喧嘩上等文学男子
翌日、俺は自分のクラスでいつものように並を昼食をとっていた。
今日の並の食事は小魚が大量に入った袋のようで、少し物悲しい顔でぽりぽりと昼食をとっていた。
そんな、並の様子を見かねた俺は無言で弁当を差し出してやると、彼女は目を輝かせながら俺と弁当を交互に見てきた。
「いいんすか、いいんすか猫兄?」
「あぁ、今日は全部やる」
「全部っ、お弁当を全部くれるんすかっ?」
「あぁ、その代わりに購買部がどこにあるか教えてくれ」
「ももも、もちろんっす」
そうして並に購買部の場所を教えてもらい、いざ購買部へと向かうと、そこではそこそこン人たちが各々に昼食を買い求めていた。
購買部の近くには食堂もあり、食堂の中はほぼ満席状態であることがうかがえた。
そんな中俺は一刻も早く昼食にありつくために購買部で適当におにぎり数個を買って購買部を後にしようとしていると、俺はふとどこかで見たことのある顔を見かけた。
そう、それは昨日何度も出会い、フランクイェーガーと自称する本屋哲心の姿があった。
哲心は本を右手に、左手には菓子パンを持っており、その姿を見ただけでは昨日の暴走ぶりが信じられないほどであった。
だが、その顔に張られたばんそうこうや、治りかけの傷跡が彼を文学男子という存在から遠ざけていた。
そして俺はすぐさま哲心に声をかけると、哲心は突然立ち止まり俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「よぉ、哲心」
「兵助?」
「そうそう」
「昨日は世話になったね、その上君をずいぶんと悪者扱いした」
「気にするなよ、それより哲心って何年なんだ?」
「僕は一年だよ、見たらわかるだろ?」
「見たらわかる?」
そうしてどこを見れば学年が分かるのだろうと首をかしげていると哲心は足元を指さした。刺した先には哲心の足があるだけで、これといっておかしな点は見つからなかった。
「足がどうした?」
「上靴が緑だ、これは一年である証拠だよ」
「そうだったのか」
「そう、二年は黄、三年は赤さ、ちゃんと覚えておいた方がいいよ、さもないと先輩にすぐ目をつけられるよ」
「あぁ、なるほどな」
「じゃ、僕はもう行くから」
「え、もう行くのか?」
「そうだよ、今読んでる本がすごく面白いからね、早く続きを読みたいんだ」
「そ、そうか」
「そうだよ、じゃあね兵助」
本が読みたいからと、早々に立ち去っていく哲心の姿はやはりただの文学男子にしか見えず、俺は昨日の出来事が夢でも見ていたんじゃないかと思えるほどだった。
そんなすっかり頭が哲心のことばかりになっている俺は、哲心同様に特に寄り道することなく自分の教室へと帰ってくると、ふと教室内で気になるものを見つけた。
それは並の周りに数人の女性生徒が集まっていて、それらは並ぶを中心に楽しそうな様子を見せていた。
そんなあまりにも楽しげな様子に教室に入るのを躊躇していると、並の方が俺を見つけて手を振ってきた。
なんとも、空気が読めないというか並はどうしてそんなに俺に構ってくれるのだろうか?あれか、餌付けまがいのことをしてしまったからなのか?
