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序章

―竜の月 19日 深夜―


 馬車が疾走していた。

 車輪がガラガラと悲鳴をあげていた。

 漆黒の森の中の細い馬車道。

 時々木々や石ころに乗り上げて馬車がガタンガタンと揺れていた。


 黒塗りの箱型の馬車。そこかしこに優美な金細工が施されている。

 どこかの国の紋章が雲間にあらわれた月の光にきらりと(きら)めいた。

 剣に絡みつく蛇。


「姫! そろそろ限界です!」

 御者台に座った男が大声を出した。

 中肉中背で浅黒い顔をした男だ。黒く塗られた革のような鎧に身を包んでいる。

「アルト!」

 御者台から女性が顔を出した。

 ふわりと亜麻色の髪が風にゆれる。額では深い緑色の宝石のサークレットが輝いた。


 瞬間、馬車の左側面で何かが爆発した。

 爆風で馬車がぐらりと揺れる。

「姫! このままでは……」

「わかりました。 馬車を捨てましょう。 こんなもの不要です」

 女性が凛とした声で言う。

 疾走する馬車の轟音の中でもはっきりと聞き取れるほど澄んだ声だった。

「……そ、それだけはお持ちください……それがなければ……」

「任せなさい」彼女はまっすぐとアルトと呼ばれた者を見据えた。


 

「では御免……!」

 アルトが身をひるがえして馬車の中に入る。

 その直後、馬車は爆発して飛散した。漆黒の森の中でその白色の輝きは数キロ先からも見えたという大爆発だった。



―竜の月 20日 朝―

 ルーダ村は今日も平和だった。

「暇だわ……」

 カーリアはポニーテールのさらさらの赤毛をかきあげ、机に突っ伏した。

 髪の色に似た真紅の革の鎧。帯革からナイフをつるしている。

 すらりとした人間種族の女性だ。

「どっかに好みのミステリアスな女の子でもいないかしらねぇ」

 彼女は、ぼんやりとと窓の外を見た。


 人口100人ほどの小さな村。

 丘の上に小さな城があり、老騎士が家族で住んでいる。

 しかし窓の外は意外なほど大勢の旅人が行き交っていた。


 簡素なローブに身を包んだ聖教徒の司祭。

 農夫と思われる親子。

 馬車を何台も連れた隊商……。

 

 昨今は魔物が出没することもあって、皆、何らかの武器を持っていることが多いが、ここルーダ村のあるロア地方は街道沿いに限って治安が良い。

 

 カーリアの店先には「100ゴールドで護衛します!」とロア地方の言葉と大陸公用語(リングア)で書いた看板が下がっているが、さっぱり客がいない。100ゴールドといえば、そのへんの雑貨商の手伝いの月給と同じくらいだ。100ゴールドで2日、いや3日は護衛するつもりだ。

 そうすると1日あたり33.333333…ゴールド。

 これで命がけで護衛するのだから安いものではないか……。


 カーリアは目の前の算盤をはじいた。

「カーリアどん、今日も娘ッコ探してるスか? それとも仕事探してるスか?」

 カーリアの眉がぴくりとはねあがる。

「ダダリオ……」

 カーリアがふりむくと、背は低いがずんぐりとした男が立っていた。子供のような身長、太い腕。ぼさぼさの青い髪。ドワーフの青年だ。

 皮の鎧は簡素だが、背中に重々しい戦槌を背負っている。


 カーリアの経営している「護衛商会」の数少ない社員だ。

 社員であるからには仕事があろうがなかろうが給料(ゴールド)は払わなくてはならない。

 実に頭の痛い問題だ。

「見て分かるでしょうが」

「両方ってことスな……この間はカーリアどん、通りがかった騎士の一行の娘に色目を使ったとかで追いかけ回されたのにまだ懲りてないスか?」

 ダダリオは悠然と椅子に腰掛けた。懐をまさぐってパイプをとりだして火をつけ、ぷかりぷかりと煙を吐き出し始める。

 その煙はゆらゆれと揺れ、木が組まれた天井に消えていった。


「うっさいわね。あたしはミステリアスな娘が好きなの。魔術とかやってそうな……はぁー……」

 カーリアはため息をついた。

 

 借りてる店もタダではない。

 素朴なカウンターに、裏の休憩室、二階には仮眠室がある。簡単なカマドもあるので生活は可能だが、月にちょうど100ゴールドかかる。

 客がいなければそのまま赤字だ。


「腹減ったス」

「……あたしも」

「何かないっスか?」

「ないっす」

「……いつも通りスな」とダダリオ。


 そのとき、開きっぱなしの扉に人影が見えた。

「……ん? 客……? 客……!」

 入ってきたのは女性だった。

 まず目に飛び込んできたのは印象的な装飾のなされた額飾り。まるで魔導士か何かのような黒いフードの中で緑色の宝石がきらめいた。


 そして、フードの奥の、カーリアの真紅の鎧よりもさらに深い色の紅の瞳。

 ほっそりとしなやかな体つき。

 魔族の少女……。

 カーリアの脳裏にその単語が閃いた。

 魔界の奥深くに住む魔族。長いこと人間と争い、ようやく魔族が去ったのはここ数十年のこと。

 激しい戦で消え去った人間の王国は1つや2つではない。

 少女に見えるが、何年も生きるといわれる(・・・・)魔族は、何歳かもわからない。


 そして大抵の場合、魔族は極めて危険な存在だった。

 あらゆる魔物の中で最高位の存在。


「ダダリオ!」

 カーリアは飛びすさりながら左手でナイフを抜き、右手で法術を使うための(マジカ)を結んだ。

「がってんッス!」

 ダダリオは無言で背中から戦槌を取り出し構えた。


「何の用!」

 カーリアはナイフの切っ先をその魔族に向けた。


「……」

「…………」

 魔族らしき娘はぼうっとしている。

 きょとんとした瞳でこちらを見つめているだけだ。

 

「……」

「…………」

「あの……」

 よく澄んだ声。しかも大陸公用語だ。


「護衛をお願いしたいんです!」

 そしてその赤い目はとてもミステリアスだった。

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