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ギフトガーデン  作者:
フランクイェーガー編
10/18

EVESILVER

 哲心を介抱した翌日、俺は哲心がいるという2組を訪れていた。


 2組のクラスでは俺のことをじろじろと見てくる視線と、ひそひそと噂する声ばかりだったが、そんなものにも怖気ず、哲心のためあらばと、ここにはせ参じた所存である。

 

 そうして、2組のクラスを眺めていると、たった一人で席に座る哲心の姿があり、彼はつまらなさそな顔をおしながら本を読んでいた。


 そんな多くの人間に囲まれた中にいる哲心を見ていると、確かに女子からの人気が高いのもうなづける美男子ぶりで、どことなくクラスメートたちとは一味違うオーラをまとっているように思えた。


 こんな奴がまさか町中を歩き回りガラの悪いやつらとひと悶着もふた悶着もやってるなんてことは到底思われないだろう、それこそ俺みたいなやつは別としてあいつにはこんなこと向いているようには思えない。


 なんてことを思いながらまるで芸能人か何かのような哲心のもとへと向かうと、哲心は俺に気づきでもしたのか、突然顔を上げて俺を見上げてきた。

 キョトンとした顔で、メガネを上げる哲心は今までのきのひきしまった顔とは違い、気の抜けたかわいらしい顔をしていた。


「よぉ、哲心」

「兵助?」


「おはよう哲心」

「あぁ、おはよう・・・・・・じゃなくてっ」


「なんだ引きつった顔して、気分でも悪いのか哲心?」

「そうじゃない、どうして君がここにいるんだ?」


「いや、ここは学校だし俺はいるだろ」

「そうじゃない、どうして君が僕のクラスに来ているかということを言っているんだ」


「それはあれだ、お前と話したいから」

「話?」


「何の話だい?」

「空く・・・・・・」


 空繰、そう言おうとしたのだが哲心が俺の口をふさいできた。そして、いそいそと俺をの手を引いて廊下へと連れ出してきた。哲心の手からは本特有の心地よい匂いがしており、そんな匂いはすぐに引きはがされて、今度は俺に顔を張り付けるつもりかと思うほど顔を寄せてきた。


「君はなんて事を言うんだっ」


 ひそひそ声でそんなことを言う哲心はいつになく焦っているように思えた。


「なんて事って、空繰のことについて語りあおうかと思って」

「あんな場所で、そんな話をしたらダメなことくらいわからないのか君はっ」


「どうして?」

「どうしてって、空繰はいつどこにいるかもわからない集団なんだよ、もしもあの場所に構成員でもいたら僕はもちろん君にまで大きな被害が出るんだ」


「なるほど」

「なるほどって、君はつくづくのんきだな、そんなんじゃ空繰に狙われるのも時間の問題だよ」


「悪い、でも心配するなよ哲心」

「え?」


「俺も、もしその空繰ってやつに襲われたらお前と一緒だろ」

「な、なにを言ってるんだ、意味が分からないっ」


「わかるさ、一緒ってなんかいいだろ?」

「なんなんだとつぜんっ」


「で、空繰のことについてなんだけどさ」

「何が聞きたいんだ?」


「次はいつ特攻しに行くんだ?」

「どうしてそんなことを言わなくちゃいけないんだい」


「いや、だってまたぶっ倒れるかもしれないから、介抱しようかと思って」

「誰も頼んでいないし、もう君に迷惑かけるつもりもない」


「そういわずに、なぁ教えてくれてもいいだろ」

「・・・・・まぁ、話くらいならしてあげなくもないけど、何かあっても知らないぞ?」


「大丈夫だ、逃げ足には自信がある」

「全く、その能天気な頭はどうやって形成されたんだろうね」


「能天気?」

「そうさ、普通空繰の話なんて聞きたくないものだよ、しかも僕たちのようなFランクならなおさらね、まぁ君が変わってるのは、とっくにわかってることだし、今はとにかく空繰の話をしようか」


