入学式
ギフトガーデンにやってきて間もないというのに、あっという間に入学式の日を迎えた俺は洗面台の前で鏡と向かい合いながら身だしなみを整えていた。
体にフィットする学ランはまるで一心同体のような着心地であり、思わず口元が緩んだ。そうして、しっかりと身だしなみを整えて俺は、ワクワクとした心持で玄関を出た。
入学式ということで、隣人の幸子と一緒に登校でもしようかと思ったのだが、あいにく彼女はもうとっくの前に家を出ているようで、何度インターフォンを押しても出てくれなかった。
まぁ、俺同様に入学前から制服に身を包んでいるんだから、彼女も待ちきれなかったんだろう。そんなかわいらしい一面を想像しながら通学路を歩くこと数分、前方で何やら人だかりができていた。
それは大勢の人が何かを取り囲み、守っているかのような状態であり、俺は少しでもその状況を確かめるべく近づいた。
近づいたところで、俺同様に集団の様子をうかがう、ビン底眼鏡をかけた一人の女子生徒がいた。見た様子からして、彼女はこの団体とは関係ないようだ。
そんなおどおどとした様子のビン底メガネ女子に、すこしでもこの状況を理解すべく声をかけてみることにした。
「あの、ちょっといいですか?」
俺の声に、驚いた様子のビン底メガネ女子は、少しずれた眼鏡を直しながら元気よく返事した。
「な、なんでしょうかっ?」
「これ、なんでこんなにつまってるんですか?」
「わ、わかりません、でも私がきたときにはすでにこうなってて」
「そうなんですか」
なんて会話をしながら一向に道を開ける気配のない集団は完全に歩道を埋め尽くしていた。しかもあろうことか、その集団は塊を作りながらそのまま移動し始めた。
朝っぱらから気分の悪いことをしてくれるものだと、少々苛立ちつつも、このいら立ちを目の前の奴らにぶつけようものなら、何が起こるか分かったもんじゃない。
そう思い俺は何とかほかに道はないものかと思っていると、歩道の脇にちょうど人が一人歩いていけそうな高い塀があるのに気付いた。
あぁ、あれの上からなら集団を超えていけそうだ。
「しょうがないな、あそこの塀でも登っていきましょう」
「え、あんな高いところを?」
ビン底メガネの女子生徒は驚いた様子でそんなことを言った。あぁ、分かっている、常識的に考えてあんな塀の上を馬鹿みたいに上らなくても人の間を縫って通らせてもらえばいいじゃないかと人は言う、だがしかし、妙にテンションの上がっている今の俺は、あの場所に上り、簡単にこの人込みを通り抜けたいという欲求にかられた。
「そんなに高くないから大丈夫ですよっ」
塀に上ると、ビン底メガネの女子生徒が「おーっ」と声を上げて拍手をしてくれた。
そんな行為に、すこし気恥ずかしさを感じつつ、このままでは一向に先に進まない集団を超えるべく、俺はビン底メガネの彼女に目を向けた。
「ほら、いそがないと遅刻しますよ」
「えっ、私もそこに上るんですか?」
「いや、無理ならいいんすけど、こっちに来ないと遅刻しないすか?」
「ち、遅刻はダメです」
遅刻という言葉に敏感に反応した彼女はいそいそと塀に歩み寄った。
「じゃあ早いところ上ってください」
「は、はい」
そういうとビン底メガネ女子はもたもたとした動きで塀をのぼろうとした。
しかし近づいたところで、どうのぼれば良いのかわからない様子のビン底メガネ女子は、手を必死に伸ばしたり、ピョンピョン飛び跳ねながら息を切らしていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃないぃぃぃ」
たまらず声をかけると、ビン底メガネ女子は涙声になりながら俺に必死に手を伸ばしてきた。そうしてぴょんぴょん飛び跳ねる姿はかわいらしかった。
「あぁ、えーっと、じゃあ、どうぞ」
俺は伸ばして着ていた手を握り、勢いよく引き上げるとビン底眼鏡女子は何とか塀に上ることができた。
そんなこんなで、二人して塀の上を歩いていると、諸悪の根源である、道路をふさぐ男子生徒たちの中心に、やたらと髪の長い女子生徒がいるのを発見した。
金色の長髪をなびかせながら、颯爽と歩く姿に思わず見とれそうになったが、それと同時に、こんな男ばかりに囲まれてむさくるしい事この上ないだろうと思った。
そんな時、まるで俺の視線に気づいたかのように、その金髪ロングの女子生徒が俺を見つめてきた。
