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ギフトガーデン  作者:
はじまり
2/18

未知案内1

 入国検査という名の脳力診断テストも終わり、俺と四方教授は、ギフトガーデンの入り口らしき場所に立っていた。

 遠くには、大都市の風景が見えていたが、今いる場所はそんな大都会とはかけ離れた殺風景で何もない場所であり、どこか密入国でもしているかのような感覚になった。


 そんな疑問渦巻く最中、俺の隣では四方教授がしきりに時計を気にした様子を見せており、苛々と拍子をとっていた。

 まるで誰かを待っているかのような教授をじっと見つめていると、俺の視線に気付いたのか、にっこり微笑みかけてきた。


 つくづく感情表現が上手な人だ、研究者と言ったらもっとクールな人だったり、陰気だったり、はたまた狂った人ばかりかと思っていたが、この人はそういう人たちとはかなり違うようだ。


「どうかした?」

「いや、誰か待ってるのかなと思いまして」


「あぁ、うん、あなたの世話役を待っているんだけど、全然来ないの」

「世話役?」


 もしやメイドさんみたいな人が俺の面倒を見てくれたりするのだろうか?


「といっても、メイドさんのような可憐なものじゃなくて、ただのパシリよ」

「あ、あぁ、パシリですか」


「ん、その様子だとメイドさんが欲しかった?」

「いや、別にそんなことは一言も」


 そう、一言も言っていないが頭の端っこではそんな人が来ないものかと思っていたのが、どうしてこの人に見透かされたのだろうか、もしやこの人もまたギフテッドの特別な力の持ち主だったりするのだろうか?


「うーん、まぁ、兵助君が欲しいっていうならメイドをつけてもいいけど、どうする?」

「いや、いらないですって、一人のほうが気が楽ですよ」


「そう、あなたにならつけてもかまわないとは思うけど、まぁメイドについてはまた考えとくわ」

「あの、別にいらないですし考えなくていいですから」


「そう、じゃあ一人暮らしね」

「はい、気が楽です」


「寂しくなったら連絡してね、いつでも遊びに行くから」

「今日あったばかりの人にそんなこと言えるわけないじゃないですか」


「ざーんねん、遊びに行きたかったなぁ兵助君の家」

「からかわないでください、っていうか俺はこれからどういう生活をしていけばいいんですか?」


「それは、これから来るパシリが教えてくれるわ、そして私は本気よ」

「・・・・・・」


 本気、何が本気なのかはできる限り考えない方向にしないといけないだろう。


「うふふ、じゃあいつでも連絡してね兵助君、研究キットと一緒にあなたの家に伺います」

「んなっ、それってやっぱり、俺を解剖するつもりとかそういう魂胆ですか?」

「ふふふ、どうでしょー」


 恐ろしい発言だ、そんな恐怖を抱生きつつ、三月にも関わらず季節外れの暑さを表現するアスファルトはゆらゆらと揺れていた。

 そんな中、俺と四方教授は汗をかきながら数十分も待つという、さながらサウナの我慢対決のような状況でたたずんでいた。


 すると、遠くの方から一人の人が手を振りながら俺たちのもとへとやってきた。


 待ち人来たりといった様子で四方教授は安堵の表情を見せた。そして、やってきた人はスーツ姿でポニーテールを尻尾のように振り乱し走ってきた。

 おそらく女性と思われるその人は、走りつかれたのかふらふらとした様子で俺たちのもとへとたどり着いた。すると、その人がたどり着いたところで四方教授は一目散にそのスーツの女性に詰め寄った。


