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ギフトガーデン  作者:
はじまり
3/18

未知案内2

 蕾学園の生徒と自称する女子学生について歩くこと数分、あっという間に蕾学園の寮へとたどり着いてしまった。

 こんなにも簡単にたどり着くことが出来るのに、何を遠回りしていたのだろうと少し憂鬱になった、だが、それを振り払うかのように目の前に立つ建造物は俺を驚かせてくれた。


 そう、目の前には立派な建造物が建てられており、開いた口がふさがらなくなった。


 美しいレンガ造りの学生寮は、誰がどう見ても学生が住んでいるとは思えないものであり、あたりまえの様に、こんな場所を紹介してくる女子学生を前に、少なからず疑いの目を向けたくなった。


「こ、これが学生寮?」

「そう」

「まさかぁ、冗談?」


 そう言うと彼女はこくりと頷いてみせると、何かを指さした。


 指差した先にある寮の門には「蕾寮」と書かれたプレートがあり、ここが間違いなく蕾寮であると証明されていた。

 そして、それと同時に心が高ぶった、この胸の高鳴り、それはつまり目の前にそびえる魅力的な建物で、誰にも気を使うことなく、何におびえることなく気兼ねない生活をできるという事に心が喜んでいるのだろう。


「すごい」

「え、なにが?」


「いや、この寮がですよ」

「・・・・・・どこが?」


 どうやら彼女と俺とでは価値観が違うようだ。


「い、いや、こういう所っておしゃれでお金持ちの人しか住めないってばあちゃんが言ってたので」

「そんなことないと思う」


「そ、そういうもんですか?」

「うん、ここはガーデン内でも一番ランクの低いところ、他はもっと豪華」


「え?」

「もっと豪華、ここは一番ランクが低い、Fランクの学生はみんなここ」


「ここより豪華って、これよりも豪華なところに住んでる学生がいるんですか?」

「うん、むしろここは最下層、でも私はこれくらいのほうが居心地がよくて好き」


「そ、そんなバカな、これ以上豪華な寮があるわけないじゃないですか」

「ある、Aランクの人はもっといい所に住んでる、メイドさんもついてる」


「め、メイド?」

「うん」


 どうやら、俺はとんでもない所にやってきたようだ、あるいはこの場所の感覚というものは俺が元いた場所なんかに比べると、天と地ほどの差があるだけなんだろうか?


「と、とりあえず部屋を見に行きたいな」

「ん、何号室?」


「えっと、メモによると確か、そう4階の404号室」

「行こう」


 そうして寮の中へと入ると、入ってすぐのところにまるで受付のようなおばあちゃんがいた。


「あ、あの人は」 

「管理人さん、私が来た時も寝てた」


「へ、へぇ、とりあえず挨拶でも」

「うん」


 管理人らしきおばあちゃんに声をかけると、おばあちゃんはゆっくりと目を覚まし、俺を見つめて微笑んできた。


「あ、あの、今日からお世話になる猫宮ですけど」

「あぁ、聞いてるよ、猫宮兵助君ね」


「はい」

「404号室だよ」


「あ、はい、ありがとうございます」

「はいはい」


 随分とスムーズで、物分かりの良いおばあちゃんだ。


 しかし、これだけスムーズだといろいろ心配になってくるが、あこがれの一人暮らしが待っているかと思うと、そんなことどうでもよくなった。


 そして、すぐさま階段を駆け上がり404号室がある四階へと向かうと、それと同時に道案内してくれた彼女がエレベーターから現れた。 

 これは個人的な見解だが、エレベーターがこんなにも早く到着するのも俺には驚きだった。そして彼女は当然のように息切れすることなく俺の前に現れた。


「あれ、エレベーターってそんなに早かったっけ?」

「エレベーターは早いもの、階段は疲れる」


「そ、そうか」

「そう」


 404号室へとたどり着くと、表札に「猫宮」という姓が刻まれた表札が掲げられていた。


 仕事が早いというか、なんというか、俺はすでにここに来ることが決まっていたかのような状況に疑問を感じたが、目の前の誇らしい表札を前にしたら、たまらずその表札を撫でたくなってしまった。


