お目覚めですか?
目を覚ますと、目の前には見知らぬ部屋が広がっていた。無機質で薄暗い部屋の中で何の音もすることなく、まるで夢の中にいるようなそんなふわふわとした奇妙な感覚、そんな状況の中で俺はもう一つ気味の悪いことに気が付いた。
そう、それは手足が全く動かせないことだ。金縛りにでもあったのかと手足を眺めると、そこには拘束具がついていた。これは夢だろうか?はたまた空繰とか言うやつにかかわってしまったからこんなことになっているのだろうか?
とにかく、理解不能な事態の中寝起きの頭を覚まそうとぼーっとしていると、ふと何者かのあしおとが近づいてくるのを感じた。それはコツコツとこぎみ良い音を立てながら近づいてくると、俺の背後でその音はやんだ。気持ちの悪い汗がにじみだし、鼓動が高鳴る中、突如として大声が響き渡った。
「兵助君っ!!」
なぜか俺の名前を呼ぶ女性らしき声。そして現れる白衣をまとった女性の姿。そう、声の主は四方教授だった。彼女は怖い顔しながら腕を組み仁王立ちで俺の前の前に立ちはだかった。
「兵助君、聞いてるの?」
「は、はい、なんですか、っていうかどうして四方教授が?」
そう、確か俺は空繰関連の騒動を解決して並や哲心と平和なスクールライフを送ると決めて布団に入ったはず、それなのにここはどう見ても俺の部屋でもなければ俺が知っている場所でもない、そして目の前には四方教授がいる。
「私がここにいる理由なんてのはどうでもいいんです、それよりも兵助君、聞いた話によると、特別授業をさぼって町中をほっつきまわってるという話を聞きましたが、それは本当ですか?」
「え、えーっと」
「本当ですかと聞いているんですよ」
「は、はい本当です」
もはや尋問に近い何かを受けている俺はなんとなく機嫌が悪い様子の四方教授を前に下手にふるまうべきではないと直感で理解した。
「どうしてほっつき歩いて回ってたんですか?」
「それは、その色々と事情がありましてですね」
「事情ね、じゃあその事情とやらを話してもらえるかしら」
「え?」
「事情、聴かせてくれる?」
「あの、その」
「あら、話せない事情でもあったの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「じゃあ話しなさい」
「いや、でもなんかおっかなくて話しづらいというかなんというか」
「何がおっかないの兵助君っ」
「いや、教授がっ」
「私が?何?おっかないって何よっ」
「な、なんでもありませんっ」
鬼、その名にふさわしい気迫と貫禄、研究者に思われる格好をした人がいったいどこでそんな気迫を身に付けたのだろう。そんなことを思いながら四方教授を見つめていると、彼女はあきれた様子でため息を一つ漏らした。
「もういいです、私からあなたに尋問します」
「え?」
「ここ最近、兵助君はアクセサリーショップに入り浸り、友達と町中を散歩している姿が目撃されています、これは本当ですか?」
「え、なんでっ」
「これは本当ですか?」
「よ、よくご存じでいらっしゃいますね四方教授」
「もちろんです、こう見えてもガーデンで教授をしていますし、それに何よりも舞子先生からより詳しくあなたの事について聞いています」
「舞子先生から?」
「そうよ、さぁこっちに来なさい舞子先生」
現れたのは、ハンカチで目元をおさえた様子を見せる舞子先生だった。本当に泣いているかはわからないがとにかく泣いている様子の舞子先生は鼻をぐずぐずさせていた。
「大丈夫よ舞子先生、あなたは悪くない」
「は、はい」
「悪いけど、兵助君について話してくれるかしら?」
「はい、私は真面目に必死に教鞭をふるっていたんです、何とか兵助君の助けになるように、一日でも早く兵助君がここに慣れてもらえるようにと、寝る間も惜しんで補修の事を考えてたんです。でも、その結果がこうなってしまった事に、私は非常に残念な思い出いっぱいです」
「舞子先生・・・・・・」
「可愛そうに、見てごらんなさい兵助君、あなたのために頑張っていた舞子先生は非常に悲しんでいます、この責任、どうとるつもり?」
「いや、その、本当にすみませんでした」
「なんでも、理由も告げずに全くの無断でさぼったそうじゃない」
「あ、はい、そうです」
「この責任は重いわよ、分かってるのかしらっ」
「す、すみません」
「さっきから、ただただ謝ってばかりね兵助君」
いや、本当なら土下座でもしようかと思ったが、拘束されているがゆえに頭を下げるしかないのだからどうしようもない。
「すみません、でもこうすることしかできないんで」
「ねぇ、兵助君もう少し考えて物を話すべきよ、すみませんとか、ごめんなさいとか、そんなありきたりな言葉ばかり使っていては謝罪なんてものにはならないわよ、もう少し相手を思いやってそれなりの言葉を言ってみるとかでいないの?」
