第107話 忍ぶ影
ゼウスの首元に刺さった五本の針は銀から漆黒色へと変色し、一気に巨大化して貫いた。
『ぐあっ――!』
ユーズラルは仮面越しにゼウスを見据えている。
「ユーズ……お前、強いな……」
ある一線を越えれば、ユーズラルの実力はルークを超えてしまうかもしれないと驚愕した。
エステルとリンフィアは初めて見るユーズラルの魔法に感心している。
暗殺魔法に特化したユーズラルの魔法はその名の通り、暗殺の依頼にかなり役立っている。
それでいて、一切発言せず、異様な影の薄さを持つユーズラルは標的になかなか察知されない。
故に、〝アサシン″だった。
《アサシン》の二つ名をもつユーズラルは、ルークたち三人に向き直り顔を一度下げた。
「ユーズラルお兄ちゃんも来たところだし、あの巨体をさっさと殺っちゃいますか!」
「でも、どうやって倒すか――ですね……」
「ああ、エステルの雷魔法は雷魔であるゼウスには全く効かない――そうなれば戦力的にはかなり不利だ」
「それに、海に完全に体の半分が浸かっちゃってるし……最悪なら感電死もあり得るかも」
その時、ユーズラルの放った五本の黒針が海に沈んでいく。
『この程度で勝った気でいられては困るな。魔導師が一人増えようが、貴様ら魔導師共を一人残らず殺し尽くすのが我々魔王の悪魔――守護魔の使命だ』
「別に勝った気でいるわけじゃねえさ。命を奪われるのはお前の方だぜ、ゼウス」
『魔導師は戯言をほざくことしかできないのか? 自分を高く評価しすぎだ小僧』
「くだらねぇ幻想に執着しているお前が言うなよ……なぁ……?」
『なるほど――態度だけはめでたいようだ。ならば貴様らに天罰を下そう……』
刹那、ルークたちの頭上――いや、このディオ王国一体に漆黒の雲が広がった。
「ルークさん、あの雲から電気の力を感じます……」
「まさかとは思ってたけど――そういうことかよ……」
ルークは、この事態に歯噛みしていた。
『残念だったな小僧……』
蒼雷の巨腕が振り下ろされると、ディオ王国の中心街に尋常ではない勢いで蒼雷が落ちる。
――ドォン!
蒼雷が地に触れた刹那、目を晦ますような強い閃光が轟き、数秒遅れて大地を砕く爆音が響いた。
「くそっ……」
ルークは拳を強く握りしめる。
ディオ王国代表としての『神聖魔導団』の権限が汚された気分だった。
――こうも簡単に町の一つが消えた。
――さっきの落雷で何人死んだのか。
――護れなかった。
――自分のせいで……。
――そう、自分の実力が足りなかったから。
その刹那だった。
――ドン!
一つの銃弾がゼウスの胸元を貫く。
『ほう……。何のマネだ?』
銃弾はゼウスの巨体を貫通する――が、
『今の俺の体は雷だ。若干の神経は通っているが体には障害はない』
見れば先ほどユーズラルが放った黒針の跡は消えていた。
放った攻撃は蒼雷の巨体によってすべてが貫通する。
透き通る。
「不死身……なのか」
「ルークお兄ちゃん、そんなことはないと思う」
「え……?」
「少なくても痛覚はあるはず――だってユーズラルお兄ちゃんの攻撃、あんなに痛そうに受けてたからね……」
「――よく見てるな。ありがとう」
次の瞬間、ルークの姿はその場から消えていた。
「つまりは、神経を分散させているだけってことだろ!」
『何――ッ!?』
ルークは50M級のゼウスの頭上に時空間移動で移動。
その手に持っているのは二丁のライフルではなく、巨大な大砲型のライフル。
――いや、それは……。
ルークがライフルのトリガーを引いた時、尋常ではないエネルギーの砲弾――閃光の光線が迸る。
光線がゼウスのすべてを包み、海が光りだす。
日中なのに日が昇る――今ここに二つ目の太陽が映し出されるかのように。
ルークはリンフィアの隣に戻り、ライフルを魔力空間にしまった。
「ルークさん――今のは……」
「俺の魔法は、無限大の魔力空間を所有する力。俺は、二丁ライフルをいつも愛用しているが、こういうこともできるんだぜ」
「あのビーム光線を使えば、雷魔を倒せるんじゃ……」
「いや、あの荷電粒子砲はエネルギーの充填に丸一日かかる。それに、魔界に一本しか存在しない最強威力を誇る代物でな」
「なんでそんなものをルークさんが持っているんですか……」
「それは秘密だ」
「えぇぇぇ……」
エステルが項垂れると、海から再び蒼雷の巨人が形成されていた。
「やはりこの程度じゃ倒れねえか……ゼウス……」
『――確かに驚いたが……、その程度か』
「ああ、その程度だ。その程度の力でお前を倒せるとたった今知ったところだ」
『あまりこの俺を嘗めるな――小僧』
「俺の王国を痛めつけた天罰――そのまま返してやるよ」
ルークが雷魔を睨めつけていたその眼は今までとは違っていた。
*
「ほう、ここか……」
町は荒廃し、瓦礫が積まれていた。
瓦礫の山からは、生塵の異臭が流れ、嗅覚を刺激する。
烏のような鳥型の黒い魔物が塵袋を啄み自分の住処へ飛んでいく。
一人の人影がその地に踏み込むと死に苦しむ大人や子供が一斉にその人影を睨めつける。
と、一人の子供がその人影に歩み寄ると、
「何か――食べ物を……」
その刹那だった。
子供がその人影の姿を見上げた時、
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
子供の悲鳴が町中に響いた。
「お、お化け……」
一人の女の子が呟く。
その姿はその通りなのかもしれない。
そう、黒いフードの下には人の面影も一つもなく、肉片が浄化しきった骸骨だった。
「ああ、本当に素晴らしい場所だ――リリパトレア王国は……』
お待たせしました。
先月の31日以来、1話目になりますがかなり遅れてしまいました。
いろいろあるんですよね(笑)




