第114話 氷の魔女
――同時刻、アインベルク王国。
《六魔》炎魔イフリートとの戦いから1時間が経過した。
戦いはソラとイリスたちの勝利に終わり、二人はアインベルク城へと戻っていた。
――王室。
国王陛下アインストや第一王女レイフェルの待つ豪勢な部屋で、ソラとイリスは対峙している。
レントは国民の非難のため、ここにはいない。
「ソラ殿、イリス殿、炎魔の討伐ご苦労だった……」
「一つ謝らなければいけないことがあります陛下」
と、ソラが一歩前に出て進言する。
「謝ること?」
「はい、アインベルクの街を炎魔のマグマから護ることができませんでした」
ソラは深々とアインストとレイフェルに向かって頭を下げた。
そう、アインベルクの町はイフリートの手によって跡形もなく焦げ跡地と化してしまった。
「ソラ君、そんなに気に病むことはないのよ。兄上だって犠牲者ゼロ――これさえできれば文句は一つもないわ」
「そう――ですか……」
逡巡するソラを見つめるイリス。
「でも、被害総額は弁償しきれなく――」
「いや?」
イリスの言葉を制するようにアインストが口を開いた。
「街の修繕費は国の経費から出す。汝たちは国を護ってくれた……逆にこちらから感謝として費用を贈呈したいところだが……」
「――」
言葉が出なかった。
ソラとイリスは今回、街を護れなかったことに責任感を抱いていたからだ。
「うんうん。街より人の命の方が重いわ。本当にありがとね?」
「レイフェル王女……ありがとうござい、ます」
二人はあまり納得できていない様子だったが、既知に還元することにする。
「さて、これからの行動についてだが――どうしたい?」
「俺たちはこのまま王都に戻ることにします。学院の心配もありますし……」
「仕事熱心だね。ここで一泊していけばいいのに……もう夕方よ?」
「お気持ちだけ貰っておくことにします。今もどこかで戦いが起こっている筈です。休んでる暇なんてありませんよ」
「そう――」
「イリス殿はそれでいいかな?」
「はい、ソラに賛成します」
「そうか、なら頼んだぞ。我が国の王都を――」
「「はい!」」
二人は口を揃えて答えた。
*
――王都イーディスエリーは最悪の状況にあった。
突如凍り付く《クレア学院》。
突然の事態に女生徒たちは混乱していた。
女生徒たち全員は学院の玄関前に集まり、一つの集団をつくっている。
「何……これ……」
「うぅ……寒い……」
「アイリス学院長の指示もでないなんて」
「まさか!」
「あの『神聖魔導団』の人が!?」
その刹那、学院の玄関奥から一つの人影が姿を露わにする。
……やっぱりか。
そう口を揃えて心で呟くかのよう。
「あらあら。失礼しました――こんな騒動になるなんて思ってなかったわ……」
他人事を呟くように姿を現したのは、ラティス・レシスト。
――レクセア王国の『神聖魔導団』だ。
ウォーターブルーの髪に碧眼を持つ美女。
「あなた――何ですか?」
一人の女生徒が勇気を振り絞って尋ねる。
「そうよ。これはわたくしの魔法ですわ――それがどうかしたのかしら?」
故意に怪訝するような顔を浮かべる。
生徒は押し黙り、沈黙にかえった。
「今晩は盛大なパーティーになりそうですわ――」
そうラティスが呟いた刹那、先ほど発言した生徒が凍り付いた。
「――ッ!?」
女生徒たちが絶句する。
(今……何をしたの……)
一瞬だった。
ラティスが何かをする素振りもなく、女生徒は凍り付いた。
身動き一つ取れなくなっている。
「ふふふ、いいわ――その顔、ゾクゾクしちゃう……! 一ついいことを教えて差し上げますわ。この子に物理的なダメージを与えるとどうなるでしょうか?」
ラティスが素手で凍り付いた女生徒を殴ろうとした時――。
庇うようにセリーヌがラティスの殴りを受けた。
「うぅっ!」
「「「「セリーヌちゃん……!」」」
セリーヌは地面に転がり、意識を失った。
刹那、ラティスの四方から火炎が飛んでくる。
が、火炎は凍り付き、その場で割れる。
「何ですの? この陳腐な魔法は……」
歯噛みする女生徒。
彼女たちは魔法の鍛錬のために通う学院の生徒――。
『強い』と称されるほどの魔導士はほんのわずかだ。
少なくともこの場にはいな――
「私が相手するわ!」
「リズ!? 駄目よ! 戻って!」
リズと呼ばれた赤髪碧眼の少女はラティスに襲い掛かる。
「氷には炎でしょ……?」
と、リズが右手に特大な炎を纏い、ラティスに殴ろうとしたその刹那。
「学習能力ないんですか……?」
ラティスが素手でリズの右手を受け止めると、右手が徐々に凍り付いていくのが分かる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リズの悲鳴が上がると同時に、ラティスの一蹴がリズを襲う。
リズは遠方に飛ばされ、学院の壁面に衝突し、意識を失った。
「弱い……弱すぎますわ……魔界ってこんなに陳腐な魔導士しかいないのですの!?」
女生徒はラティスには敵わないと悟っていた。
圧倒的に見せつけられている魔力の差。
彼女に歯向かえば、自分がどうなるかは自明の事実だ。
数秒の沈黙。
「あなた――まさか……魔王の手下っていう……」
セリーヌが意識を取り戻し、かすれた声で恐る恐る尋ねる。
「手下――ねぇ……。あまりいい響きではないけれどまあそんなところですわね」
《六魔》。
それが彼女ラティス・レシストの正体。
「何故――あなたのような魔物が『神聖魔導団』を、やって……いるのだ……」
「それは記憶の改ざんって感じですわ――わたくしは人の記憶に自分の存在を植え付けたり、操ったり自由にできますわ。勿論、あなたたちのような陳腐の魔導士にわたくしを味方だと誤解させることも可能――多少のインターバルはあるけど……ね?」
「なら何故今それを使わない……!」
叫ぶようにしてセリーヌは尋ねる。
「簡単なことですわ――すでに、わたくしはここの学院長の記憶を覗いたのですから。はぁ、少し、魔力を消耗しすぎましたわ。わたくしは早く世界樹を召喚してあの方の元へと行かなければならないというのに……」
独り言を呟くようにして吐き出すラティス。
――その刹那だった。
「ふうん――キミが氷魔ってことでいいのかな?」
学院の屋上から見下ろすようにして立っていたのは――学院屈指の天才魔導士、ミリィ・リンフレッドだった。




