第22話 出発の朝
「朝……か」
ソラはアインベルクの城生活3日目にして、重大な任務を任される。
――火竜の討伐。
火竜は相当の魔導士で、相当の魔力の持ち主ではないと倒せない魔物である。今までドラゴンである溶岩島の火竜を討伐できた者は過去で1人だけいる。誰が討伐に成功したのかは記録は残っていないが、伝説上では召喚神ロギルスが討伐に成功したとされている。あくまでも噂だが。
目を覚まし、体を起こし、ベッドから降りようとした。
が、その右手には温かみが乗っている。いや、掴まれているのか。
「イリス……」
隣で寝ていたイリスはどうやら疲れ切ってしまっているらしい。何時間にも及ぶ打ち合わせの疲れが睡眠として一気に襲ってくる。ソラは一言『おつかれ』と言ってその場に居続けた。
いつものように射してくる太陽の光はいつもと違う重みを放っていた。ただの紫外線ではなく、特別な希望と不安が射し込む。
ソラのレントとの修行のせいか疲れはまだ回復していないのに、眠れない。胸の高鳴りがただ止まらない。そんな思いがあるからこそ、今この異世界に居られているのだと。
*
――アインベルクの城 王室。
「本日、任務を遂行させていただきます。では」
アインベルク騎士団団長のレント・ドゥバルクライはアインストに向かって深々と一礼した。レイフェルはいつもと変わらず笑顔で礼に応えた。
「レント殿。イーディスの英雄を頼んだ。無事に帰還してくれることを願っている」
「……御意」
「そうだわ! お客さんがいるのよ」
「お客さん……とは?」
突然、後ろから足音が迫ってくる。2人の足音だと戦いなれたレントにはすぐに分かった。
レントは後ろを振り返ってみると――目を大きく見開いた。そこにいたのは知り合いの顔であった。
「あなたは!」
*
地下の訓練部屋では、栗色の髪を持つソラが両手に紅血の剣を持ちながら出発前最後の修行をしていた。自主練であったので、容赦なく広々と空間を使えた。
「はぁ……はぁ……」
汗水垂らして息切れするもまた持ち構える。漆黒の剣はソラの闘志に応えてまた魔力を込める。
レントから教わった技術は二つ。一つは魔力の制御の仕方である。ソラの魔力はただ単に魔力を放出しているだけであってただの威嚇にしかなっていなかった。もう一つは、とある新技の開発。対人戦では戦闘技術だけで討ち勝ってこれた。――が、大型の魔物となってくると戦闘技術だけでは思い通りにいかない。威力がなかったら話にならないのだ。
「ソラ? 団長さんがお呼びだけど」
不意に聞こえたその声は透き通った女神さまのような声――イリスだった。
「って、これ! 何したの!?」
そこに広がっていた光景は、大理石がボロボロに崩壊した異質な空間だった。イリスが驚くのも無理はない。
「ま、まあ、これはちょっとな」
「アインスト陛下に怒られちゃうかもね」
微笑みながらそう告げるイリスに動揺するソラが見えた。だが、これは修行の成果だ。こんな自分のために用意してくれた空間で強くなれたなら弁償だっていくらでもしてやる気でいた。
「イリス……」
「ん?」
「この任務に成功したら、アインベルク王国でデートをしよう……」
「勿論! まだ、恋人っぽいことしてないからね」
「ああ。そう……だな」
ソラは未来を見通して漆黒の剣を魔力と共に消滅されて、すっと胸を張った。
*
「えええええ!? なんで、アイリスさんとミリィがここに!?」
アインベルク騎士団の騎士たちがずらっと並ぶその集団で大きな第一声を上げたのはソラだった。無理もない。そこには、白髪の美人《クレア学院》の学院長のアイリスと王都イーディスエリーの町娘のライトブルーポニーテールの小柄なミリィがいたからだ。
「お久しぶりですソラ」
「ソラっち! 元気してた!?」
アイリスとミリィはソラに一斉に声をかけた。
「お、おう! 城の生活は楽しかったけどちょっぴリ寂しかったぜ!」
「ふふっ、そうですか。いきなりですけど今回の火竜討伐の任務に同行させていただくことになりました」
「それは危険っすよ! アイリスさん」
ソラがアイリスやミリィを止めようとするが――レントがソラの方に手を置いた。
「ソラさん。アイリスさんは心配ありません。このお方が火竜に足を止められるなど想像もつきません」
「ア、アイリスさん一体何者……!?」
「今度、時間を追ってお話ししましょう……」
ソラがイリスをチラッと見たが、ただ微笑んで笑顔を返してくるばかりである。
「ソラっち! 一緒に頑張ろう? ミリィはアイリスっちとイリスっちとソラっちが居れば安心なんだから!」
「そっ、そうだよな。こんな運命の再開を無駄にできないもんな!」
「それじゃ、行こうか――」
と、レントが中庭に並ぶ数百名の騎士たちを前に胸を張った。
「では、これより……火竜討伐任務を遂行します! 目的地は溶岩島。討伐対象は火竜です! まず、アインベルク王国より北に位置するアイン村を目指し、その後で溶岩島に向けて出陣します」
「ウオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!」
と、全ての騎士が武器を上げて、声を上げた。勢いのあるその声に、ソラもつられて声を上げた。
イリスは騎士たちの圧に負けて少々困っている。そこにアイリスが肩に手を乗せて、少しでも動揺を取り除こうとした。
それに対して、ミリィはノリノリだった。隣にいたソラと肩を組み、楽しそうに声を上げている。
朝の光が鋼鉄の鎧を照らし、何かが変わる予感を覚えさせた。
――いつでも彼は前を向き、
――いつでも彼は剣をとる。
――いつでも彼は闘志を燃やし、
――いつでも彼は未来を見る。
――いつでも彼は仲間と共に成長していく……。
今回は短くなりましたが、第二章はこれからです!