「先生、遅いっ」


 どうやら待ち合わせていた人で間違いないのか、四方教授はポニーテールの女性を「先生」と呼び、たしなめるかのように声をあげた。

 四方教授の声に、まるで反応しないポニーテールの女性は息を切らしながら膝に手をついており、息を整えること数秒、ポニーテールの女性はようやく顔を上げた。


「す、すみませぇん、少し道に迷ってしまいまして本当にすみませんでした四方教授」

「またですね先生、いい加減ここに慣れなさいといっているでしょう」


「す、すみませぇん」

「謝ればいいってものじゃないの、これで何度目だと思ってるのっ?」


 そうして説教タイムが始まったところで、俺は仲裁もかねてようやく現れた先生のことについて尋ねてみることにした。


「あの、四方教授」

「何?」


「この人は?」

「あぁ、彼女はね」


 今まさに、四方教授が説明を始めるところにポニーテールの女性が、まるで「待てっ」と言わんばかりに手を突き出してきた。

 そんな、突然の行動に四方教授は驚いた様子をみせていたが、すぐにためいきをついて「やれやれ」といった様子で首を横に振った。


 そして、手を突き出したポニーテールの女性はようやく息を整え終えたのか、胸に当てていたもう片方の手をおろしてゆっくりと体を起こした。銀縁眼鏡にパッチリおめめ、四方先生が美人だとすれば、この人は可愛いというところだろう。


「私は、舞子まいこ 花子はなこと申します、職業は教師をやっています、よろしくおねがいしますっ」


 元気よく自己紹介した舞子先生はきりっとした表情でそういった。


 遅刻しておいて、よくもまぁそんなことが言えるものだ思っていると、舞子先生は突然俺に駆け寄り握手してきた。


 湿りに湿って水分を感じられるほど濡れた手で握手された俺は思わずその手を離そうとしたのだがそれを舞子先生が許してはくれず、がっちりとつかんだ状態を維持させられた。


「あ、あはは」


 そんな、状況の中、思わず笑いを漏らすと舞子先生は不思議そうに俺を見つめてきた。どうやら自分がとんでもない量の手汗をかいているのに気づいていないようだ、いや、それとも何も考えていないのだろうか?


「どうしたんですか兵助君?」

「いえ、何にもないですよ舞子先生」


「そうですか」

「は、はい・・・・・・」


 そうしたところで舞子先生はようやく俺の手を離した。


 このびしょびしょに濡れた手をズボンで吹きつつ、あとは照り付ける太陽で乾かしてもらうことにした。


 太陽に手をかざすと、手のひらに残った水滴がきらきらと輝いてきれいだったが、それは舞子先生の汗、これをきれいだと言ってしまう自分自身の感性に驚きだが、そんなことはどうでもよく、そういえば舞子先生が俺の名前を知っていたこと少しだけ疑問を感じた。


「あれ、そういえば、舞子先生はなんで俺の名前知ってるんですか?」

「もちろん知っているに決まってるじゃないですか兵助君」

「どうしてですか?」


 なんて質問しておいてなんだが、俺はなんとなくこの先の言葉がわかるような気がした。


 しかし、そんなネガティブが許されるわけもなく、すぐさま脳内では事前に名前を聞いていたとか、そんな普通の妄想が広がった。

 そう、絶対に「後天性ギフテッド」だからだとかいうまるで奇人変人を珍しがるような理由でないことを願う。


「それはもう、世にも珍しい後天性ギフテッドだと聞いていますからね」


 どうやら、もう俺は後天性ギフテッドという呼称からは逃れることはできないようだ。


「その呼び方はどうなんでしょう・・・・・・」

「ふふん、なめてもらっちゃ困りますよ兵助君、私は何でも知っているんですよ」


 そんなどや顔の舞子教諭の頭を四方教授がポンと書類で叩いた。すると舞子先生はその衝撃で眼鏡をずりおとした。


「あてっ」

「こら、教師であるあなたがそのような態度でどうするんですか、教師たるもの、もう少し礼節をわきまえて、子どもたちの模範となるような行動をとりなさい」


「あぅっ、すみません」

「わかればよろしい」

「は、はいぃ」


 どうやら四方教授には弱い様子の舞子教諭はしゅんとした様子をみせると、ずり落ちた眼鏡姿のまま俺に頭を下げて「ごめんなさい」と言ってきた。そして四方教授は、手に持っている書類を舞子教諭に手渡した。