「あぁ」

「実は今日、空繰の中心人物に会いに行くつもりなのさ」


「あれ、もうそんなクライマックスなのか?」

「クライマックスも何もないさ、ただこのあたりを占めてる奴に会いに行くって話さ、何も空繰の根源を潰しに行けるわけじゃない」


「へぇー、それって誰なんだ?」

猪臥いぶし 吟子ぎんこというやつだ」


「猪臥吟子、女か?」

「あぁ、奴はCランカーでF地区のとある店を営業しているそうだ」


「Cランクって、めちゃくちゃ強いんじゃないのか?」

「そうだな、少なくとも僕たちが絶対にかなう相手じゃない」


「行くのか?」

「もちろんさ」


「大丈夫か?」

「なんだい、今更心配かい?」


「いや、まぁ」

「悪いけど止めても意味がないからね、僕は何が何でも猪臥吟子のもとに行って、奴を見せしめの一人にする」


「い、いや止めるっていうか、チンピラにぼこぼこにされてるお前が、Cランクなんてものに挑んだらとんでもないことになりそうだなって思ったんだが」

「・・・・・・か、関係ない、たとえ相手が高ランカーであろうと僕は行く」


「あぁ、そう」

「そうさ」


「良しじゃあ行くか」

「あぁ・・・・・・って、どうして君がついてくるんだ」


「だって哲心がぶっ倒れたらだれが助けるんだよ」

「別に僕は一人でいい」


「いいじゃないか、別にこそこそ潜入するわけでもないんだからひとりよりも 二人のほうがいいと思うけどな」

「好きにすればいい、僕は君を助ける力はないからもしもしもの時は全力で逃げることだね」

「あぁ」


 学校も終わり、今日もまた哲心に付き合うため舞子先生の授業をすっぽかし、哲心とともにF地区とやらを歩き回っていた。


「そういえば哲心」

「なんだい?」


「F地区ってなんだ?」

「・・・・・・君はどうしてそんなにとぼけるんだ、ここにすんでたらそれくらいのことわかるだろ」


「いや、今更だけど俺は最近ここにきたばっかりで何も知らないんだよ」

「最近ここに来た?」


「あぁ、だからF地区って何なんだろうと思ってさ」

「・・・・・・君は本当におかしなやつだな」


「おかしくない、どうしてお前らは俺を見るたびにおかしいおかしい言ってくるんだよ」

「別に悪い意味じゃないさ、そうか、ここに来たのはつい最近なのか、ははっ」


「何がおかしいんだよ」

「いや、いいよ、少し説明してあげよう」

「あぁ」


 そうして、何故か楽しそうに話し始める哲心の話によると、ここギフトガーデンはランクごとに地区分けされているらしい、そして俺たちFランクが拠点とするのはF地区であり、ガーデンの中でも最も進んだ町らしい、ギフテッドの能力は低いが町は一番発展しており、娯楽やサービスが高水準、まさに矛盾とはこのこととは思うが、どうにも治安維持にはこれくらいが ちょうどいいと言われているらしい。


 しかし、それによってF地区というものはあらゆるランカーが集まるまさに激戦区、Fランクの人間なんてものは自らのランク名が入っているにもかかわらず、外を出歩けない状態、それを哲心は嫌な顔一つせず語っていた。


 そしてF地区以外にも特徴的なのがA地区らしく、研究、教育、開発といったギフトガーデンを支える三つの巨塔が立ち並んだ場所であり、ギフトガーデンの核であるという。


 なんだかむずかしいはなしだったが、研究機関っていうのがシンボルギフトの研究、それからランク付けなどを行っているらしく、実質ガーデンのトップ機関ということ、そして 教育機関というのはシンボルギフトの使い方から一般教養と、俺がいたところと何ら変わらぬもの。そして開発期間というのがシンボルギフトをいろんなものに応用するらしく、ガーデン内のあらゆるところにその恩恵が見られるようだ。

 

 そして、そんなガーデン内トップに拠点を置くAランカーたちは、まさに別次元の生き物らしい。それこそAランカーより下のランクは団栗の背比べなんて言われ方もされているくらいらしいが、実際はそうでもないらしい。


 ちなみに、A地区というのはF地区に比べれば研究機関やらなんやらの施設ばかりで面白みのない場所であり、セキュリティーも厳重なためそうやすやすと入れる場所じゃないらしい。つまるところそれぞれのランクごとに特徴ある地区に分かれているらしいのだが、ガーデン内でさえそんな区切りがされているものなのかと少々生きにくい場所だと俺は思わず嫌になって学ランの第三ボタンを外した。


 そして、そんな話をしている間にもどうやら哲心の目的にたどり着いたようだった。哲心が立ち止まり見上げる看板には「EVESILVER」とだけ書かれておりなんだかおしゃれな雰囲気漂う店だった。その店を前にして哲心は少し緊張した面持ちで一つ深呼吸をしたかと思うと意を決したように入店していった。


