前編
06:「貴方に会えて、本当に良かった」(嘘じゃないのよ、これだけは)
私の言葉は嘘ばかり。そう言ったのは、貴方だったわね。
否定はしないわ。私は嘘ばかりついていた。
だけど、仕方ないじゃない?
私が正直に心の内を言ったって、誰も幸せになんかならないわ。
だから私は嘘をつくの。皆が幸せになれる嘘を。
■■ 嘘月姫の真実 ■■
「栄転よね、おめでとう、と言うべきかしら? 貴方もようやく私のお守りから解放ね? 嬉しいでしょう?」
そう言ってうふふ、と笑えば向かいに座った相手の顔が、さも嫌なものでも見たかのように見る間に歪んだ。
「嫌味ですか」
「失礼ね、祝福してあげているのよ、素直に喜べば良いじゃないの」
これでも一応深窓の令嬢なのよ? 世間的には守ってあげたくなるようなお嬢様、って言われてるのよ?
ついでに言うなら、私の家はあなたの主筋よね?
だけど貴方はずっと一緒にいた気安さで言いたいことを言ってくれるの。
「姫に祝福されても裏があるようにしか思えませんよ」
ほらね?
私が小さな頃からずっと傍にいた貴方は、私の護衛で、お守り役。
昔っから遠慮もなくて、お互いぽんぽんと言いたいことを言い合う仲。要は不思議と気が合ったのよね。
姫、って呼んでても他がそんな風だから、私だってこう返すのよ?
「貴方って、本当に失礼ね!」
――こんなこと、貴方にしか言わないって、貴方は知らないでしょう?
「遠くに行くの?」
ずっと私の傍にいたけれど、貴方が騎士になる夢を持っていたのは知っている。
それを私の父が後援していたことも、知らないと思ったら大間違いよ?
そして貴方は、周囲の期待を裏切ることなく、自分の夢を叶えて騎士になった。
まあ、まだ正式ではないけれど、夢を叶えたことには違いないと思ってる。
だから祝福してるのよ、本当に。
「国境ですからね、遠いです」
私の住む街から遠く離れた場所が、最初の任地だったとしても。
「あら、国内ならそれほどでもないんじゃなくて?」
そこが、この街からすら出たことのない私には、文字通り、想像もつかないような場所だからこそ。
「そりゃまあ確かに、外地よりは近いですけど」
いっそ、その方が良かったと、思わずにはいられないのにね。
ずっと傍にいたと言っても、最近は少しばかり疎遠になっていた。
私も一応年頃の、かつ、令嬢である以上、護衛役なんかと親しくするわけにはいかないのよね。
例え納得のいかない現実だとしても、つけ入れられる隙を作るわけにはいかないのだもの。
揶揄だとしても、貴方が『姫』って、呼んでくれる令嬢でいるためには、ね。
そういう意味での面倒さも手伝って、ここ数年家に引きこもりがちになってたのは実際都合が良かった、とも言える。
屋敷の外に出ると、どうしても護衛と顔を合わせる機会が多くなるし、距離も近くなってしまうでしょう?
貴方と顔を突き合わせた状態で、『深窓のご令嬢』の猫を被るのは、ちょっと私には難しすぎるもの。
勿論、引きこもりがちになったのは面倒さばかりが理由じゃないのだけれど。
貴方が父に挨拶するだけじゃなく、私のところにも立ち寄ってくれたのは、それが原因、でもあるのよね。
――ねえ、そうでしょう?
「――話を、聞きました」
深刻な顔で、相手はそう、切り出した。
「あら、面白いものなら是非教えて頂戴な?」
それをからかうように、私が殊更明るく返しても、相手の妙に強張った表情は動かない。
「姫についての、話です」
「私?」
意外、とばかりに可愛らしく睫毛をぱちぱちさせてみたけれど、相手は無反応。
それって随分失礼じゃない? しかも、つまんないわ!
「どんな話?」
むっとしたことを隠しもせずに、大した興味も持たずに訊き返せば、相手の眉毛がピクリと引き攣り、押し殺したような声が一息に告げた。
「姫が、不治の病に侵されているという話です」
「あら、聞いちゃったのね」
まあ、隠し通せるとも思ってなかったけれど、でも惜しかったわね。
あと少しだったのに。
「一体、どういう…っ!」
どういうって、どういうこと?
何やら怒りに震える相手の様子に、怪訝に思った私が眉根を寄せると、相手の方は我慢の限界に達したらしく、今度は素直に怒声を上げた。
「貴女という人はっ、最後の最後に何て嘘を吐くんですかッ!!」
――嘘?
嘘、ああ、そうね、それもいいかもしれない。
そう、嘘にしてしまえばいいのよ、この事実も、――私の気持ちも何もかも。
腹を括ってしまえば、後は早かった。
そうよ、最初からそうすれば良かった。
確かにその方が私らしいわ。本当のことを言おうなんて、何を血迷ったことを考えたのかしら。
最期だから、なんて、そんな感傷、本当ちっとも私らしくなかったわ!
そうよ、だって私は嘘月姫。
貴方が私をそう呼ぶ限り、私は貴方だけの嘘月姫だわ――。