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第13話 契約

 虚無の棺桶(ボイド・コフィン)、ガンダス・メラ、デリエラ・オーフェルスは魔導協会により死刑が確定。全焼した森は半年以内に特殊魔導部隊により全回復する予定となった。 

 あの戦いから5時間が経とうとしている。日は暮れ、夕方の空の下で彼は歩いている。

 《クレア学院》を通り過ぎると『寮』がある。が、この『寮』は《クレア学院》の生徒専用なので生徒が一人を除いて全員女子というので『女子寮』と言っても抵抗はない。


(緊張するなよ俺……! 男子の俺が一人で女子寮に侵入するとか完全に変質者って思われるし……。アイリスさん鍵だけ渡して『あとはごゆっくり』とか無茶すぎるぞ)


 ソラは今まで王都の安い宿泊所に寝泊まりしていた生活だったが、ようやく『寮』での生活を認められた。まあ、『女子寮』生活なのだが。

 今は一人で《クレア学院》の『寮』の門の前に来ているのだが、静まり帰っている。


(俺が入っていいのだろうか……。い、いや! 気にするな神薙ソラよ。ここはただの『寮』であって『女子寮』じゃねえ!)


 そう思いながら自分の頬を指でつねった。夢でもないのにつねるとか馬鹿馬鹿しいと悟りながらも『寮』の門を通った。

 最初、一歩踏み出したとき謎の罪悪感に押しつぶれそうになる。不安と恐怖を抱き、『寮』の玄関を堂々と開けた。


(誰も……いないな……)


 静かだ。人の気配が全然しない。やはり、女子しかいない『寮』なので、中はとても綺麗だ。白樺の木のような木材でコーティングされ、ゴージャスなシャンデリアに照らされた『女子寮』らしい『寮』。


(えっと、部屋の番号は『903』か……)


 と、ソラはルームキーに書かれた番号を見て、9階に行くための階段を上った。


(9階とか辛いな。でも、しかし、人がいないな。どういうことだ? まあ、それはむしろ好都合だけどな……)


 そう心で呟きながらも903号室とと書かれた札を見て、鍵をドアに差し込んで手首をひねる。

 

 ――カチャン。


 ソラにとって素朴な響きが脳に伝わる。鍵を開ける技術が異世界にあってよかったと感じる一時であった。

 ドアノブを回し、ドアを押す。その作業がたまらなく快感であった。

 ――広い部屋だ……。


「って……!」


 ソラは目を丸くした。ソラが驚いたのは部屋がただ広いことなのではない。

 ――そこには半裸の美少女がいたからだ!


「イッ、イリス!? なんで!?」


 風呂にはいったばかりなのか、薄桜色の髪は少し濡れている。

 黒色のパンツを履き、黒色のブラジャーが平均より小さい胸が谷間を作っている。雪のような今にも溶け出しそうな真っ白な肌が夕暮れの太陽に照らされて輝いている。


「あれは、エベレスト……? いや、あの谷間……。グランドキャニオン? い、いや、なんか違うな……。そっ、その――エロいね!」


 ソラはイリスの谷間を見ながら謎の言葉を呟いた。

 ――しまった。と思った。無駄な言葉を発してしまったとソラは後悔した。

 だが、イリスは前出会ったほど抵抗していない。初めて出会った頃は裸を見た直後死ぬほど痛いビンタをくらった。

 ――が、イリスは自分の半裸を隠そうとしていない。


「恥ずかしいから……あまり見ないでよ……」


 半裸のイリスを見てから初めて発言した一言だった。顔を赤くしながらも、怒った口調ではない、優しく恥ずかしがってる口調で言った。本当の美少女……女の子だ。ソラは『エロいね』と言ったことを余計後悔した。


「あ……あの。い、イリス……さん? 怒っていらっしゃらなくて……?」

「怒ってなんかないから……」


 イリスは急いで、寝間着と思われる服を着た。桃色の可愛らしい薄い服で、もう少しで透けそうだ。いろいろと。

 イリスは速足でソラに近づき、ソラの手を引いて部屋に入れた。開いていたドアは空気の流れで自動的にしまった。


「な、なあイリス? なんで下着姿に?」

「お風呂入った後なんだから珍しくなんてないでしょ!? 私はこの903号室の住人よ。アイリスから聞いてないの?」

「い、いやいやいやいや、これっぽっちも」


 と、ソラは否定した。


(ア、アイリスの奴……わざと!)


