第三十八話――反撃ののろし
「、、、、、ちくしょうっ!!」
……ようやく、体が動くようになったか。
時止めを感じられるようになってきたのは朗報だが、目の前で悠々逃げられると少々辛いものがあるな。
「行った先は……あっちの方か」
階段を降りて行ったから、恐らく自部屋に戻る気は無いのだろう。
となると、騎士団本部か、それとも本教会のどこかか。
「さて、どうするか」
追っていけば、足音と匂いでどこにいるかは分かるだろう。
けれど、追いついてもハルを取り返す手立てが、無い。
ただ、ここで手をこまねいているわけにもいかない。
「どうするっ」
「きゃっ!?」
ん?
おおっと、考え事をし過ぎて誰かが来ているのに気が付かなかったか。
けれど、俺の感覚は、危険人物だと判断していない……?
「誰――」
「にーちゃん!」
「タカアキ、さん?」
なっ!?
何故、エテとベラノがここに?
「おい、なんでお前らここに――」
「そっちへ行ったぞー!!」
「逃がすなー!!」
ちっ、今度は騎士団かっ。
「逃げるぞ」
「え、あ、ちょっと――」
「逃げろ逃げろー」
天井、はエテとベラノが居るから無理。
となると、一旦脱出するか。
窓は、空いている。そして、ここは二階。
「ガラスが入って無くてよかったっ!」
「きゃっぁぁぁあああああああ!!?」
「ひゃっほおおおおおおおおおお!!」
さて、逃げ切ったか。
「二人は、無事……そうだな?」
「貴方はなんでそう毎回毎回会うたびに無茶をするんですかっ!!」
「ひゃははははははは! にーちゃんすげー!」
「話は後だ、そうだな、あそこへ行こう」
路地裏からゴミらしきものを足場にすれば、そこの民家の天井に上れるだろう。
教会の窓はこっち向きなのは無いようだし、恐らくあそこが一番安全だな。
「で、なんでお前らがここに居るんだ?」
「それはこっちのセリフですっ! なんで貴方がここに居るのですかっ!」
いや、何故怒鳴られる?
「俺は、元々ハルを助けにここに来たんだしな」
「ハル……『屍拾い』ハル・アルケミシアですか」
「ああ、そのハルだ」
「ということはっ、貴方が噂のゾンビだったんですかっ!!」
噂とな?
「殺しても死なないゾンビが現れた。『屍拾い』ハル・アルケミシアによって製作されたらしい。今は、どこかで『時詠みの巫女』に殺されたのだろう…………という、噂です」
おお、あらかた合ってるな。殺された後に復活したあたりが無いが。
「超人的とは思ってましたが……まさか本当にゾンビとは……」
「そんな違いは無いぜ? せいぜい死なない事と、後はちょっと身体能力が高いだけだ」
ま、死なないってのが一番の異常なんだろうがな。
「えー、嘘だっっ!!」
急にそんな事叫ぶなよ、ベラノ。俺の死亡フラグが立ってしまうじゃないか。
「だって、にーちゃんは綺麗に見えるもん!」
綺麗……ああ、あれか蒼い綺麗な色ってヤツか。
けど、今は『スキル』がどうのって……。
「まてよ…………」
蒼い……琥珀…………。
蒼い、琥珀…………。
「おい、ベラノ」
「んー? なんだ、にーちゃん?」
「俺の色は、一度目は琥珀色に見えたんだな?」
「うん、最初はハチミツみたいな色だった」
「で、次に会った時は蒼かった、と」
「そーなんだよなー。不思議だったなー」
「それを先に言えっっ!!」
「っ!? なんだよぅ、急にっ!」
一度目会った時は、山の中。
太陽が陰っていた。
そして、二度目会った時は、街の中。
太陽が昇っていた。
そして、蒼い琥珀。
「ブルーアンバーじゃねぇか……」
ブルーアンバー、もしくは青琥珀。
ちょっと変わった宝石の名前で、太陽光の元でのみ色が茶色から青に変わる不思議宝石の一種だ。詳しくはググればわかる。
「そういう、事かよ」
青色にも、茶色にも、イメージは無いが、あの宝石にはちょっとしたイメージがある。
元の世界での、ちょっとした経験が。
「しかし……アレか?」
アレは、個人的感想としては、あまり思い出したくない黒歴史に分類されるのだが……。
「んー、でも、今は茶色だぞー?」
ちなみに屋根の、太陽の反対側に居るので、ここは影になっている。
となると、やっぱ確定か。
「『スキル』、か」
確かに、アレがホントに使えるなら、ガチで不思議ファンタジー能力の中でもチート級なのだが……。
「まぁ、いい。仮に使えるとするなら、ほぼ無敵だ」
というか、洒落にならないほど無敵だ。時止め程度、勝てるだろう。
「おー、なんか凄そうだなー!?」
「ああ、アレは、半端ないと思うぞ……色々と、な」
うぐ……。ハルを救うためでも、アレは使うことに抵抗がぁあああ。
黒歴史がっ、厨二病がっ。胸が痛いっ。
「まぁいいや……もう諦めよう…………」
「(さっきからブツブツと不気味ですね……)」
「ん? なんか言ったか?」
「い、いえ、なんでもないです……」
ああ、神様、俺の痛すぎる過去を許してくれないんでしょうか。
……許してくれないな。確実に。あの女神だもの。
「……それは、もういいか」
ああ、出来るだけ今は遠ざけておこう。
「さて、で、エテとベラノはなんでここに居るんだ?」
「はい……、その、ビレイ村が壊滅したのは……ご存じ、ですね?」
「ああ、知ってる」
「あの原因は……私達なのです……」
原因……?