 店の中は少し薄暗く、ガラスケースがいくつも並ぶいかにもアクセサリーショップらしい店内だった。そしてそんな店の中にあるカウンター、そこに店員らしき女性の姿があり、哲心はそんな彼女のもとへと歩み寄った。


「いらっしゃい、しゃい」 

「悪いが僕は客じゃない、お前に用がある」


 どうやら導入もくそもないようでいきなり本題に入る哲心は距離感がままならないのか、女性店員にやたらと近寄っていた。そしてその距離感に女性店員はすかさず後ずさった。


「私に用?なんだ、だ?」

「なんだじゃない、これ以上お前達の悪事を許すわけにはいかない、ここでおとなしくやられてもらうぞ猪臥吟子っ」


 どうやら彼女が猪臥吟子らしい、確かに妖艶な雰囲気漂う大人な女性っぽい女性。しかし、どことなく幼い感じがするというか、薄いメイクとぷにぷにとした張りのあるほっぺがなんだか大人を判断するのを邪魔しているように思えた。


 まぁ、そんなことはさておき、まるでヒーローの決め台詞のような言葉を発した哲心、そして、その言葉に店内は少しだけ無音が続いた。だが、すぐさま猪臥吟子は口を開いた。


「な、何の話だ私は何も悪いことをしていない、ない」

「いいや、お前がここいら一帯のFランク狩りを指示していることはわかっている」


「い、意味が分からない、ない」

「とぼけるなっ」


「とぼけてない、ない」

「・・・・・・」


「とぼけてない、ない」

「おい猪臥吟子」


「なんだ、んだ?」

「なぜ語尾を二回言う」


「こっ、これは癖っ、そう癖・・・・・・」

「癖?」


「そう、そう」

「まぁいい、ところで猪臥吟子「空繰」という名に聞き覚えはあるよな」


「空繰、あぁ聞いたことある、ある」

「じゃあ、僕がここに来た理由もわかっているだろう」


「それはわからない、ない」

「なら教えてやろう・・・・・・君は空繰の構成員であり幹部だ、だからこの場でその面つぶさせてもらう」


「違う、それは違うっ」

「違わない、ここに多数の空繰が出入りしているのは調査済みだ」


 そうして哲心は身構えた。今にも飛び出していきそうなその細い体はどこか頼りなさげだが、その気は実に充実しているように思えた。ただそれとは 対照的に猪臥吟子はというと収支無表情で淡白に哲心の質問に答えていた。いくら 哲心だからといってこれほど まくしたてられたら普通の女性ならすこしはおびえたりするものだが、どうにもいぶしぎんこは そんなようすを みせなかった 。


 そんな態度が、確かに哲心の言う通り空繰の幹部だとしてもおかしくない様子であり、俺も哲心同様、猪臥吟子の出方に緊張した。


「何をするつもりだっだ」

「何をって、僕たちは空繰に悩まされているからね、一早くその苦しみから解放されるために行動しようと思っているだけさ」


「何を言っている、る」

「とぼけるのはもういい、とっとと終わらせよう」


「・・・・・・」

「どうした猪臥」


 突如黙り込んだいぶしぎんこは しばらく考え込んだような魔を開けたかと思うと勢いよくそのかおをあげた。振り上げられた髪の毛がまるで歌舞伎のワンシーンのように舞い踊り、そして先ほどまでとは違う良くしまった顔つきをみせてきた。


「ま、待てって」

「なんだ?」


「こう見えても私はCランクだ、お客さんが束になったところで敵う相手じゃない、それくらいはわかるだろう、Fランクの先輩、ぱい」

「なんだ、脅しか?」


「脅し、だから早く帰ってもらえると嬉しい、しい」

「そうはいかないな、何しろ君はFランク狩りに加担しているのだからな」


「そんなことはしていない、ないっ」

「さっきから全く会話が成立しないな、もういいさっさと終わらせよう」


 これはいったいどちらが悪いのだろうか?いや、間違いなく哲心が暴走しているだけだろう、そう思った俺は今にも飛び出していきそうな哲心の腕をつかんだ。腕をつかんだところで完全に獲物を狩る体制に入っている哲心はただひたすら猪臥吟子を見つめていた。


