精霊の加護における者
俺の本職は魔物狩り。
魔物を倒す日々が続いていた。
王宮に里帰りし、そのたびに女に絡まれる。
事件を起こして派遣されるの繰り返しだ。
しかし、こんな大きな魔物は初めてだ。
熊よりも何倍も大きい。体長は大木の幹の丈ほどある。
色は黒い。黒い生き物だ。四足で身体を支え、俺をにらまんばかりの殺気を向ける。
獣が魔獣化したのだろう。獣の姿はかろうじてとどまっていた。
「グルルルルゥウウ”」
「・・---」
魔物が俺を見てうなる。
俺は剣の柄に手を添えた。
ピカァーーー”
ポケットに入っている少し小柄なピンポン玉サイズの宝珠が、一層輝いた。
おそらく、こいつだ。
「グワァアアアアアアア!!」
宝珠に反応するかのように魔物が飛び掛ってきた。
「魔力斬!」
ザッ
と、剣を抜くと ザシュッ!と、同時に切りつけた。
深く、凪いだ。
ズザザッと魔物は後ろに退く。
「グギャアアアアっ!」
悲鳴を上げながら体躯を震わせた。
ピシャァーーーッッ
血がしぶく。赤黒い紫の混じった血色。
「魔の歪みある獣よ、
我が魔力にて命を打ち消せ! 風魔咆哮弾!!」
剣の切っ先を魔物に向け、呪文を唱えた。
魔物の中には俺の許嫁である女がいる。
宝珠のきらめきによって確信した。
獣の身体を消し飛ばしたら彼女まで殺すことになる。
それだけは避けたい。
迅速にしとめ、彼女を取り出す。
それを目標に俺は、大半の魔力を呪文に込めた。
ズダンッ!
魔力とその波動の弾を、打ち出した。
一直線の閃光を虚空に描き、魔物にぶち当たる。
「グギャァアアアアア!!」
ー魔物の断末魔ーー
魔物は悲鳴を上げ、バタンと、倒れた。
それきり魔物は動かない。魔物は、死んだ。
「・・しとめたな」
ほっと呟き、俺はピシャッと剣についた血糊を払い剣を鞘に収める。
宝珠がドクンドクンと鼓動を伝えた。
許嫁は、生きている。--それを鼓動でそれは俺に伝えた。
俺は地面に横倒れになった魔物を見ながら近づく。
魔物の腹にあたる部分がちょうど剣で凪いだ傷口だ。
血がそこから滴っている。
そこまで駆け寄り、よくよく見ると、
「!」
ドクン、・・ドクン”
胎動していた。魔力だろうか。たしかに、そこにあった。人間の魔力の気配。
魔物の血肉の狭間は袋のようになっていて、
覗くとそこから白い肌が見えた。
血肉に邪魔されて人間の身体自体は見えない。
思わず腕まくりして片手を伸ばす。
ズズッ
たやすく腕は血肉にもぐりこんだ。
そこでつかめた感触は、人間の柔らかい腕。
「!!」
やはり、いるんだ!
もう片方の腕で今度はもっと奥にもぐりこんだ。
彼女の身体・・腹部を感じ、そのわき腹に手を引っ掛ける。
グイッ
力を入れて取り出した。
ピシャッ”ッッズボッーー
血とともに身体を獣から抜き取る。
「!!」
そこから抜き取れたのは、
魔物の血に濡れた人間の少女だった。
俺と同じ年頃くらいの。
それに懐かしさを覚える。
そして、直感ともいえるものが、
彼女は俺の許嫁だと、訴えていた。
「・・---」
彼女の瞳は閉じられていて、華奢な肩や足が露出し、
胴を中心に服が彼女の身体に張り付いている。
血に濡れて、髪色がはっきりしない。
服と呼べないような布切れも血をずいぶんと染み込ませていた。
俺もずいぶんと血に濡れた。
とりあえず、洗いたいと思う。
俺は彼女の肩を抱き寄せ、抱き上げた。
ついでに空を見上げる。
「・・--」
今はすでに月が照らす真夜中だ。
川で清めてしまおう。
朝が来れば、宝珠もあることだし、彼女も意識を取り戻すだろう。
「・・」
魔物の邪気は、あなどれない。
人間の魔力は純粋だ。したがって魔物は人間の魔力を好む。
魔力の大きい彼女を取り込んだのもそのせいだろう。
魔物の邪気は、魔力の歪み。
邪悪な気は人間に悪影響を及ぼす。
はやく清めなければ、耐性のある俺よりも彼女が危ない。
いくら八年間も魔物の中にいたとしても、
それは魔力で身を守り、魔力で成長できたからにすぎない。
外に出てしまえば、守る魔力は無意識に発動できない。
生身の身体になってしまうのだ。
「--・・」
そう思い、足早と川に向かった。
川は夜もせせらぎ、月明かりに照らされ、手元がみえるくらい明るかった。
呪文を唱え、川にすむ精霊を集った。
「水の精霊よ、我とこの者を清めたまえ」
水の精霊に願い、清めることのできる水を貰う。
パシャンッ、ピシャン、と水が飛んだ。
水の精霊はおとなしく控えめで優しい。
水をあやつり、水で姿をかたちどる。
何体かの水の精霊に手伝ってもらいながら
彼女の服を取り去り、彼女の裸体を清めた。
魔物の血を洗い流し、髪色と本来の肌の色を取り戻す。
「--っ!」
意外と、八年も何も食べていないだろう体にしては
スタイルが抜群だった。
容姿も整っていて、ぐっと、その魅力に惹きつけられる。
今ままでにこんなに揺るがされたことはなかった。
女でも手を上げ、捨て置いたはずの俺なのに。
「・・・」
それよりも!と、首を横に振りつつ、
自身を清めなければならないことを思い出し、
清めて、俺も服を脱いで身体を洗い流す。
「水の精霊よ、礼を言う。褒美だ」
ふわっと、己の魔力を精霊に投げやった。
【精霊に恵まれた王族の子よ、いつでも呼ぶがよい】
嬉々として魔力を素直に貰いうけ、
水の精霊達はくるりとまわって、川の水に戻った。
俺の王家は代々精霊を駆使する使い手だ。精霊の加護に在る。
契約を交わしていない自然の精霊をも味方につけられるのだ。--魔力があれば。
「あぁ」
俺は頷き、裸の彼女を抱いて岸にあがる。
もう魔力はほとんど残っていない。
「--・・」
・・どうする?
一瞬、どうすべきか迷った。
服は洗ってしまい、びしょぬれ状態だ。
とりあえず、
ズボンは火の精霊でかわかしてもらい、下半身は服を身にまとう。
彼女の着てた服らしき布は使い物にならない。
一糸纏わぬ彼女を抱き寄せて、彼女を俺のローブを羽織らせると、
唯一持ってきたリュックの中からかさばらない布・・毛布を取り出し、
そこらの大木に腰を下ろして、彼女を抱きこみ、それごと全身を毛布で覆った。
そして今日のところは眠りについたのだ。
明日から、忙しくなると思って。