「私達は『時詠みの巫女』の騎士団に追われていて……、あの村はそれから匿おうとして……」
なるほど。
つまりは、そういう訳か。
「エテとベラノを逃がした事から、腹いせに壊滅させられた、と」
「はい……、そして、今、ビレイ村の方々は『時詠みの巫女』に捕まっています……」
人攫い……、見えてきたな。
「そして、彼らの解放条件が…………私達が捕まりに来ること……」
人質。しかも相当悪質な。
「で、ここまで来たと」
「はい、……願わくば、助け出せないかと」
というか、よくここまで来れたな。
「言ってませんでしたか? ベラノは、その、透視することが出来ますから……」
マジで!?
え、なにそれ、それって……、
「女子更衣室除き放題っ!!」
男の夢っ! 男子なら一度は夢見る力っっっっ!!!
それはっ、なんと素晴らしいっ――
「げふっ!!」
痛い。
ひどいビンタを喰らいました。とても痛いです。
「何を考えているんですか貴方はっっっ!!!!」
はい、すいませんでした。
「おー、にーちゃん、覗くのかー?」
「…………」
「覗かない。そうですね?」
「…………はい」
全国のお年頃男子諸君、すまない。
時に、暴力は全てを凌駕するんだっっ。
「まぁ、聞かなかった事としましょう。コレが<見える>を手に入れる日は来ないでしょうから」
な、なんだってーっ!?
それじゃ……男の夢は……やはり夢のままで終わるのかっ……。
「はぁ、話を戻します……。それで、見てきたのですが……」
お、一気にシリアスムードが。ムードメイカー・-バージョンの持ち主か、エテは。
「ま、警備が半端なくて逃がせなかったんだろ?」
「はい……」
しっかし、そういう事なら。
「それなら、助けてやってもいい」
「へ……?」
「ビレイ村の人間を、助けてもいい。と言っている」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ、嘘は無い」
「……何か、裏があるのですか?」
「察しが良くて助かる」
ま、簡単な話だ。
「俺はハルを助けたい。エテとベラノはビレイ村の人間を助けたい。そうだな?」
「……はい」
「となると、騎士団本部には、最低数か所に人質の類が居ることになる」
「……はい」
「ここで、俺がハルに真っ先に向かわず、先にビレイ村の人間を助けたらどうなるか……」
「っ!」
そう、騎士団の矛先はまずビレイ村の人間に向かう。
そして、ハルの方は少しながらでも手薄になる。
「けれど、そうなれば……」
「ああ、ビレイ村の人間は大勢の騎士団に追われて、囮に成ってもらう」
「そんなっ!!」
「けれど、どっちにしろ、逃げ出せば同じことになる。俺は門番を倒す、その後、お前らが上手く逃げられるかどうかは、お前ら次第だ」
そう、これは可能性。
一方的に救うのでは無い。自分の命も掛け金にしてもらわねば困る。
俺は、もとより何度でも死ぬ気なのだから。
「さて、どうする?」
「…………その方法、乗ります」
「そうか、いい返事で助かる」
さて、これで騎士団の弱体化の目途は立った。
そして、時止めの対抗策も、……一応できた。
こっからは、反撃開始だっ。