「おい哲心」

「なんだ兵助、邪魔をするな」


「いや、もう少し落ち着いて話し合えよ」

「落ち着く?そんな必要はない、なんたって目の前のやつは今にも俺をどうにかしようとしている目をしている、こんな状況で落ち着いていられるものか」


 どうやらむこうも話し合いでは解決しないと判断したのか、猪臥吟子とやらは完全に臨戦態勢へと移行しているように思えた。いや、移行している。


 それは彼女の目を見ればわかった、まるですべてを悟り、感情をなくすことでこれから始まる戦いに備える目をしている。


「話が通じないなら仕方がない、ない」

「あぁ、ようやく正体を現したか猪臥吟子」


「シンボルはシルバー、銀を生み出し銀を操るもの、お客さんには悪いが出て行ってもらう」

「これはこれは、ご丁寧に自己紹介までしてくれるのかい」


 そんな自己紹介が終えた猪臥吟子はなにやらむずかしそうな顔をし始めたかと思うと、彼女はどこからともなくその手に銀色に輝くサーベルを生み出して見せた。それもただのサーベルではなく妙に装飾が施されたおしゃれなサーベルに、彼女のこだわりが少しだけ垣間見えた。


 しかし、そんなびっくりするような力を前に俺は心臓がばくばくと跳ね上がり、しまいには猪臥吟子に駆け寄っていた。


「お、おい、そんなもん持ってたら銃刀法違反で捕まっちまうぞ」

「え、あ、捕まる、る?」


「そうだよ、知ってるだろ銃刀法違反」

「知ってる、だが今はお客さんたちに出て行ってもらいたくて」


 まるで痴話話、しかし、俺にとってはこんなものを持ち歩くということがどれほど面倒なことくらいかはわかっている、だからこそこんな普通の女の子がこんな物騒なものを持っているのがどうしても許せなかった。しかしそんな俺の講堂がてつしんのげきりんにふれたようで、店内には俺の名をよぶこえが 響き渡った。


「兵助っ」

「う、うわ、なんだよ哲心?」


「なんだじゃない兵助、今はそんなことはどうでもいいんだ、邪魔をしないでくれっ」

「どうでもよくねーよ、あいつらいきなり持ち物検査とかしてきて、すぐに警察に連れてこうとするんだぞ、ほら早くそれをどこかにしまえって猪臥の姉さん」


「何の話をしてるんだ、黙っていてくれっ」

「いや、でも」


「いいからっ」

「あ、はい・・・・・・」


 自分でも嫌な思い出を変に掘り返してしまったと反省しながらとぼとぼとも解いた場所へと戻っていると、猪臥吟子が何やら物思いにふけった様子でサーベルをなでていた。


「なるほど銃刀法違反か」

「あぁ、それはまずい、せめて鞘がないと・・・・・・」


「黙っててくれ兵助っ」

「は、はい」

「そうか、しかし私にはこういう事もできる、キル」


 そういうと、猪臥吟子はサーベルをかわいがるかのようになで始めた。するとサーベルはみるみるうちのその形状を変化させ、最終的にそれは大きな鋏となり果てた。


「お客さん、バラバラにされたくなかったらさっさとこの場から立ち去ることだ、だ」

「そういうわけにはいかない、僕はお前たちをつぶすまであきらめるわけにはいかないんだ」


 そんな意気込みはよかった。俺もも邪魔する気はなかったし、鋏なら俺も安心して観戦できる。


 そうして始まろうとしている哲心と猪臥吟子の一騎打ち、猪臥吟子は堂々と鋏をもち、始哲心はというといつもの分厚い本を一つ、圧倒的戦力差であるが哲心は凛とした様子でひるむことなく身構えており彼はとてつもなく頼りがいがあるように見えた。


 以前のように何かしらの情報を得ていてそれを用いて相手を動揺させた後、すきをついて攻撃するのかと思いながらなかなかに進まない戦況を眺めていると、突如として哲心が猪臥吟子に襲い掛かろうとしていた。


 どうやら今回はまやかしは用意されておらず、狭い店内で哲心は猪臥吟子にトレードマークともいえる本でなぐりかかった。 しかし、その攻撃は猪臥吟子の大きなハサミによって防がれ、あろうことか持っていた本は宙に舞いながら「バサッ」という、ちんけな音を立てて床に落ちた。哲心は自慢の武器を失った衝撃だろうか、しばらく制止しており、そんな哲心に猪臥吟子は大きな鋏で頭を小突いた。


