第七話――変態化するゾンビ
次の日。
そんなこんなで、街まで行くと宣言したは良いものの……。
問題発生。なに、至極簡単な事。
移動手段が無い。
一応馬車らしきものの残骸はあったのだが、肝心の馬が居ない。
無論ラバもラクダもリャマもいない。
というわけで。
「こうなりました」
「何でさ!」
現在フルマラソン実施中。目的地まで、後30km(推定)。
「仕方ないだろ、鶏すらいないんだから」
「だから! なんで! 走る必要があるの!」
そこはほら、街まで有り得ないほど遠いとのことなので。
いや別にゾンビになって疲れ知らずになったのをいいことに走ってるわけじゃないですよ?
あ、ちなみに言い忘れてたけど、この体、疲れ知らずである。
痛覚他、都合の悪い五感が消えているらしく、今の所息一つ上がってない。
「はぁ、ひぃ、ふぅ」
隣のハルは既に撃沈寸前だが。
「おいおい、まだ3kmにも満たないぜ?」
「ボクは室内派だよ!」
けどですね、割と切実なのですよ、このマラソン。
街まで普通に歩いたら日が暮れちまうのですから。
「ちょっと、休憩、すとっぷ、もう、無理」
「しょうがないなー」
というわけで、道端で小休止。
ちなみに、誤解無き様に言っておくと、ハルは手ぶら。俺は金貨の詰まった箱と麻袋持ちである。
正直、この金貨無駄に重い。腕も疲れないから問題無いけど。
けれど、というかある意味当然だが、ハルの方が疲労度は数倍の様である。
「もう、一歩も、動けないー」
ああ、そうやって雑草のむき出しの地面に寝転がると服に虫が付くんだよな。
葉っぱとかはいいけどさ、あの服に虫が入ってくる感覚は――
「ぎゃぁぁああああ!!」
何ともいえない不快感だよね。
「タカアキ! 虫! 虫が!」
「はいはい」
とりあえず五月蠅いので服の中に手を突っ込んで虫を捕まえる。
「ひゃんっ!」
ちなみに胸を触れるのは役得である。
しかしなー。見た目で想像はついていたが少々自己主張が少ないなー。
いえ、大丈夫です。美少女なら俺はどんなでもオール・ドストライクさ!
「触るなっ!!」
ぐふっ。
拳骨を食らいました。
そこは、こう、顔を恥らわせつつビンタではないのでしょーか。
「うぅ……もう、お嫁にいけない……」
あ、その慣用句はこの世界にもあるのね。
てか、それ実際に言う子いるのね。
「うぅぅ………………あれ、虫は?」
ちなみに彼女のささやかな双丘に侵入した無粋なバッタもどきは我が手で握りつぶしておきました。
「さて、そろそろ出発しますか」
「えぇー」
いや、えぇー、と言われましても。
歩いてたら街につかないから走るのであって、暗くなる前に街に着かなならんのですよ。
「もう、一歩も、動けないー」
同じセリフは二度までですよ、マスター。
「じゃあさ、タカアキがボクを運んでよ!」
「はい?」
「だからさ、こう、抱っこして!」
「はい?」
すいません、ダブりました。
いやしかしこの目の前のハルは何を言ってるんですか?
「だーかーらー、抱っこで運べばボクは歩かないで済む!!」
だから何故にそこで世紀の大発見のような顔をされるので?
不思議でたまらない。
が、意外と悪くない手かもしれない。
「よし、そうするか」
「え゛?」
なぜそこに濁点が付く。
ははぁ、分かったぞ。
つまり、ハルは無理難題を言って俺を困らせようと。
そして休憩時間を稼ごうと、そういう魂胆なわけだ。
ならば――
「んじゃ、行くぞ」
ご命令通り、お姫様抱っこで走ればよいのである。
というか、このゾンビバディーならこれくらい楽勝である。ハル軽いし。
「なんで、そうなるのさっー!」
というわけで、Bダッシュ開始ー。
悲鳴をあげる少女と、それを抱きしめながら異常な速度で走るちょっと血色の悪い男。
傍から見たら、いや傍から見なくても変質者である。
が! この田舎クオリティの誰一人いない道路なれば問題無いっ!
なんかテンションあがってきたな。ランナーズハイって奴か。
「誰かー! 助けてー!」
その悲鳴はダメだろ、俺が捕まる。
いや、既に状況証拠はバッチリなのですが。
「うぅ、タカアキのばかぁ!」
うーむ。やはり美少女の「ばかぁ」はいいですな。紳士たる我らには狂走薬にしかなりませぬ。
そんな訳でハルの悲鳴を聞きつつ街へと向かう俺達。
その先に本物の悲鳴があるとも知らずに…………。
「って何これ? らしくも無い終わりだな」
「タカアキがついに壊れたー!」
「ついにってなんだ!? 俺やっぱいつか壊れるの!?」