
*
会場にいた女生徒がその場を去り、イリス、ミリィ、アイリスまでもが完全に去った。
盗視、盗聴などをすべて遮り、厳戒態勢をとっていた。
ソラは、自分の無力感を呪いながらその場に居続けた。
「儂と手合わせした感想は?」
「いやー、もう手も足もでないですよ。それと何か関係が?」
「ない」
即答。
(いや、あれよ!)
声に出して叫びたかったが、神様を前にして言うことではないと理解した上で心の中で叫ぶことにした。
「あれだな。……その、神薙ソラ。ぬしにずっと隠していることがある。……それを聞いたらぬしは平常心を保てるかどうか……」
「構いませんよ」
「…………」
数秒の沈黙。
ロギルスは自分の息を殺しているような顔をしながら、ゆっくり口を開いた。
「ぬしを召喚したのは……」
そうロギルスが言いかけた瞬間。ソラの目は驚愕を押し切って、大きく目を開く。
「……儂だ」
「嘘……だろ……!?」
信じたくもない真実が明らかになる。
記念すべき30話、ここまで読んでくださりありがとうございます。
これからも、ソラの異世界生活にお付き合いください。




