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怪盗赤字

作者: 梅ノ木桜良
掲載日:2026/02/20

 ファンタジックなお話で定番の設定、怪盗。


 怪盗ってそもそも一盗みあたりいくらくらいかけてるんだろうなって考えてみたらいつの間にか赤字になってました。

「はははははははははは!!我こそは怪盗ムーンリットなり!!今宵もお宝はいただいた!!ではまた会おう!!さらばだ!!」


 黒いタキシードに身を包んだ怪盗はそんないつも通りのセリフととともに夜のビル街を駆け抜けていく。そしてどこかのビルからマントを広げて飛び立つと、そのまま夜の闇へと姿をくらませたのであった。




「おかえりなさいませ旦那様」

「ただいま。待っていてくれたんだね」

「はい。旦那様が捕まってしまっては私も終わりですから。ご無事で何よりです」

「ありがとう。……あんまり不吉なこと言わないでー……」



 ここは怪盗ムーンリット改め月河佑四郎(げつがゆうしろう)邸。怪盗ムーンリットとその助手の根城である。


 敷地面積四千坪を超える広大な敷地にはさながら西洋宮殿のような巨大な建物が建っており、その前には広大な庭園や薔薇園が広がっている。敷地の周りは柵が張り巡らされており、正面の入口にはこれまた中世ヨーロッパ風の巨大な門が聳え建っていた。



 この土地に住む月河家の当主は代々本業とは別に怪盗業をやってきており、佑四郎はその四代目にあたる。初代から順にムーンナイト、ムーンライト、セーラームーン、そしてムーンリットである。みな、名字が「月河」であり、かつ夜に活動していることから月に関する語句をつけている。


 佑四郎は本業で成功しており、いつ我が身を滅ぼすか分からない怪盗など本当はやりたくはなかったのだが、母である怪盗セーラームーンが早くに病没したこととその母の遺言から渋々怪盗業を引き継いだのであった。



