第117話 再・堕天
背中に生えるのは漆黒の堕天使の翼――。
黒々と染まった右足でラティス――氷魔リヴァイアサンを蹴飛ばした。
その男――ルシファーはソラに向かう。
「くっふっふっふっふ……」
妖気な笑みと嗤い声を漏らしながら。
「今度は俺を殺しに来たのか……」
大剣を片手で弄ぶように軽々と振り上げる。
「その通り……です――」
――ルシファーが大剣でソラを真っ二つにしようとした刹那。
「葬弾放射火!」
ルシファーに向かって超巨大火炎放射が放たれる。
――が。
「効きませんよ。すべての攻撃を弾く絶対防御――それこそが我が力なのですから」
ルシファーの周りだけが球体の空間を生み出し、そのすべての炎を避ける。
「イリス――無事だったか……」
「無事なわけないでしょ!」
「……へ?」
薄桜色の髪をなびかせながら顔を膨らませている。
何が起きているのだ。
「気づいたらラティス・レシストが死んでるし、目の前には天魔はいるし何よこれは!」
「い、いや――俺に言われてもだな……」
「おかげさまで変な夢を見せられたわよ……」
「変な夢?」
「そ、それは……ソラと……その……アレよ!」
「アレってなんだよ!」
全く意味がわかりません。
ソラは理不尽な罵倒に対抗できなかったけど。
「この我がいるというのにくだらない戯言ですか……」
「――ッ!」
ルシファーはソラに向かって闇色の炎を放つ。
「ちっ」
なんとかかわせたが、不意打ちだった。
いや、ただイリスと会話していただけだが。
「ソラ!」
イリスが炎を放つ。
ルシファーの闇の炎とぶつかり合う間にソラはイリスの元へ。
「どうする……イリス」
闇の炎と赤の炎は競り合いを続けている。
「ルシファー。あいつの絶対防御は厄介だわ」
「そうだな」
「――」
「はっきり言って突破口がない」
「そうね……」
闇の炎の方が勝っていた。
「まずい!」
闇の炎の襲撃。
ソラとイリスはお互い反対方向に跳んだ。
「この闇の炎に飲まれればすべての魔力を吸収されます。そして、我の力になります。これはどういうことか分かりますか?」
「何が言いたい……」
「くっふっふ……。貴方、我々の間で最強の魔導士と称しているという自覚を持っていないのですね」
「俺の魔力が欲しいのかよ――」
「その通りです」
その刹那――。
「何がその通りだよ! ざけんじゃねえ!」
紅血の剣と聖剣シリウスを同時に振り下ろす。
が、二刀ともルシファーには届かない。
ソラは時空間移動でイリスの元へ戻る。
(本当に絶対防御なのかよ……)
ソラの二刀には若干の漆黒魔力があった。
「それって……」
「ああ、俺の魔力は、相手を浸食する。けどあのガードには通らなかったぞ」
「そう――」
気づいた時にはルシファーは空中に舞っていた。
「堕天使ね――」
イリスがふと呟く。
「くっふっふ……。そろそろ私も攻めましょう――」
「ユニバース・ゼロ――」
その刹那。
学院すべて――否、王都の半分が崩壊した。
ルシファーの重力を暴発させた波動によって。
――何秒経ったのだろうか。
――何分経ったのだろうか。
――何時間経ったのだろうか。
――何日経ったのだろうか。
ソラとイリスは気絶したまま――。
「おい、ソラ。イリス」
「ソラ君、イリスちゃん!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
「――ッ!」
自分でもよくわからなかった。
なぜか飛び起きなければならない気がした。
「ソラ! 起きたか!」
「――俺は何をして……痛っ」
「動くな、寝ててくれ」
「ルークさん」
ソラの隣には目を瞑っているイリス。
そして周りにはルークとエステルがいた。
「よく聞いてくれソラ。イーディスエリーは死んだ」
「は……」
何を言っているのかわからなかった。
ソラが首を捻って周りを見る。
驚愕した。
――そこには、王都イーディスエリーの荒廃した姿があった。