 そして表札をなでていると、女子学生が俺の顔をのぞき込んできた。


「表札、気になる?」

「いやぁ、いいよな表札ってのは、心が満たされるっていうか、なんというか」


「ふーん」

「はい」


 なんだか興味がなさそうな反応に余計なことを話してしまったと思いつつ、俺は念願の一人暮らしの扉を開くことにした。


「いざ」

「うん」


 いざ中へ、そう思ったのだが、俺はここで一つの疑問が生まれた。そう、それはここまで案内してくれたこの正体不明の女子学生である。


 確かに俺がたまたま助けて、しかもそのお礼に道案内までしてもらったのはいいんだが、俺は彼女の名前も知らない。 

 そして、そんな彼女は俺とともに俺の家に入ろうとしてきている。そう思った俺は、ゆっくりと振り返り背後に立つ女子学生に目を向けると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「はいらないの?」

「い、いや、ここまで案内してもらってあれだけど、だれでしたっけ?」


「私?」

「はい、あ、ちなみに俺は猫宮兵助です」


 よくよく考えれば、自己紹介もしていなかった。


「兵助」

「はい、それで、あなたの名前は?」

「・・・・・・」


 しばらくの沈黙が流れた。まるで言いたくないかのような空気の中、俺はすぐにでも先ほどの質問を撤回しようと考えていると女子生徒はようやく口を開いた。


「や、八舞やまい 幸子さちこ

「八舞幸子さん」


「そ、そう」

「あ、え-っと八舞さん、ここまで連れてきてもらってありがとうございました、本当に助かりました」


 お礼を言うと、八舞さんはなぜか驚いた様子を見せた、そしてすぐに少しだけむっとした表情になった。


「き、気にしなくていい、あと幸子でいい」


 どうやら名前で呼んでほしかったのか、八舞幸子と名乗った女子生徒は少し口調を強めてそんなことを言った。そしてどことなく怒った様子の彼女は一歩踏み出して幸子と呼ぶことを強制するかのように威圧してきたように思えた。


「え?」

「幸子でいい」


「あ、あぁ幸子さん」

「さんはいらない」


「でも・・・・・・」

「兵助はいくつ?」


「俺は15ですけど」

「じゃあ同い年、だから呼び捨てでいいし、敬語もいい、気軽に話して」


 なるほど、同い年なら気を使う必要もないか。


 それならそれで、こっちとしても気が楽だからいいが、性分からして気軽に話すなんてできない、しかし、見た目に反して幸子さんは積極的な女性だ。


「そ、そうか?」

「さんを付けると面倒、幸子だと三文字で済む、それを「さん」をつけて五文字に増やすことはとても・・・・・・」

「とても、なんだ?」


 幸子は喋るのをやめた。それがどういう理由なのかはわからないが、突然の沈黙に俺はどうすればいいかわからなかった。

 ただ黙り込む幸子の表情がどことなく気の抜けたカバのようでありそれはそれでおもしろかった。だが、話の途中で言葉をきられるとなんだかむずむずしてきて俺はたまらず幸子に尋ねた。


「と、とてもなんですか?」

「喋りすぎ」


「え?」

「辛い」


「え、何がつらいんですか?」

「寝」


 そういうと、幸子はその場でぺたんと座り込んでしまった。そんな突然の疲れた発言に、俺はなすすべなく立ち尽くした。そして、まるでスライムか何かのようにだらけ始める彼女の様子を眺めていた。

 その様子は、人が堕落していくさまを体現しているようであり俺はそんなだらしない幸子の様子にしばし見とれてしまった。まぁ、要するに綺麗な人がだらける姿というのはかなりセクシーだということだ。


「お、おい、こんなところで寝たら汚れるぞ?」

「だいじょぶ」


「いや、だいじょぶじゃなくてな」

「疲」


「ちゃんと最後まで言えよ」

「兵助、家、休まー」


 どうやら、幸子はここまでの道のりにかなりの疲労を感じたようで、彼女からは動く気配が感じられなかった。そんな状況の中、俺はまるで犯罪者か何かのように無抵抗な女子生徒を自宅に連れ込むことにした。


 しかし、ドアにロックでもかかっているのか、以降に開く気配がなく、苦戦していると、ぐったりとした幸子が、口を開いた。


「ドアロックは虹彩認証、ドアの近くに認証機がついてるから、そこに目を近づけて」

「え?」


 扉の近くにえらく近代的な物体が備え付けられており、俺はそこに目を近づけた。すると、すぐに「ピピっ」という電子音が鳴り響き、扉のロックが開錠されたと思われる音が聞こえてきた。