「おかえりっす猫兄、なに突っ立ってるんすか?」
そう声を上げると、周りにいた女子生徒たちはまるで化け物でも見たかのような反応をしたかと思うと、そそくさを並から離れて行った。
目を覆いたくなるような現実を目の前にくじけそうになりながら自分の席に座ると、並ぶは空になった弁当箱をうれしそうに見せつけてきた。
「猫兄ごちそうさまっす、めちゃくちゃおいしかったっす」
「そうか、そりゃよかった」
「はい、このお礼は必ず返すっす」
「俺が勝手にやったことだから気にするなよ」
「いえ、そういうわけにもいかないっす、だから何か困ったことがあったら何でも言ってくださいっす、猫兄のためなら何でもするっすよ」
「何でもするっすか」
「はい、するっす」
「・・・・・・そうか、ならこれからは俺と昼めし食わずに、さっき話してたクラスメートと一緒に取ることだな」
「え、どうしてっすか?」
「そりゃ俺みたいなやつといるよりも彼女たちといたほうがいいだろう」
「どこがっすか?」
「どこがって」
「あたしは猫兄と昼ご飯食べるの好きっすよ」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてだな」
「なんすか、猫兄?」
「普通に考えてお前みたいな普通に元気で明るい女子は、俺みたいな不愛想な男よりも、さっきみたいな人たちと一緒にいる方が楽しいだろ?」
「そりゃそうっすけど、猫兄といるほうがもっと楽しいっすよ」
「・・・・・・」
満面の笑み、もはやこんなにも笑顔で俺といる方がいいって言ってくれる。
その理由がなんとなくわかったりわからなかったりするが、ギフトガーデンに来てから俺は妙にそんなことを言われるような気がする。
それは主に幸子とか目の前の並だったりとハニートラップがしそうな面々だが、やはりここに一人で来た俺にとってはそれはうれしいことだ。
「どうしたっすか猫兄」
「いや、まさかとは思うが、俺の弁当目当てとかじゃないだろうな」
「え、あ、違うっすよ、違うに決まってるじゃないっすか」
「なんだその反応、怪しいな」
「怪しくないっす、今日のお昼ご飯はたまたまじゃこだっただけっす、普段はちゃんと用意してるんすよ」
「ふーん、じゃあいいけど、無理して俺といることはないからな」
「なんすかそれ、今日の猫兄は変っすねぇ」
「変なのはお前だろ、今時じゃこが昼飯なんて女子高生いないだろ」
「い、いるっすここに」
「だから、お前だけだよ、お前は特別だ」
「うーん、嬉しくない特別っすね」
「そうか・・・・・・あぁ、そういえば並に話したいことがあったな」
「あたしに話?」
「あぁ、フランクイェーガーの事についてちょっとな」
「あぁ、昨日言ってたやつっすね、それがどうかしたんすか?」
「実はフランクイェーガーに会ったんだよ」
「えー、大丈夫だったっすか?だからあれほど言ったじゃないっすか気を付けてくださいって、なんで言ったその日に出会っちゃうんすかね、本当猫兄は面白い人っすね」
「ま、まぁ話を聞いてくれ」
「なんすか?見たところどこもケガしてないところを見ると、もしかしてフランクイェーガーさんをぶっ飛ばしちゃったとか、そんな粋なことしちゃったんですか?」
「いやだから聞けってっ」
昨日同様俺の声がこだまする教室にはやはり静寂が訪れた。どうにもこの短気を直すすべはないだろうかと思いながら、目の前ではくすくす笑う並の姿が目に入り、なんとも腹立たしかった。
「やくざの次は一体何になるんすかねぇ」
「お前本当やめろ」
「それで、話の続きは?」
「あぁ、フランクイェーガーにあったんだけどさ、あいつ悪いやつじゃないぞ」
「え、そうなんすか?」
「そうだよ、聞いた話じゃフランクイェーガーはFランクを襲うやつらを何とかしちゃう正義の味方みたいなやつだった」
「本当の話っすかそれ?」
「あたりまえだ、本人がそういってたんだからな」
「本人が言ってたって、じゃあフランクイェーガーさんの名前くらい知ってるんすよね」
「もちろんだ、俺たちと同じ学校で本屋哲心っていうやつだ」
「本屋哲心」
「あぁ」
「えぇーーーっ!」
こんどは並の驚嘆の声が響き渡った。しかしそんな声に教室内はさほど静まり返ることなく、むしろ並ぶのことを見ながらくすくすと笑っているようにも思えた。
そして並も後頭部をぽりぽりと書きながらあたりに謝っており、間違いなく俺とは真逆の人間であることがはっきりと分かった・・・・・・なるほど、俺もあぁやって謝ったら許してもらえるのだろうか?
