第99話 恋人の時間
――レクセア王国、王城医療室。
医療室は朝だった。
カーテンの隙間から朝の光差し込み、空間でただ一人寝ているソラの体を照らす。
王城ほどの豪華な医療室には、豪華な綿でできたベッドも完備されている。
そこに聞こえるのは僅かに聞こえるソラの呼吸する音だった。
その時。
ソラを覆っていた布団の重量が突如重くなる。
腹部に何かがずっしりとまたがり、ソラの唇に柔らかいものがかぶさった。
そして胸部にはさらに柔らかいむにゅっとした感触が二つ優しく覆いかぶさる。
「――ッ!?」
突然起こった出来事にソラが大きく目を開けるとそこには、美貌な顔つきの女性と薄青色の艶やかな髪が視界を妨げていた。
ソラが必死に声を上げようとしても、唇が覆われ、声が出せない。
(ラティス……さん!?)
抗おうと体をゆさゆさと動かすと、女性の豊満な胸が激しく撫で返してくる。
理性を保てなくなったソラは思い切り女性を両手で突き放した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「あら、もう少しでしたのに――」
そこには、上着も何もかも脱ぎ捨てられた半裸のラティスの姿があった。
「ちょっ、その格好で何をしてるんですか!?」
ソラが大きい声を出すと、ラティスは人差し指を口元に当てて『しーっ』っと息を吹いた。
ソラが驚くのもその肌の露出度だった。
黒い下着に白い肌は何とも見ごたえのある色合い――じゃなくて、あと少しでいけないゾーンが見えてしまいそうな――。
明らかに下着のサイズ間違ってるだろといわんばかりの露出度だった。
ソラがその美貌に見とれていると、
「そんなに見られたら恥ずかしいですわ……」
ラティスが頬を紅潮させながら呟くと、両腕で胸元を隠すように覆った。
が、それはソラにとって逆効果だった。
ラティスの豊満な胸が余計な谷を作り、さらに胸が強調される。
ソラがラティスの胸を3度見してしまうと、妖気な笑みを向けてくる。
反射的にソラは別の方向に目を逸らして誤魔化そうとした。
(おいおい、どうするんだよ――。こんなところでもしイリスなんかが乱入すれば……)
――ドン!
刹那、勢いよく開く扉の向こうには薄桜色の髪のイリスが堂々と立っていた。
「あ……」
と、イリスが妙な笑みを二人に向けていた。
「イリスこれは……」
「あれー? 私はソラのお見舞いに来た筈なんだけどな……」
イリスから見たこの状況を分かりやすく説明するならこうだ。
医療室にラティスが見舞いに来たところ、突然ソラに服を脱がされ、いろいろな意味で犯されたソラ。
誰がどうみても確信犯はソラだ。
「イリス様、わたくしはソラ様と世継ぎを作ろうとしただけですわ……」
「なっ……!」
ラティスの放ったその一言によって、一気に墓穴は掘られた。
*
自爆プレイによって、ほぼ初対面のイリスに30分にも及ぶ説教を受けたラティスは心折れすることなく、『次は絶対成功させますわ』と言い残して踵を返して立ち去って行った。
医療室に残ったイリスはソラにリンゴ(?)っぽい果実の皮を剥いていた。
「イリス、さっきはごめん……」
「いいのよ。分かってるから……」
「え?」
「ソラはそういうことしない人間って分かってるのよ」
「どうして?」
「初対面の目上の人に襲われなんかしたら、私だって困惑するわよ」
「そ、そうか……。ありがと……」
「それに大怪我負ってる病人を下手に追い詰めたり、説教したりなんてできるはずないもの……」
イリスが笑みを向けながらそう伝えると、ソラの頬が若干赤くなった。
これが、恋人同士の時間なんだと実感した。
「イリス――」
「ん……?」
イリスが果実の皮を剥き終わり、ナイフで一口サイズに切り分けながら答えた。
「俺がルシファーに敗れた時、どう思った?」
「どうって――別に……」
「別に……?」
「いや、ただあの時はソラのことが心配で……」
「そっか。やっぱり、また心配――かけちゃったんだな……」
「――気にしてるの?」
再びイリスはソラに向き直る。
「いや……」
ソラは若干控えめに首を振った。
「ただ、いつもイリスに心配かけちまって、結局これじゃイリスを護れてないなとか思ってるだけだよ。護るって決めたのに、な」
「何よ。気にしてるじゃない」
「そうとも言えるかもな……」
イリスは怒っている気配はなかった。
ただ、ソラの心がけに感心し、喜んでいた。
「俺はロイドとの戦いの時のようにまた『戦うな』とは言わない……」
「え……?」
「イリス。俺と一つになろう――」
「そう。要するに一緒に戦おうってことね。いちいち、言葉が卑猥なのよ……」
「はは、そうか。悪かったな」
お互いの心は安定していた。
――敗北という苦しみがあっても、イリスがいるから救われる。
――自分の無力さを知っていても、ソラがいるから安心できる。
そう、二人は二人で戦いたい。
ただそれだけだった。
味方ができないことを自分ができることで補ってあげる。
そういう関係を今まで築き上げてきた。
――変わりたかった。
「イリス……」
「何よ。改まって……」
「愛してる――」
ソラのその一言を聞いた瞬間、イリスは手持ちのナイフを皿にゆっくりと置いた。
自然とイリスの目元から涙が零れてくる。
今まで、蓄積されていた恐怖がすべて浄化された気がした。
「ソラ――ありがとう……大好き……」
イリスはそう言いながらソラに抱きついた。
その勢いでソラはベッドに再び寝そべった。
「ああ、俺は宝を手放すほど愚か者じゃねえからな……」
ソラとイリスの唇が重なり合い、お互いに手を繋ぎ合う。
暖かい人の温もりが、複雑な心持ちを浄化していく。
イリスの薄桜色の髪がソラの頬を撫でてくる。
ソラの左手は気づくとイリスの艶やかな髪を撫でていた。
「大好き――」