「こ、これでいいのか?」

「うん」


 そうして、玄関を開いた俺は、床に座り込む幸子を引きずり込んだ。


 そうしたところで、部屋の中には大量の段ボール箱がおかれており、そんな段ボールで埋め尽くされた部屋の中に幸子を寝かせた。


 たくさん置かれた段ボールの中身は、どうやら生活用品らしく、中には俺の私物も紛れていた。俺の知らないところでいろいろなことが動いているようだ。

 そして寝かせた幸子はというとフローリングに力なく寝っ転がっており、それはもう居心地よさげに瞼を閉じてむにゃむにゃとした様子を見せた。


 何をそんなに疲れることがあったかはわからないが、とにかく突然力をなくした幸子の様子に俺は少しあきれた。


 いや、あきれたというより、よく初対面の相手の家に転がり込んで、しかも無防備に眠れるものだと、そんな彼女のあまりの無用心ぶりが心配になった。

 そしてなにより、さっきあったばかりの女子学生になんてことをしているんだ、という、これまた違った心配が頭をよぎった。


 そんな葛藤しながら部屋の中を散策していると、さっきまで寝ていたはずの幸子が突然俺の前に現れた。


「うわっ、なんだよ突然」

「玄関のロックについて教えてあげる」


「え、あぁ、ありがとう」

「うん、こっちきて」


 突然何を思ったのか、幸子はリビングに備え付けてある小型の液晶のところまで誘導してきた。


 どうやらそれは、来客を知らせてくれるものらしく、インターフォンを鳴らすと、画面に来訪者が移されるらしい。


「あぁ、こういうの見たことあるな、すっかり普及してるよな」

「そう、ちなみにここで虹彩登録をできる」


「登録?」

「そう、家族で住んでいる人たちなんかは、家族分の虹彩登録をして鍵を持たなくてもいつでも出入りできるようになる」


「へぇ」

「やってみるから見てて」

「あぁ」


 そういうと、幸子は液晶の前でポチポチしたり、目を近づけたりしていた。そして、すべての作業が終わったのか、幸子は俺に顔を向けてきた。


「これで、登録は完了した」

「へぇ」


「仲のいい友達や家族を登録しておけばいつでも出入り可能、便利」

「確かにこれは便利だ」

「うん」


 幸子はさっきまで寝ていたのに、これだけのために随分と張り切って説明してくれた。そして、その説明が終わると、どこか満足した様子で再びリビングに突っ伏してしまった。


 うぅん、なんだかよくわからない、そしていつまでここにいるのだろうか?


 そんな、不思議な女性とのめぐりあわせに疑問を抱きつつ、なんとも落ち着かない空間となっている自宅に、インターフォンのベルが鳴り響いた。

 その音に、まるで救いの手でも差し伸べられたような気分になった俺は、すぐさま玄関へと向かった。


「はーい?」


 心持ちテンション高く玄関を開けると、そこには息を切らした舞子先生が立っていた。


 髪を乱し、眼鏡をずり落としている舞子教諭は、俺の顔をじっと見つめたかと思うと、涙目になって頭を下げてきた。


「ごべんなざい、兵助君っ」


 そういえば、この人を探す任務を放棄してしまっていた。


「あ、いや、こっちこそ先生のことを探さずに、勝手に寮にきてしまってすみません」

「本当に、すびばせんでしたぁっ」

「あ、あの、もういいですから泣き止んでくださいよ」


 しかし、俺の言葉を耳に入れることなく舞子教諭は泣き続けた。挙句、酔っぱらった中年オヤジのように俺の足に抱き着き、泣きわめき始めた。


 まるで教師とは思えぬ行動と言動の数々に、俺はただ黙って、泣きながら謝り続ける舞子先生の謝罪を聞き続けた。

 しかし、いつまでも玄関前で女に泣きつかれているのも、おかしなものだと思い、俺は舞子教諭を室内へと招き入れた。


 部屋の中には初対面の女性二人、こいつはなんともいかがわしい光景。


 傍から見ればただの連れ込み上手のナンパ師、こんな事では俺の人生どうにかなってしまう、そう思い、なるべく二人の女性に近づかないように距離をとった。

 だが、距離をとったところで部屋に入れているから、その時点でいろいろアウトな気もするが、そこはもうどうしようもないことだから仕方がないとしよう。


 そして、すんなり家の中に入った舞子先生は、相も変わらず泣きながら、よろよろとリビングをにたどり着くと、フローリングの上でだらんと寝っ転がる幸子を見つけたのか舞子先生は大きな声を上げた。