「今日の戦利品は何です?」


 助手の春沢望叶(はるざわみかな)に問われた佑四郎はソファーの背もたれに脱ぎ捨てたタキシードの上着から碧い宝石を取り出した。


「これだよ。『奇蹟の宝石』と呼ばれるブルーダイヤモンドだ。ほいっ」


 佑四郎は望叶に向かって宝石を投げる。慌てて両手を広げた望叶は恐る恐るといった様子で飛んでくる宝石を受け止めた。


「だ、旦那様!!このような高価なものをそんなぞんざいに扱わないでください!!落として壊れたらどうするのです!!」

「まあまあ。いいじゃない、倉庫に仕舞うだけなんだから。どうせ二度と日の目を見ないんだ、ここで壊れたっていいだろう」


 望叶は大きく首を振る。


「いいえダメです!!もしたとえ二度と人目に触れぬ運命だとしても、できるだけ大切に扱ってあげましょうよ!!」

「いや……でもさぁ……」


 佑四郎は首筋を掻きながら視線を下に向ける。


「倉庫、見たことある?」

「ありませんが」

「じゃあ見せてあげるよ」


 おいで、と言って佑四郎はリビングを出る。望叶は宝石を両手で包み込みその姿を追った。




 佑四郎が向かった先は地下だった。そもそも望叶はこの家に地下があることを知らなかったので、平然と地下への階段を降りていく佑四郎の姿を見て驚いた。


「さ、着いたよ」

「地下室があったんですね……!!」

「あれ、言ってなかったっけ」

「聞いておりません。手に入れた宝石や美術品をどこに仕舞っているのか疑問でしたが、ここなんですか?」

「そうそう。ここが倉庫だから、盗ってきたものは基本ここに入れてるんだよね」


 いっぱいあるよーと言いつつ佑四郎が扉を開ける。埃っぽく湿った空気が二人の身体を包む。


「…………」

「…………」


 二人は黙って顔を見合わせると静かに扉を閉めた。


「……えっと、その、なんだ、ここが倉庫だから盗ったものは基本ここに入れてるんだよね」

「さっき聞きました」

「うん、だよね……」


 萎れた佑四郎を残して望叶が一階に続く階段に消える。しばらくして戻ってくるとその手にはマスクと手袋と箒とちりとりとはたきが二つずつあった。


「……それは?」

「決まっているじゃないですか、掃除するんですよ!!」


 佑四郎は露骨に嫌な顔をする。


「マジで言ってる……?」

「マジで言ってます」


 二人の視線が交錯する。先に目を伏せたのは佑四郎の方だった。


「やるしかないかぁ……」

「やるしかないです!!」

「あのさぁ、なんでそんなに乗り気なの?」


 望叶の顔がさっと赤くなる。


「の、乗り気ではありませんが!こんなのを見て放っておいたら何も変わらないですからね!!」

「もしかして実は掃除好きだったりする?」

「嫌いです」


 望叶は真顔で即答した。


「嫌いですが、助手としてやらなければいけない時もあります。それが今です」

「えぇ……」


 望叶は渋い顔をする佑四郎に掃除用具を押し付けると自分の用意だけしてさっさと倉庫に入っていった。




「……随分溜め込みましたね」

「そりゃもうね、怪盗四代が盗ってきた分が全部入ってるから。結構広い部屋だったんだけど、さすがに満杯になっちゃったかぁ……」


 掃除を終えた二人の前には、整理してもそこまで嵩が減らなかった美術品や宝石など、盗品の山が出来上がっていた。


「これどうするんですか?」

「どうしようもないかなぁ。盗ったは良いけど使い所無いし」

「じゃあなんで盗ってるんですか?」

「…………たしかに」


 望叶は呆れた顔で再び盗品を見、ため息をついた。


「売ったらどうですか?」


 佑四郎は勢いよく首を横に振る。


「売れないよぉこんなもん。売ったら足がついて盗んだってバレちゃうじゃん」

「……まさか、一回も売ったことないんですか?」

「無いよ!!先代以前は知らないけどこの量残ってるなら多分先代以前もみんな売ったこと無いでしょ」

「ちょっと待ってください。では怪盗業の支出はどこから?」

「……………………役員報酬(ほんぎょう)?」


 倉庫の隙間を沈黙が満たす。


「もしかして赤字ですか?」

「そりゃ赤字だよ!!服やらシステムハッキングやら妨害工作やら逃走用品やらなんやらで毎回毎回すんごい額かかってるのに怪盗業からの収入ゼロだからね!!こんなフィクションじみたことをやるまで知らなかったけど怪盗ってお金かかるんだよ!!だから高校生で怪盗やってる『怪盗キ〇ド』とかほんとに信じらんないんだよ!!高校生ってことはそもそも収入ほぼ無いじゃん?なのになんであんなに何度も盗みに入れる訳?株?遺産?」

「さ、さぁ…………。そういえば怪盗キ〇ドはアニメの中でちらっと『盗んだものは全て返している』とか言ってたような……?」

「じゃあ盗みと返しで支出倍じゃん!!まじであいつの資金どっから出てるんだよ!!その資金の半分でいいからくれよ!!」


 ほぼ半狂乱のような状態で佑四郎が叫ぶ。


「怪盗やってなくても普通に固定資産税がっぽり持ってかれるし、所得税でごっそり収入減るし、自動車税バカにならないし!!無駄にだだっ広い家に住んで金持ちの雰囲気出してるけどうちって案外カツカツなんだよ!!」

「うーん……ここで怪盗の助手やってたとか履歴書には書けませんよね……」

「ちょっと待って、転職しようとしてる?」

「安定した職場を求めるのは労働者の自由です」

「待って待って待って待ってやめてやめてやめてやめて。いや、やめないで?……ん?どっちだ?」


 望叶は諦観のため息を漏らす。


「こんな旦那様で大丈夫なのでしょうか……」

「だ、大丈夫!!お給料結構多く払ってるでしょ?」

「え?」

「え?」


 お互いがお互いの意外そうな声に驚く。


「何を仰ってるんです?」


 望叶は本気で意味がわからないといった様子である。


「あ、不満ですか……。じゃあ給料上げよう。いくら欲しい?」

「いや、そういうことではなく」


 望叶は既に思いきり眉根を寄せた顔をさらに険しくする。


「私はここで働き始めてから一度もお給料をもらっていませんが」

「…………え?」


 今度は佑四郎が眉を顰める番だった。


「いや、そんなことは無い……はず……」

「では伺いますが、旦那様は私の口座をご存知ですか?」

「…………」


 佑四郎はぐうの音も出なかった。その様子を見て望叶はまたため息をつく。


「ま、そりゃそうですよね。雇われる時に給料の振り込み先とか全く聞かれませんでしたもん。その時は住み込みの仕事だし手渡しなのかなって思ってましたけど、まさか忘れていただなんて……。あの時この職場を選んだ自分を殴ってやりたいですね」