「これは何ですか四方教授?」

「彼の資料よ、大切にしなさい」


 俺の資料とは、なんだかこれはいよいよ俺という存在が常軌を逸した者だといわんばかりのイベントであるが、ぜひとも、その資料というやつを俺にも見せてはくれないのだろうか?そして、書かれているかはわからないがおそらく書かれているだろう「後天性ギフテッド」という記載を塗りつぶしたいところだ。


「わ、わかりました四方教授、舞子花子、責任をもって大切にいたします」

「えぇ、じゃあ、兵助くんの事よろしくお願いしますよ、先生」


「はい、舞子花子、責任をもって兵助君のご案内をします」

「はいはい、それじゃあ兵助くんまた、ギフトガーデンを楽しんでね」


 楽しんでという言葉を残して四方教授は手を振りながらその場を離れていった。残された俺と舞子先生はというと、しばらく四方教授を見送った後、互いに見つめ合った。


 すると、舞子先生はようやくずり落ちていた眼鏡をあげてにこりと笑った。妙にこわばった笑顔に見えるような気がするが、舞子先生も俺の様な初対面の人間相手に多少は緊張をしているのだろうか?


「それでは兵助くん、行きましょうか」

「はい」


 そういわれるがまま俺は舞子教諭についていった。この炎天下のでただただ歩くという状況の中、俺はちょっとした疑問を舞子先生にぶつけてみることにした。


「ところで先生、これからどこに行くんですか?」

「そうですね、まずは兵助君拠点となる蕾寮に向かいたいと思います、兵助君には今日からそこで生活してもらうことになります」


「それは重要ですね」

「はい、家は重要ですよね」


「蕾寮ね」

「はい、あ、これが一応ギフトガーデンの地図ですから、良かったら参考にしてください」


 そうして舞子先生は俺に一枚の地図を渡してきた。世界で最も進んだ場所だってのに、地図とは。


 ただ、地図なんてまともに見たことなかった俺には、この細かな線やら文字やらが多く書かれた地図を読み解くことができそうになかった。


「あ、どうも、それで、その場所っていうのはここからどれくらいかかるんですか?」

「そうですね、30分くらいですね」


「30分も歩くんですか?」

「はい、歩かないとだめですよ、健康に悪いです」


「そうですか、じゃあ、もうひとつ質問いいですか?」

「はい、なんでも聞いてください」


「このギフトガーデンってのは、どれくらいの人が住んでるんですか?」

「それは難しい質問ですね」


「え?」

「ですが、これだけは言えますギフテッドと呼ばれる超能力を持っている方たちはざっと一万人はいます、そして、兵助君が来たことによりさらに一人増えた形になりますね」


「い、一万人も超能力者がいるんですかっ?」

「ふふ、兵助君さっきから驚いてばかりですね」


「あ、すみませんあまりにも驚愕の事実ばかりで、つい・・・・・・」

「ちなみに、ギフテッドといっても皆が皆強い能力を持っているわけじゃありません、A~Fの間でランク付けされ、ガーデン内ではそのランクに応じた住み分けが行われています」