そうして、彼女に見つけられて視線を合わせるまではよかった。だが、その直後、金髪ロングの女子生徒は何を思ったか、わなわなと怒り震えた様子を見せたかと思うと、怒った顔して怒鳴りつけてきた。
「ちょっとそこのあなたっ」
まるで、お高くとまった貴婦人のような口調でそういった金髪女子生徒は俺を指さしてきた。
「は?」
「なんということでしょう、どうしてあなたはそんなところで私のを見下ろしているんですのっ?」
「見下ろす?」
「そうです、どうして見下ろしているのかを聞いているのですっ」
見下ろすも何も、ただ高いところにいるってだけでそんな深い意味はない、はてさて、これをどう説明したものか。
「いや、あんたの周りにいるやつらが邪魔だから、こうやって先に行こうとしてるだけです」
「じゃ、邪魔ですって?」
「いや、べつにあんたは邪魔じゃないんだけど、あんたの周りにいる奴らが多すぎて邪魔なんですよ」
「あ、あんたとは私のことですか?」
「あぁ、それよりも、あんたもそんなところにいたら息苦しくないですか」
「な、なにを言っているのですかあなた、私はそういうことをいっている訳じゃなくてですね」
「でも早くしないと入学式始まりますよ、それにこっちのほうが気持ちがいい」
「だから、そんな話はどうでもよくて」
「いいから、早くこっち来てください」
「え?」
「早くっ」
「え・・・・・・えぇ、わかりましたわ」
思いのほか従順な態度のお嬢様は、俺に手を伸ばしてきた、そして先ほどのビン底メガネ女子同様軽すぎる体重だったが、それだけに楽に持ち上げることが出来た。
「こ、こんな塀の上を歩くなんて、はしたないですわ」
「それよりもなんでこの道はこんなに混んでるんですか、おまけに道ふさいでる連中はやたらと俺のことをにらみつけてくるし、朝から散々だ」
そう、なぜか道をふさぐ彼らは俺をにらみつけて、歯ぎしりしながら塀にすり寄ろうとして来ていた。
まるでゾンビのような彼らにちょっとばかしの恐怖を覚えつつも、晴れの日に遅刻なんてできない俺は、早々にこの場を離れることにした。
そうして学校に向かっていると、俺の後ろに続く二人は不安そうな顔で俺の後をついてきた。
まぁ、こんなことしなくても人の隙間を縫ってとっとと学校に行けばよかったもしれないが、なんとなくこの高い塀に登ってみたくなったというのが実のところだ。
それに、俺の気まぐれについてきてくれた二人にはいまさらそんなことを言えたもんじゃない。そんなことを思っていると、あっという間に蕾学園の校門付近までたどり着けた。
校門前ではまるで多くの人が校門に吸い込まれていくようであり、俺はそんな様子を前にすぐに塀から飛び降りた。
「よかった、全然間に合いましたね」
「あ、ありがとうございます」
「あ、あぁ」
「じゃ、じゃあ私急いでますので」
「えぇ、はい」
ビン底メガネの女子生徒は、そそくさと走って行ってしまった。
そして、金髪ロングの女子生徒は、なぜかふくれっ面でそっぽ向いていて、なんだか不機嫌極まりない様子だった。
「ま、まったくこんなはしたないこと、お父様にばれたら怒られてしまいますわ」
「何言ってるんですか、もう塀の上にはいないんですから怒られるも何もないですよ」
「いーえ絶対に怒られますわ、あなたのせいですよ、全く」
「口は堅い方だから安心してくれ、ばれなきゃ大丈夫です」
「な、内緒ってあなた、あんな人目のつく場所ではしたないことをしておいて、そんなことが通じるとでも思っているのですか?」
「それならそれで、俺が責任取ってやる」
「せ、責任って・・・・・・も、もういいですわっ、私は行きますわっ」
「あぁ」
金髪ロングの女子生徒は怒った様子で学内へと入っていった。
それにしても、出足をくじかれた感じはしたが、個人的に心地よい通学をできた。こうして入学式という日を気分良く迎えることができるのは、これからのせいかつが より良いものへとなっていく暗示かもしれない。
なんて、のんきなことを考えながら校門をまたぐと、今の今まで抱いていた幸せな気持ちがまるで突風に飛ばされるかのように、一人の女子生徒が険しい顔で立っていた。
「おいお前」
目の前に立つ女子生徒は俺のことをじっと見つめており彼女の言う「お前」というのが俺に向けられているものだとわかった。しかも、彼女はずいぶんと険しい顔をして怒っている様子だ。
「お、俺ですか?」
「そう、お前だお前」
「あの、何ですか?」
「新入生だっていうのに、その恰好はいったい何だ?」