「いやもうほんとにごめん……。まじでごめん……。……ちなみにさ、働き始めて何ヶ月?」


 望叶は指折り数えていく。その指が何往復もするのを見れば見るほど佑四郎の顔色はその分だけ青くなっていった。


「そうですねぇ、ざっと六十ヶ月くらいですかね。だから五年?うわ、実際に言葉にすると凄いですね。もし賃貸の支払いなら追い出される云々以前に永久追放&強制取り立てじゃないですかね?」

「……………………ちなみにいくら?」

「そうですね、月給四十万で契約しているので二四〇〇万円になるかと。ですが、延滞分で利息をつけていくと、月利三パーセントとして複利で計算していくと……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁやめてやめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇ!!!払う!!二四〇〇万くらいなら今すぐ払うから!!マジで!!許して!!やめないで!!頼むから!!」


 佑四郎は泣き喚き土下座して床に額を擦り付けながら懇願した。


「こんなの、怪盗ムーンリットがするとも、日本の大企業の役員を何社も兼任している月河佑四郎がするとも思えない光景ですね」


 望叶は氷のような冷たい声で淡々と言う。佑四郎を見つめる目も刺すように鋭く、顔には一片の笑みも浮かんでいない。その突き放したような態度に佑四郎は終わりを悟った。


「ですのでそれに免じてやめないでおきましょう!!払ってくれるんですよね?これまでの分の給料」


 一瞬で満面の笑みを浮かべた望叶はそれはそれは嬉しそうな声で未払いの給料を請求した。言質を取ったことで少々やる気が出たのだろう。


 佑四郎は驚いて顔を上げる。その顎に手を当てた望叶は佑四郎の目を覗き込む。涙をボロボロ零す彼を見て望叶は思わず微笑んでしまった。


「私がいなくなってしまっては旦那様は何も出来ないじゃないですか。いくらお金があっても限界というものがあるでしょう?私はそんな人を見捨てるような薄情な人間じゃありませんよ」


 佑四郎は数秒かけてその言葉をしっかりと飲み込んだ後、望叶の両手をしっかりと握った。


「ありがとう……ありがとう……!!!」

「で、お給料は?」


 感動の余韻など吹き飛ばそうとするかのように望叶はにっこりと微笑み、しかしその裏に溢れんばかりの怒りと呆れを満たして話題を戻す。


「もう少し喜びに浸らせてよ……。持ってくるから待ってて」


 佑四郎は緩慢な動作で立ち上がると地上に繋がる階段を昇っていった。数分後に戻ってくるとその手にはそれなりに小さめのアタッシュケースをぶら下げていた。それを望叶の前に置き、ロックを外して開く。中には札束が三十入っていた。


「給料の二四〇〇万と謝罪の六〇〇万で合わせて三〇〇〇万入ってる。受け取ってほしい」

「確かに。喜んで、そして謹んでお受け取り致します」


 望叶は仰々しい態度で札束を受け取る。


「大金だぁ……!!」

(そうでもないけどな……。三〇〇〇万なんて一週間あれば余裕だよ……)