「八舞さんどうしてあなたがここにいるのですか?」


 舞子先生は、そういいながら不思議そうに幸子の周りをくるくると回り歩いていた。


 まるで何かを発見した興味津々の犬のようで、少しかわいらしくも見えたが、幸子さんからしたらうっとしいほかにないと思えた。


「あれ、知り合いですか舞子先生?」

「えぇ、彼女はうちの学園の生徒ですよ、ねぇ八舞さん」


 そんな舞子先生の登場と、その一言に気づいた様子の幸子は突然立ち上がったかと思うと、「さようなら先生」と言ってお辞儀をした。


 そして、まるで逃げるように玄関を飛び出していった。


 先ほどまでの無気力な状態はどこへ行ったのやら、突然の機敏な動きに俺は驚き、玄関が閉まる音とともに、俺と舞子先生は顔を見合わせた。そんな状況に、先生もまた俺同様に驚いた様子を見せていた。


 すると、舞子先生はすぐに口を開いた。


「兵助君、一つ聞いてもいいですか?」

「はい、何ですか?」


「彼女はどうしてここに?」

「えっと、彼女を助けて、道案内してもらって、今に至るわけですけど」


「そうですか、しかし、あの八舞さんが兵助君をここまで案内ですか・・・・・・」

「はい」


 何やら意味ありげな言い方、まるで幸子が道案内なんてしてくれない面倒くさがりのような口ぶりだ・・・・・・いや、あり得るか。


「そうですか、そうですか、八舞が兵助君を、ふむふむ」

「それよりも先生、道案内するとか言って俺置いてどっか行くとかどうなんですか、もしかしてスパルタ教育とか言うやつですか?」


「はっ、違うんです、ついうっかりなんです」

「うっかり?」


 うっかりという言葉を口にすると同時に自らの頭を小突いて見せた舞子先生は、教師には見えなかった。


「うっかりで消えてもらったら困るんですけど」

「ごめんなさい」


「まぁ、ここにたどり着けたからいいですけど」

「そ、そうですね、じゃあ自宅の位置もわかったことですし、次は学校の案内をしましょうっ」


 まるで自らの失態をかき消すかのように、次なる提案をした舞子先生は汗だくだった。この調子だとまた失踪しかねない、そう思った俺はくぎを刺す意味も込めて一言言っておくことにした。


「あの舞子先生」

「なんですか?」

「今度は置いてけぼりにしないでください」


 疑いを含んだ目で舞子先生を見つめると、先生はどぎまぎとした様子で苦笑いした。この苦笑いが再び失踪するフラグではないことを祈るばかりだ。


「も、もちろんですよ、大丈夫ですよ、これでも一応教師なんですよぉ」

「教師?」


「な、なんですか兵助君、私はちゃんと教員免許を持っているんですよ、教員免許っ」

「免許ねぇ」


 なんだか、よくわからない意地を張り出した舞子先生は、鼻息荒く教員免許という言葉を連呼した。まぁ、教員免許を持っているだけいいことではあるが。とにかく、舞子先生もいろいろ大変なこともあるのだろうと思った俺は先生のことを許すことにした。

 

「信用します舞子先生、俺は舞子先生についていきますよ」

「も、もちろんですよ兵助君、先生についてきなさい」


 部屋を出ると、先ほどまで降っていたはずの雨がもうあとすら残らないほど乾ききっていて、視界には晴天が広がっていた。


 しかし、雨が降り太陽が照り付けたせいであたりはとてつもない湿気が支配していて気分はよくなかった。そして、それは舞子先生も感じているのかだらしない声を上げながら、だれた様子で俺の前を歩いていた・・・・・・やはり教師には見えない。


 蕾学園へと向かう途中、マンションのエレベーターがめちゃくちゃ早かったのと、今度は迷子にならないためと舞子先生が俺の手をつないでくるなど、何やら驚くことばかりが起こりつつ、俺はようやく目的地である蕾学園へとたどり着いた。


「つきました蕾学園です」


 蕾学園、それは大きな建物だった。俺が通っていた中学なんかよりもはるかに大きなその学校を前に、俺は開いた口が塞がらなかった。そして、なによりも俺には気になっていた事があった。