そして謝り終えた並は、俺に顔を寄せて小声で話しかけてきた。
「猫兄、それ本当っすか?」
「あぁ、そういってたぞ」
「本屋君って、そんな人だったんすか?」
「なんだ知ってるのか?」
「そりゃそうっすよ、Fランクはそんなに人が多くないっすからみんな幼馴染みたいなもんで見知った人は多いっす」
「そうなのか」
「はい、それで本屋君のことなんすけど、彼は学校ではとてもおとなしくて、女子にも結構人気がある能力以外は優等生っすよ、あたしにはそんな人がそんな乱暴者とは思えないっす」
「いや、でもそう言ってたし、なんなら今から聞きに行くか?」
「もちろん聞きにっ・・・・・・」
といったところで、学園内には昼休みを終えるベルが鳴り響いた。そのベルの音に俺と並は互いに見つめあった後、昼食のためにくっつけた机を静かに元の位置に直した。
放課後、俺は昨日のことと並の情報もあってか、哲心のことが気がかりで仕方なかった。
それはもちろん、哲心が危ないことに首を突っ込んでいることもあるし、何より、あいつのたった一人でいる姿にどこか惹かれたというのもある。
そう思っていたら、俺はいつの間にか哲心のあとをつけているという並まがい、いやストーカーまがいの行為に出ていた。
もちろん毎日のように行われている特別授業はすっぽかした、舞子先生はこの状況にさぞかし怒っているだろうが、俺はどうしても哲心のことが気になって仕方なかった。
それから哲心をつけること数分、彼は本を読んでいるのだろう頭をうなだれながら歩いていた。
その姿は非常に危なっかしく、何人かの人とぶつかりながら歩いている姿が見受けられた。そんな様子から、哲心が喧嘩ばかりの生活をおくっているのが少しわかったような気がした。
経験上、嫌な予感というものはすぐに当たるもので、哲心はガラの悪い連中に肩をぶつけた。
もちろん、そんな出来事にガラの悪いやつらが素通りするわけもなく、哲心はすぐに絡まれた。
そうしたところでようやく顔を上げた哲心は、決しておびえることなくキッとした目つきでガラの悪い連中とにらみ合った。
そんな喧嘩の前の儀式のようなものを済ませた哲心と、ガラの悪い連中は、お決まりといったところだろうか、哲心が連れられるような形で路地裏の方へとその姿を消していった。
俺もすぐさまそのあとをつけて路地裏へと侵入すると、すぐに騒がしい物音が聞こえてきた。
もうすでに喧嘩が始まっているものかと、少し速足で現場にたどり着くと、そこでは哲心がたった一人だけだ立っており、先ほどのガラの悪い連中は床でのびていた。
ただ、一人立つ哲心はどこかボロボロで立っているのもやっとという状態だった。しかし、ボロボロといえど数的不利を覆して立っている哲心の姿は勇敢で俺はすかさず彼に歩み寄った。
「よぉ、哲心」
俺が声をかけると、哲心は急いでふりかえった。だが、俺の顔を認識してくれたのか、すぐに安心した顔を見せた。
「なんだ兵助か、どうした」
「いや、お前また喧嘩してんのかと思ってさ」
「そうだ、こいつらは空繰だったからな」
「あのさ、ずっと気になってたんだけどその空繰ってのは一体何なんだ?」
「君はそんなことも知らないのか?」
「ははは、まぁな」
「昨日も話したような気がするけど、空繰はFランク狩りをする集団さ、まぁ簡単に言えばチンピラ集団だね」
「へぇ」
「基本的にFランクのギフテッドばかりを狙い、金銭目的やストレス発散目的で悪行を働いている、僕はそいつらを根絶やしにするためにこうしている」
「お前ひとりでか?」
「そうだ、僕意外にこんな事する奴はいない」
「なんで」
「何でも何も、僕達Fランクはここじゃ最弱、いくら腕っぷしに自信があったとしてもシンボルギフトを前になす術はない」
「でもお前はこいつらを倒したんだろ」
「これは経験が為した結果だし、ここにいるやつらはEランカーだったからね」
「そうなのか・・・・・・でも、そんなことばっかりしてたら大変だろ?」
「どういう意味だ?」
「ほら、やっぱお前みたいなやつはすぐに目を付けられてリンチとかされるし」
「もうされている」
「あぁ、そう」
「だけど、そんなことでやめられるわけがない、僕はああいうやつらが許せないんだ」
