感情のない許嫁
ピチピチピチィイ
サラサラサラ~~~~
鳥の鳴き声と川のせせらぎによって
俺は覚醒した。
「もう、朝か」
目を開けると、すでに日が昇り始め、明るくなっている。
少し身じろぎすると毛布がはらりと落ちた。
視線をそこに向ければ、
己が抱き込む銀の髪色の許嫁が眠っている。
記憶にある少女の魔力の大きさの半分だけが
今眠る彼女に存在していた。
眠って回復したかに見えた魔力の量は変わらない。
「もう少し、様子を見る必要があるな」
ポツリと呟いて俺は起き上がった。
彼女はそのまま木に身をゆだねさせて、顔を洗いに川へ向かう。
バシャッバシャッ
と、水音をたてて顔を洗い、水を飲み、のどを潤した。
「・・っん・--」
「!」
俺は意識を取り戻した声にハッとなって振り返り、
すばやく駆け寄った。
「目が覚めたか」
触れられる範囲まで近づき、視線を同じにするため、ひざを突く。
「・・---」
彼女はぼんやりと俺を見た。
その瞳の色は髪色と同じく銀色で、
なぜか、感情のない虚ろな目をして俺を見ていた。
「!--・・・」
その虚ろで無感情な顔に俺は嫌な予感を覚える。
まるで幼いときの自分を見てるようだ。
無関心さむき出しの、感情をなくしてた幼い自分の。
「・・---」
「・・---」
彼女は呆然と俺を見たまま動かない。
かくいう俺も彼女の反応を静かに待っていた。
長い沈黙が訪れる。
ただ見つめあうだけの時間。
彼女が何を考えているか分からなかった。
しかも、瞳に感情がない。表情も無表情だ。
何も、考えていないかもしれない。
これは、いったいどういうことか。
嫌な胸騒ぎが心をざわつかせる。
とりあえず、進展させるために名前を聞いてみよう。
彼女は俺の許嫁だ。ぜったいに、覚えていれば、ルミアと名乗る。
どこまで彼女自身が覚えているか、俺を覚えているか
それをまず、把握せねば。
「名前を、覚えているか?」
慎重に聞いてみる。
「名前、・・」
呆然と鸚鵡返しのように彼女は呟いた。
リンと響いた。懐かしい。
しかし幼いときとはまた違う無感情な声だ。
俺の知っている彼女じゃない。
「そうだ、名前。お前の名前」
「私の名前・・?--ルミア。」
それを何故問うかのように彼女は上目遣いに見てくる。
ぽつりと、名前を、教えられた。
やはり、許嫁だ。俺の許嫁。
名前は、覚えていた。
では・・俺は?
俺のこと、覚えているのか?
「そうか。じゃあ、ーー
・・ルミア、俺を、覚えているか?」
「・・?」
俺の問いに首をかしげる。
問いかけの意味がわからないように見えた。
しかし無表情だ。素直に俺に従っているだけかもしれない。
「俺の名前。覚えているか?ルミア」
俺は聞いた。もし覚えているならー・・
「リオ、ミヤ・・殿下・・・--」
「!」
彼女は俺をじっと見て、そう紡いだ。
俺を、--覚えていた!
八年前のことなのに、
成長し、面影すらないだろう、この俺を。
そのことに少し目を瞠る。
驚きだ。
じゃあ・・もしかしたら、八年前の出来事もーー
「やはり、お前は俺の許嫁なんだな、ルミア。」
「・・--」
俺を見上げてコクンと、彼女は頷いた。
本当に躊躇いもなく、感情もなく、ただ、真実に頷く。
「じゃあ、最後に俺と会ったときのことを
覚えているか?」
俺ですら、記憶を消され、今までになかった一部の記憶。
宝珠を渡され、俺はようやく空っぽだった一部を埋められた。
「おぼえて、る」
虚ろな瞳で俺を捕らえて、頷いた。
「詳しく教えてくれ、
そのときのことから、今俺と会ったこのときまでの記憶を」
俺はルミアに頼み込んだ。
コクンと彼女は首を縦に振り、語り、始めた。
「殿下と、遊んで見てた、衛兵さんたちの訓練。
そこで、大きな魔物が、あらわれた。」
「・・ーーー」
俺は黙って彼女を見る。俺の取り戻した記憶と同じだ。
「みんなは慌てた。私は、飲み込まれた。身動きが取れなくて
それで、魔力の膜に入れられて、魔力を、奪われ続けた。
魔力がなくなっていくうちに、
怖いとか、そういう思いがなくなっていった。
魔物が、私の魔力を奪って、力をつけたはずなのに、他の魔物に
私の魔力を、あげてた」
「!!」
なん、だって!?
八年間ずっとか!?
「魔力で自分を守るうちに、半減した魔力が回復しなくなった。
魔力で命をつないでた。魔物の見たもの全部見れた。
ただ、見てた。それで殿下が魔物を倒した。私の記憶はそこまで」
「・・そうか。わかった。」
これで・・--わかった。
彼女は八年前の記憶を持っていること。
そして、この八年間の記憶はすべて魔物の中だ。
魔力が半分に減った理由は、心と関係があるかもしれない。
おそらく回復しないのは、
魔力を生む力がなくなり、生む機能が停止したからのはずだ。
魔力回復の早いはずのルミアの機能でも、八年は長すぎた。
食べ物を口にせず、魔力を消費して育った彼女は、
本来魔力を生む原料となる食物をたべてない。--断食の状態だ。
八年間、断食の状態では、生む機能が停止・・いや、悪く言えば
その細胞はすでに死んでいるかもしれない。
だとしたら食べても回復しないかもしれない。
とりあえず、彼女が生きているのだから、それでいまはいいとしよう。
しかし、こころのほうはーー・・なんとかしなければ。
あの向日葵のような彼女の笑顔がここにはない。
この感情が喪失した彼女に、なんとしても感情を取り戻せねば。
俺は考えをまとめた。
「・・---」
思案顔をしてばかりの俺を、ルミアは無表情に無感情にじっと見ていた。