 札束に感激している望叶を尻目に、佑四郎はそこまで喜ぶものだろうかと半ば呆れたような様子であった。これが庶民と生粋の富豪との差である。


「給料未払いは本当にごめん……。今更だけどさ、口座教えてもらっていい……?」

「あー……いえ、手渡ししていただければ問題ございません」

「そっか。じゃあ毎月忘れないように気をつけるよ」

「ええ、是非ともよろしくお願い致します」


 望叶は「是非とも」をこれ以上ないくらい強調して釘を突き刺した。そして、唐突に柏手を打った。


「そういう話じゃないんですよ。いや、こういう話に持っていったの私かも知れませんが」

「え?」


 望叶は半眼で睨め付ける。


「もう一度目の前を見て思い出してください」


 望叶が倉庫内を手で示す。それを見た瞬間、佑四郎の顔に明確な疲れが浮かんだ。


「……もう放っておかない?」

「ダメです」


 すっくと立ち上がった望叶は伸びをすると宝の山の前に仁王立ちして後ろを振り向いた。


「やりますよ」

「今日金曜日だしさぁ、明日にしようよ」

「旦那様」


 望叶は身体も佑四郎の方に向け、射抜くようにその目を見据える。


「馬鹿野郎ですよ、それ」

「えぇぇ……??」

「聞いた事ございませんか?『明日やろうは馬鹿野郎』という言葉」


 佑四郎は目を細めて拒絶を露わにする。


「ご存知のようですね。ええ、その言葉通り『明日やろう』などとほざいている人はどの道『明日』になっても何もやりません。百パーセントそうです。ですからいくら疲れていようがなんであろうが、倒れない限りは今日やりましょう」


 不貞腐れたような顔の佑四郎はしかし、反論することなど出来なかった。仕方なく望叶に付き従う。


 とりあえず宝を「絵画」「宝石」「アクセサリー」「その他」に分類していく。


 そうすると盗品は絵画が最も多く、次がその他に分類していた彫刻であった。白い石膏像たちがゴロゴロ転がってかなりのスペースを占拠しているようであった。


「どうやって持って帰って来たんですかこんなの」

「それは多分先々代が盗ってきたやつかな……。正直俺もこんなの盗ってきたことないからよくわかんない……」


 何があるのかを一通り把握できたら次はそれぞれの品が現在世間でどう認識されているのかを調べる。要するに、「盗まれた」と言われているのか「行方不明」と言われているのかはたまた別の呼び方をされているのか、ということである。盗まれたと呼ばれているのであればまだ持っておくか闇オークション的なところで売ればいいし、「行方不明」となっているのなら「倉庫を片付けていたら見つかった」とでも言ってどこかに寄贈するなり売るなりすればいい。何にせよやり方はあるのだ。


「ですから、ただ倉庫に置いておいて放置せずとも、打てる手はあるのです」

「なるほどねぇ……」


 佑四郎は何度も頷き、その後手を挙げた。


「何でしょう?」

「そのさ、闇オークション?みたいなのってどこにあるの?」

「それをこれから調べるのです」

「つまり知らない?」

「ええ、もちろん」


 佑四郎は閉口した。


「そもそも闇オークションとやらの前に現在の状況を調べなければなりませんので、そこからやっていきましょう」




 二人はひとまず地上に戻ってくると、佑四郎の書斎に向かった。


「名前がわかるならそれで検索をかけましょう。有名なものであればどこかの誰かがネット記事のようなものを書いているかもしれません。名前が分からなくても『美術品ナビ』みたいな感じのサイトがあれば掲載されているかもしれませんし」

「なるほどね。おっけーおっけーやってみる」


 佑四郎がキーボードに手を伸ばす。そして動かない。


「どうされました?」

「…………やっべ全部名前わかんないわ」

「……………………では美術品のまとめサイト的なところで……」


 まとめサイトを検索し、開く。しかし月河邸にある美術品は古い品物も多いためか、ほとんどの品が掲載されていなかった。これには二人ともため息しか出ない。


「はぁ…………。えー、と。うーん……。『なんで〇鑑定団』にでも出してみます?というかなんか分かりやすく有名なやつ無いんですか?」

「見てみないとわかんないけど、『モナ・リザ』的なのは盗んでないだろうし……」

「もうじゃあ面倒ですので全て燃やしてしまいましょう」

「いやいやいやいやそれはもったいないじゃん。燃やす捨てるは辞めようよ」


 じゃあ対案を出せと思う望叶であった。そもそも最初にどうせもう日の目を見ないから壊れてもいいと言ったのは佑四郎の方である。あまりにも鮮やかな手のひら返しに望叶は反論する気も失せてしまった。