「ランク付けなんてされるんですか」

「はい、まぁ、詳しいことは学校が始まってから詳しく教えますので、それまで楽しみにしていてください」


「そうですか、あの、ちなみに俺はどのランクになるんですか?」

「あぁ、えっと、さっき四方ちゃんにいただいた資料ですと」


「四方ちゃん?」

「はっ、四方教授にいただいた資料によりますと兵助くんは・・・・・・」


 舞子教諭は持っている資料に目を移し、そしてすぐに顔をあげた。その顔は笑顔であり、俺は少なからず自らのランク付けに期待した。


 何しろ後天性ギフテッドとかいう特別な存在みたいな言われ方をしているものだから、さぞ優秀なランク付けが行われるのだろう。

 そうだな、おそらくだが天上天下唯我独尊で魑魅魍魎たちも恐れおののく、完全無欠で一騎当千な能力を与えてくれていることだろう。


「えーっと、Fランクですね」


 ・・・・・・今、何かが聞こえたような気がした。



 そう、それはまるで小バエのような小さな虫が耳元を通り過ぎたかのような、そんなしょぼい何かが聞こえてきた。


「え、何ですって?」

「兵助君はFランクですよ」


 なぜか満面の笑みで言う舞子先生は、にこにこと微笑みながら俺の肩に手を置いてきた。それはまるで俺を慰めるかのようなものに思えた。

 だが、ネガティブにものを考えたくない俺は、わずかに聞こえた「エ」という音に「エフ」ではなく「エイ」というポジティブ変換を試みることにした。


「え、Aランク?」

「Fです」


 間髪入れずに現実をたたきつけてくる舞子先生、なるほど、こういうところはさすが教師といったところか。


「Fランク・・・・・・」

「はい、一番下のランクですね」


 別に期待していたわけじゃないが、後天性ギフテッドとか突然変異だとかさんざん言われておいて、いざ能力者ランクを測ったら一番下のランクとか、こんなもんただの拷問だ。


 そう思いながら相変わらず笑顔の舞子先生をみつめていると、彼女はその顔を崩すことはなかった。ただショックを感じているとはいえ、俺みたいなやつが超能力者認定受けただけでもましなのかもしれない、そうだ前のところにいた時と比べれば俺は実に恵まれた状況なのだ、そう思い俺は納得するよう自己暗示をかけた。


 いわば、俺はよくある漫画やアニメのような世界に入ることが出来たのだ。それだけでも十分すぎるし、後はこの世界でどう生きていくかだ。それに裏を返せば最底辺にいるのならあとは上がることしかないのだからいくらでも盛り返すことはできる。今はFかもしれないが、あっという間に上がっていけるだろう。


「ま、まぁでも訓練次第で何とかなるとかそんな感じですよね舞子先生」

「そうですよ、訓練次第ではCランクでもBランクでもなれますから、兵助君ぜひとも頑張ってくださいっ」


 舞子先生はまるで応援してくれているかのように両手でガッツポーズを作った。でも、そうしたところでAランクにもなれますよといわないあたり、俺のランクは相当絶望的なもののようだ。


「そ、そうですよね、超能力者には変わりないですもんね」

「はい、その通りですギフテッドの皆さんは素敵な方たちばかりですっ」


「で、ですよねぇ」

「はい、それじゃあパパッと目的地へ急ぎましょうっ」


 なんてポジティブに意気込んだのもつかの間、先ほどまで晴れていたはずのこの場所にまるでスコールのような雨が降り始めた。おそらく神様がこの暑すぎる今日という日に嫌気がさしたのだろう。

 なんてことを考えつつ俺は空を見上げた、さっきまで晴れていたにもかかわらずこの分厚い雲と降り注ぐ雨、見慣れた光景だ。


 だが、そんな俺とは裏腹に隣にいた舞子先生はというとそれはもうあたふたとしていた。


「え、えーーーっ、どうしてなんですか、今日は100パーセント晴れだって報告してたのに」

「そうなんですか」


「そうですよ、おかしいです、異常気象ですっ」

「でも、天気予報なんてのは百パーセント当たるとは限らないじゃないですか、これくらいは普通じゃないですか?」


「いいえ、ここの天気予報が外れた事はほとんどありませんよ、だからこその異常気象なんです」

「へ、へぇ」


「もしかすると、何者かの介入によるものかもしれませんね」

「何者かの介入?」

「はい、海賊、山賊、盗賊、義賊などなど、思い当たる集団は数多存在しますっ」


 いつの時代の話をしているのわからないが、まぁ何者かの介入っていうのならそれなら俺にも心当たりはある。

 もしも、この雨が舞子先生の言う通り何者かの介入によるものだとしたら、それは俺のものである確率が非常に高い、なぜなら俺は雨男だからだ。


 雨男なんて、何を馬鹿なことをと思うやつが居るかもしれない、だが物心がついたころから、俺がどこかに行けばまるで雨雲を引き連れて来たのかと思われるほど高確率で雨が降り、風神雷神でも憑いているんじゃないかと思われるほど異常気象を引き起こす大雨風男と言われてきた。


