第110話 涙の答え
――アインベルク王国。
「ちょっと……ソラ……今、何て……」
炎魔の攻防による溶岩の被害で周囲一帯が灰と化し、全てが溶かされた中心で二人の男女――ソラとイリスが見つめ合っていた。
イリスだけが顔を赤くし、恥ずかしそうに手先を微かに震わしている。
炎魔を倒した直後の話だ。
――結婚しよう。
ソラのこの一言で雰囲気は一変していたのだった。
「な、なんだよ……そんなに驚くこと……だったのかよ」
(まずい、何かイリスのこういう顔見るとこっちの方が恥ずかしくなってくるだろ。こ、これは――その、プッ、プロポーズ……なんだから、男の俺がしっかりしてなくてどうするんだよ!)
ソラは黙り込んでしまったイリスから一度目を逸らし、ぶんぶんと頭を振った。
イリスは女の子の顔をしていた。
ソラを愛していたから。
「だって……いきなり言われても」
何の予告もなしに。
何の前兆もなしに、ソラは急に求婚してきた。
イリスが動揺しまくるのも無理がない状況だ。
「イリス……」
「はっ、はい!」
イリスは肩を硬直させて、顔をさらに赤くした。
(何だこれ――俺が今からプロポーズするみたいな状況じゃねえかこれ)
もうプロポーズは済んでいるのに。
「イリス。けっ――」
「ちょっ、ちょっとソラ! 待って、待って……お願いだから待って!」
イリスは目をバッテンにするかのように一歩ずつ後退している。
両手を胸に当て、一つ深呼吸をしたところで。
「いいわ……」
「結婚しよう。これから――学院を卒業して、大人になって、そして二人で家を建てて――子供を作って、一緒に暮らすんだ」
「そっ、そんなに具体的に言わなくてもっ……」
「ごめんね、ソラ」
(えっ、まさか断られた……!?)
「私、こういうの初めてで――」
「それは、プロポーズなんだから」
「そうじゃなくて」
「そうじゃ……なくて?」
「私――こんなに愛されたの初めてで……愛されたこと自体いつぶりなのかなとか、思っちゃってさ」
イリスの言っていることはおそらく、最愛の両親のことを言っているはずだ。
十年前の火事によって両親を失った。
ソラもそれに勘づいている。
「今、たった一人の家族がアイリスで――その……」
「ああ、俺がお前の――イリスの家族になるんだ」
「冗談……じゃない、よね?」
「当然だ。勿論、俺は本気だ。本気でイリスと一生を過ごしたい、と思っている」
「ふうん――。ありがとう、嬉しいわ」
イリスがソラに満面の笑みを向けた。
夕方の空の紅の太陽がイリスを照らし、微かにイリスの目元に溜まっている涙が輝いて見えた。
「ソラ、私からも、お願い……あるの」
「何だよ、改まって」
「私を――幸せにしてください」
ソラはイリスに微笑み返して、
「当たり前だ……!」
*
――ディオ王国。
雷魔ゼウスを倒した後、仮面を被ったユーズラルはもういなかった。
雷魔の気配が絶たれた直後、すぐに姿を消したのだ。
「エステル、ファインプレーだったな。よくやった」
「ありがとうございます。私、雷魔が巨大な攻撃を放ってくるまでずっと待っていたんです」
「え……?」
「実は雷は同じく私には効かないわけで――でも、雷魔の雷は私の雷のさらに上をいっていました」
「そうだった……のか」
「でも雷を吸収することはできます。だから私は一度、雷魔の雷を魔法陣に閉じ込めて、自分の雷魔法を上乗せして倍の威力で返しただけです」
「そうか、そうかそうか! やっぱりエステルはできる子だったんだな!」
「えっ……?」
急に声のトーンを上げながら叫ぶルークにエステルは困惑している。
その場で話を聞いていたリンフィアでさえもだ。
「やっぱりエステルは使い物にならなかったわけじゃなかったんだな!」
「いっ、言い方に気を付けてくださいね――ルークさん」
「ルークお兄ちゃん、駄目だよ。お姉ちゃん、ずっとこの頃気にして――」
「リンフィアは黙ってください!」
「ひぃっ!?」
ルークは自分の言うべきことを省略しすぎたせいで変な誤解を生ませたことを後悔する。
だって、エステルの顔がマジなんだよ。
本当は『エステルの雷攻撃が雷魔に通用しないから雷は使い物にならなかったわけじゃなかったんだな!』と言いたかったらしい。
いや、省略しすぎにも程がある。
ただ主語がエステルから雷に変わっただけであって、エステルの怒りを呼び起こさないことは断言できまい。
「エステル? あのな、違くって……」
「何が違うんですか? ねぇ、何が違うんですか?」
「ご、誤解――なんだよ……。だから、落ち着けって」
そして、エステルの右手には雷がいつの間にか纏っていて、
「今更、言い訳は聞きたくありません!」
どっかのお母さんみたいな台詞を残した後、ディオ王国にある一人の男の悲鳴が響き渡ったことは秘密にしておこう。
*
――リリパトレア王国。
町は荒廃し、瓦礫が積まれていた。
瓦礫の山からは、生塵の異臭が流れ、嗅覚を刺激する。
故にスラムだった。
一人の黒いフードを被った男――いや、骸骨がいた。
その骸骨は動き、歩いている。
生きていた。
その恐怖に耐えられなくなった子供達は皆、逃げる。
「ふん、ちょろちょろしやがって……」
骸骨は右手に下げ、地面を引きずっていた鎖鎌(鉄球のついている鎌)を逃亡する少女目がけて投げつけた。
「死ね……」
「いっ、いや……!」
――その刹那、鎖鎌は突如地面から盛り上がった砂で構成された壁に塞がれる。
「魔導師がほとんどいないこの国で飢えで苦しむ子供達の命を奪おうとするなんて、趣味が悪いことじゃのう――《六魔》よ」
そこに立つのは、橙色の長い艶のある髪を下げた砂漠の国の王女――セレスティナ・カッツェヴァイスがいた。
「この俺の死体狩りを邪魔した罪は大きいぞ――小娘」
最後のリリパトレア王国の骸骨は第107話『忍ぶ影』の最後の方にでてきたアレです。
時間が空いてしまってすみませんでした。
 




