第25話 火竜戦(上)
――溶岩島 中央エリア。
騎士たちの声と共に眠っていた火竜が目を覚ます。
咆哮と共に一気に宙へ舞う。大きな翼から繰り出される強い風がアインベルクの騎士たちを退ける。
「ちっ、やはり駄目か……」
レントは舌打ちをして悔やむ。――と、思ったのだが、
「ここはミリィの出番なんじゃないかな!」
「ミリィさん! 待って!」
「ミリィは待つのが苦手なの!」
レントが先走るミリィを止めようとする。しかし、ミリィは背中から天使のような翼を広げた。
「はあっ!」
見えない速さで火竜が飛んだ高さまで一気に追いついた。ミリィに風の抵抗など効かない。
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「うるさっ! 吹っ飛べ! サイクロンバーーーッスト!」
ミリィの両手に風の魔力が凝縮し、一気に放たれた。
すさまじい速さで火竜に迫った。火竜の繰り出す風を押し切って。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
その時、火竜の口に魔力が集まった。赤黒い嫌気をさすような魔力。
「あれは! 火炎放射でもする気か!」
「ミリィちゃん! 逃げて!」
イリスとソラはミリィに忠告を向ける。が、その声は届かない。
――火竜の口から火炎は放たれる。その威力と速さはミリィのサイクロンバーストより遥かに大きかった。ミリィの魔力は一瞬にして掻き消された。
「やばい!」
焦るミリィの顔色を見て、北側にいるアイリスは一つのある本を片手に持ち、周囲に白い魔力のオーブを浮遊させた。
「ミリィ、時間稼ぎ感謝します。――降臨せよ。黒き暴食の英霊よ。悪し漆黒の汝は、我が身を滅ぼさん。シャドール!」
「何だ!?」
微かに聞こえるアイリスの魔法詠唱にソラが声を上げた瞬間、火竜とミリィの間に巨大な黒い人影の魔物が現れた。
人影の魔物は火竜の火炎放射を自分の巨大なる胴体で全て受け止めた。
「す、すごい……」
ミリィは呆気に取られ、その勇敢な魔物の姿に目を引かれた。
火竜が放った火炎放射は黒い人影にみるみるうちに吸収されていった。
「レントさん……これは」
「知らないんですかソラさん。アイリス・エーヴェルクレア。彼女は《クレア学院》の学院長を務めるくらいです。強くないわけがありません」
「アイリスさんは……何者なんですか……」
「召喚神ロギルス様の愛弟子だったお方で、アインベルク地方の最強召喚士と称されている……」
「つまり、神様に魔導を教わったってことなんすか!?」
「そうなりますね……」
――と、黒い人影の魔物は両手で火竜の頭部を殴り落とした。
火竜は地面に叩きつけられ、体が数秒麻痺し始めた。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「今だお前たち! かかれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
騎士団長レントが叫ぶと、それに応じて全ての騎士たちが火竜に向かって走り出す。
「「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!」」
一人、また一人と火竜に乗っては剣を振るう。
そして、3割の兵士は弓や大砲で火竜を一斉攻撃する。
「――紅焔繚銃火!」
「――兇閃牙迅拳!」
続けて、イリスは空中に数十の魔法陣を出現させ、すさまじいスピードで火竜に炎の魔力をぶつける。
ソラは己の拳で最大限のダメージを与える。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
火竜は暴れ、もがき、あがく。
翼と足を頭部をバタバタさせて、大半の騎士たちを振り払った。
――その時だった。
空中に舞った騎士が、火竜の大きな鋭い爪に直撃した。
「ぐあっ!」
20名の騎士の傷跡から灼熱の炎が溢れだす。
「熱っ!」「団長! 助け……て」
多人数の呻き声を聞いてレントは目を丸くしている。
――そして、騎士たちは消滅した。
高温度の火竜の火炎に耐えきれずに。
「嘘……だろ……」
絶望したレントは両膝を地面についた。視線を変えず、火竜だけを凝視している。
「あれは……ドラゴンウイルスです」
「ドラゴンウイルス? ……とは?」
アイリスが呟くと隣にいた騎士が聞き返す。
「自分の魔力に呪いの術式を埋め込ませた魔力ウイルスを敵の体内に埋め込み、中からその対象物を蒸発させる……」
「――っ!」