よく通る声が鳴り響く校門で、俺の周りを通り過ぎていく生徒たちはくすくすと笑っていた。だがそんなことはお構いなしといった様子で、その声はつづけた。
「いいか新入生、いくらここがFランクの蕾学園だからといって、やさぐれてはいけないんだ、わかるか?」
「えっと、別にやさぐれてるわけじゃなくて」
「じゃあ、その制服の乱れはなんだ?」
どうやら衣服の乱れについて怒っているらしい。
「いや、これは、ほら制服ってなんかこう「あぁっ」って感じになるからそれを防ぐために着崩してたんです」
「なんだ、その「あぁっ」っていうのは、つべこべ言わずに早くなおすんだ」
「でもちゃんと着ると「あぁっ」てなるんですけど」
「いいからなおせ、衣服の乱れは心の乱れだっ」
「は、はい」
渋々制服の乱れを治すと、やはり俺の心の内側から「もやもや」としたものが沸き上がってくるのが分かった。
もちろんそれは先ほどから言っている「あぁっ」の正体なのだが、その気持ちをわかってくれない、目の前の黒髪ロングのつんとした表情の人は、まだ満足いかないのか、俺の首元に手を伸ばしてきた。
「ほら、こうしてちゃーんと上までとめるっ」
「え、あの」
まるで首を絞められているかのような苦しさに、いつの日かエミリが苦しそうな顔をしながら着物を着ているときのことを思い出した。
あいつもこんな気分だったのだろうか・・・・・・
「良し、これで格好良くなった、あぁ、とても格好いいぞ新入生」
「そ、そうですか?」
「あぁ、入学おめでとう、新入生っ」
そう言って俺の肩をぽんとたたいたその人は笑顔だった。そんな笑顔の検問を抜けることができた俺は、せっかくつけてもらったボタンを外した。
そうして首元を緩ませたところで、もしかすると先ほどの人がやってくるかもしれないと心配したが、彼女は俺に背を向けて仁王立ちという姿で俺にはまるで気付いていない様子だった。
そんな様子に安心しつつ、俺は掲示板に掲載されているクラス表をもとに1年1組の教室へと向かった。教室内では、みな知った顔ばかりなのか、仲良さげに話している様子が見受けられた。
そして、中には俺の姿をじろじろと見てきては、ひそひそと話す様子も見受けられた。
彼らは俺の事を見て「後天性ギフテッド」だなんて言葉を発していないかが不安になったが、だが、そんなことよりも俺には気になることがあった。
それは、まるで今日がハロウィンか何かと勘違いするような、目を引く光景だった。
一見普通の人には見えるが、頭にピョコピョコ二つの耳、そして、まるで自分の意志を持っているかのような尻尾がフリフリフリ。
人と動物が合体したかのような容姿をする彼女は教室にたった一人で座っており、どこか緊張した様子であたりをきょろきょろと見渡していた。
かのじょもまた 、俺同様に居心地の悪さでも感じているのかと、しばらく見つめていると、ふと、彼女と目が合ってしまった。
見つめあう事数秒、ニューマンの彼女は目をそらした。
なんともかわいらしい、こんな人がここにはいるのかと、さらなる異世界ぶりに感激していると、突然教室内に大声が鳴り響いた。
「おーい、入学式が始まるから、講堂に集まれ」
教師と思われる人の言葉に、教室にいたクラスメートたちはいっせいに教室の外に出た。
俺は頃合いをみはからって最後に教室を出ると、相変わらず前方では楽し気な聞こえてきており、なんだかさみしくなった。
まぁ一人には慣れているが、こうも幸せそうな声ばかり聞いていると、つい、そんなことを思ってしまう。
講堂に辿りつくと大量のパイプ椅子と多くの人たちであふれかえっており、指定されたエリアのパイプいすに腰を下ろすと、次第に講堂内が静まりかえった。
そうして今にも入学式が始まりそうな時、遅れてやってきたであろう女子生徒が俺の隣に豪快に座り込んできた。
パイプ椅子ががたがたと音を鳴らし、周囲の生徒たちはいっせいに遅れてきた生徒に視線を向けた。だがまるで何事もなかったかのようにすぐに目をそらしていた。
しかし、俺はというとその女性生徒から目を離すことができずにいた。
何しろその女子生徒は制服を着くずし、おまけに頭にはバンダナを巻いているという、間違いなく校門でよびとめられるはずの存在が堂々とここにいたからだ。
俺は入学式で引っかかったというのに、どうして彼女はひっからず、しかもこんなオリジナリティあふれる格好をしていれるのだろう?