「まあもうお好きなようにしてください。コレクションしておきたいなら会社の経費で美術館でも開いたらどうですか?」


 佑四郎は目を輝かせる。しかし、その光はすぐに目の奥に消えてしまった。


「いい案かもって思ったけどそしたら入手経路とか怪しまれない?」

「ネットオークションで買ったとか言えばいいんじゃないですかね。一応それっぽい偽サイトと偽履歴作っておけばバレないのでは」

「たしかに」


 数秒の後、二人は顔を見合わせる。


「そうじゃないんだよ」

「そうじゃないんですよ」


 二人は同時にお互いに突っ込んだ。


「赤字を解消しなきゃいけないのに……」

「もう古そうなものから売りましょう。あまりにも古ければ入手経路とかは『分からない』でゴリ押せます。たぶん」

「不安だなぁ……。まあでも、やるしかないか」


 まずは試しに、二人は古そうな美術品から五点をピックアップして売りに出すことにした。倉庫から引っ張り出し、丹念に拭きあげて埃を落とす。そして照明を当ててよく見えるようにした上で写真を撮り、ネットオークションサイトに出品した。作品名は調べてみて出てきたものはそれを記し、分からなければ名称不明とした。


 そうして待つこと数日。


「…………」

「………………」


 再びサイトを訪問した二人はしばらく言葉が出なかった。


「…………やっすぅぅぅ」

「…………うーん…………」


 オークションで出た最高値が想像を超える安さだったのである。


「旦那様、まさかとは思いますが偽物を掴まされているなんていうことはないですよね?」

「いや、ないよ?…………ない、よ?」

「そこで不安にならないでください。どうせなら言い切ってください」

「いやだってここまで売れないってなったらさすがに不安にもなるじゃん。窃盗対策で贋作置かれてたりしたらさ……」

「気付かずに持って帰って来てしまうかもしれない、と」


 望叶はため息をつきつつ腕を組んで考え込む。おそるおそるといった様子で佑四郎が望叶の顔を見上げる。


「こうなったら『出来の良い贋作』として売りましょう」

「えぇ……」

「嫌ですか?」

「嫌っていうかさ、もったいないじゃん」

「そう仰るなら伺いますが、そもそももう日の目は見ないからと盗品を適当に扱っていたのはどこのどなたでしょうか?」

「いや、まぁ、それは、その、ほら、あれだよ……そう、あれだよ……ははは……」


 佑四郎はまともな答えを返すことが出来なかった。望叶のため息に返す言葉もなく、気まずそうな顔をして押し黙るほか無かった。


「すみませんおまかせします……」

「承知致しました。では」


 と言って望叶がパソコンに向かう。恐ろしい速さでキーボードを叩いていく望叶の肩越しに佑四郎も画面を見つめる。


 いつの間に撮影していたのか、望叶はパソコンに保存されていた全ての盗品の写真を使って片っ端からフリマサイトに投稿していった。あくまでもすべて「出来の良い贋作」という触れ込みで、美術品にしては安く、一般人でも手が届くような金額を設定してアップしていく。


「とりあえず先代以前の方々が盗ってきた品々は投稿できました」

「あ、え、もう終わり?!はっやぁ」

「そうでもないんですが……。ひとまずこれで一旦様子を見てみましょう。フリマサイトですので品物の状態や値切り交渉などの連絡が来ることもあります。そういう時はできる限り真摯に対応していきましょう」

「あ、そんなこともあるんだ……。了解しました」




「さて、それでは総売り上げ額の決算です」

「いやードキドキだね!いくらになったかな」

「ちなみに伺いますが……」

「あ、赤字は確定だよ。たぶん」

「ですよね……」


 あれからおよそ一ヶ月。サイトに出品していた商品が全て売れ、お金が振り込まれたタイミングで決算を行うことになった。


 物が売れたは売れたのだが、そもそもの値段設定がかなり安価であることと一回の盗みで使うお金があまりにも多いために黒字に戻すことは出来なかった。要は、「いくら黒字に近づいたのか」ということの確認である。


「……というわけで参ります。えー、出品点数は二八一点。値段設定はざっくりと二万から五万のあたりで行いました。これくらいの値段であれば少し贅沢をすれば買える、という程度の高値だと思いますので、それなりに売れやすくなるのではないかと考えた上での決定になります」