圧倒的に俺が悪い状況の中、確かに一辺倒な謝罪ばかりであることを見抜かれてしまったのか、四方教授はものすごく冷たい目で俺を見てきた。こんな時、頭が良ければいろんな言葉が出てきてそれなりん謝罪やらなんやらが思いつくのだが、俺にはそんな頭はない、だが頭に染み付いた最適な謝罪の言葉なら簡単に思いつく。
そう、それは「なんでもする」という魔法の言葉だ、これを使えばどんだけ怒られててもひとまずなんを逃れることができる。そうして俺はその言葉を誠心誠意心を込めて口にすることにした。
「何でもしますから許してくださいっ」
「・・・・・・」
俺は今日一番の大声で声を出し、頭を下げた。どうかこの謝罪が目の前にいる鬼のごとき教授のこころにひびいてくれることを願う。そう思いしばし頭を下げていると、しばらく沈黙が続いていることに気付いた。そんな沈黙にすぐさま顔を上げると、そこには不気味なほど笑顔の四方教授と舞子先生がいた。何をそんなに笑うことがあるのだろう、嫌な予感がごぼごぼと湧き上がってくる中、舞子先生はポケットから何かを取り出した。
「舞子先生、ちゃんととれてる?」
「とれてる?なんですかとれてるって」
「兵助君は黙ってなさいっ」
「は、はい」
「それで?」
「バッチシです」
舞子先生は取り出した機械のような何かをいじると俺の声で「何でもします」という言葉がそっくりそのままリピートされていた。どうやら俺の言葉を録音されていたようでこれを使って何かやらせようとしているようだ。
「証拠ゲットね、というわけで、今からあなたの体を隅から隅まで調べさせてもらうわね」
「な、なんですか調べるって、あれ、なんか体が勝手に上を向いて」
突如として聞こえてくる機械音と共に俺の視界は上を向いていった。そして俺はあおむけの状態になり、わけもわからずボーっとしていると、四方教授が顔をのぞかせてきた。
「実はそれ、椅子にもなる解剖台だったの」
「解剖台っ?」
「そうよ、座ったまま解剖するときに使うわ」
「な、なんですかそれ、解剖とかやめてくださいよ」
「大丈夫よ、兵助君を解剖しようってんじゃないわ、私はただあなたの体の仕組みが知りたくて仕方がないのよ」
「そんな、俺は普通の人間ですよ、調べても何も面白くないですよ」
「あらあら何言ってるの、普通の人間がギフテッド判定なんてされるわけないでしょ」
「あ、あはは」
「大丈夫お金なら出すわ、そういう決まりだもの」
「な、なにいってるんですか、早く家に帰してくださいっ」
「ダメよ、何でもするって言ったじゃなぁい」
「そ、それは」
言葉が詰まったとき、再び俺の「何でもしますからっ」という声が聞こえてきた。そして 笑顔で何度も再生する舞子先生の姿があり、それが恐怖でしかなかった。
「いや、その」
「何でもするんでしょ?」
「でも、それは」
「責任、取らない気なの?」
「いや、だから」
俺は何をされるかわからない状況の中たまらず抵抗すると、遠くの方で俺の「何でもしますからっ」という声が聞こえてきた。そして優しい顔で俺をのぞき込んでくる四方教授、人の笑顔というものがこれほど怖いものだと感じたのは今日が初めてだ。
「男なら、責任とれるわよね兵助君、ねぇ」
「は、はい」
「はい決まり、じっとしててね兵助君」
むしろじっとしかできない状況の中、俺の体は四方教授に隅から隅まで調べられるという苦痛時間の過ごした。これじゃまるで宇宙人にさらわれたかのような気分だ。いや、あながち間違ってはいない表現かもしれない。もはや心を無にすることでしかこの状況に耐えられず、俺はただただ天井を見上げながら早く事が済まされるように願った。
そうして何分、何時間がたっただろうか?とにかくボーっとしていると、突然拘束具が外れて、俺は自由の身になった。哲心も俺が手錠を外してやったときこんな気分だったのだろうかと、自由に動く体を動かしながら、自由の素晴らしさを噛み締めていると、四方教授が話しかけてきた。
「ふぃー、やっぱり不思議ねあなたの体」
「そんなもん人体ってのはもともと不思議なもんなんですよ、ほら、どっかそんな感じの展示会とかやってるし」
「いやいや、そういうことじゃなくて、突然変異型ギフテッドであるあなたの体が興味深いってことよ、まるでUMAや宇宙人の解剖でもしてる気分よ」
「宇宙人解剖したことあるんですか」
「ないわよ、あるわけないじゃない」
「だったら」
「そんな気分だってことよ」
「そうですか」
「えぇ」
「じゃあ、俺はもう帰っていいですか」
「あぁー、まってまって兵助君」
「なんですか、俺は今狂った科学者に解剖されてナーバスなんですよ?」
「とんでもない口ぶりね、失礼よ兵助君」
「で、なんですか?」
「兵助君、これからはいき過ぎた行動は控えること、分かりました?」
「何のことですか?」
「言わなきゃわかりませんか?」
「え、あの、その、分かります」
「いいえ分かってないっ」