 今度は「ゴンッ」と鈍い音が店内に鳴り響き、哲心は頭を押さえながら痛そうに床を転げまわった。なんとも情けなく弱々しい姿に、俺はすぐさま哲心を抱えて猪臥吟子と距離をとった。


「哲心ってあんまり強くないよな」

「い、言うな、これでも頑張ってる方なんだ、くそ、なんて重たい一撃なんだ猪臥吟子っ」


 これには猪臥吟子もあきれ顔、もちろん俺もあきれ顔、しかし哲心だけは真剣な表情でこの闘いを真剣に行っている。


「どうだ、もう帰れ、れ」

「いやだ、帰るものか、お前を倒すまでっ」


 もはや子供のわがまま、俺はそんな哲心を置いて猪臥吟子に話しかけてみることにした。


「あのさ、猪臥の吟子だっけ」

「そうだ、だ」


「あんたは空繰なのか?」

「違う、うー」


「でも、聞いた話だとここには空繰の構成員が多く出入りしているんだろ?」

「あ、あれは、あいつらが俺の作るアクセサリーを好んで買いに来ているだけ、け」


「あー、なるほど」

「確かに、空繰のことについての話も聞いたし、勧誘の話も合った。だが、そんな野蛮なことに興味はないし、一人でアクセサリー作ってる方が楽しい、だから断ったった」


「そうか、じゃあ空繰とは何ら関係ないってことだ」

「そう、私とあいつらはただの商売相手、それ以上でもそれ以下でもない、ない」


「だってよ哲心」

「・・・・・・くっ」


 哲心は興奮冷めやらぬ様子でその握った拳を緩めようとしなかった。それどころか、うまくいかなかった腹いせだろうか、貧乏ゆすりをし始めた。まぁ結果的に哲心が焦って強行に走ってしまったが故のものだったのだろう。やっぱりこいつは少し心配な奴だ。


「哲心、少し熱くなりすぎだ」

「・・・・・・」


 俺の言葉が通じているのか通じていないのかわからないが、哲心はおもむろに立ち上がり頭をかきむしった。


「おい、大丈夫か哲心」

「あぁ、大丈夫さ・・・・・・うん、頭を冷やすことにする、悪かったな猪臥銀子、あと兵助も」

「気にするな」


 哲心は落ち着きを取り戻したのか冷静にそういった。すると猪臥吟子も状況の静まりを感じたのか、その大きな鋏を椅子に変えた。そして疲れ切った様子でその椅子に座り込んだ。何とも奇妙な光景だがこれがここに住むギフテッドやらの能力なのだとしたらそれはもう、今まで生きてきた世界が馬鹿らしく思える程のものだ。

 