「す、すごいっすね」

「そうですよ、蕾学園は良い学園なんですよ」


「なんたってカラスがいないっすもんね」

「え?」


 そう、蕾学園は非常に日当たりがよく、きれいで、そして何よりカラスがいない。


 前に通っていた中学ではバカほどカラスが集まり、まるでカラスの巣窟ともよばれた中学だった事もあって、今目の前にある蕾学園はまるで天国のような場所に思えた。


「いや、カラスがいないんですよ、めちゃくちゃいい所じゃないですか」

「か、カラスですか?」


「はい、いや、そういえばここに来てからカラスとかあんまり見てないな、やっぱりガーデンっていうだけあってそういう害鳥とかはいないんですか?」

「カラスはいますよ兵助くん」


「え、どこに?」

「いえ、今はいませんけどここには普通にカラスはいますよ」


「そうなんですか、いやでも、学校にカラスがいないだけでこんなにも晴れやかな場所になるんですね、とても気分がいいですよ」

「あのぉ、兵助くんはいったいどんな学校に通っていたんですか?」


「いやぁ、もうあいつら人の食いもん奪ってきたり、糞を落としてきたりするんですよ、しかも何もしてないのに石ころ落としてきたり、その仕返しに石を投げ返したりすると、大群で仕返ししてきたり、もう大変ですよね?」

「同調を求められても困りますし、ずいぶんと大変な思いをされたんですね兵助くん」


「はい、けど、それに比べてここは最高ですよ、見るからに環境が良くて、いい所だってすぐにわかります」

「そうですか、まぁとりあえず、兵助くんはこれからはここで学園生活を送ることになります、新学期からよろしくお願いしますね」


「こんな場所なら喜んで授業を受けますよ」

「そ、そうですか、では私はこれで、学校が始まったらよろしくお願いしますね兵助君」

「・・・・・・・え?」


 まさか、こんなところで案内が終わってしまうものかと気の抜けた返事をすると、舞子先生は笑顔だったものの、額には汗をにじませ、そして小さく乾いた笑い声をもらしていた。


 かと思えば、突然何かを思い出したかのように手のひらを拳でポンと叩いた。もうわざとらしいを通り越し、俺に嫌がらせでもしているんじゃないかと思える行動に思わず顔が引きつった。


「あ、あー、えーっと私用事を思い出しちゃいましてぇ」

「用事?」

「本当ですよ、だって私先生ですから、いろいろやらなきゃいけないことがあるんです」


 あやしい、明らかに挙動がおかしいし、笑顔だってとてつもなくぎこちない。


 そして、彼女は尋常じゃなく汗をかいている。汗に関していえば基本属性ステータスなのかもしれないが、とにかく舞子先生は嘘をついているようにしか思えなかった。


「先生っ」


 俺は相手が先生とわかっていながらもすこし声を荒げると、彼女は体を跳ね上げおびえるような目で俺を見つめてきた。


「な、なんですかっ?」

「まさか、また俺を一人にするかもしれないと思って案内をやめるわけじゃないですよね?」


「にゃにいってるんですか、本当に用事なんです、先生は意外と忙しいんですよぉ」

「本当にそうなんですか」


「そ、そうですそうです、それでは入学式の日に会いましょう兵助くん、ではー」

「あっ」


 そういうと、何もないところで躓きつつ、舞子先生は一目散に学内へと入っていった。


 その後ろ姿がなんとも頼りなく、一体全体どうしてこんな人が俺の案内役として任命されたのかがとても気になった。

 しかし、こうなってしまえば、俺はもう一人でギフトガーデンを探索しなければならないという、なんとも時間のかかる行為にうつらなければならない。


 全く、せっかく世話人を用意してくれたのに全く使い物にならなかったな。今度四方教授にあったらもっといい人紹介してもらうように言っておいた方がいいだろうか?


 ただ、あくまでも平和的でかつ極論に導き出せない俺はというと、舞子先生の言っていることが本当だとしたら、先生という忙しい身分で学校まで案内してくれただけでもましであり、それに俺みたいなやつがこんなところに来れたっていう事も考えると、これはこれで実にいい身分なのかもしれないという結論に至った。


 そんな少しでも物事を良い方向へと考える癖がすっかり身についた俺は、蕾学園を後にすることにした。だが、その瞬間、俺の耳にどこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「兵助」


