第五十三話――頭領
「らぁああああああああああああああああ!!」
久しぶりの心からの咆哮。
数週間ぶりの『本気』に、体が打ち震える。
<曲げる>による感情の制御はしない。『強化』された頭の並列思考を削除し、高速化された思考を停止する。
獣の様に。本能の赴くままに。
「ひぃっ! なんでこいつ足を貫かれて止まらないんだっ!」
「がぁああああああああああああああああ!!」
これこそが、屍の闘い方。
人を倒すという本能で動く、ゾンビ。
「こんなもんでいいか……」
盛大に暴れて、『煌星の影』の内80人を倒し切る。
時間としては二分ちょい。だが、この場合時間はあまり重要ではないが。
「タカアキ、大丈夫ー? 怪我は無い?」
と、一旦『本気』を解除したのを見計らったのか、ハルがこっちに向かってきた。
「ある訳が無い。どうしかしたか?」
「んー、いや、ボクらの出番は戦闘面ではなさそうだからさ。何をすればいいかなーって」
あぁー。まぁ、あの状態の俺に近づけってのが無理だからな。
「ハルは後方で非常時用に待機してくれ。村人の退避はアキに頼んでくれ」
「非常時?」
「アキの『スキル』なら、何処に居ても駆けつけられるが、ハルのはそうはいかないだろ?」
「分かった。アキに伝えてくる」
さて、これでよし。
ビレイ村に居る『煌星の影』本隊の残りは、足音から170人ほど。約2/3だ。
このまま力任せに倒してもいいが、これ以上暴れると、『煌星の影』が劣勢になってしまうため、村人が人質に取られたりする可能性が高くなる。
既に十分に『煌星の影』の目線は集まっている。今のうちに出来るだけ村人を遠ざけておいた方が良い。
そういう意味では、ハルの声のタイミングは的確だったな。
後、今までの戦闘も俺一人だったが、こっから先の戦闘はもっと俺一人の方が良い。
「なにせ、リーダーのお出ましだからな」
『煌星の影』のメンバーの殆どは攻撃を止め、こちらの様子を伺いつつ、後方に意識が飛んでいる。
俺を囲う包囲網の内、一部薄いところもある。
そして、先程から妙に『重い』足音がこちらに向かっている。
『スキル』の有無は、プレッシャーには直接影響ないが、それでもこの『煌星の影』のリーダーならば、それなりの人物だろう。
だが、『煌星の影』の軍団から出てきたのは、予想外の人間だった。
「……まさか、お前が『煌星の影』リーダー、頭領か?」
「ああ、いかにも。僕が『煌星の影』の頭領、さ」
『煌星の影』のメンバーである、屈強な男どもの中から出てきたのは――小さな少年。
顔から察して、歳は10歳ほどか。
性別は男。身長は120cm。
服は黒いローブの様な物に、金色の刺繍がしてある。
声は明らかに声変わり前だし、その他俺の六感は異常を感知していない。
「おいおい、この世界じゃ子供に頭領を任せるのが普通なのか?」
「いいや。普通は大人がやる物だろうね」
「それじゃ……なんでまた?」
「んー……僕が、『スキル』持ちだから、かな」
「…………そうか」
まさかとは思っていた。
悪党どもを殲滅した時に手に入れてきた情報。
そのどれもにあったのが、リーダーに関する物。
ハルとアキには内緒にしていたが、『煌星の影』リーダーの背格好や名前はとっくに判明している。
しかし、あまりにも信じられない情報だったから、大陸中の悪党を探して、さらなる情報を集めた。
だが、どうやら真実だったらしい。
――『煌星の影』頭領「フリュー・ヘァプスト」。『スキル』<写す>の持ち主。
純粋な戦闘可能メンバー数約70人を束ね、活動には直接かかわらないが資金面等の応援をする支援人員も含めば、約3000人の秘密結社。
その頭領は、大人たちに祭り上げられた、年端もいかぬ子供である――
「……この世界は歪んでる。そう前に言ったことがある」
「へぇ、言い得て妙だね。良い表現だと思うよ」
「ああ、ホント何処までも腐ってて歪んでる世界だと、今改めて感じた」
相手がエテやベラノを狙ってる、それ以上に俺に『煌星の影』を解体する理由は無かった。
だから、相手が全面降伏して二度と手を出さないと誓えば、和平案も用意してあった。
今までの悪党どもはどれ一つとしてそれに応じてなくとも、可能性はあった。
だが、今、気が変わった。
「『煌星の影』、全力で潰す」
「生憎だけど、そう言う訳にはいかないんだ。相手するよ、『生ける屍』」