「じゃあ、僕はもう行くよ」

「ちょ、ちょっと待てって」


 ここで慌てた様子で猪臥吟子が哲心を呼び止めた。


「なんだい、まさか商売の邪魔をしたからって金をまき上げようってんじゃないだろうね?」

「ち、違う・・・・・・さっきから気になっていたんだが、お前本屋哲心なのか、か?」


「そうだけど?」

「なら、これから外を出歩くときは気を付けたほうがいい、いい」


「なんの脅しだい?そんなことを言ったら君は本当に空繰の構成員にしか見えなくなってきたよ、僕は今すぐにでもひと暴れしたっていいんだよ」

「ち、違う、ここの来る客がお前の話ばかりしていた、それも物騒な内容ばかりだったった」


「それで?」

「冗談じゃない、怖い顔したお客さんたちは本気だったった」


「・・・・・・忠告ありがとう、邪魔したね猪臥吟子、僕は外で待ってるよ兵助」

「あぁ」


 そういうと、哲心はふらふらと店を出て行ってしまった。残された俺はというと迷惑をかけたこともあってか少しだけ店内に残ることにした。


「なんか、悪いことしたな猪臥の姉さん」

「いやいい、気にするな・・・・・・それよりお客さんはいくつだ、だ?」


「俺、15だけど」

「そうか、こう見えても私は中学2年生だ、だ」


「え、年下っ?」

「そうだ、だからお姉さんではない、ない」


「そうか、最近の子は発育がいいんだな」

「そうか、か?」


「そうだよ、しかしあんたがいいやつでよかった、あのままハサミでぶった切られるかと思ってたからひやひやしてた」

「本気でやろうとは思ってない・・・・・・あと、私のことは吟子でいい、いい」


「吟子?」

「あぁ、親が付けてくれた大切な名前だ、だから名前で呼んでほしい、しい」


「・・・・・・そうか、吟子がいいやつでよかった」

「そうでもない、ない」


「ちなみにだが、この店じゃこういうことが頻繁だったりするのか?さっきの様子からして初めてのことには思えない」

「やってる商売柄、そういうたぐいの人間が多くてな、危ない目にもあったことがある。だが、この力のおかげで何とかやっていけてる、てる」


「シンボルギフトか」

「そうだ、だ」


「しかしシンボルギフテッドってのはすごいな、もしかしてあれでアクセサリーとか作ってんのか?」

「あぁ、あぁ」

「へぇー」


 俺はそんな、奇想天外摩訶不思議な能力を使いこなすギフテッドの商品を見ていると、そのどれもが精巧に作られたものばかりであり、しかもオリジナリティあふれるデザインのものばかりだった。


 値段もそれほど高くなく、皆お手頃のものばかりだったが頻繁に客の出入りがあるのか、いくつかのアクセサリーが売れた形跡が見られた。ただ、アクセサリーというだけあってそれもこれもおしゃれなデザインばかりでどうにも俺の趣味とは相いれないものばかりだった。そう思ったら俺はふとなんてことないことを思った。


「なぁ、吟子これって頼んだらオーダーメイドとか出来るのか?」

「できるぞ、何か作ってほしいのか、か?」


 「作ってほしいのか?」といった彼女はどこかうれしそうな顔をした。そのに笑顔は先ほどまでの凛とした表情ではなく年相応のやわらかく、かわいらしいものだった。


「いや、猫がないなと思ってな」

「猫、猫というとあの動物の猫のことか?か?」


「そうそう、俺は猫が好きなんだ、よかったら作ってくれないか?」

「あ、う、えーっとっと」


「どうした?」

「猫でいいんだな、な?」


「あぁそうだけど」

「わ、わかったった」

「?」


 そういうと、店の奥の方へと入って行ってしまった。それからは吟子が再び戻ってくることはなく、俺は暇つぶしがてら店内を散策したり、さっき吟子が鋏から変形させて椅子にしたものを詳しく調べたりとぼーっと過ごしたりしていると、何やら騒がしい物音とともに吟子が戻ってきた。その顔はこの店に来て初めて拝むことのできた吟子の楽しそうな笑顔だった。


「お待たせっせ」

「おぉ、もうできたのかっ」


「す、すまない、いつもより時間がかかったった」

「そうなのか?」


「そう、気に入ってくれると嬉しい、しい」

「そうか、どれ・・・・・・」


 そうして見せてくれたのは、何ともいびつな形の猫だった。そんな奇妙な形の猫を前に、俺は思わず口角が上がり笑いがこみあげてきた。


 それは、決していびつな形を笑うものではなく、なぜかわからないが、不細工な猫がたまらずかわいく見えてしまったからだ。そんな世界に一つしかないであろう猫のような形をしたネックレスに俺はもうたまらず抱きしめたくなった。


「ははっ、いいセンスしてるじゃないか吟子、めちゃくちゃかわいいぞ」

「そ、そうか、か?」


「あぁ、これ買うよ、いくらだ?」

「いい、いい」


「え?」

「もらってくれ、くれ」


「でもっ」

「いい、褒めてくおれい、れい」


「そうか、じゃあもらうよ、悪いな吟子」

「構わない、その代わりまた来てくれ、その時はもっと種類を増やしておく、くっ」


「はは、そうか、じゃあまた来るよ吟子、今度はちゃんと買いに来るよ、今日やらかした礼も込めてな」

「あ、あぁこれからもよろしくお客さん、さん」

「あぁ」


 店を出ると待っているといっていたはずの哲心の姿はなく、外は夕焼け空になっていた。空を見上げるといつもならカラスが飛んでいるはずだったが、ガーデンの空にはなんだかよくわからない飛行物体しか浮かんでおらず、生き物の姿がやはり感じられなかった。


 まるで人間だけが住まう土地、そのいびつな環境に思える世界に俺は少しさみしさを感じつつ、俺を置いてどこかに行った哲心を気にしつつ吟子に作ってもらった猫のネックレスを付けて自宅に戻った。

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