周囲は瓦礫で積まれ、人の姿も見えない。
あったはずの学院でさえ跡形も残していない。
「そういうことです……ソラ」
「アイリスさん?」
ソラが疑問形で問うたのはその姿の7割が包帯で巻かれていたからだ。
ただ、それがアイリスだと分かったのはその声があったからであるわけで。
「残念ながら王都は天魔の重力魔法によって全壊しました」
「そうか……守れなかった――のか」
ソラの口調が弱くなった。
「ソラ君、2日も寝てたんですよ。私たちがここに戻ったら王都がこんなになってて……」
エステルが暗い顔をしている。
「そう落ち込むなよ。俺のせいだ。俺が――」
「ソラ! 違う、これはお前のせいなんかじゃない! ルシファーを止められなかった俺達の責任だ……」
「ルークさん……」
ソラが次に見つけたのは巨大な大樹だった。
「あれは――」
「世界樹というらしい。アイリスから聞いたのだがな」
「アイリスさん、詳しく聞かせてくれ――」
「あれは世界樹。召喚によって呼び出された悪魔です。2日前までは学院の地下で厳重に保管していたのですけど――氷魔によって奪われました」
「――ッ!?」
「そして、世界樹とは魔王の誕生の地と呼ばれる《メフィスト》という場所に通じています」
「あの先に魔王がいるのか――」
「だめだ」
ルークがソラが言おうとしたことを遮るように宣言する。
――行かないと。
それがソラが言おうとした詞だ。
レクセア王国でのルシファーとの戦い。
アインベルク王国でのイフリートとの戦い。
イーディスエリーでのリヴァイアサンとの戦い。
そして、ルシファーとの最後の戦い。
ソラは連戦で体も疲れ切っているはずだ。
「ソラお兄ちゃん――私は行ってほしいよ。世界を救ってほしいよ」
「リンフィアか……」
エステルの実妹であるリンフィアがソラにそう伝える。
目に涙を浮かべながら。
「私は止めません――」
「同じく……ソラ君なら変えてくれそうだから……」
アイリスとエステルが続けて言う。
「私も行くわ――」
「イリス!? 大丈夫なのか……」
「うん、心配ないわ――話は聞いていたから」
ルークが押し黙る。
「そうか、女性陣の意見には抗えないよな――イリスもいることだし。よし、なら俺も行こう」
「ルークさん。ありがとうございます!」
ソラは勢いよく起き上がった。
「おいおい、元気だな……」
「俺は魔王を倒します! ルシファーも、絶対に!」
ソラなりの意気込みを吐いて、深呼吸をした。
イリスも続けて起き上がり、世界樹の方向を向く。
「なら、わらわも行かせてもらおう」
「セレスティナさん!?」
「生きていたのか、セレスティナ」
ディオ王国の『神聖魔導団』セレスティナ・カッツェヴァイスが姿を現した。
リリパトレア王国で怨魔ハデスとの戦いの後だろう。
「ソラ――無事であったか」
「お、おう……まあな」
――その時だった。
一瞬鎖のような音が聞こえた気がした。
「ソラ! どけっ!」
刹那、ルークがソラを突き飛ばした。
「ルークさん!?」
ソラが宙に浮きながらルークを見ると、ルークの腹には鎖鎌が刺さっていた。
「セレスティナさん! 何を!」
鎖鎌でルークを刺し貫いたのはセレスティナだ。
「何だよセレスティナ――仲間割れか?」
ルークが正気を保ちながら問うた。
「ちっ、あと少しだったのによぉぉぉ!」
突然セレスティナの口調が変わった。
「なんだ……。誰だ、お前は――」
ルークが鎖鎌を無理矢理引っこ抜く。
「俺はハデスという……以後、お見知りおきを」
「六魔まだいたのか……」
「俺がこの母体を乗っ取った――この体は俺の思うがままに動くぞ。お前は味方を殺せるか?」
六魔怨魔ハデス。
これがセレスティナの中にいる正体。
リリパトレア王国にてハデスはセレスティナの体を乗っ取っていた。
「ソラ、イリス――二人は上に行け! ここは俺に任せろ……」
エンドまで刻々と迫ってきました。




