第17話 王国へ
「ソラぁ。ソラぁ。ソラぁ!」
別人(!?)と化したイリスがソラの上に乗っかっている――獣のように。
頬を赤らめたイリスはソラのTシャツをビリビリと破る。イリスの服のボタンは半分外れていて、微かな胸の谷間を見せつけている。
「イリス!? どうしたんだよ。やめろって!」
「分からないんだから!」
突然、イリスはソラの片手をがっと掴み、自分の小柄な胸に押し付けた――。
ソラは顔を赤らめてしまう。
「ちょっ!」
(やばい。これは、柔らかい! いや、柔らかすぎる! イリスってやっぱり大きさより――、ってやめろ俺!)
何とか精神を崩さないように耐えた。ソラの手にはイリスのふにふにした小柄な胸の生暖かい感触が伝わっていた。どうにかしようと、体を動かし抵抗しようとする。
が、イリスはしっかり体重でソラを固定していて、動けないのだ。
「ソラぁぁぁ……」
イリスはソラの手を胸の上に密着させたまま、離そうとしない。はあはあと息を吐くイリスを見て余計に顔が赤くなってしまう。
(こんなの! イリスじゃない!)
と、覚悟を決めたとき。
「イリスっ!」
大きくそう叫ぶ。――と、イリスははっと目を大きく開いた。
意識が戻ったのか。
「あれ? 私何を――」
我を取り戻したイリスは、自分が行ってきた愚行を目にして急に立ち上がり、ソラとは逆方向を向いた。
「……私が……やってたの?」
「うん、まあ。そうなんだけど……。何かあった?」
「これは、ちっ、違うの」
「もしかして――ヘンタイガニのせい?」
と、ソラが口にしたとき。
「そ、そうだわ。あのカニの……せいよね。多分、あの粘液のせいだわ。きっと……」
イリスの声は微かに震えている。自分がしてきたことは、自分の本心ではないのだと必死に思い込んでいる。イリスは、昼間のヘンタイガニの粘液に犯されて、本能がおかしくなる副作用が起こったのだと主張している。
「あれだな。気にするな。俺だって嬉しくないわけでもない」
「……じゃあ、今のこと。忘れてくれる?」
「あー、はいはい、忘れるぞ」
と、数秒の沈黙の後にしてイリスが体を回し、横目でソラを涙目で見ていた。
「……本当に?」
「ああ! 本当だ! 神に誓ってな!」
「分かったわ……」
イリスは自分の小さな胸を触って、少し不満そうな顔をしていた。
(――イリス?)
*
ギリターナ平原にも新しい朝がやってきた。
穏やかな川の流れる音と風で草花がさらさらとなびく音が聞こえた。
平原の朝は以外にも静寂である。
現在、王国に向かって歩いている途中だが、夜のことが二人の頭から離れず、少ない会話数のもと時が1秒、また1秒と刻まれている。
今日もまた、灼熱の太陽が二人を攻撃する。
「昨日のこと、まだ気にしてるのか?」
恐る恐るソラは尋ねる。
「そっ、そんなこと……。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもないわ……」
下を向きながら頬を赤らめたイリスが言いかけたことを誤魔化した。それを見ていたソラはため息を一つ吐く。
「イリス――。こっち向いてくれ」
「え?」
と、言われるままにイリスはソラの方に体を向けた。
ソラは親指に人差し指を引っ掛けてぱちんとイリスのおでこにデコピンをくらわした。
「いたっ!」
イリスはおでこに両手を当てる。
「いつもの可愛い理想のイリスはどこいったんだ? 笑顔耐えないイリスが俺は好きだぞ」
「そ、そう……だよね……ごめんね?」
「ごめんじゃないだろ?」
「ごっごめん! ……ありがとう――あっ!」
「あっはは、ごめんって言ったな? 今」
「もう…………、愛してるわ。ソラ」
「ああ、俺もだ」
そう二人は笑顔でいつもの日常を取り戻す。やはり、こうでなくてはいけない。それが今一番求められているものなのだから――。
「さっ、歩こうぜイリス! あと少しだ!」
「そうね!」
*
歩いて歩いて――歩き尽くした。
歩きつくした果てにようやくその成果が認められた。
「これが――アインベルク王国」
「イーディスとは全然違うオーラが伝わってくる……」
ギルターナ平原の高い丘からのぞき込むのは壮大で美しい、本当の王国だった。
街の中央には大きな城がそびえ立っていた。ソラはその豪華な白を指さして、
「あそこが――今から行くところだな」
「国王様が私たちを待っているのね」
そして、最後の力を出し切り、ようやく――着いた。
大きなアインベルク王国の門をくぐり、そこにはとてつもなく大きな幅の道が城まで繋がっていた。城へと続く大通りを歩く途中、所々、個人店や広場、魔導学校を見ながらアインベルクの城へと到着。
と、城を見張っていた兵士に声をかけられる。
「何者であるか」
「アインスト陛下から招待を受けました者です」
イリスは王都イーディスエリーでアイリスから受け取った招待状を門番の兵士に見せた。
「よい。通れ」
ソラとイリスは城の正門を通る。そこには大きな庭園が広がっていて、自然を味合わせるような作りになっていた。西洋風の噴水に木が点々と並んでいて見ごたえがあるほどだ。
「案外、簡単に通れるもんなんだな」
「アインベルク王国は治安が良くて、あまり怪しまれるほどの人間は少ないっていうからね。これもアインベルクの街の和みというものかな?」
と、付き添いの兵士に導かれて、城の玄関に到着した。兵士は大きな扉を開いた。
「これは!」
その門の先には、赤い絨毯で敷き詰められた広い空間が広がっていた。さすがは王国の城といったところか。アインベルクの城は10年前に国王交代と共に再建工事が行われ、綺麗になったという。
「お越ししていただき、ありがとうございます。イリス様、ソラ様……」
二人の目の前にいたのは、少し胸の大きい黒髪ロングのメイド姿のお姉さんだった。
お姉さんは二人に向かって深々と一礼した。
それを見ていたソラは自分のアニメオタク魂を耐えきれずにいた。
「メイドさんだァァァァァァァァァァァァ!」
「ソラ!?」
突然叫ぶソラにイリスは背筋をびくっとさせて驚いた。
メイド姿のお姉さんは笑みを見せて、
「喜んでもらって光栄です。わたくし、こちらで専属メイドを務めさせていただいております。エイナ・ウルルエリと申します」
そう言ってまた、メイド姿のお姉さん、エイナはぺこりと一礼した。
今回は少し短いですが、次回から楽しい楽しい王国生活が始まります。では。