アイリスの周辺にいた騎士が目を丸くした。その知識も魔物に詳しいアイリスならではの知識なのだろう。
「レントさんしっかり!」
「団長……」
「指示をください! 団長!」
「…………」
レントは何も言わない。消えゆく騎士を目の前に黒々とした復讐の目だけが見えた。
「ふざけるな……」
「レント……さん……?」
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァァァァァッ! 殺してやる……」
突然、レントは火竜に向かって一人で走り出した。
「レントさん! 戻ってください!」
「ソラ殿、ああなった団長はもう……止められません」
ソラが止めようとするが、聞く耳を持たなかった。漆黒の復讐心がレントの心を多い、別人へと変えてしまう。――清純な心は、何よりも汚染されやすい。
「はああああああああァァァァァァァァァッ!」
黄金のランスを右手に突撃するレントに、火竜は目をギロっとこちらを向けた。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
火竜は口を大きく開き、ミリィに放った魔力の倍の魔力を込めた。
そして、放つ。すさまじい速さで、すさまじい威力の火炎放射を目の前に顔色一つ変えない。
「そんなもの! 俺に効くかよ!」
レントは左手に巨大な黄金盾を一瞬にして生成し、火炎の中に飛び込んだ。
「まずい……あのままではレントさん死んじゃう!」
「団長ォォォォォォォォ!」
イリスの焦りを見て、アイリスは両手を合わせて無事を祈っている。
――と、その時。
火炎は黄金の輝きと共に消し去る。ほんの一瞬の出来事だった。
「ここで終わったら誰一人守れないだろっ!」
「すげぇ……」
「ふう……」
騎士たちは皆、レントの無事に一息ついた。
レントは火竜の右足をめがけて宙に舞う。盾を消し、両手に黄金のランスを持って跳んでいる。
「ホーリー……ディスケイトォォォォォォ!」
ランスは見事に火竜の右足に突き刺さる。皆が驚愕するのはその後だった。
突き立てたランスの半径15Mの範囲の空間が歪み、黄金に輝きながら火竜の足ごと消滅させた。
「何が起こったの!?」
「レントのホーリーディスケイトは魔力消費が多いです……あのままでは」
イリスの疑問にアイリスは解説を入れた。
火竜の右足は消し飛び、竜肉が丸出しになっていた。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
――が、火竜の右足がぐにょぐにょと動き始め、新たなる足が生え、完全状態へと戻った。
「……嘘……だろ……」
レントが目を大きく見開きながら、威勢を失った。
「再生した!?」
「まさか……不死身なの!?」
「「危険です! 団長!」」
騎士たちのその声は、レントには届かない。
「畜生オオオオオオオォォォォォォォォ!」
「レントさん!」
レントの漆黒の復讐心はさらに深まってしまった。
「次はその頭を吹き飛ばしてやるよ!」
そして、火竜の頭部の高さまで一気に跳んだ。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
火竜が大きく口を開いた時、
「危ない! シャドール! 騎士団長を守ってください!」
アイリスが人影の魔物にそう命令すると、レントの前に壁となった。
――が。
火竜が右翼を払い、大きな鋭き爪で人影の魔物を切り裂く。
「……嘘」
「まだ、ミリィがいるんだからっ!」
「ミリィさんだ!」
「はあああああああぁぁぁぁぁっ!」
ミリィが猛スピードで火竜に近づくも――間に合わなかった。
「ホーリー……!」
――と、その時だった。
――レントの右腕が消えた。血がレントから吹き上がる。
「――っ!」
火竜の口元を見ると、レントの右腕がそこにはあった。
それを間近で見たミリィはあまりもの残酷さに両手を口に添える。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「まだだ! まだ、終わっていない!」
「レントさん……もうやめて!」
「団長!」
火竜は口に魔力を集中させた。炎がレントに向かって吐き出されようとしていた。
「くそっ!」
ソラは何もできない自分の無力さに手を強く握りしめた。
「もう……させない! イラ・ベラ・デリ・オリーラ!」
(間に……合わ……ない)
――火炎放射は放たれた。
(あと……少し……だったのに! クソッ、クソッ! 何て駄目な団長なんだ僕は!)
火炎と共に、騎士団長レントは包まれる。
「「団長オオオオオオオオォォォォォォォォォォ!」」




