第26話 火竜戦(下)
火炎の中から騎士団長レントが落ちてくる。
黒く焦げた体は地面に叩きつけられ、息を失ってしまった。
――と、火竜はその大きな重い足でレントを踏みつける。
呼吸することも許されないその状況でレントは必死に火竜の足を掴むが、動く筈がない。
「アイリスっち!」
ミリィが額に汗を掻きながらも救援を求めている。
「わかってます! ――降臨せよ。黒き暴食の英霊よ。漆黒の汝は我が身を滅ぼさん。シャドール!」
アイリスの魔法詠唱に巨大な黒い人影の魔物が再び召喚された。
「レントを助けてください! シャドール!」
人影の魔物はアイリスの命令に応じて火竜の頭部に怒りの拳による一撃。
――が、火竜はピクリとも動かない。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
火竜の咆哮と共に、人影の魔物に向かって灼熱の火炎を吹いた。
「シャドール!」
「アイリスさん! ここは俺に任せてください!」
「駄目ですソラさん! 危険です!」
先走るソラを止めようとする騎士たちだが、それを振り切ってソラは必死にレントを助けようと紅血の剣を構えながら歩を進める。
ソラの剣に安定した漆黒の魔力が集まる。黒々としたその安定した魔力は初めて見るものでもあった。
「ソラ……。魔力の使い方ようやく掴んできたみたいね」
イリスが感心する。――それと当時に、レントとソラの無事を祈っている。
「これが、進化した俺の漆黒魔法だ! ――剣薙!」
最大限までに圧縮した漆黒魔力を剣で払うと当時に漆黒魔法で火竜の足を弾き飛ばす。
レントのホーリーディスケイトの応用技と言える。
「ミリィちゃん! 今のうちにレントさんを!」
「了解っ、ソラっち!」
ミリィがハイスピードで白き翼で風を切りながら向かってくる。――と、ミリィはソラとレントを同時に掴んで火竜から距離をとった。
「救出成功ってとこか……。お前たち! レントさんを頼んだぞ!」
ソラがそう叫ぶと、ミリィはレントを宙に投げる。見事に騎士たちはレントをキャッチ。騎士たちが顔を覗いてみるとレントは気絶していたようだ。
しかし、レントの右腕は消えていた。それを見た騎士たちは歯を喰いしばった。ここは戦場なのだから。悲しむことは許されない。悲しむとしたらこの戦いが終わってからなのだと――。
「アイリス……」
「……はい」
「騎士団長という戦力がなくなった今、アレをやる他はなさそうだけど?」
「イリスの言う通りです……合図を送りますね」
と、アイリスが閃光の魔力花火を空中に放つと、白々と光りだす。
それを見たソラとミリィは同時にアイリスに向かってうなずいた。
ソラ、ミリィ、アイリス、イリスの4人だけで実行される作戦だ。アイン村で密かに話し合っていた戦法である。
「――終骸の壁炎!」
イリスが叫んだとき、火竜の周囲に円柱状の巨大な炎の壁が現れた。
「――降臨せよ。黒き暴食の英霊よ。漆黒の汝は我が身を滅ぼさん。シャドール!」
「2体目!?」
ソラが驚くと、そこには2体目の人影の魔物が出現する。
――と、人影の魔物はしっかり火竜を固定した。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「同時召喚なんてキツイんじゃないの? アイリス」
「心配なんて要りませんよ。……余裕ですから」
と、ミリィと一緒に飛んでいたソラは剣に漆黒魔力を込めた。
「さあ、飛ばすよソラっち!」
「ああ! 遠慮せずに吹っ飛ばしてくれよ!」
「――サイクロンバースト!」
ミリィが空気の塊と同時にソラを火竜に向かって放った。ミリィの風魔法でソラは加速しながら火竜に突っ込む。
その一瞬のうちに、火竜の右翼は消え去った。
火竜の翼の断面がうにょうにょと動いているが、ソラの漆黒魔力が自己再生を防いでいる。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「火竜……ちょっとは効いたか?」
「GUUUUUUUUUUUUU……」
(これで火竜の動きはしばらく止まっている――アレをやるなら今しかないかな……)
ソラが心の中でそう決めたとき、紅血の剣が今までにないような黒々とした光を放った。
「これは!?」
「……眩しい……です」
イリスとアイリスが突然輝く刀身に驚愕の色を見せた。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」
ソラが剣を右手で天へと向けた。――と、遥か遠き頭上に一瞬にして漆黒の雲が現れる。
いきなり強く吹きだす風が、周りの魔導士たちを刺激させる。
「……みんな。少し離れてくれないか?」
「……ええ」
ソラの忠告を受け入れ、魔導師たちが一斉に頷き、ソラと火竜から距離をとる。
「行くぞオオオオオォォォォォ! 火竜!」
漆黒の雲から漆黒の魔力が大量に降り注ぎ、剣の力と化す。
「これが俺の最大火力の魔法だ! ――天斬!」
ソラが剣を振り下ろした時、圧縮された漆黒魔力が一気に火竜に向かって放たれた。
その斬撃は、火竜全体を覆い、一刀両断。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
全長50Mにも及ぶその胴体は、軽々と切り裂かれる。
――火竜は地面に頭部をつけながら、倒れた。
「……やった……のか……?」
と、一人の騎士が呟いたとき、同時に他の騎士たちが歓喜の声を上げた。
イリスやアイリス、ミリィも涙を流しながらハイタッチを交わす。
息切れしているソラは、イリスに視線を送り、頷いた。
火竜の核を破壊し、漆黒魔力で再生を防いでいる以上、火竜が復活する余地がない。それが分かった上での、自身のある歓喜ともいえるのだろう。
ソラはイリスに近づいて、
「イリス……出発前の約束……覚えてる?」
「ええ、勿論。王国のデ――」
――と、イリスが言いかけたときだった。
――悲劇は突然降りかかる。
倒れ込んでいた筈の火竜が、突然現れた巨大な魔法陣に吸収された。
「嘘……でしょ」
「火竜が……消えた? ……だと」
イリスとソラは急に起きた事実を理解できず、
「貴様らの無駄働きに感謝しよう……」
不意に知らない男の声がする。
騎士たちは一斉に声のした方向を向いた。
「お前……は……」
ソラが目を丸くして焦りと恐怖が混じった驚愕を見せた。