 それこそ、なにか大事な日だとかイベントがある日なんかは特にその能力を発揮する。これはもう他称されてもいるし、自称することもできるほどのものであり、俺はそのたびうんざりしている。だから、もしもこれが異常気象なのだとしたらそれは俺のせいといえるかもしれない


 そして、その不思議な力は今この瞬間に発動されている様子であり、俺と舞子先生はすぐさま雨宿りのできる場所を探すことにした。


 運の良いことに、たまたまにぎわい見せる市街地のほうまで来ていたので、簡単に雨宿りが出いそうな場所を発見した俺はすぐにそこに走りこんだ。周囲の人たちもみな傘など持っておらず、突然の雨に苦い顔ばかりが目立っていた。


 どうやら舞子先生の言っていたことはあながち間違っていないようだ。


「いやー、大変でしたね先生」


 取り合えず雨宿りが出来たので、俺はそんなことを言ってみたが隣に舞子先生の姿はなく、見ず知らずのおっさんが何を言っているんだとでも言いたげな顔で俺を見つめてすぐに視線を逸らした。

 無我夢中で雨宿りしたものだから、先生のことなど気にも留めてなかったが、どうやら俺は先生とはぐれてしまったようだ。


 あたりを見渡しても舞子先生の姿はなく、近くにいたのだから先生の姿も簡単に見つけられると思った俺は、付近であまやどりしている人たちの中から舞子先生を探してみる事にした。だが、彼女の姿は一向に見つからなかった。


 不安と疑念の中、舞子先生の姿を探し続けること数分、あれほど猛烈にふっていた雨は突然終わりを告げた。そして、まるでさっきまでの雨が嘘だったかのように雨雲は晴れ、太陽がさんさん照り付けるという気まぐれ天候具合を見せつけてきた。そして、そんな異常気象に、周囲の人々もみな口々に文句を言いながら雨宿りをやめて動き始めた。


 だが、俺はそんな流れに任せて動くことができなかった。言わずもがな俺はここに来たばかりの右も左もわからぬ奴だ。だからこんなところで動こうものなら余計に面倒になることくらいは心得ている。だからこそここは舞子先生が俺を見つけてくれる事を願うばかりだ。


 そんな思いを胸に数十分、いつまで待っても現れない先生に、ついに嫌気がさした俺は一人ぼっちで舞子先生を探す旅に出ることにした。人が行き交う中、俺は適当にほっつきまわっていると、ふと通りかかった路地が気になった。


 賑わい見せる歩道が光だとしたら、この路地は闇だ、薄暗くまるで俺を引き込むかのように怪しい陰をくっきりと見せつけてきた。


 決して何かあるわけでもなく、ただ暗がりの道がつづいているのだが、俺はなぜかそこに舞子先生がいそうな気がした。そして、俺はいつの間にか路地裏に引き寄せられてしまった。路地裏をしばらく歩くこと数秒、さっきまで自分自身の足音や、むき出しの室外機から鳴り響く音に混ざって、ちょっとした笑い声のようなものが聞こえてきた。


 時間が時間ならこんな笑い声は恐怖でしかないが、残念なことに現在は真昼間、笑い声くらいじゃそうそう驚きはしない、そんな徐々に近づいていく笑い声のもとへと歩み寄ると、そこにはまるで何かを取り囲んでいるかのような人の集団があった。しかもそれらは学校の制服のようなものを着込んでいた。