「許せないのはいいけど、下手すりゃ、なぁ」
死ぬぞなんてことは言えず、察してくれと意思表示してみると、哲心は揺らぐことのない瞳で俺を見つめてきた。
「それも承知の上さ、生半可な覚悟でこんなことやっていない」
「・・・・・・なるほどな」
「そうさ」
「なんでそこまでこだわる」
「それを君に話す義理はない、じゃあね兵助」
「え、ちょ、哲心?」
哲心は、そう言い残し、次なる空繰でも探しに行こうとしているのか、足早に俺の元から立ち去った。
だが、俺はそんな哲心の後を再びつけた。そう、俺はさらに本屋哲心という男が気になって仕方なくなっていたのだ。
そうして、再びつけた先で哲心はまた喧嘩をしており、今度は三人相手にボロボロになりながらようやく立っている状態で見つけた。先ほどと似たような状況の中、俺は再び哲心に声をかけてみることにした。
「よぉ、哲心」
「な、なんだまた君か」
今にも倒れそうな哲心に肩を貸してやると、簡単に身を預けてきた。この様子だと相当苦労したみたいだ。まぁ無理もないだろう、三人相手にこの大立ち回りもはや驚くべき状況に俺は少しだけ楽しくなっていた。
「奇遇だな、また喧嘩してたのか」
「あぁ、そうだ」
「大丈夫か哲心」
「この通り元気はつらつだ」
「ふらふらで何言ってんだよ、そうだ、これから俺とどっかに」
「悪いが、僕にはまだやるべきことがあるんだ」
あっさりと子と会わってきた哲心は俺から離れてふらふらとどこかへ行こうとしていた。
「え、そう大丈夫か?」
「大丈夫だよ、じゃあね兵助」
「おうまたな」
・・・・・・二度あることは三度ある、俺は再びつけているとやはりそこでは喧嘩に明け暮れる哲心の姿があった。ただ、今回ばかりは哲心が立っていることはなく地面に寝そべった状態で見つけた。
「よぉ、奇遇だな哲心」
「・・・・・・」
寝そべった状態の哲心は顔だけを俺に向けてくれた。
「よぉ、元気でやってるか哲心?」
「兵助、君は俺をからかっているのか?」
「何が?」
「さっきも会ったばかりだろう」
「そうだったか?」
「そうだ、何が目的だ?」
「い、いやぁ、お前が心配でさ」
「心配?」
「そうだよ、ああいうやつらと喧嘩ばっかりしてるといつか痛い目にあうと思ってさ」
「・・・・・・そんなことはわかってる、だがそれと君がここにいるのはどう関係してるんだ」
「だから、心配なんでつい見に来ちゃうんだって言ってるだろ」
「そんなもの、君に心配される義理はない」
「義理はなくてもさ、やっぱりお前が心配だよ」
「なぜだ、なぜそこまで僕を心配する」
「だって、お前いいやつなのにそんな奴が馬鹿な奴らにつぶされたら嫌だろ」
「・・・・・・いいやつ?」
「お前いいやつだよ、たった一人で馬鹿な奴ら相手に体張って、しかもたった一人でだぞ、そんなもんほっとけるわけねぇだろ」
「だとしてもだ、お前まで僕の個人的な理由にまきこむわけにはいかない、だからもう僕にかかわるな」
「ふっ」
「何がおかしい」
「お前やっぱいいやつだよ、そうやって俺を巻き込まねぇようにしてる」
「違う、そう意味じゃない僕はただ個人的な問題を個人的に解決しようとしているだけで、そこに君が介入してくる必要性はないというだけ・・・・・・」
「ん、どうした?」
「どうやら君の予想が的中したようだ」
そうして哲心はゆっくりと立ち上がり俺の後方を見据えるような目で何かを見ていて、俺はすぐさま振り返った。
「よぉ、ここいらで暴れまわってるやつがいるって聞いたら、お前らか?」
振り返った先に現れたのは、やたらと体格の良い男子学生だった。俺が来ている制服とは違う辺り、どうや他校の生徒らしい。しかし体がでかい、とにかくでかい、ひょっとするとクマか何かの生まれ変わりなんじゃないかと思えるほどでかい、とにかくそんなでかい男は俺たち見下ろしてきた。
「哲心、こいつ誰だ?」
「バッジホルダーのチンピラだ、見ればわかるだろう」
「バッジホルダーって、あの超能力バンバン使えるようになってるやつらってことだろ」
「そうだ、まぁ、見たところDランカーに違いない」
「Dランカーっていうと、俺たちより二つ上ってことか」
「そうだな」