そんな疑問を感じながらバンダナ女子生徒を見つめていると、彼女は俺の視線に気づいて顔を向けてきた。
「ん、なんすかぁ?」
まるで、かわいらしいアニメキャラのような声でそう言った彼女は、首をかしげながら俺をじっと見つめてきていた。
「い、いや、そんな恰好で来て、検問で引っかかりませんでしたか?」
「検問ってなんすかぁ?」
「いや、メガネをかけた、やたらときっちりとした人が校門に立ってたじゃないですか」
「んー、あたしが来たときは校門には誰もいなかったっすよ」
「へ、へぇ」
「あっ、あたしは遅刻しちゃったので、それで大丈夫だったのかもしれません、てへへ」
バンダナ女子生徒は恥ずかしそうに頭を掻きながら笑みを見せた。
なるほど、遅刻してきたら誰にも引き止められることないのか。ならば、これから毎日遅刻していけば、あの人に会わなくてもいいって事になるんだろうか?
なんてことを考えていると入学式が始まった。
式が始まると、すぐに始まる長々とした話と、ちょうどいい沈黙が俺の眠気を誘発した。そんな、ちょうどいい子守歌のような雑音に、うとうとしていた時、突如として構内がざわめきたった。
何事かと思って顔を上げると、壇上に立つ中年男性が大きな声で「静粛に」という声を上げて構内はすぐに静かになった。静かになったところで壇上に立つ中年男性が再び声を上げた。
「えー、もう一度、新入生挨拶、新入生代表、阿弥陀くじらっ」
そんな呼び声とともに「はいっ」という、綺麗な女性の声がこだました。
すると、ただの返事にもかかわらず講堂内は再びざわめき立った。ざわついた雰囲気の中、壇上に現れたのは、絶世の美女といっても過言ではない、美しき女子生徒が堂々と立っていた。
誰もが見とれるんじゃないだろうか、そう思えるほど美しい女性の登場に、周りの人々は感嘆の声を上げながら彼女の姿に釘付けになっているようだった。
そして、それを確認した俺もすぐに彼女の姿にくぎ付けになった。
もちろん絶世の美女とは言ってもただ美しいわけではなく、かわいさも兼ね備えた、まさに容姿だけはかんぺきな女性だった。
見事なまでの拍手喝采に沸く構内は、まるで大人気アーティストのコンサートのような熱気であり、俺は開いた口がふさがらなくなった、ただ、入学式にこの喧騒は良いのだろうか?