 俺はそんな集団に近寄り、何を取り囲んでいるものかとのぞいて見ることにした。


 しかし、そんなとき俺の足元では突如としてカンカラコンという空き缶を蹴り飛ばしたかのような音が鳴り響いた。足元に目をやるとそこには予想通り空き缶が転がっており、コンクリートの上でまるでだだっ子のようにごろごろと転がっていた。


 そうして、やってしまったと思いつつ顔を上げると、先ほどまで背中をむけていた集団は一斉に俺を見つめていた。皆イカツイ顔をしたチンピラさんたちのようで、俺はすかさず笑顔を作った。


「あ、えっと、すみません」


 これから始まる新生活を前に面倒ごとなどあってたまるものかと、適当な言葉を言って立ち去ろうとしていると、どこからともなく「助けてー」という叫び声が聞こえてきた。

 その声に俺はすぐさま集団に目を向けると、奴らは焦った様子を見せながらまるで何かを隠すかのように人と人との間を狭めた。


「おい、なんだ今の声」


 思いがけずに聞こえてきた、女性の叫び声。その声に、俺はたまらず声を荒げると、集団はみなキョロキョロと目を動かしていた。


 間違いなく何かを隠している。そして聞こえてきた叫び声、俺は体の中から熱くたぎるものがあふれてきた。そしてそんな怪しい集団の一人が突如前に出てきて声をあげた。


「あ、あぁん、お前には関係ないだろどっかいけやっ」


 がらがらとした声でそう叫んだチンピラさん一号は俺に歩み寄ってきた。


「いや、今完全に女の叫び声が聞こえた、おまえら何してんだ?」

「か、関係ないっつってんだろ、失せろよチンピラっ」


「ち、チンピラ?」

「どう見てもチンピラだろうがっ」


「お、俺はこう見えても心優しい一般人だぞ、だからこそ今の悲鳴はほっとけないんだよ、っていうかお前のほうがチンピラだろ、そんなモヒカン今時いないぞっ」

「う、うるせぇ、何が心優しい一般人だヒーロー気取ってんじゃねぇチンピラ」


「だからそういうわけにはいかねぇって言っただろ、後、俺はチンピラじゃねぇ」

「うっせーよ、どっかいけっつってんだろ」


「いや、叫び声が聞こえたって言っただろが、しかも助けてとかいう女の声、ほっとけねぇ」

「うるせぇ、痛い目にあいたくなきゃどっか行けって言ってんだろ」


 そういうとチンピラはじりじりと俺に近寄ってきた。そしてチンピラの拳はぎゅっと握りしめられており、今にも殴り掛かってきそうだった。


「あ、いや、暴力はダメだ穏便にいこう、別に喧嘩がしたいわけじゃない」

「あぁん、どこのどいつかは知らねぇが、俺達には向かったらどうなるかってのをおしえてやらねぇとなぁっ」


 そういって、思い切り殴りかかってこようとするチンピラ。


 その拳を俺はかがんでよけた、すると、勢い余ったのか、チンピラは俺の背中に体をのっかってきた。


「お、おわっ」


 そんな状況に、俺はすかさず体を起こし、柔道の一本背負いのようにチンピラの体を浮かせた。そしてそのまま優しく地面にたたきつけた。


 地面にたたきつけられたチンピラは、衝撃で呼吸もままならないのか、苦しそうにうめき声をあげながらもがいた後、力尽きた。


 まさか何もしなくても柔道の技ができると思わなかった俺は、こみあげてきた笑いを少し吐き出した。


「ふふっ」


 そうして少し笑っていると、何やらざわざわとうるさい声が聞こえてきた。それらは「合気道だ」とか「合気道をやってやがる」とか「合気道に違いねぇっ」などという三段活用まがいの言葉を連呼していた。


 俺はそんなざわめきに目を向けると、その瞬間、先ほどまでいかつい顔をしていたチンピラどもが顔を青ざめていた。そして「合気道にはかなわねぇっ」などという捨て台詞をはいたかと思うと、一目散に逃げて行ってしまった。