「おいおい、なめてもらっちゃ困るぜ、ここじゃC・Dランクは同ランク扱いなのを知らないわけじゃないよな?だから、俺たちはお前らフランクからしたら俺は三つ上だ」
「そうなのか哲心」
「知らんな、大体そうだとしても格付け社会のここでDランクがCランクと同格なわけがないだろ、つまるところこいつは見栄をはって、臭い息をまき散らす最低野郎だってことだ」
「な、なにおうっ」
「それで、君はいったい何しに来たんだ?」
「俺か、俺はお前をぶっ殺しに来たんだよ、本屋哲心」
「おい、哲心お前名前知られてるぞ、有名人だな」
「知らないね、名前を知られたところで僕のやるべきことに変わりはない」
「ほぉ、いい度胸じゃねえか、俺たちに名前を割られることがどれだけ怖いことか教えてやらねぇとな」
「・・・・・・俺たち、ということはやっぱり君は空繰の」
「そうさ、なんだビビっちまったのか本屋哲心?」
「いいや、恐れるなんて感情とうの昔に忘れたよ」
「そうか、じゃあ思い出させてやるよ俺たちには向かうと怖いってことをなっ」
クマのような男は大きく振りかぶり、哲心めがけて殴りかかってきた。そんな大ぶりな攻撃に哲心はいともたやすくかわして見せると、少し距離をとってトレードマークであるメガネを少し上げた。そして、攻撃をかわされたクマのような男はというと、いらいらとした様子で舌打ちし、再び哲心の方へと殴りかかろうとしていると、哲心は何を思ったのか、突然手を前に突き出した。
まるで今にも魔法攻撃でも放ちそうな雰囲気に俺はもちろんクマのような男さえも神妙な面持ちで息をのんでいた。そして今まさに呪文でも唱えんとするのか哲心は口を動かした。
「トイプードル」
呪文でも詠唱するのかと思われるその口からはかわいらしい動物の名前が飛び出した。
「お、おい哲心トイプードルがどうした?」
「兵助、黙っててくれ今大事なところなんだ」
もしや本当に魔法の詠唱?しかしその詠唱の始まりがトイプードルとはこれいかに?
「よく聞け、トイプードル、その名もチョコ、茶色い毛がチョコレートに酷似しているのと、イヌのくせにオッチョコチョイ所から名付けたその犬はとあるチンピラに飼われているそうだ」
「お、お前」
何をいいだしたのかわからないが、クマのような男は哲心の言葉にとても動揺しているように思えた。
「どうした?」
「お、お前、なんで俺の飼い犬のことを知っていやがる」
「そんなことはどうでもいい」
「お、お前Fランクのくせにバッジホルダーなのか?」
「どうでもいいだろう」
「くそっ」
「いいか、今お前の大切にしているチョコちゃんは俺の仲間が確保している」
「お前っ、なんてひどい事をっ」
「さぁどうする、お前の大事なペットがひどい目にあわされたくないなら素直に降伏しろ、そうすればチョコちゃんは自由の身だ」
「くそ、なんでうちのチョコちゃんがそんな目に、くそくそ、覚えてろよ本屋哲心」
クマのような男は、現れてわずか数分、その巨体を生かすことなく情けなく敗走していった。そして哲心は案の定その場でふらふらとしながら座り込んだ。喧嘩ばかりやっているとはいえあくまで文学男子、体力はそれほど持たないといったところだ。しかし、それよりも俺は哲心の見事な交渉術に惚れこんでいた。あの状況で度胸のある言動をよくもまぁできるものだ。
「哲心」
「ん、なんだい?」
「お前嘘ついたのか?」
「まぁそんなところかな」
「もしかして、そうやって人の隙をついてこれまでの喧嘩をやってきたのか」
「そうさ、ちょっとした手段を使い、集めた情報で人を欺き油断させその隙をつく、そうでもしないと僕一人であれだけの人数相手にできるわけないだろ」
「でも、もしそんなのが通用しない相手だったら」
「ぼこぼこにされる、今日はまだうまくいっている方で自分でもびっくりしている、いつもならひどい目にあって家で療養しているところだ・・・・・・あ、だめだ視界がぼやけて」
疲れ果てたのか、哲心はそんな言葉を残してその場に寝そべってしまった。唐突な気絶によもやこんなことを毎日続けているのではなかろうかと心配したが、俺はとにもかくにもそんな哲心をおぶり、療養とこれからの彼の行いについて詳しく知るため、哲心を自宅に連れ込むことにした。