 イリスの脳内には、何かを企んで密かに笑っているアイリスの顔が思い浮かんだ。


「まっ、そういうことだから……よろしく、ルームメイトさん」

「って、エエエエエェェェェェーーッ!!!???」

(まじかまじかまじかまじか。俺がこんな美少女と、どっ、同居!? いいのかよそんな奇跡が起こっちまって)

「どうしたの? 嫌?」


 ソラが驚きまくっていると、のぞき込むようにしてイリスは問う。

 薄桜色の髪が揺れる。膝を両手に置きながらソラの顔を伺う仕草がソラのハートを打ち抜いた。


「嫌じゃないですよー! イリスさんー!」

「そっか。私も嫌じゃないよ?」

(うっ、嘘だろ……。どこの馬の骨かも知らないこの男である俺を信じちゃっていいのかよ! ……それに、こう見るとイリスも普通の女の子なんだよな……)

「ねえ、大事な話があるんだけど聞いてもらっていいかな?」


 突然、イリスは両手を胸に当てながらそう言った。


「あのね。ありがとう」


 イリスが発したその言葉にソラは目を疑った。少し視線を逸らしながら頬を赤くして発言するその姿は本物であった。


「どうしたんだよ……急に」

「ソラは虚無の棺桶(ボイド・コフィン)から2度も私を救ってくれた……。この気持ち。感謝しても感謝しても感謝しきれないわ」

「なあに。気にするな。男として当然のことをしたまでだ」


 ソラは自然とイリスの頭に手が行ってしまった。そっと、そのさらさらとした薄桜色の髪の毛を撫で下す。


(生まれて初めて――。女の子の髪に触っちまった)


 ソラは現世モラルでは恐ろしいほどに女の子には恵まれていなかった。女の子との会話は1年に1回あるかどうかというほどだ。


「ねえソラ……。私ね、胸のここの辺りが苦しい……。病気……なのかな?」

「それはな……病気なんかじゃない……と思うぞ」


 イリスの目が潤っているのを感じた。何かを求めるように少女はゆっくりと告げた。ソラにはすぐに分かった。

 ソラは今しかないと思った。

 出会った時から直感で感じ取っていたのだ。

 ――この子が運命の相手なんだと。



「イリス!!」


「な、何……?」


「俺、イリスとはただのパートナーではいたくない」


「……え?」



 一瞬、裏切られたのかとイリスは思った。部屋の静かな空気に静かな雰囲気が漂う。夕暮れの太陽の紅の光が山に隠れる。暗くなる部屋。雲に月は隠れ、雲で月光は遮断されてしまっている。重くなる空気。



「――俺は、イリスが大好きだ。だから、これからはパートナーじゃなくて『恋人』として一緒にいたい……だめか?」


 数秒の沈黙。勇気を出して言ったソラの言葉はしっかりとイリスには届いた。


「――私も、ソラと『恋人』でいたい……」


 涙を流しながら微笑む少女の姿はそこにはあった。

 思いが通った。しっかりと伝えられた。ソラの思いは晴れた。

 晴れと同時に雲に隠れていた月は夜の弱弱しい白い光を射した。

 二人は恋人としての契約を誓った。


「ねえ、ソラ?」

「ん?」


 二人は頬を赤くしている。心臓が握りしめられるほどドキドキしている。緊張する。しかし、苦しい時間。耐えられない少女の思いと彼の思いがぶつかり合うその時間。――しかし、距離は詰まる時間でもある。


「私からもお願いね……。ファーストキス、奪って……。他の人に先に奪われるのは……嫌だから」

「ああ。勿論だ」


 ソラはイリスの背中に手を回す。イリスはソラの首を抱えて背伸びをして顔を近づけた。

 唇と唇が触れ合う時間は長いようで短い時間――。

 たったの30秒でさえ、1分も、いや、5分にも感じてしまうのであろう。

 二人の唇が離れると、月光に照らされた白い糸を引いた。

 二人は通じ合い、つながりあった。


 ――夜は長い。

 

 ずっと、続く夜。新たな朝は遠い。そう、ずっと。

 ―― 第一章 『黒の剣士』 (完) ――

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