「うんうん」


 リビングのソファに座ってくつろぐ佑四郎は相槌を打つ。


「販売実績は二八一点。全て売り切ることができました」

「おおー!やったね!ありがとう。これで倉庫が空いた……」

「喜ぶのそこなんですか?」

「だって嫌じゃんあれ。びっくりするでしょあんなの見たら。望叶も同じリアクションしてたよね?」

「それは確かにその通りでございます。さ、次行きましょう」


 容赦なく話をぶった切る。


「そして最終的な売り上げ額が六五三万七三〇〇円となります」

「おおー!!結構売り上げたねぇ」

「はい。ちなみに、この額はどうなのでしょうか?」

「どう、っていうのは?」


 佑四郎が絵に描いたように首を傾げる。


「その、どれくらい黒字に近づいたのでしょうか……?」

「あーそれかぁ。うーん……聞きたい?」


 いつもとは違う真剣な顔で佑四郎が問いかける。望叶は一瞬躊躇ったもののすぐに頷いた。


「じゃあ言うけど、今回の売り上げ高はだいたい一回盗む時にかかる額と同じくらいだよ。それより少し多いくらいかな」

「え、そ、そんなにお金かけてるんですか?!」

「うん。服とかハッキングとか脱出工作とかで色々とかかるんよね」

「今すぐやめましょうそれ」


 望叶が詰め寄る。佑四郎は声にならない唸り声をあげて顔を顰め、それを渋る。


「なぜそこまで怪盗業にこだわるのです?」

「いやぁだって代々やってきた家業だし、遺言でもやれって言われてるし」

「いやいやいやいややめましょうよ。お金の無駄ですよ。やめたらもっと楽に生活出来ますよ。ていうかそもそものところこれ犯罪ですよね?バレたらどうするんですか。いや、まずもってなんで未だにバレてないんですか?」

「うーん……」


 反論の余地がなかった。佑四郎の顔にはそれはその通りであってその通りでしかない、と書かれている。


「ではこうしましょう。『怪盗ムーンリットは怪盗業で多額の赤字を抱えているので引退する』。どうでしょうか?」


 佑四郎は渋い顔をしつつも頷いた。


「……そうだね。そうしよう。怪盗なんてやりたくないとは思ってたしいい機会だ」

「嫌なのにやってたんですか……」

「だって遺言がさ」

「遺言など故人の戯言でしょう。相続以外のところで遺言を過度に気にする必要は無いはずです」

「……それもそうだね」


 この後二人で予告状ならぬ「引退状」を作成した。警察庁前に刺しておくものと警視庁前に刺しておくもので二枚印刷し、丁寧に封筒に入れてシーリングワックスで口を留める。


 佑四郎は明日以降もう着ることのないタキシードに袖を通し、雲一つない夜空に満月の輝く真夜中に屋敷を出ていった。




 二時間後。


「おかえりなさいませ旦那様」

「ただいま」

「お務めご苦労さまでした」

「ありがとう。……終わったんだね……」


 望叶は深く頷く。


「ええ、終わりました。これで足を洗えましたね」

「うん……やっとただの金持ちになれる……」

「……ただの金持ち?」


 あまりにもアンバランスすぎるワードに首を傾げる望叶である。


「うん。犯罪者から普通の金持ちになれたよ……!!」

「金持ちである時点で『ただの』ではないのでは……」

「えっ」

「えっ」


 佑四郎も同じように首を傾げる。どうやら怪盗を辞めればただの金持ちになれると本気で思っていたようだ。


「金持ちである時点で『ただの』というのは付かないと思いますが」

「えぇ……そうなの?」

「おそらくは。金があるなら一般人ではありませんから。それなりにお金がないからこその一般人なのです」

「そっかぁ……。そもそも一般人じゃなかったのか……」


 二人とも大事なことを忘れている。露呈していないだけで佑四郎は窃盗犯である。しかし怪盗を辞めた高揚感のせいでそんなことは頭の片隅にも残っていない二人は「一般人ではない」という認識を共有したのみで眠りについたのだった。




 翌朝、怪盗ムーンリットが引退状を叩きつけたという話題は全てのテレビ局のニュース番組で大々的に取り上げられた。稀代の大怪盗・怪盗ムーンリットを捕らえられずじまいとなってしまい、終始完敗だった警察の面々が地団駄を踏んだのはまた別の話である。

 読んでいただきありがとうございます!この作品では誤字・脱字報告、感想、レビュー等を募集しております。何かしら書いていただけると作者としてはかなり励みになります。お忙しいこととは思いますが、ぜひぜひお願い致します。

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