 簡単に逃げて行ってくれたチンピラどもを見届けた後、一人取り残され、ペタンと座り込んでいるパーカー姿の人のもとへと駆け寄った。

 よく見るとブレザーにスカートという女子学生と思われる姿、そして口には棒付き飴を加えているようで、カラコロと音が聞こえてきた。


 そんな女子学生は、なにも喋ることなく、ただただ防犯ブザーのようなものを抜き差ししていた。そして抜き差しするたびに女性の声で「タスケテー」という悲鳴が鳴り響かせていた。


 なるほど、ここではそんな防犯ブザーも開発されているのかとギフトガーデンの謎技術に感心した。しかし、感心したところで俺は本文である寮探しの旅を再開すべく、目の前の女子学生を適当にあしらうことにした。


「あ、えっと、こんなところにいるとまた変な奴に絡まれるから気をつけて、じゃあ」


 そう言って適当に立ち去ろうとしたのだが、どういうわけか彼女は俺の手を握ってきた。エミリならまだしもほとんど女性経験のない俺にとって、この行動というものは非常に新鮮であり、それと同時に恐怖でもあった。


 それにより、俺は条件反射的にその手を振り払った。


「なぁっ」


 若干裏返ってしまった声でそういうと、女子学生は俺を見つめて何度か瞬きして見せた。


 それは、まるでモールス信号でも送っているかと思えるほどの回数とタイミングであり、俺は少し戸惑った。

 ただモールス信号なんてわかりもしない俺は、ようやく顔を見せた端整な顔立ちの美少女に、しばし見とれた。しかしこの美少女、顔色が悪くおまけに無表情だ。


 まぁ、さっきまであれだけの人数のチンピラに囲まれていたのだから顔が青ざめているのかもしれない、そう思いながら彼女を見つめていると、その人は突然口を開いた。


「ありがとう」


 細く息のかかった弱々しい声、しかし確実に俺の耳に届いた彼女の声は、どことなく心地の良いものに聞こえた。


「え、あぁ、よくあることだから」

「よくある?」


「い、いや、なんでもない、それじゃ俺はこれで」

「どこかに行くの?」


「え?」

「地図を片手に困り顔」


 困っているのはあなたに手を握られたからですよとは言えず、苦笑いしながら女子生徒と距離をとった。が、彼女はすぐに距離を縮めてきた。


「えっと、実はここの案内してもらってたところなんだけど、案内人がいなくなってしまって」

「ここに来るのは初めて?」


「あぁ、地図はあるんだけどわかんなくて」

「見せて」


 そういうと助けた女子学生が駆け寄って来て地図を覗き込んできた。


 その距離にして数センチ、今日は女性とよく顔を近づけるものだ、そう思うと不思議と顔が熱くなって心臓が高鳴り始めた。

 これは今までにない初めての反応だ。エミリでも四方教授でも感じた事のない初めての感覚、そんな不思議な感覚に、俺はしばし女子学生を見つめていると、まるでその視線に気づいたかのように女子学生が見つめ返してきた。


「い、いや、なんでもない」

「どこに行きたいの?」


 唐突に投げかけられた質問は俺の願いを見事にかなえてくれそうな言葉だった。


「え?」

「どこに行くの?」


「あ、えっと、蕾寮」

「蕾寮?」


「はい」

「わかった、連れてってあげる」


「え?」

「私は蕾寮にすんでる、だから寮の案内をできる」


 思わぬ救世主の登場に俺はたまらず鳥肌が立った。


 しかし寮の案内をできるとなると、先輩になるのだろうか、いや、それにしては制服があまりにもきれいすぎる。そう、まるでおろしたてのようなものあり、どうにも一年間着続けたものとは思えない。


「そりゃ助かるけど、本当にいいのか?」

「私も助けてもらったからお返し」


「なるほど」

「うん、ついてきて」

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