魔族の娘とアルス・パウリナの塔 其の一
―竜の月 20日 昼―
「何でこんなことに……?」
カーリアがつぶやく。すらっとした赤毛の魔戦士カーリア。
彼女は赤く染めた革鎧にナイフ、ちょっとした食料と水が入った革袋を背負って歩いていた。
「まぁ仕事が見つかって良かったじゃないッスか」
これはずんぐりとした青い髪の小男、ダダリオ。いわゆるドワーフ族だ。
彼は全員分の食料と水の入った背負子に、大きな戦槌をかついでいる。
「そうだけど……」
カーリアはちらっと後ろを振り返った。
強い日差しの中にも関わらず厚手のフード付きローブを着込んだ小柄な人物がついてきている。
フードの中から深い緑色の宝石の額飾りと深紅の瞳がのぞいていた。
魔族の娘「グレモリー」は、(どうかしましたか?)というように首をかしげた。
「やっぱどうみても、何回見ても魔族よねぇ……」
数時間前。
カーリアが営む、ルーダ村の護衛商会に飛び込んできたのが彼女だった。
彼女はグレモリーと流ちょうな大陸公用語で名乗った。
グレモリーはとにかく追われていると主張した。そして急いでいるとも。
目的の場所まで護衛してほしいと彼女は言い、1000ゴールドもの革袋をカウンターに置いた。
少なくともその時はグレモリーの目には嘘はなさそうだとカーリアは判断した。
いたって普通の冒険者であるカーリアを騙す意味もない。
もっとも魔族は何を考えているか分からない部分もあるのだが。
いずれにしてもカーリアは護衛日数を聞き、特急料金を加算して300ゴールドだけ受け取り、残りを返した。そしてグレモリーと名乗る魔族の娘をロア地方にある古びた塔まで護衛することを了承したのだった。
ルーダ村は大陸公路へのバイパスとなる街道が通っているため人通りが多い。
そのためやむなくルーダ村の裏通りから普段は牧童くらいしか通らない小道を通り、アルス・パウリナという名前らしい、その古びた塔を目指した。
どうも荒れ野の中にひっそりと建っているという。
冒険者として世界を練り歩いたカーリアもその塔は知らなかった。
おそらくとっくに盗掘されているか、攻略済か、もしくはそれだけの価値がないから放置されているか……そんなところだろうと彼女は考えた。
幸いその塔はそう遠くもなく、10日も歩けば到着するようだった。
「はぁ、はぁ……」
グレモリーがつらそうに足を引きずる。
「もぅ~これだからお嬢ちゃんってやつはッス!」
ダダリオが文句を言いながらグレモリーに駆け寄る。
「ほら、足を見せるっス」
「はい……すみません……」グレモリーは肩で息をしている。
「これは我が家に伝わるマメとか靴ずれに効く秘伝の軟膏ッス」と言いながら何だかんだとダダリオは彼女の世話を焼いていた。
カーリアとダダリオは冒険者としての経験もあったため、1日20kmは歩く。
リズミカルに歩いて、休憩はせいぜい2時間に1度小休止をとるくらいだ。
しかしグレモリーは歩きなれていないのか、その速度にはついていけない様子だった。
そして靴。
グレモリーの靴は宮廷で履くような、華麗だが華奢な布靴で、長時間歩くためのものではなかった。
「とりあえず応急処置ッス」
ダダリオは器用に布でグレモリーの足に素早くテーピングを施した。
ほんの少し肌が紫がかっていることを除けば、ダダリオに処置されるがままの彼女はまるで深窓の令嬢か何かのようだった。
「魔族にもそういうのいるのねぇ……お嬢さんとか」
カーリアは過去1度だけ魔族と出会ったことがあった。
古き王の墓。
とある有力者の雇用だったので、20人近くも腕自慢が集まり、荷物持ちもあわせるとちょっとした軍隊のようになった。
長い長いダンジョンを抜け、罠を潜り抜けて到達した最深部。
そこにいた緋色のマントをまとった魔族の男。赤い瞳。
その魔族は猛烈な魔力でこちら側の半分を吹き飛ばした。
幸いその魔族は討つことができたが、カーリアや生存者たちに恐怖、というものを植え付けたのだった。今でも思い出すと背筋が寒くなる。
しかし……
グレモリーはそんな雰囲気ではない。
「ちょっとやすもっか」
カーリアは苦笑した。
「まぁしょうがないッスね……」
「ありがとうございます、でも追っ手が……」
「だーいじょうぶよ、ちょうどそのへんに川もあるみたいだし、ちょっと道から外れたところで天幕張って偽装すりゃ見つかんないわよ。それに現実問題、もう歩けないっしょ?」
「はい……」グレモリーが肩を落とす。
「無理して頑張っても意味ないよ。今日はやすんじゃおう。明日に備えて体力蓄えて、次の村で荷馬車にでものっけてもらえればさ……」
そう言ってカーリアは彼女を安心させた。
しかし一方で、カウンターにゴールドを置いた時の彼女の表情を考えると、本当に追手は来ていると考えるべきなのだろう。
カーリアはかなり真剣に場所を選定した。
この細い街道から少し林にはいったあたり。そこに天幕を張り、そのあたりの草木で偽装した。
自然界には直線が存在しない。
それゆえに直線のシルエットを隠すようにダダリオと一緒に草木をうまく配置する。
やや暗がりのため、天幕は数メートルも離れれば茂みと区別がつかなくなった。
「すごいです!」
グレモリーは赤い目を大きく見開いて感心した。
「さ、とりあえず今日は炊煙はあげないで、パンと塩漬け肉でも食べて寝ましょ……」
―竜の月 20日 深夜―
尋常ではない轟音がすぐ傍で鳴り響いた。
天幕からナイフを抜きながらカーリアは飛び出た。
そして彼女はそこにいた物に気付き、この仕事を引き受けたことを後悔したのだった。




