第109話 雷姫の反撃
――ディオ王国海岸部。
海の王国には蒼雷の巨人が雷霆を構えながら立っていた。
「魔眼――」
ここでルークの五秒先を常に予知する魔眼が開眼される。
「あの不死身みてぇな体――どうやって倒すんだろうな……」
「ルークさんがビーム砲を放ってもまるで通用していないみたいです」
「ぐぬぬ、ルークお兄ちゃんでさえ、まるで歯が立たないなんて……」
「…………」
無言のユーズラルの影にゼウスの突破口が見られず、歯噛みする魔導師が三人。
『神聖魔導団』であろう二人を含める魔導師でさえ通じない不死身の蒼雷の体。
「しまったな……」
物理攻撃や魔法攻撃が通じないとすればゼウスに通じる手段はすべて消えた。
このまま戦闘が続けばどちらかの魔力が尽きるまで――否、ゼウスに叩き潰されるまで消耗戦が続くだけだ。
『死ね――』
天の方向からゼウスの声が届いたと思うと、ゼウスの蒼雷を纏った巨大な雷霆がルークたち目がけて飛んでくる。
――ドォン!
激しい威力とともに砂煙が立ち上がる。
間一髪で避けたものの四人の体力は限界に近い。
「はぁ、はぁ……」
「ふう………」
「危なかった――」
そう、油断すれば一瞬で命が刈り取られる。
《六魔》を前に手を抜いた戦闘は命取りだ。
「こんなの……倒せっこない……」
リンフィアが気力のない言葉を呟いた刹那、腹に一閃の雷光が走る。
「うっ!」
「「リンフィア!」」
ルークとエステルが名を叫ぶ。
「大丈夫――掠り傷……うっ!」
――速くて見えなかった。
リンフィアが健全であるならば次にこういう言葉を発するだろう。
だが。
小柄なリンフィアの体がぐらつき、地に倒れようとした次の瞬間、リンフィアの首元に柔らかい感触が触る。
「お姉……ちゃん……」
その体躯を腕で受け止めたのはエステルだった。
「リンフィア。今は休んでいてください。無理をしてはだめです――ルークさん!」
「エステル! お前はそこで、お前の妹を見てやってくれ!」
「でも……!」
「こっちには俺とユーズラルがいる! 何とかしてみせるさ」
「分かりました。お願いします」
「…………」
ユーズラルが頷くと、両手に十本の小さな黒針を持つ。
『ふっふっふっふ――』
「何がおかしい?」
『この俺を倒す手段も分からず、ついには万策尽きたお前たちが今更何ができる?』
「確かにお前の言う通りだよ――けどな、俺たちはまだ諦めてない!」
『ふん、よくある漫画の主人公みたいな台詞をよくこんな状況で吐けるものだ。尊敬しよう』
「尊敬する……? 俺はな――俺たちの攻撃を何度も喰らっても何度も立ち上がろうとするてめえを尊敬しているよ!」
怒号が絡まった口調でルークが言い放つ。
『そうか……。ならば結論から述べるとしよう。何のしがらみに囚われているのかは深く言及しない。一人の魔導師は雷属性の魔法――故に、俺に通用しない。そして、お前は少しできる――だが、俺には到底及ばないだろう。そして仮面のそいつはただ影が薄いだけ。つまり、俺を倒すことは不可能だ』
「何が言いたい……」
『お前たちは負けを認め、魔王様の実験道具になってもらう』
「は? 嫌だね。そんな恐ろしいことに巻き込まれてたまるか!」
『――お前は幼い頃にこう襲わなかったのか? 〝人の言うことを聞きなさい″とな』
「知るか。勝手に言ってろ――ただし、お前があいつに気づくまでだ!」
その刹那、ルークの隣にいた筈のユーズラルは姿を消していた。
気づくと、ゼウスの眼前に迫るユーズラル。
『隙だらけだ……』
ゼウスが巨大な人差し指から雷光を放ち、ユーズラルを撃ち落とそうとした時。
――一つの指を鳴らす音と共に数十本の黒針が一気に巨大化し、四方八方、縦横無尽にゼウスの巨体を貫く。
『ぐっ――! 既に仕掛けはしてあったということ、か!』
声が漏れるということは少なからず痛覚に支障はきたしているということだ。
実際、ゼウスは神経を巨大な体によって分散させている。
ルークは魔眼越しにユーズラルの魔法を受けたゼウスを見やると腹で右手で小さくガッツポーズを取る。
「来た来たァッ! ――獄殺流星群!」
刹那、ゼウスの頭上から隕石に相当する程の銃弾が脳天をぶち抜く。
ルークが五分前――荷電粒子砲を放った直後に放った銃弾が落下して来た。
――ドォン!
