第一話 「彼女の名は」
深い深い、霧立ち込める森の中。
何処からともなく音が聞こえてくる。
・・・_ン ・・・キーン ガキーン ガキーン!
それは、森の奥。
とある洞窟から発せられていた。
相当奥が深いのか、外の光りは届かない。
洞窟の中は真っ暗だ。
人の手が加えられていない、ゴツゴツした狭い通り道。
しかし、所々天井にはランプが釣り下がり、中を照らしていた。
その奥をさらに奥へと進むと、狭い通路から一変し、開けた場所に出た。
最初に目につくのは鮮やかな緑色の鉱物だろう。
上や下や横、あちらこちらにその鉱物は存在していた。
天井には木々の太い根っこが見え、その根っこの隙間から外の光りが漏れている。
その光りは鉱物に反射し、洞窟内を薄明るく照らしている。
自然の神秘とでもいうべきか。
そこには、誰もが息を呑むような一種の聖域が広がっていた。
ガキーン! ガキーン! ガキーン!
音はこの聖域から聞こえていた。
鉄と石がぶつかり合う、正確にはピッケルと鉱物がぶつかり合う採掘の音だ。
奥の方の、とある大きな緑色の鉱物。
その鉱物の前には、音の発生者が立っていた。
身長はとても低く、大人には全く見えない。
となれば子供だが普通、子供がこんな危険な場所に入り込めるわけが無い。
“普通であれば”、だが。
ガキーン! ガキーン! ガキッ
「!」
小さな人物はピッケルを置き、たった今、転がった鉱物を手に取った。
「・・・・・・・・・・・や・・・やったあぁぁぁぁ!!採れたあぁぁ!!!」
鉱物を手にした人物は喜びの声を上げた。
そして、上機嫌でその鉱物を腰のウェストバッグに仕舞う。
置いたピッケルを手に持つと、人物は何やら呟き始めた。
洞窟内に強めの風が吹く。
風は人物を取り巻くように吹き、数秒後に風は止んだ。
しかし、風が止んだ頃には、既に人物はそこに立っていなかった。
人物は忽然と姿を消した。
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所変わって、此処は先程の森付近。
霧は薄く、視界はそこまで悪くない。
地面には綺麗な花々が咲き、小さな花畑のようになっている。
そんな場所に一軒のログハウスが建っていた。
そして、その家の前で一吹きの風が吹いた。
風が止んだ頃、そこには洞窟での人物が立っていた。
人物は風が止むと、家へと走り出す。
ガチャ
「ただいまぁ!」
家のドアを開け、人物は中へ入った。
家内のリビングには、ロッキングチェアに座る一人の老人がいた。
この家の主、ワイズミー・ウィル・クロフトである。
「おお、お帰り。
どうじゃった、今日は。」
「ワイジュ!ワイジュ!
これ!見て見て!!」
人物はウェストバッグから先程の鉱物を取り出し、ワイズミーに渡した。
「ほほぉう、こりゃまた綺麗な・・・。
ツァボライトか。」
ワイズミーはテーブルに置いていた眼鏡をかけ、鉱物を見た。
光りに当たるとキラキラと輝くそれは、他に類を見ない美しさを持っていた。
「前に見つけたの、採ってきた!
加工ちたら、ワイジュにあげるね!」
「ありがとう。
前から言っておるが、道具を使う時は気をつけるんじゃぞ。」
「うん!」
人物はワイズミーから鉱物を受け取ると、自室へと駆けて行った。
ガチャ
自室のドアを開け、中に入る。
人物の自室には大小色取り取りの宝石や鉱物が飾られていた。
他にも採掘道具が床に置かれていたり、本棚に宝石関連の本が置かれていたり。
相当、入れ込んでいるようだ。
人物は持っていた採掘道具と鉱物の入ったウェストバッグを置き、服を着替える。
人物の体格には不釣合いな大き目のポンチョに、リボンタイ。
最後に真っ白な猫耳帽子を被り、今度はショルダーバッグを肩からかける。
「・・・よちっ!」
鏡で身嗜みを確認すると、人物は部屋を出、リビングへと向かった。
「ワイジュ。コトバ村、行って来るね。
お薬と食べ物、買ってくる。」
ワイズミー「いつもすまんなぁ・・・。」
「ワイジュの為だもん!」
ブーツを履きながら、人物は言った。
ワイズミー「いってらっしゃい、“癒野”。」
名を呼ばれた人物、癒野はドアノブに手をかけたまま振り向いた。
癒野「行ってきましゅ!」
愛らしい顔に満面の笑みを浮かべ、元気に返事をする。
ガチャっとドアを開き、癒野は村へと出かけていった。