「いやー、やっぱ、くじらちゃんはかわいいっすねぇ」
拍手喝さいの中、突如としてそんな言葉が聞こえてきた。
もちろんそんな言葉を聞き逃さなかった俺は、すぐにその発言者に目を向けると、そこには先ほどのバンダナ女子生徒が必死に拍手していた。
「ぐす、最高っす、眼福っす、地球に生まれてよかったっす」
確かにきれいな人ではあるが、涙ぐみながら拍手するものかと思い、思わず口が出た。
「な、泣くほどか?」
思わず飛び出た言葉、その言葉がバンダナの彼女に届いたようで、彼女はゆっくりと顔を向けてきた。キョトンとした様子でありながら、まるで宇宙人でも見るかのような、そんな驚愕に満ちた目だった。
「い、今、なんていいました?」
「いや泣くほどうれしいのかと思って」
「うれしいに決まってるじゃないっすかっ、くじらちゃんっすよ、くじらちゃん、あのくじらちゃんが今目の前にいるんすよっ」
「あ、あぁ」
つばをピッピピッピと飛び散らせながら話すバンダナ女子生徒は、先ほどとは違い、ものすごいハイテンションだった。
「えっと、それはそんなに嬉しいことなんですか?」
「当たり前っすよ、あなた、くじらちゃんを知らないんすか?」
「いや、たしかに可愛いってのはわかりますけど、そんなにすごいやつなんですか?」
「あなた、本当に人間っすか?」
バンダナ女子生徒はそういうと目を細めて俺から距離をとった。
「に、人間だっ」
そうだよ、後天性ギフテッドとかそういう化け物みたいな者じゃない、俺は人間だ。だからそんな目で俺を見るな。
「だったら、なおのこと知ってるはずっす、くじらちゃんはギフトガーデン、いえ、世界、いえ、銀河系に名をとどろかせるギャラクシーアイドルっすよ」
「ぎゃ、ギャラクシー?」
「ギャラクシーアイドル、要するに天使っす」
「天使?」
「そうっす、くじらちゃんはFランクの希望っす、くじらちゃんがいるおかげでFランクの人はまだ人権を保っていられるんすよ、感謝して崇拝すべきなんす」
「人権って、そんなの誰にでもあるじゃないですか」
「何言ってるんすか、ないに決まってるじゃないっすかぁ」
何やらため息交じりにそういう彼女は、うんざりとした様子だった。
「いや、ここにいるギフテッドって人のほうがよっぽど人権があるんじゃないですか、ほら、超能力が使えるし」
「何言ってんすか、Fランクに人権なんてほぼないといってもいいっすよ」
「そうなのか?」
「はい、まぁ、大陸人に比べたらあるかもしれないっすけど、それでもFランクとしてここにいるってことは、それはそれで辛いことなんすよ?」
「へぇ」
「はい、でもくじらちゃんは、ギフテッドとしてはFランクっすけど、アイドルとしては超一流のAランクばりっす、いえ、むしろ彼女の人を魅了する力はSランクに匹敵するともいわれるほどといわれてるっす」
「まぁ、あんだけキラキラしてるやつに魅了されないやつはいないかもしれないですね」
「そうなんすよ、くじらちゃんは本当に可愛いんですよ」
ずいぶんと熱心に語るバンダナ女子生徒は、うんうん頷きながら満足そうに首を縦に振っていた。しかし、そんなとき、まるで何かに気づいたように目を細め、俺に顔を寄せてきた。
「それにしても、こんな誰もが知っているであろう事を知らないあなたは、いったい何者っすか?」
「え、いや、俺はここの事にあんまり詳しくなくて」
「詳しくないってどういう事っすか、もしかしてあなたは噂のっ」
もはや二度と聞きたくない言葉が飛び出しそうなその時、「静粛にっ」という声が響き渡った。
そんなタイミングの良い注意の後、今度は壇上で笑い声が響いた。
何事かと思いすぐに目を向けると、そこでは髪の毛も髭の毛もたっぷり蓄えた白毛の爺さんが立っていた。爺さんは何がそんなにおかしいのかわからないが、とにかくしばらく笑い続けた後、まるで何かを思い出したかのように話し始めた。
どうやら、くじらちゃんとやらの話は終わっていて、じいさんの話になっていたらしい。
次から次へと現れる面白い人々に俺はどちらかというと後者のほうが気になり、隣のバンダナ女子生徒にあの爺さんについて尋ねることにした。これもすべて後天性ギフテッドなんて言葉をさえぎるためだ。
「な、なぁ、今度のあれは誰ですか」
「え、あれは長老っすよ」
「長老?」
「ギフトガーデンの象徴、というより顔役ですかね?」
「へぇ」
「長老は、ここを始まりに、これからいろんな場所に入学式のお祝いをしに行くんすよ」
「いろんな場所?」
「はい」
「今から行くにせよ、ほかの場所には間に合うんですか?」
「そんなのはあれで一発っすよ」
「あれ?」
そうして指差した先にはいつの間にか大きな鳥がいた。