激しい轟音とともに銃弾はゼウスの全身を貫いた。
『ふざけるなァァァァァァァァッ!』
――が、
ゼウスはすぐに再生した。
(こいつ、こんなに再生早かったか……!?)
違う。
――すでに力をため込んでいた。
――再生前にため込んでおいた力を部分的に放ってダメージを軽量化させた。
「そんなことが!」
『はァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
ゼウスが煙幕を振り払うと、攻撃直前の姿がルークに映った。
既にルークは魔眼越しに五秒先を見通していたが、動けない。
(足元に磁力!? ――いや、これは)
完全に拘束されていた。
ゼウスの雷を用いた麻痺なのか。
巨大な攻撃を放とうとするゼウスを前にルークは動けないでいる。
『死ねぇッ!』
ゼウスが最大火力の雷砲を放つ。
その威力は電磁誘導により加速したレールガンに相当する威力。
(まずい……!)
ゼウスの電磁砲がルークに直撃する瞬間、体が何者かによって持ち上げられた。
「ユーズラル! 助かった!」
間一髪の回避だった――はずだった。
(おいおい、嘘……だろ……)
この最悪の事態をユーズラルでさえも予期していなかったようで。
そして、ルークでさえも一瞬だけ視野から抜けていた。
(しまった。やつの目的はこれか!)
「エステル! リンフィア!」
もう遅い。
ルークが避けたその先にはリンフィアを必死に看護するエステルの姿。
ゼウスの電磁砲を受ければ――死ぬ。
もう間に合わない。
間に合うはずなどなかった。
――ドン!
超高速に加速した電磁投射砲がエステルに直撃した。
ルークの目は大きく開いていた。
五秒先を見通す魔眼によってこの先起こることが分かっていたから――。
エステルが直撃したはずの場所に巨大な魔法陣が召喚されていた。
「あれは、エステルの!」
風圧でリンフィアが飛ばされると、ユーズラルは必死にキャッチした。
――リンフィアが風圧で飛ばされた。
――つまり。
エステルが自ら召喚した魔法陣でゼウスのあの攻撃を受け止めていた。
『馬鹿なッ!』
「私が雷の魔導師ってこと、忘れていませんよね! ――はあああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
――あり得ない。
ゼウスはそんな顔でエステルの行動を目にしていた。
『馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァァァァァァァ!?』
ルークも驚いていた。
全く予期できていなかったから。
あれほどのゼウスの魔力をたった一人で受け止めていたから。
ゼウスの電磁砲は魔法陣に吸い込まれていくように消えた。
『――ッ!?』
ゼウスは絶句する。
そしてエステルはその魔法陣を召喚したまま――、
「光あれ、虚空の戒め――。冥界に君臨し天地混沌の天蓋を解放す!」
次の瞬間、魔法陣から放たれた紫電の雷光が凄まじい迅速と共に、ゼウスの巨体を貫く。
正確に一点に集中された一筋の雷が綺麗な直線の軌跡を描いて消えると、一瞬にしてゼウスの体は天に消えていった。
その光景は誰でも目を疑ってしまうほどの芸術だった。
――そして、彼女エステルはこう言うのだ。
「勝ちました――」
と。
ついにこのお話も第109話を突破しました。
今、一人寂しくおめでとうございますと言っているところです。
「109」と言えば何故かオシャレな数字に見えるのは気のせいでしょうか。