「えぇっ?」
「いいですか兵助君、あなたは特別なギフテッドなんです、それがやたらめったら問題を起こしていては困るんですっ、しかも今回の件はあの空繰とかいう無法者集団を相手にしたそうじゃない」
「は、はい」
「ギフトガーデンにきて早々こんな問題に首を突っ込むなんて・・・・・・もう少しちゃんと見とくべきだったわね」
「え?」
「いいですか、しばらくは絶対に問題を起こさず、真面目に舞子先生の授業を受けることに専念しなさい、分かりましたか?」
「はい」
「本当にわかったの?」
「わ、わかりました、ちゃんと授業受けます」
「分かればよろしい」
「はい」
「絶対に、自分から面倒ごとに首を突っ込まないこと、これを肝に銘じなさい」
「分かりました」
「では、早く学校に行きなさい、外でお友達も待ってます」
「学校?友達?」
学校というのはなんとなくわかるが、友達がまってるというのがよくわからない、友達といえば並や哲心の事だろうか?いや、そうだとしたらなんでその二人が外で待ってるんだ?っていうか、俺はどうやってこんなところまで運ばれたんだろう。そんなことを考えながら研究所らしき場所を後にしていると、ふと誰かに声をかけられた。
「兵助」
「うわっ」
物思いにふけりながら歩いていただけに、驚きのあまり声を上げながらその声に目を向けると、そこには幸子が立っていた。制服を着た幸子は相変わらずの無表情で、棒付き飴をなめていた。
「さ、幸子?」
「うん」
「友達ってお前の事かぁ」
「不満?」
「い、いや、不満じゃないけどさ、なんで幸子がここにいるんだよ?」
「兵助と一緒に学校行こうと思って」
「学校、あぁ学校にね」
「どうしたの、まだ寝ぼけてる?」
「あぁ、寝ぼけてるね、それに怖い夢も見た」
「怖い夢?」
「あぁ、白衣を着た女性に解剖される夢をちょっと」
「ひどい夢、私なら学校に行きたくなくなる」
「だろう、今そんな気分なんだ」
「じゃあ休む?」
「いや、それをすると夢が現実になりそうだから行く」
「何それ」
「何でもいいんだよ、とにかく学校に行くか」
「うん」
ちょうど制服姿であることに今更気づいたのと、なぜか幸子が俺のカバンを持ってきてくれていたことにどうにも納得できないまま登校していると、ふと幸子が口を開いた。
「兵助」
「ん、なんだ?」
「兵助、ぼろぼろだった」
「あ、あぁ包帯とかの事か?」
「そう、どうしたの?」
「いや、まぁちょっとしたことがあってな」
「教えて」
「いや、言うほどでもないし、ほら体はぴんぴんだ」
そうして体が大丈夫だってことを披露してみたが幸子はじっと俺を見つめて離さなかった。
「教えて」
「いや、だから」
「普通の学生なら登校中は雑談しながら登校するもの、それなのに兵助はどうして無言でただ歩き続けるの?」
「え、あ、そう、そうだよな普通の高校生なら雑談しながら登校するもんだよな」
そうだった、今まで誰かと登校なんてしたことなかったから普通に無言を貫いてた。けど今は違う隣には幸子がいて俺は普通の高校生としてのふるまいを覚えなければならない、そうしなければまた解剖まがいのことされてしまう。
「実はな、空繰っていうやつらが俺の友達を誘拐しやがったんだよ」
「友達、兵助友達できたの?」
「あぁ、並っていうバンダナ巻いたチャラチャラした奴と、いつも本持ち歩いてる哲心っていう友達ができたんだ、二人ともいいやつなんだけどちょっとずれてるっていうか、危なっかしいというか、まぁでも本当いいやつだと」
「ふぅん」
「まぁ、そんだけだけどな」
「へぇ、でも友達は友達」
「そうだな」
「ねぇ兵助」
「なんだ?」
「私は友達?」
「え?」
なんだか妙に俺の眼を見てそう話しかけてくる幸子に少しだけ気味の悪さを感じていると、幸子は俺との距離を詰めてきた。
「私は友達?」
「あ、当り前だろ、幸子はここにきて初めての友達じゃねぇか、まさか初めて会った時のこと覚えてないわけないだろ?」
「忘れてない」
「おまけに俺の部屋に入り浸ってさ、ごはんとか一緒に食ったりさ、とにかくこんなことしてる俺たちが友達以外の何者だって話だろ?」
「それもそう」
「そもそも、どうして幸子はそんなに俺といてくれるんだよ」
「兵助はなんかほっとけないっていうか、そばにいてあげたくなる」
「俺のそばに?」
「そう」
どっちかってそのセリフは俺から幸子に送ってやりたい。こんなぼーっとした 美少女、ほっといたらどんな男に連れ去られるかわかったもんじゃない、それこそここが俺の元板場所に比べれば平和そうに見えるが、それでもこないだの哲心誘拐事件を見るに、そんなことが絶対に無いとは言い切れない、Gなんてものもここにはいるみたいだが、まるで役に立っていないように見える。
あるいはFランクにはGすらもあまり対応してくれないとかそういうのがあったりするのだろうか?