 目の前に現れたのは、まるで幽霊のように突如として現れた幸子だった。彼女は相変わらずけだるそうな様子で俺を見つめていた。


「幸子、いつの間にっ?」

「いつのまにも何も、ずっと一緒にいた」


「それはマジか?」

「マジ」


「い、いつから?」

「二人が家を出た時から、ちなみに私は兵助のお隣さん」


「お隣さん?」

「そう」


「な、なんで声かけてくれないんだよ」

「めんどい」


「めんどいって・・・・・」

「それよりも案内人、必要?」


「それも聞いてたのか?」

「もち」


「そうか、じゃあ、頼んでもいいか?」

「んまかせ」


 そういって幸子は少しだけ微笑んだ、まさに微笑という名にふさわしいものだ。人によってはわからないんじゃないかと思える、小さな感情変化を俺はわずかながらに感じ取った。


 まぁ、それはさておき、これまた都合よく案内してくれる人が現れてくれたのは助かった。


 いや、なんというかここにきてから彼女に世話になりっぱなしだ、それこそ、これを機にお礼でもしたほうがいいのかもしれない。


 何てことを思った瞬間、つい数分前にも経験したような雨が俺たちに振りかかってきた。


 突然の雨に、少しばかりの笑顔を見せてくれていたような彼女の顔が、一気に暗いものに変わってしまった。幸子さんは暗い表情の場合は、だれがどう見てもわかるくらい不幸そうな顔をするだけに、こんなにも人の表情落差を観ることがなかった俺は、彼女の二面相に笑いがこらえきれなくなった。 


 そして、またもや雨男が発動してしまったのかもしれないという事に呆れ、もはやどんな顔をしていいのかわからない状況の中、幸子さんは口を開いた。


「なにこれ?」


 幸子さんは雨に打たれ続けながら空を見上げていた。


 このときほどカメラを持っておけばよかったものだ、そう思えるほどの見事な被写体ぶりを披露した彼女は、水も滴るいい女だった。


「い、いやぁ、さっきもこんな感じだったんだよなぁ、降ったり止んだりで大変だなここは、ははは」

「違う、今日の天気はおかしい」


「そ、そうか、よくあることじゃないんのか?」

「ない、ガーデンの天気予報は絶対」


「へ、へぇ、みんなそう言うなぁ」

「間違いない、これは山賊の仕業・・・・・・」


 どうやらここの天気が必ず当たるというのは間違いないらしい、と、すれば俺が今日ここにやってきたこの日からそれはあてのならないただのポンコツ予報機になるかもしれないが、その辺は大丈夫なのだろうか?


 とにかく、再び起こったスコールから避難するように俺たちは再び蕾寮へと戻った。寮に戻ると、俺の玄関のお隣さんは八舞という表札が掲げられていた。

 そして、隣にいる幸子さんの顔が少しばかりどや顔をしているように思えたのは気のせいかもしれない。


 とにかく俺はこの濡れた体を温めるため、家に戻ってさっさとシャワーでも浴びることにした。町案内はまた雨が止んだ後にでもしてもらおう。


 それにしても、結局のところ、ここに来てからまるっきり物事が上手くいっていない、まぁ元より上手くいく人生など味わったことないのだから、俺という人生としては平常運転なのかもしれない、しかし、俺の心的には物事が穏便に、そしてうまく進んで欲しいのだ。


 そしたら今日だって舞子先生にギフトガーデンの案内をしてもらい、希望に満ちあふれたポジティブな始まりを迎えることが出来たかもしれない。

 それが、突然の雨に打たれて、迷子になって、チンピラ相手にして、町案内を放棄されて、そして再び雨に打たれる。もはや、何度考えたか忘れるほど、今のような状況を呪い、もの思いにふけっただろう。


 以前なら、ばあちゃんやエミリがこんな俺をひっぱたいたり馬鹿にして忘れさせてくれたが、これからは違う、俺は一人でこの不幸に立ち向かっていかなくちゃいけない。


 そう思ったらどうにも気分が落ち込んでしまいそうになった。


 だが、そんな不幸の中に現れた幸子さんという女性の登場が俺のネガティブな心を何とかポジティブに変えてくれていたような気がした。だからこそ、俺はこれからの生活を楽しく過ごしていくことに決めた。


『コンコン』


 そう、明るく楽しく平和的に物事を進める、そしたら暗いことを考える暇がなくなってそれはそれは楽しい・・・・・・


『コンコン』


 何の音だろうか、シャワーの音に紛れてまるで何かをノックしているかのような音がする。


 俺はすぐにシャワーを止めて音の所在を確かめるべく耳を澄ませた、しばらくの無音が続いた頃、突如として先ほどから聞こえている『コンコン』という音が聞こえてきた。そしてそれはバスルームの扉から聞こえてきており扉には人影のようなものがたっていた。

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