鳥は長老のもとまでとんでいくと器用に長老の肩をつかんだ、そして、講堂の天井から物音がし始めたかと思うと、天井が徐々に開き、晴天の空が頭上に現れんとしていた。
こんなオープンカーのような機能は、この長老とかいうののためにしかあるとしか思えず、俺はこの場所の桁違いのスケールに見上げた顔をおろすことができなくなった。
そして、視界の端っこから、先ほどまでこの場所で話していた長老とやらが鳥に連れられ、あっという間にどこか遠くへ飛んでいってしまった。
何とも滑稽な姿だったが、まるでファンタジーの世界にでもやってきたかのような光景に俺はおどろきを隠すことができなかった。
「うおーっ」
驚きのあまり大きな声をあげ、思わず口をふさいであたりを見渡すと、周りではまるで何事かといった様子で人々の視線が集まっており、俺はすぐに身を縮めた。
周りの様子からして、今の光景は見慣れたものらしく、俺は少し恥ずかしい思いをしながらバンダナ女子生徒に目をやると、彼女もまた大多数と同じ顔をしていた。
「声がでかいっすよ」
「わ、悪い、でも飛んでったんですけど、しかも鳥に運ばれて」
「長老はいつもあんな感じっすよ、どこからともなく表れては、笑って飛んでいくっす」
「く、狂ってる・・・・・・」
「あのぉ、いつもの出来事のはずなんすけど」
「いつもの事?」
「はい、っていうか、くじらちゃんのこともそうっすけど、あなたなんか変っすね」
「いや、まぁ実はいうと、ここに来たばっかりで、ここのことよく知らないんですよ、だからいろいろ困惑してて」
「ここに来たばかり?」
「まぁ、厳密にいえば数日前に強制的に連行されてきたって感じで」
軽いカミングアウトを済ませたところで、講堂には大きな拍手が鳴り響き、入学式の終わりを告げていた。
入学式も終わり、再び教室へと戻る道中、なぜか俺の後ろをひょこひょことついてくるバンダナ女子生徒は何という運命か、俺と同じクラスだった。
クラスに戻ると担任の先生が「赤沢 葵」と各々の自己紹介をしたのち、今日のところはお開きということであっという間にホームルームは終了した。
赤いのか青いのかよくわからん名前だが、自分の名前も大差ないと思い、心の中で少し反省した。
ホームルームが終了すると、自己紹介やらなんやらしている間、俺のことをじっと見つめていたバンダナ女子生徒こと、番田 並『ばんだ ならぶ』が俺に話しかけてきた。彼女はなぜか笑顔で、瞳をキラキラと輝かせているように見えた。
「おんなじクラスっすね」
「あぁ、俺は猫宮兵助です、よろしく」
「猫宮兵助、これはまたかわいらしい名前っすよねぇ」
「名字だけなら、そうですね」
「いえいえ、兵助もかわいいっすよ」
「そ、そうですか?」
「はい、じゃあ猫兄ってよんでもいいっすか?」
「なんで兄をつけるんだ」
「だめっすか?」
「いや、よびかたは何でもいいですけど、それより番田さんは・・・・・・」
「並でいいっすよ」
「並さん・・・・・・」
「いや、並でいいっす」
「いや、あったばかりの人を呼び捨てにはしづらいっていうか、なんて言うか危ないというか」
「よくわかんないっすね、同い年っすよ、仲良くしましょう猫兄、敬語とかもいいっすよ」
「そ、そうか?」
「はい、むしろ猫兄みたいな人が警護使ってるのは、なんか気持ち悪いっす」
「き、気持ち悪い?」
「はい、気軽に話しましょう、堅苦しいのは嫌いっす」
「・・・・・・そうか、じゃあよろしくな並」
「はいっ」
俺は並と握手を交わした、相変わらず女子というものは柔らかいことに定評があるもので、並の手も柔らかくこのまましばらく握っていたいと思えるほどだった。
そんな、まるで変態のような俺は、名残惜しげに手を離すと、突如として教室内に大きな声が響き渡った。
それは、先ほどまで教壇で喋っていた赤沢先生の声であり、俺はすぐにそんな声のする方へと目を向けた。すると、赤沢先生は俺の方をじっと見つめながら手をこまねいていた。
「猫宮、ちょっとこっちこーい」
嫌な予感がする呼び出し、こういう時図らずとも心臓が跳ね上がるのを何とかしたいものだ。
「せっかくの入学式で友達作りのところ悪いが、おまえは今日から授業だっ」
「えっ、今日からですか?」
「そうだ、お前のための特別授業だ」
「特別授業?」
「あぁ、お前はここの教育をまともに受けていないからな、だからつべこべ言わずについて来い」
「え、ちょっと」
「いいから来い、舞子先生が待っている」
「ま、舞子先生?」
思わぬ出来事、というやつはもはや俺の日常として考えなければならない、そう思いながらしぶしぶ赤沢先生についていくことにした。