まぁ、とにかく、幸子は俺から見ても十分危なっかしい、それこそ並や哲心なんかよりもはるかに危険を感じる。だから俺なんかより幸子の方が十分危険にさらされるように思える、なんといっても幸子も俺とおなじFランクってのもかなりの問題となってるはずだ。
「あのな、幸子それはこっちのセリフだぞ」
「どういうこと?」
「お前はちょっと警戒心がなさすぎるんだよ」
「え、そんなことない」
「あるっ、お前は俺みたいなあってまもないやつと仲良くしすぎ、これはめちゃくちゃやばい」
「でも、それは兵助が助けてくれたり、おいしいご飯食べさせてくれたりするから仲良くしたくなる」
「そこが危ないんだよ、優しくされたり、おいしいもん食べさせてもらった時が一番危ないんだよ、だから幸子はもう少し警戒心をもってだな・・・・・・」
「兵助は私にひどいことするつもりなの?」
「え、いや、しないけど」
「じゃあ、仲良くしてもいくない?」
「いくある・・・・・・じゃなくて」
「それに誰彼かまわず信用しない」
「え?」
「兵助は信頼できる、だって兵助は今日を迎えるこの日まで、私に変なこと何もしてこないし」
「へ、変なことって、そんなことするわけないだろっ」
「それに、兵助いい人だし」
「べつにいい人でもねぇよ」
「感覚でわかる、兵助はいい人」
「なんでそう思うんだよ」
「だって私みたいな女と仲良くしてくれるから」
「は?」
「私みたいな女、だれも相手にしない、でも兵助は私とこうして一緒に歩いて、一緒に話してくれる、兵助がいないときは私はいつも一人」
その言葉で俺は幸子が教室で一人で授業を受けているという事実を思い出した。そういえば、幸子はたった一人で授業を受けていて、学校にいてもめったに姿を見かけない、それこそ舞子先生との補修をするときくらいにしか顔を合わせないし、帰宅したらいつも俺の部屋にいるくらいだ。
「な、なんだよそれ、お前だったら誰とでも仲良くなれると思うんだけどな・・・・・・」
「それは無理、私には兵助しかいない」
そういった幸子の顔はどこかいつもより暗く見えた。そして俺はというと、幸子が基本的に一人でいたことしか見たことないことを思い出し、幸子にもいろいろと難しい問題を抱えているのかもしれないと思い、なんとなく幸子に強く当たれなかった。
「そうか、なら仕方ないな」
「仕方ない」
「まぁ、幸子がそれでいいってんならそれでいいか」
「いい」
「でも、たまには幸子も俺に料理食わせてくれよな」
「え?」
「ほら、幸子と出会ってから俺がずっと幸子に飯作ってるだろ、たまには幸子に作ってもらいたいっていうか、幸子も料理くらいできるだろ?」
「あ、うん、たぶん」
「だから、いつでもいいから飯作ってくれ、俺の友達一号」
「友達一号?」
「俺の初めての友達ってことだよ」
「初めての友達」
「あぁ」
「わ、私の友達一号も兵助」
「ん、そっかじゃあ一号同士だな」
「う、うん」
「いやぁ、楽しみだな幸子の料理」
「うん、じゃあ今日作るから期待してて」
「え、今日?」
「今日、だから早く帰ってきて」
「あ、あぁ」
そうして、唐突に幸子に料理を作ってもらう約束をした俺は、隣で歩く幸子を見た。やはり無表情であるには変わらないが、足取りがどこか楽しげになっているような気がした。
 




